異常/

 異常である事は百も承知だ。社会を営む上で最上級の禁忌であろう行為を、取って付けたような薄ゴムの免罪符をかざして行なう。母と実子の肉交が、コンドームを着けたくらいで許されるはずがないのだ。
 なのに、自分の女は悦んでいる。包み、締め、潤み、蠢いて、侵入後ひたすら停止している男を、自らと同じように必死に悦ばせようとしている。タブーに苦しむあの頭痛も肌全体を覆う紅潮も子供部屋の湿った空気も、そして避妊具を隔てているという僅かな切なささえ、美希子自身の女の愉悦に直結している。
 昼間は、リビングで、生のまま、挿れられたのだから。
 静かだけれど激しく、動かされたのだから。
 母は正常な選択さえも許されずに、現状の停滞に身悶えていた。してはいけない事をしている、だからこそ母親から動く事はありえようはずがない。つい十数秒前、雄の先端を進んで咥え込んだような動きは……きっと、間違いに過ぎないのだ。

「……どう、しよう」

 なのに昼間の大胆不敵な陵辱者だったはずの徹は、今弱々しげな瞳を母に向け不安そうに囁くだけ。母親の熱い内部を自身で味わっているはずなのに、それ以上進みもせずましてや引き下がりもせず、ただ子供っぽい躊躇いの表情を浮かべている。どちらが本当の徹なのか、本人も判断できていないのかもしれない。女を本能で貪る男も、実母の粘膜に気圧されている息子も、きっと本当の徹なのだ。
 だから、美希子は、惑う。

「母、さん」
「……ッ?」

 埋め込まれているだけで、乱されているだけで牝肉はじんわりと歓ぶ。言葉や雰囲気に縋らなければ、きっと自分は困惑の中で緩やかに登りつめ、果てていくだろう。動けない美希子は、縋りようがあるかもしれない徹の次の言葉を待った。

「……父さんみたいには、出来ないかもしれないけど」

 この状況で、子は父の存在を仄めかしながら囁く。
 妻の不在に気づかない夫が、真下にいる。母と子が番う異常空間のすぐそばで、夫は寝息を立てている。改めて明示された障壁が、美希子を揺らす。
 夫と躰を交わす頻度は、月に二度くらいはある。セックスレスでもなければ、義務的交渉でもない。肉の渇きはありえようはずがない。
 ならばなぜ、徹との行為にここまで自分の肉と心が疼くのか。ゆかりの何気ない一言から急激に堕ちて行った、奈落のすぐそばにいるからだ。だからこそ、愛する夫の存在を明示されただけで、粘膜がわずかに締まるのだ。
 こんな天秤の針など、あの日まで思い浮かびもしなかった。
 夫と息子のを比べ、どちらかに寄らんとしている哀れな肉体を。

「いく、よ」

 ぐ、いいッ。

「う、あッ……くう、うぅ」

 ストロークが、嫌に長かった。激しいわけでも速いわけでもないその突きは、美希子の喉を不意に反らせた。ゴムに包まれた息子のモノが、漠然とした形を持って下半身を貫く。

「あッ、ああ……母さ、んッ」

 低い声で感嘆を洩らす徹。ずい、ずいッと、遠慮がちな往復運動で母親の奥へと進んでゆく。
 ああ。気づいてしまう。不意を突かれ第三者のいる空間でされた後背セックスとは違う限りなく普遍的な、それこそまさに「夫とよく、する」正常位。掴まるでも逃げるでもなくただ優しくシーツを這う両手の位置も、挿入という体裁を整えるためだけにそこに緩やかに立てられている両脚も、階下の夫婦の寝室で普段行なわれている際の自分の自然なポジションにある。
 だから、違うと気づいてしまう。どこが違うとはっきり理解できるわけではないが、明らかに様々な部分が違う。形?長さ?太さ?熱さ?動き?汗?音?声?

