俺と文哉と俺たちの母さん 




 <11>

さて堤家のストリーム(平成17年式)は午前9時4分に宿を出発。金鱗湖までは多分10分もかからずに下っていける。
でもその10分足らずが、絶望風味な俺にはえらく長く感じられる。運転席父さん、助手席母さん、その後ろ文哉、その隣俺。
ロビーでだいたい野球の話をし尽くしたのか、今はカーラジオが発端の政治がらみの話題。内容から考えて母さんとの会話メインなんだろうけど。
家にいる時は俺もライトな感じでそういう話に参加したりする。でもまあ……今はあんまり盛り上がらんわなぁ。母さんが例によってビミョーな返事だし。
それを観察して更にテンション下がってる俺は、話題にノータッチ。文哉にいたっては一番キライな話だ。父さんすまないけどこの流れは……ごめん。

「ねー、なんとか湖とか行ったら何があるん?」

昨日今日で初めて文哉の飽きっぽさがありがたく感じた今の雰囲気。
そっから父さんは「とりあえず黙って湖1周」「おみやげ屋さんを詳しく探索(会社頒布用アリ)」「そのあとは時間を見てキジマ行くかサファリ行くか別府まで行くか決める」とくわしく説明。
そっか。久々のレジャーだからちゃんと考えてくれてたんだねぇ……ありがたい。息子2人はエロモードでダメダメだけど。

「えー?それって楽しいん?先に遊園地とか行ったらダメなん?」

文哉は色々ごちゃごちゃ言ってたけど、まあ基本は初めて行くところだからあんまり強くダダこねない。少しは空気読めるようになったのか?
俺と母さんはその話のおかげで到着するまで無言で過ごせた。で、目指してた駐車場は、っていうと……。

「……ちょっと待ってろな。少し探してくるから」

さすがは有名温泉観光地さま。金鱗湖に一番近い駐車場はバス関連以外はもう規制が始まってた。
だから優しい父さんは、家族を先に降ろして、少し離れたPまで車を停めに行ってくれたわけです。

「あージュース飲みたい。飲みたいよー」

文哉がベンチに座った母さんの腰あたりに絡んでダダこね始める。ついさっきちょっと褒めたばっかなのに、コイツは……。
で、俺はベンチにも座れず微妙な距離をとって、簡易屋根みたいなのの柱にもたれてそんな文哉と母さんを見てる。ふんっ。

「さっきアイス食べたばっかでしょ。またおなか痛くなるよ?」

いつもどおりなようで、やっぱり少しトーンが低めに聞こえる母さんの声。まあ、俺のカン違いだったらいいんだけどね。

「大丈夫だって。ねー、ねーったら」

ワガママ次男文哉の本領発揮!昨日の夜、多分大変な経験したんだけど、あまり成長ないご様子。ムカつけどこうなったら母さん甘いんだよなぁ……。

「……じゃあ、買って来なさい、ほら」

一瞬考えて、母さんは財布から小銭を取り出し始めた……ほら、ね。このまま2人でダラダラと、イチャイチャと自販機のほう行って、残された俺はそれを悔しさ満点で眺めて……。

「ほら。あそこにあるから、1人で好きなもの買って来なさい」

……お?

「えーなんでー?母さんも一緒に行ったらいいやん」

当然のように文哉は言うわなぁ。ってか、「1人で買いに行け」とか、母さん初めて文哉に言ったんじゃね?

「……いいから、文ちゃん1人で行きなさい。母さんは行かないし」

お、お……。

「……」

文哉は不思議な顔してる。多分、初めての雰囲気に戸惑ってる。怒ってるわけじゃないけど、ふだんが笑ってるから真剣に感じちゃう、母さんの顔。
……でも文哉、まだこの顔には上のバージョンがあるんだぜ?俺がさっきロビーで見たヤツとか……。

「……」

とりあえず出された200円を持って、文哉は30m先の自販機コーナーに走ってった。こっちをたまに振り向きながら、ね。さて……母さん、どーいうつもりだ?

「……ねえ。和樹」

声かけられたから、まあ母さんのほうを向く。母さんは、自販機のほう向いてた。こっちから話しかけるのはアレだったから、この流れはまあまあだけど……。

「さっきの話、だけど」
「……さっきの話?」
「……あなたも、したいの?」

文字にしたらちょっとギョッとする展開だけど、これはさすがに俺も?だった。だって30分くらいなんにも話してなかったからね。

「……は?」
「……王様ゲーム、したら。とりあえずいいの?」
「あ、ああ……その話」

これは予想してない展開だ。だって母さんから、俺的には絶望宣言であるはずの王様ゲームの話が出てきたわけだから。

「今から、できる?」

ちょ、ちょっと……こんな場所でこんな状態で準備なんかできねえよ母さんっ!

「あ……そっか。クジがないね。そうだね」

おおうっ!このタイミングで母さんがこっち見た!だから慌てて俺は目をそらしちゃう。

「じゃあ、じゃんけんでいっか。いいよね?」

前代未聞の提案出ました。王様はじゃんけんで決められちゃうそうです……母さん、それはちょっと。
……ってあれ?俺が勝った場合はいいけど、母さんが勝ったらこの話終わっちゃうんじゃね?

