俺と文哉と俺たちの母さん |
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「い、いやその……そりゃあ、したことないエロいことを弟がやったって言うんなら、兄ちゃんとしては、その……」 まださっきのテンションを選択して、笑いながら返事する俺。観覧車がもう1分くらいで終わるし、せめて1回でも母さんに笑ってもらいたかったし。 しかし。なんと。 「いけないこと、だよ……多分。出してあげるとか、口でする、とか……」 そのタイミングで、母さんがゆっくり立ち上がった。対面の俺に、そのまま、近づいて。 「え……お……」 「……もう1回」 「……へ?」 「もう1回、王様ゲーム、しよ」 「……は?」 「じゃんけん、するよ?私、パー出すから……」 俺の横はもう、めいっぱいゴール近く。少し下の視界には、扉を開けてくれる係の人の頭が見えるくらいになってた。 そんな状況で、俺が思うように笑ってくれなかった母さんが、俺をじーっと見て暗号みたいな言葉をつぶやいた。 「じゃ……じゃーんけーん……」 ……考えるヒマなんて、ないっ! 「……ぽん」 「……あ」 母さんは予告どおり、パー。そして俺は……グーを出してた。も、もしかして……史上最大の大マヌケをしでかしたかもしれんぞ、堤和樹っ! 「……なにしてんの和樹。あははっ!」 ひさびさに、母さんが笑ってくれた。俺のマヌケに吹き出すみたいに。 「いいなー。ホント、和樹らしい」 そう言ってニコニコ笑いながら母さんは背を伸ばした。そのタイミングで、ちょうど到着ー。扉が開いて、係の人の「おつかれさまでしたー」の声と同時に。 「……じゃあ、また王様だし。別府に下りてから、ね」 係の人に礼をしながら、すっと外に出てった母さん。俺は……どーしたらいいんだろ? 「なーにしてたん!」 文哉はベンチでもう起きてた。ってか父さんが一応「なんもせんでいいんか」と言って起こしたらしい。 「別に、なにも……」微妙に口ごもっちゃう俺に「なに言ってんの、お兄ちゃんは何度も文ちゃん起こしてあげてたよ?」笑いながらも諭すように文哉に言う母さん。 びっくりするくらい何もなかったように(ってか、何もなかったのは事実だけども)、母さんは今度は文哉の手を引っ張ってメリーゴーランドやゴーカートをはしご。 ゴーカートは俺も父さんも参加して一家対抗。しかし心ここにあらずの俺が、クッション壁にぶつかりまくって最下位。 そんな中でも母さんと文哉はケタケタ笑いながらハイスピードドライビング(父さんは実際と違って超安全運転)。 ゴール直前で明らかに手を抜いた母さんを差して、文哉がゴールイン。父さん母さん笑いながら拍手。俺ポカーン。 気がつけば昼の12時を過ぎてた。いつもなら「おなかすいた」とダダこねる文哉が、さっきまで寝てたせいかあんまり空腹じゃない模様。 なので父さんと母さんが相談して、昼メシは次の場所に移動してから、って決まった。次の場所は「別府」。 観覧車内での最後のセリフ「別府に下りてから、ね」って母さんの意味深なセリフのせいで、俺はプチパニックのまんま。 メシを食う事は決まってる。じゃあそのあと、じゃんけんで再び王座に就いた母さんは、別府に下りて俺になにを要求するんだ……? 結局別府に到着するまでの30分の間は、文哉と父さん母さんがずっとしゃべってた。 少し寝た上でレースにも勝った文哉さんは超ハイテンションで「食いたいメシ」やら「別府でどこ見る」に食いつきまくってた。車内で「なにっ!?なにそれっ!?」って10回くらい聞いたわ。 俺ひとりだけ窓の外の景色見てぼーっと。正直ムカムカしてる。景色見て気分良くなるなんて事もなく、ずっとモヤモヤ。 たまに父さんや母さんが「なあ(ねえ)和樹」って相槌を求めてくるから、話題の内容もわからず「ああ、うん」みたいな感じで気のない返事。 たった30分。でもえらく長く感じた30分。 ガイドブックなど無視で「ここらへんなら間違いない」的な父さんの判断で、駅のすぐ裏の駐車場へIN。モヤモヤしてても、まずは堤家一同でメシ。 別に目指す店もないんで、家族4人ぞろぞろと駅の中へ。小学校以来の駅はすごい変わってた。駅前にヤマダ電機あるし。 メシ自体は、駅ナカの和風ファミレスみたいなところであっさり決定。文哉が食べたかったもんもあったし。 もう1時ちょいだったので混んでもおらず、すぐに注文すぐに配膳。父さん&母さんはチキン南蛮御膳、文哉はからあげランチ。俺は……鶏天定食。ニワトリばっか。 |
