油断/




 今、真夜中の息子の部屋に響くのは、濡れながらも荒い息遣いの応酬。放出の瞬間まで恥知らずに上げられた獣のような互いの声が階下に届かなかった事を、新築の際『徹もいずれ大人になるんだから』と母親として今いち理解できなかった理由で壁や床の建付けに金をかけた夫に、美希子は感謝しなければならないかもしれない。階下の生活音は聞こえ、真上の部屋の裏切り行為の喘ぎは聞こえなかったのだから。もちろん、未露見が夫にとって幸せかどうかは別の話だが。


「は、あ……ッ、はアッ……」
「あッ、はッ、あ、あ……ッ」

 狭いシングルベッドの上で重なり合い、汗と汁に塗れる母と子。避妊具の中への射精で終了のはずだったのだから、母である美希子とすれば迎えるべき結末であるはずだった。早く躰を離し、萎えたペニスから使用後のコンドームを外し、互いの性器をティッシュで拭き、服を整え、部屋を出る。気持ちの乱れはあれど、ここに至った以上美希子にとってそれが最善だった。なのに、不規則な熱い吐息を耳元で吐き続ける息子を、力強く押し退ける事ができずにいた。理由は、胎内の違和感。
 夫との愛の営みでは、数十秒で中のモノは萎み互いに微笑み合って身を離す。決めたわけではないけれどしっかりとしたルーティンが、夫婦の中で出来上がっていた。なのに、今は。

「はあ、はあ……ッ」

 どうして、と口に出したいくらい美希子は惑っている。装着時このサイズのコンドームに収まり切れなかった息子の分身は、確かに緩く治まって来てはいるのに、なかなか母の内から抜け出てはくれないでいる。自ら噴出させた白く熱い溶岩に浸りある程度の存在感を保持したままそこにいる。抜けるタイミングを図っているのに、それは抜けないのだ。

「……とお、る」

 返事を求める余裕はなかった。母として何かしらの意志を告げなければ、また何かが起こってしまう。「半萎え」であるなら終わりがあるが、もし「半勃ち」であるならば、母親は今以上に惑わなければならなくなる。だから、離れなければならなかった。

「あッ……母さん」

 脚を縦に起こし、少し肩を捩り。去来した僅かな恐怖は去り、徹のペニスは数10分の淫猥な里帰りを終えずるり、と美希子から抜け出た。製品本来の潤滑油よりずっとずっとゴムの表面をぬめらせて、少なくとも今日数回目の放出液を纏い、しかしやはり「半勃ち」に見えてしまう姿で、母の胎内から暗い寝室へと再び現れた。

「終わった、の。ね?だから……」

 思った以上に鼻にかかった、甘えたように聞こえる自分の声。慌ててすぐにトーンを変え、冷静に続ける。

「母さんが片付けてあげる、から……徹は、じっとしてて」
「……ッ」

 ああ、大丈夫……私は、母親だもの。

 上体を僅かに起こし、少し手を伸ばす。腕立て伏せのような体勢で動かずにじっとしている徹は、ペニスからだらんとゴムを垂らしたまま。そこに集中していれば、息子の表情を気にせずに淡々と作業できる。行為を終えきっと満足してくれてるはず、そう願いながら指先でようやくゴムを掴む。

「あ……ッ」
「……ッ!」
「どう、して……うう、ンッ」

 今度は声に出してしまい、慌てて咳払いでごまかす。どうして、完全に萎んでくれないのか?と。指先には薄膜隔ててまだ温かさを保持した精液と、固くはないが男の先端を感じてしまう。だからまた美希子の心は乱れる。短い時間でしなければならない事が沢山あるはずなのに、手順に窮し手が止まってしまう。そしてまた、夫の時間と比べてしまうのだ。

 若、さ?それとも……熱情の、差?