「じゃあ……じゃんけん、ぽん」

……ほら、負けるしっ!プレッシャーかかった時の俺ってじゃんけん勝てないんだってばぁ。

「母さんが……王様ってことで、いいわね。じゃあ……母さんが話すこと、ちゃんと聞いてくれること。いいわね、和樹」

……?どーいうことだ。別に怒ってる感じじゃなくなってる気がするけど……あ、話ってやっぱ説教か。そうだ、そうだわな。

「話って……なによ?」
「いいから……あとで2人きりになれたら、話す」

母さんはそこまで、俺の顔を少しだけ笑いながら見て言って、そんで顔をそらした。そらしたっていうか、自販機から戻って来そうな文哉のほう見たって感じ。
……俺は2人きりっていう言葉に、ドキドキしてしまった。さっきまで絶望してたのに、勝手なハナシだ我ながら……。

 

金鱗湖一周徒歩観光は……まあ文哉の懸念どおりあんまり見所ナシ。も少し朝早けりゃいろいろ展開があるらしいんだけどね。
まあ自然が好きな父さんにとっては外せなかった場所っていうことで。
でもおみやげ屋さんは充実。父さんは会社用、母さんはご近所用で800円あたりのお菓子をいくつか買ってる。
俺と文哉には関係ないなぁ……あ、彼女になんか買ってったほうがいいのか?でも俺今それどころじゃ……。

「ねえ、兄ちゃん」

……お?文哉がなんか話しかけて来た。昨夜のムカつき深夜フェ○直後以来か?

「……ん」
「このあとどっち行ったほうがいいんかな?」

ああ……その話ね。

「……多分父さん母さんはお前に合わせると思うよ。まだ時間早ええからキジマかサファリか」
「兄ちゃんはどっちがいいん?」
「どっちでもいいよ、今さら遊園地でも動物園でも……」
「もう、つまらん」

……こいつなに言ってやがんだ。

「せっかく兄ちゃんの行きたいほう行ってやろうと思ってたにー……じゃあ、キジマにする!」

ひー!どこにお前に上から目線の要素があるんだよ……って、あるわ。くやしいけどエロ方面で。情けかけられてるのか、もしかして俺。
……親について回って20数分後。買い物袋下げた2人と一緒に車に乗ったのが10時11分。

「ごめんねー、私たちばっか買い物しちゃって」

こっち見て笑う母さん。まあこの顔見りゃもう怒ってないと信じられるけど……どうだろ?
で……次の目的地は、優しいやさしい兄思いの文哉さんの提案どおり、キジマになった。さあキジマへは車で20分くらいか。気がつけば着いてる感じ?
そして……母さんの王様ゲーム要求「話聞いて」の1回目は、意外に早くやって来ることになった。文哉が……寝たのだ。

「あらら……困ったわね」

車中でもう、そんな母さんの声が上がる状態。

「おい、起きろよ」

俺がひじで突っついても、ムニャムニャうむーと、もぞもぞと。

「なんだ、文哉は眠いのか……」

さすがの父さんも困ってるご様子。

「キジマ……やめる?」
「でも、あとで行かなかったって言ったら、うるさいぞ」

あー、家でもよく聞いてる苦笑いまじりの夫婦の会話。結局、文哉がいつ起きてもいいように、とりあえず中に入ることに。
寝てるヤツ特有の「ねてないよ、ねてないったら」を繰り返しつつ、俺と父さんに両手を掴まれながら入り口を通過。

 

「ほら、キジマ来たよ文ちゃん」
「う、うー」

母さんの声にも生返事。よほど眠いらしい……って、昨日の夜エロ展開にテンション上がって、無理して起きてたせいだし自業自得だわ。

「10時過ぎには寝てたやろ?何でこんなに眠いんだ文哉は」

だいたい中央にあるなんとか広場のベンチに座って父さんが素朴な疑問を母さんにぶつけてる。俺は……母さんの顔をなにげに観察。

「えっと……ほら、普段と違うことしてるから、こう見えて意外と気疲れしてるんじゃない?私もだし……父さんもそうでしょ?」

父さんも、って言ってるのに言葉の最後にはなぜか俺をチラチラ見てた母さん……えー、俺はなにも言いませんよ?

「いろいろかぁ……いろいろなぁ……」

父さんは母さんの言葉を受けて、なぜかニヤニヤし始めた。「?」って思ってたけど「ああ!」ってすぐに思う。
父さんはきっと自分と母さんの早朝露天風呂セックスを思い出したわけね。母さんもすぐそれに気づいたみたいで2人で笑ってる。
……「なにそれ?」って顔できてるかー?今の俺。

「……和、お前はどっか遊んで来てもいいんだぞ?」
「……ああ、うん」

さあ、どうしたもんか。

「……父さんは?私がふみちゃん見とこうか?」
「ああ、いい。早いもんとか高いもんとか苦手」

なんだよ、文哉が寝たせいでこうも家族のテンションが下がるもんか?……下がるんだよなー我が堤家は。
こりゃ早めに切り上げて山下りのパターンだな……。

「じゃあ……和樹」

ん?

「ホラ、行こ?父さんちょっとだけ文ちゃん見ててね」

母さんが、ベンチから立ち上がって俺に向かって手招きしてる。

「……え?」
「せっかくだから、ちょっと遊ぶよ。ホラ、来て!」

笑ってるけど「来て」の言いかたが少しいつもと違ってた。つまりは、説教だかなんだか知らないさっきの「王様ゲーム」が再開されるっぽい。
俺としては「文哉を父さんに任せて大丈夫?」って感じで、少しあたふたしたけど、そんな俺を母さんは、なんと手を握って立ち上がらせた。

「……」
「……」

いろんなことを考える間もなく、気づけば観覧車の中。俺と母さんが乗ったライトグリーンのゴンドラは、11分の回転開始。
扉が閉じて20秒くらい母さんは黙って外見てた。なんだこの空気……胃が痛えーっ!


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