「……あ、あぁッ」

 全てが違う。老練なテクニックなど持っていない徹の、直線的だが静かで長いストロークが、その思いを倍化させていく。
 だから美希子は思わず熱い息を洩らしてしまった。よりにもよって、愛する男
2人のセックスを比較してしまっている自分。至極常識的な夫婦の営みと、非常識極まりない近親の禁忌を、いろんな条件で比較してしまっているのだ。女という生き物は、なんと因果な物だろうか。美希子が洩らした吐息は、喘ぎではなく葛藤の発露だった。


「母、さん……?」

 ほんの少し動きを止めて、徹が優しく問う。

「……コレが、いいの?」

 勘違いなのは明白だ。どうしようもない悩みの先に仕方なく上げられた母の声を、子は性感によってもたらされたと感じたようだ。もちろん母 美希子には、そうじゃないと解説する余裕もない。ただ潤みを纏った瞳を、息子の顔を含むいろんな場所に漂わせるだけだった。

「じゃあ、続けるよ」

 そんな母の様子を息子 徹は同意と理解し、また躍動を再開した。夫とする時の体勢で、夫とする時とだいぶ違う、正常位のセックス。

「あッ、うふ、ンッ……くう、うう、ンッ」

 声は耐えられていると思う。そんなにしないで、と拒否しないでも良いほどの、ただひたすら直線的で静かな動き。
 ただ。やはり高まるのだ。
 母との肉交を果たすため、徹がゆかりの存在に隠れながらも避妊もせずただ挿し込んでひたすらに突き続けた、昼間のキッチン。
 避妊具に遮られたが、眠る父の真上で母親の緩い同意を得て静かだが前後に穿って来ている、今。
 ぐい、ぐい、ぐいいッ。
 先端を、とりあえず実母の奥に届くようにして来る。控えようとしているのか、僅かに遠慮しているのか。少なくとも、色に狂い本能に任せて母を狂わそうとはしていないように、美希子は感じられる。


「く、ううン……ッ、あッ、うんッ、うンンッ」

 エラ?笠?その場所の正式な呼び名など知らない。粘膜にそこは感じられる。きっと自分の感覚もそれをささやかに性感に変えている。だから、少し悶える。
 感じられるのに、鋭くない。強くない。美希子はすぐにその理由に行き当たった。
 コンドームを、着けているから。じゃあ、着けていなければ。

 「あアッ、んんンンッ……あ、うンッ」

 また母親としてしてはいけない妄想を、不意に美希子はしてしまった。コンドームを隔てた中に、猛った肉やエラがある。本来ならゴリゴリと熱い粘膜をこさぎ続けてくれるモノが、ある。長いストロークで責められているからこそ、薄いゴムに隔てられている鈍さやもどかしさが女の肉を襲って来るのだ。ハッとしても、徹に静かに動き続けられ鈍さと鋭さの差異に焦らされ、だから美希子はまた不意に悶えてしまう。

「う、あッ、あんッツ……あ、ンンッ、う、く、ううう……ンッ!」

 しなかったら。
 着けていなかったら。
 生よ?ありえない。ありえ、ない……。

 もうずっと、些細なはずの違いを意識し続けている。
 たった一度だけ経験した、息子のペニスの生々しい感触を探している。
 そしてそれを脳裏が描き続ける事で、美希子の柔肉は快感をじわじわと増してゆく。

「……うあ、あッ、母さんッ」

 挿入時より少し荒くなった息子 徹の息遣い。自分の喘ぎが、それよりもずっと乱れている事を美希子は気づいていた。

 ゴム膜に包まれた肉柱に悶え、それがない事を妄想して更に悶える。戸惑いは今全て、母 美希子の常識を引き剥がして女へと変えて行く材料となっている。

 早く終わらせないと、きっと何か、おかしくなる。

 千々に乱れて行く思考の中で、美希子はそれだけしか思い浮かばない。このままゆるゆると高められ、放出された時。
 おかしくなる事だけは、分かっているのだ。



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