プラッサくん物語

もどる | すすむ | もくじ

  その一 プラッサくん来たる  

 和哉くんの家にそのプラッサくんがやってきたのは、十月八日の、和哉くんの誕生日でした。
 動物が大好きで、出来れば犬か猫が欲しいなあと、和哉くんはずっと思っていたのです。
 でも、それをお父さんやお母さんに言うことは出来ませんでした。何故ならお母さんは、『アレルギー性の慢性気管支炎』という、ホコリや動物の毛で咳が止まらなくなる病気だったからです。
 お母さんが、寒い日や風の強いほこりっぽい日に、苦しそうに咳をするのを、和哉くんは小さい頃から見ていました。だから、うちに帰った時はまず玄関の前でほこりや花粉なんかをよく落とすようにしていましたし、大好きな犬や猫を見かけても、なるべく触らないように気をつけていました。
 でもやっぱり、和哉くんは動物が好きだったので、そんなことをするのはとても寂しかったのです。
 お父さんは、まだまだ子供の和哉くんが、そんな風に気を使っているのにちゃんと気付いていました。だからお母さんと相談して、プラッサくんを買ってあげることに決めたのでした。
 プラッサくんなら、本物の動物と違って、咳が出るほどの抜け毛が出たりはしません。しかも、人間と同じように話し、コミュニケーションすることも出来るのです。
 勿論、プラッサくんはその辺のおもちゃやゲーム機よりもよっぽど高価で、飽きたからと言って捨てたり、勝手にあげたりしてはいけないという決まりのある、生き物と同じようにたいそう大事に扱われるものです。
 お父さんはプラッサくんを買うために、お店に身分証を持っていき、クレジットカードを作るときみたいに色んな審査を受けたあと、やっと契約書にサインをして、プラッサくんを受け取ってきたのでした。
 誕生日のプレゼントを受け取り、リボンをほどいた和哉くんは、中身を見て目をまんまるにしました。
 やけに固くて頑丈な箱は、つやつやの木で出来た五十センチほどのベッドでした。中に敷きつめられた布団の中には、白いイタチに似た生き物が、まるで人間の赤ちゃんみたいに手足を縮めて眠っています。
 和哉くんはそっと、プラッサくんの背中のあたりに触ってみました。
 ふかふかのつやつやです。でも、プラッサくんは動きません。
 和哉くんはお父さんに聞きました。
「‥‥眠ってるの?」
「そうじゃないよ」
 お父さんは笑って答えました。
「まだ電源を入れてないからね」
「電気で動くの?!」
 和哉くんはまた目をまんまるにします。初めて見た本物のプラッサくんは、どう見ても本当の生き物にしか見えなかったからです。
「お店でうちの家族のデータチップをセットしてもらったから、と。最初にコンセントで充電して‥‥あとは太陽電池とコンセントで自分で充電するんだってさ。なになに、専用の固形食でも補給可能? すごいねえ」
 説明書を読みながら、お父さんは感心しているようでした。でも、和哉くんはそれどころではありません。お父さんをせかして、さっそく充電してもらいます。
 プラッサくんのしっぽは、先の方だけが黒くなっていて、そこに充電用プラグが隠れているのです。でも、和哉くんが触ってみてもまったく解りません。
 お母さんが引いてきてくれた延長コードのコンセントに、しっぽの先を当ててみると、カチッという小さな音がしました。どうやらちゃんとプラグが入ったようです。
 お父さんと、お母さんと、和哉くんがじっと見守る中、やがてプラッサくんの鼻がぴくぴくっ、と動きました。
 ちょこんと立っていた小さな耳が、ぺたん、と頭に張りつくように伏せられ、片方だけがまた、ぴん、と開きます。
 縮めていた手(それとも前足でしょうか)が伸びたかと思うと、その耳をもそもそと猫みたいに掻きました。ひとしきり掻き終わると、手足としっぽをうんと伸ばし、小さな口で大きなあくびをひとつ。
 しっぽの先の延長コードが、勝手にポロリと取れました。
 和哉くんがあっと思ったその時、プラッサくんがぱちっと目を開け、自分を見ている人たちを、びっくりしたように見回しました。
 そしてひとこと。
「わひゃー」
「‥‥可っ愛いー!」
 和哉くんとお母さんは思わず叫んでしまいました。
 お父さんは変な顔をしていましたが、もう二人ともそんなことは眼中にありません。
「プラッサくん、ぼく、和哉だよ。よろしくね」
 握手しようと手を差し出しましたが、プラッサくんには人間の手は大きすぎます。どうしよう、と和哉くんが思ったとき、起き上がったプラッサくんが、小さな両手で和哉くんの人差し指をきゅっと握りました。
「ぼく、プラッサです」
 小さな子供みたいな、ちょっと舌っ足らずの可愛い声でした。
「プラッサ、ここんちの子になりました。よろしくです」
 そう言って、プラッサくんはニッコリと笑いました。握手した和哉くんの人差し指をぶんぶんと振ります。
 プラッサくんの小さな肉球は、ほんのりあったかくてぷにぷにしています。それが楽しくて、和哉くんも笑いました。
 こうして、このプラッサくんは和哉くんの家に来たのです。
もどる | すすむ | もくじ
Copyright (c) 1997 yu-suke.sakaki All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-