プラッサくん物語

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  その四 プラッサくんの大冒険・前編  

 ある日曜日、プラッサくんは川遊びに出かけました。もちろん、和哉くんとお父さんがいっしょです。
 お父さんの目的は川釣り、和哉くんは水辺の生き物採集、そしてプラッサくんは単純に川へのおでかけと、三人の目的はぜんぜんばらばらです。でも、だからって、みんなの楽しさに何の変わりがあるでしょう。
 川につくと、お父さんはさっそくお気に入りのポイントに釣り糸を垂らし、和哉くんはその横で採集の道具を開きはじめます。
 プラッサくんは和哉くんの準備を待ちながら、その川をぐるりと見回しました。
 住宅地のやや奥にある、そのわりにはちょっときれいな流れの川です。
 上流にはちいさなダムか何かがあるのでしょう、水の量が、本当の川幅よりはずっと減っていて、石ころだらけの川原は、釣りや川遊びにはぴったりの感じです。
 もちろん、コンクリートなんかで固められてはいなくて、ちょっと切り立った川淵の、わさわさ垂れかかる草木の下には、小魚なんかがたくさんかくれていそうでした。
 こんなところには、きっと、和哉くんが図鑑で見せてくれた、『水すまし』や『かえる』や『どじょう』なんかが、いっぱいいるにちがいありません。
 プラッサくんのわくわくも、情緒回路いっぱいになった頃、和哉くんが支度を終えて立ち上がりました。
 おうちからはいてきたスニーカーは、お父さんから借りた黒い長靴にかわっています。プラスチックの採集ケースと、水中用の網を手に、和哉くんはにっこり笑いました。
「プラッサくん」
「あい」
「今日はいっぱい取るぞー!」
「とるぞー!」
「あんまり遠くへ行くなよー」
「はーい」
 お父さんの声に手を振って、二人は水辺を歩きはじめました。
 入り組んだ、流れのゆるやかな淵の奥には、水すましがすいすい滑っています。
 浅いところにつんつん動く、なんだかちいさな、魚っぽいものは、きっと『めだか』にちがいありません。それよりちょっと深いところにいる、すいっすいっと泳いでいるのは、どうやら『ハヤ』という魚のようです。
「ハヤですか?」
「うん、そうだね。あっちのはメダカ。あの、枝の下がってる下のとこのがフナだよ」
 プラッサくんはうんうんとうなづきました。
「すごいです。図鑑にのってたのがみんないます」
「さがせばもっといるよ。プラッサくん、何が好き?」
「かえるが見たいです。みどりいろです」
「プラッサくんって緑色好きだね」
「すきです。草も木もみどりいろです」
「今ごろのカエルはまだ小さくてかわいいよ」
「かわいいですか」
「オタマジャクシからカエルになりたてで、まだちょっとしっぽが残ってるやつなんかいるんだよ」
 プラッサくんは目をきらきらさせて、ぱかっと口をあけました。
 まだちょっぴりしっぽの残っている緑色のカエル!
 なんてどきどきする響きでしょう。あの、ぽっちりした、ちいさな指先の肉球ざわりも気になりますが、『ちょっぴりのしっぽ』にはかないません。
 プラッサくんは、和哉くんがカエルを見つけるのが、まちどおしくて仕方ありませんでした。ごろごろの石の上を、和哉くんのあとについて、とってとってと跳ね歩きます。
 ななめにかけたショルダーバッグは、お母さんの手作りです。プラッサくんが跳ねるたびに、中に入れてもらったおべんとうが、ことんことんと動きました。
 お父さんの目の届く範囲を、かれこれ二十分ばかり歩き回った頃でしょうか。
「あ、プラッサくん、カエルみっけ!」
 ようやっと、和哉くんがカエルを見つけて叫びました。
 ケースのなかには、ハヤ、メダカ、かたつむりがおさまっています。あとはカエルだけだったのです。
 プラッサくんは和哉くんの指した、細い支流の向こう岸を見やりました。
 二メートルくらいの川の向こうは、すこし切り立った、低い土手のようになっています。上にはアカシアが並木のように生えていて、水辺では、そのむきだしの木の根をおおうようにして、いろんな草がわさわさと伸びています。
 その中の、ちょっと大きな葉っぱの上に、ちいさなカエルがちょこんとくっついています。
「わひゃー!」
 プラッサくんは思わず叫びました。
 カエルは本当に、図鑑で見たようにきれいな緑色です。しかも、図鑑の絵よりも、おしりのあたりがぽこんとしています。あれはきっと、和哉くんの言った、『ちょっぴり残ったしっぽ』に違いありません。
「よーし」
 和哉くんはケースを置き、そっと川淵に足を下ろしました。