食事がおおかた済んで、クリームソーダをかき混ぜながらはしゃぐ文哉に、父さんが「今から行くとこはあんまり面白くないかもしれんけど、ガマンしろよ」と。 父さんがこういうトーンで言った事は、意外と文哉は素直に従う。人生に2回ぐらい、マジで怒られた事あるから、文哉は父さんを尊敬?してる。 その代わりの反動が、普段俺や母さんに来ちゃうわけ。実際、父さんが行こうとしてたなんちゃら温泉の建物に着くまでの徒歩移動時もそう。 文哉は父さんの話にうなずきながらも、飽きたらすぐに母さんのバッグ強奪したり、俺の財布抜きとったりして駆け回る。怒られたらやめるけど、またすぐに同様の手口。 「ほら、見てみろ」 「へえー」 「……ほお」 「へー」 確かに、父さんが見たかった&見せたかったその温泉の建物は、なかなか雰囲気があった。なんか……江戸時代?明治時代?その頃からずっとこの建物らしく。 千と千尋に出てきたヤツみたいで、歴史とか建築に全く興味のない俺も(多分母さんも文哉も)、へーとかほーとか言いながら感心してた。 |
しかし……やっぱり最初に飽きるのは文哉なわけで。そこそこ広い温泉の前の広場を、わがバカ弟は意味もなく駆け回り始める。そして……案の定豪快にコケる。 植え込みのふちにあるレンガにつまずいて転ぶ、そこまでは予想できてた。文哉にはよくある事。でも、その植え込みの中に水がたまってたのまでは予想外。 今朝新品に着替えたはずの文哉のユニクロ製Tシャツ(ライトブルー)はあっさりと泥茶色に右半分が着色された。 「あーあ」 「またはしゃくがらだ、まったく」 「うひゃひゃ、最悪。うひゃひゃ!」 「……」 ケガはなかったようで、逆にテンション上がって笑い続ける文哉。父さん母さん呆れ顔。俺無言。 「どうしよ?困ったな……」 母さんが、最初に冷静に考え始めた。まあ、袖から水が落ちるくらい濡れて汚れちゃってるしなぁ。 「まあ、問題ないだろ……そもそも、ここは風呂の目の前だ」 父さんは、かなりのドヤ顔でそう言った。 「え?」 「よーし、また風呂に入るぞ。温泉ばんざいだ!」 もしかして、父さんはこの温泉にずっと入りたかったんじゃないかな?と思ったり。それくらい楽しそうな今の父さん。 「でも待ってよ。お風呂はいいけど」 「ん?」 「文ちゃんの着替えがないって」 「あ、そっか」 盲点を突かれたらしく、しまった!みたいな顔する父さん。やっぱり文哉と関係なく入りたかった模様。 「まあでも……文ちゃんこのままってわけにもいかないし」 「うん。僕も父さんと母さんと一緒に風呂入りたい!」 ……くそう。あたりまえに俺を除外しやがった。 「ふふふっ……ダーメだね。ここは混浴じゃないもん」 おお、いいとこを観察してるわ母さん。ざま見ろ文哉くん! 「……服、車から取って来るわ。だからお父さん、文ちゃんとゆっくり入ってて」 「ああ、そうか。悪いなぁ」 全然悪気のなさそうな顔して父さんが応える。この人は本当に素直でいい人だ……俺も尊敬してます。 「えー」 「ほら、汚れたまんまじゃダメでしょ。早くお風呂」 「……兄ちゃんは?」 「……あ?」 あ……俺?俺、どーしよっか。 「和樹も一緒に来るの!もしかして母さん一人で行かせる気なの?」 「へ?」 「……じゃあ、お風呂入り終わったら携帯してね。ほら、和樹行くわよ!」 母さんが俺の手を引っ張るのと、父さんが「行くぞ!」って言いながら文哉の手を引っ張ったのが、ほぼ同時。 イマイチ展開がつかめない俺を、母さんはぐいぐいと開けた道まで連れて行き、駅から徒歩で来た道なのに、あっさりタクシーを呼び止めた。 5分もかからないで駅裏駐車場に到着した母さんと、俺。ストリームのキーが開いて、後部座席に母さんが入って、袋から文哉の着替えを取り出して……。 「よし」 その着替えを、助手席のシートにかけた母さんは、車の外で立ってた俺に。俺に。 「ほら、なにしてんの」 「……ん?」 「続き、するよ」 「なん、の」 ここで一瞬、俺の心臓が痛くなった。そして、すぐに。 「王様ゲーム。命令してあげるから、ほら、早く入る!」 笑いながら、だよ?これ、どーなるのよ。 「は、早くって……」 「ほら、時間ないんだよ?早く済ませないと、ほら」 「だ、だから……なにを」 なんか呪文みたいに早く早くと急かす母さんに、声が上擦り気味で大混乱な俺。 「あ、そっか」 母さんはふっと真顔に戻って、座席から俺を見て。 「王様ゲームだったよね。よし……和樹、おとなしく車に入りなさい。王様の言うことはー?」 「……あのね」 「ほら」 「……ぜっ、たい」 「よし!乗れ!」 落ち着いたトーンで(でも口の端では笑ってるっぽい)そう攻撃を受けた。 「……わかったよ」 しかたなく俺は、母さんはすでに乗ってる後部座席へ。 「よし、乗ったね」 母さんの顔はまたニコニコ復活。くそう。 「さて、と……王様は私。和樹は今から言うことちゃんと聞くこと。いい?」 「あ、ああ。うん」 「よし……じゃあ、命令します」 ん?そのあとちょっとだけ、下向いて。ひとつ深く息を吹いた……吸った?まあ、3秒くらい。 で、すぐに顔上げて、俺見て。笑って。 「今から……和樹のアレ、舐めるから。はい、出して」 「うえっ!?」 完全不意打ちっ!アレ!?舐めるっ!? まあ……話の流れとしてアレが何かって事はともかく「舐めるから」って言われちゃうと混乱MAX! |