 今一番してはいけない比較をした事に気づき、美希子は頭を振った。固く唇を閉じて、必死に作業に戻ろうとする。外して、包んで、拭いて、捨てて、おしまい。外して包んで拭いて捨てて、おしまい……何度も脳裏で繰り返しながら指先を稚拙に動かし、外れる瞬間だけは瞳を逸らした。

「……っ」

 震えてしまいそうな手付きで、なんとかゴムの口を結んだ。避妊具の処理をする女を、男は見ているのだろうか?今後の参考にしてくれるだろうか?それとも、まるで違う視線で実母の姿を観察し続けているのだろうか?意図的に目を合わせないようにしている美希子には、分かりようがない。

「あ……ッ」

 少しだけ逡巡した。ティッシュに包み、捨てる。たったそれだけの事を今この場所でするべきか、或いは階下に下りてするべきか。この場所ではその先の責任を息子に預けてしまう事になるし、1階では夫への露見の可能性が跳ね上がる。ほんの数秒だけ、美希子は迷った。

「……徹、ティッシュはどこ……?」

 願ってはいけない夫の鈍感さを妻である美希子は願って、息子に尋ねた。大人として母として、自分が処理しなければならないと決めた。だから、息子の顔のほうを向く。向いてしまう。

「……ッ!」

 形容ができない表情だった。笑ってはいない。形としては無表情で、母の顔を凝視していた。神様でもない美希子は、その心を当然読み取れずにいる。しかし残念ながら、最初で最後の行為に満足した顔には、到底思えなかった。

「……枕元」

 だから、意外に早く言葉が返った事で美希子はすぐに視線を外せた。今はあらぬ妄想に囚われず作業を進めなければならなかった。枕元、つまり寝ている頭上数10センチにあるであろうティッシュの箱を探るため、美希子は少し起こしていた上体を再びシーツに横たえ、ゴムを持った右手ではない空いた左手を伸ばした。

「……母さんッ」

 唐突な動き。もちろん美希子はそれに反応できなかった。徹は腕立ての姿勢を急に止め、放出直後の密着を求めて来た。伸ばした左手は肩に、避妊具を持った右手は腹と腹の間に圧され、美希子は身動きが取れなくなった。それどころではなかった。

「まだ、夜なんだよ……母、さんッ」

 語気が、静かなのに強い。本当に耳の直ぐ側で聞こえた声。禁忌をゴム越しで果たした母と実子が、数分後にしてはいけない距離。

「うそ、とお、るッ」

 信じられないのだ。セックスのあとで甘く囁き合うのとは当然違う状況で、息子 徹は再び母親と肌を密着させ、何かを囁いて来た。当然美希子は、全身を捩る。でも素直に体を離した時とうって変わり、部活で鍛えた浅黒いそれはまるで揺るがない。セックス時よりむしろ寄り添ってしまった今、美希子の耳の奥に先程の声が響き回る。まだ、夜なら……母にどうしろと言うのだろう?

「あ、あ、あ……ッ!」

 答えは、すぐに出てしまった。
 きっと徹が最も距離を埋めたい、場所。腰と腰、いや性器と性器、男と女の場所。
 自らの液で汚れた場所。コンドームの処理が終わればティッシュで拭かなければならなかった場所。つまりは……まだ潤んだままの場所。そこにはっきりと出現した、感触。やはり半勃ちだったモノは、明らかに猛ってゆく。隙間を埋めるために、隙間を無理矢理空けるほど勃起してゆく。男女の敏感な肌が際限なく沿う、母と息子の下腹部。性器と性器。女と男の、場所。
 もう、母として先導する意義など存在しない。窮屈に抱きしめられた美希子の濡れ秘裂は、もうゴム1枚隔てられる事なく、息子の牡器官の目前に無防備に晒されているのだ。

「ダメ、よッ……徹、分かってッ」
「分からない、よ。母さんッ」

 腰を逃さなければ、いつか相対する。だから、必死になる。息子がこの状態で求めている事が分からない程美希子は馬鹿ではない。もう一度、勃起したモノを、猛り狂いつつあるペニスを、母のヴァギナに突き立てたいのだ。
 若さから来る回復力と、徹の母親に対する歪んだ欲望を、美希子は甘く見てしまった。もうだめよ。わかった。そんな事で終わる禁忌など、禁忌ではないのだ。

「ダメ、えッ……ダメなのッ、お願いッ」
「嫌、だッ」

 必死に躰を揺らす母親に対して、息子はまるで動かずに抱く腕の力だけを増していく。哀れに捕らわれた女は、股間の感触に恐れをなしている。動きを止めるわけにはいかない。でも動いていれば、ペニスは何度も女に当たる。そして止まってしまえば、その女と男は。

「ああッ……もう終わりよッ、これ以上はァッ!」

 何度も強い声で、すぐそばの耳に繰り返す。大きな叫びになりようがない哀れな声。せっかく口を結んだ避妊具が、母と子の腹の間からシーツへ滑り落ちる。少しずつ、掣肘が緩んでゆく。美希子の力が弱まってゆく。母が、女の肉になってゆく。




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