 岸のあたりは浅いのですが、まんなかはけっこう深そうです。長くてぶかぶかのお父さんの長靴でも、間に合わないかもしれません。
 そろそろと足場を確かめながら、和哉くんはいっぱいに網をのばしました。でも、もうちょっとのところでとどきません。
「うーん、もうちょっとかなあ」
「あぶないです、気をつけてください」
「だいじょうぶ、ぼく、泳げるから」
「でも、めだか飲んじゃいます」
「飲まないって」
 和哉くんは思わず笑いました。
 そのときです。
「わっ」
 足場がわりに踏んでいた石が、突然ぐずりと崩れました。
「わわわっ!」
 バランスを崩した和哉くんは、そのまま思いっきり川の中へ倒れ込みます。
 プラッサくんはびっくりして口を開けました。とっさに、ちょうど目の前にあった、黒い長靴のふちをつかんで止めようとします。でも、プラッサくんの体重と大きさでは、つんのめる和哉くんを止めることはできません。
「わひゃー!」
 ばっしゃーん!と大きな音を立てて、二人は川のまんなかへ落っこちてしまいました。
 深いとはいっても、小学生の足がつかないほどではありません。和哉くんはちょっとのあいだばたばたしたあと、なんとか体勢を立て直して立ち上がりました。もう、パンツも長靴もぐちゃぐちゃです。
「うわあ、気持ちわるう。‥‥プラッサくん、だいじょうぶ? ‥‥プラッサくん?!」
 和哉くんはハッとしてあたりを見回しました。プラッサくんの姿がありません。
「わひゃー」
 声のした方を見てびっくり、プラッサくんはぷかぷか浮いたまま、ゆるい流れに乗って流されているではありませんか!
「プラッサくーん!!」
 和哉くんは思わずばしゃばしゃ泳ぎながら、プラッサくんをおいかけました。
 お風呂なんかで沈まないように、プラッサくんはロボットながらちゃんと浮かぶようにできているのです。でも、今はそれが裏目に出ました。小さなプラッサくんは、支流のゆるやかな流れなのに、どんどん流されていってしまいます。和哉くんがいっしょうけんめい泳いでも、プラッサくんにはおいつけません。
 和哉くんはいったん岸辺に駆けあがって、流されるプラッサくんをおいかけました。もうちょっとでおいつきそうです。
 でも、その時、運悪く、ゆるやかだった支流の流れが、大きな本流にぶつかりました。プラッサくんは、今まで以上の、速くて広い川の流れにどーっと押し出されてしまいました。
「プラッサくーん!!」
「ご主人ー」
 沈まないのが幸いながらも、プラッサくんはあっぷあっぷしています。和哉くんは思わずプラッサくんを追って、大きな川に飛び込みました。異変に気づいたお父さんが、釣竿を投げ捨てて走ってきましたが、和哉くんはそれどころではありません。支流よりもずいぶん濁った流れをかいて、波間に見えかくれする白いプラッサくんをおいかけます。
 もう、どのくらい流されたのかもわかりません。でも、この調子なら、なんとかプラッサくんに追いつけるかもしれないくらいまで、和哉くんががんばった、そのとき。
 流れを割って見えかくれする、大きな岩が急にあらわれ、和哉くんの肩にあたってがつっと音をたてました。
 和哉くんはびっくりしたのと痛いのとで、とっさに体勢を立て直せず、ごぼりと沈んでしまいました。口や鼻に濁った水が入ってきて、息は苦しく、鼻の奥がつんと痛くなります。でも、ぶつけてしびれた肩が痛くて、思うように泳げません。
 気管に水が入ってごぼごぼと咳こむ和哉くんを、なんとか助けてくれたのはお父さんでした。プラッサくんより大きな和哉くんには、お父さんはなんとか追いつくことができたのです。
 岸辺に引っぱり上げられてしばらく、和哉くんは咳をして水を吐いたりしていましたが、やがてはっとしてお父さんを見ました。
「お父さん、プラッサくんは? プラッサくんは?!」
 お父さんは少しの間、怒ったような困ったような顔で黙っていましたが、やがてぼそっと言いました。
「‥‥追いつけなかったんだよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 和哉くんはしばらく黙ってお父さんを見ていました。
 溺れて水を吐いて、苦しくて涙がこぼれていた目に、新しい涙がじわりとわきあがってきます。
 ぼろぼろと涙がこぼれはじめると、もうだめでした。
 和哉くんはびしょぬれのまま、岸辺でわあわあ泣きました。
「‥‥プラッサくんのサービスセンターに連絡して、探してもらおう」
 和哉くんをなだめながら、携帯電話をとりだして、お父さんは言いました。
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