プラッサくん物語
その五 プラッサくんの大冒険・中編
さて、その頃、プラッサくんはどんどん川下へと流されていました。
自分を追いかけて泳いでいた和哉くんが、岩かげでごぼりと沈んでしまったときは、しっぽの毛が逆立つほどこわい思いをしました。
でも、そのすぐあと、お父さんが和哉くんを引っぱり上げるのが見えたので、プラッサくんはひとまずほっとしました。だって、考えてもみてください。自分を助けるために、大事なご主人があぶない目にあうなんて!
和哉くんの身に何かあったりたら、『小さな友達』プラッサくんの名折れです。
そんなわけでプラッサくんは、自分の身の上はさておいて、和哉くんの無事に安心しながら、どんどん流れていきました。とりあえず、緊急パルスの発信スイッチを入れておくのは忘れていませんでしたから、よほどのことがない限り、サービスセンターの人が捜しに来てれるはずです。
下流に向かうにつれ、きれいだった川はだんだん濁ってきていました。
もうずいぶん下流のあたりらしく、流れ込む下水なんかで水はもうまっ茶色で、なんだか泡までたっていますし、空き缶やビニール袋なんかが、いっしょにぷかぷか浮かんだりしています。
「川にゴミを捨てちゃだめです」
プラッサくんはどんな時もマナーを忘れません。もちろん、今は誰も答えてはくれませんが。
公共マナーについて考えていたプラッサくんは、すこし向こうに壊れたバケツが浮かんでいるのを見つけました。持ち手が取れて、上の方が割れている青い大きなバケツです。
プラッサくんは小首をかしげました。ぷかぷか浮かんだまま、ちょっと格好をつけて腕を組んでみます。‥‥何かいいことを思いついたようです。
やおらパチャパチャとバタ足を始めて、プラッサくんはバケツに泳ぎよりました。よいしょっとバケツを引っくりかえして、中に入っていた水をあけます。それから、まるで一寸法師みたいに、バケツを船がわりに乗りこみます。
プラッサくんはぴんとひげを張りました。
「モモから生まれたらモモタロウ、バケツから生まれたらバケツタロウです」
何か間違っているようですが、この際気にする人もいないので、たいしたことではありません。
そんなことより、とりあえず足場は確保したものの、このままではいつか海に出てしまうにちがいないのです。
和哉くんに見せてもらった図鑑によると、海には、サメや、まぐろや、シーラカンスなどという、とても大きなさかながたくさんいます。こんな小さなプラッサくんは、きっとひと飲みにされてしまうにちがいありません。その前に、なんとかして陸に上がらなくてはなりません。
でも、見上げても、コンクリートのブロックで固められた川岸は、急な壁のようになっていて、プラッサくんのちいさな肉球ではとても歯がたたない感じでした。人間用の、幅の広いかすがいが打ち込んであるのは、何回か見かけてはいましたが、プラッサくんがよじのぼれそうな、幅のせまい足がかりはみつかりません。
「プラッサ、こまりました。どうしようです」
プラッサくんはいっしょうけんめい考えていましたが、そのあいだもやっぱり、どんぶらこっこと流されていきました。
それからどのくらい川を下ったころでしょうか。プラッサくんは、濁っていたはずの川の水が、だんだんときれいになってきていることに気づきました。
そんなに深くない川底が、今ははっきり見通せます。ちいさいさかなや大きなコイが、のったり、すいすいと泳いでいるのも判りました。
プラッサくんは、はっとしてパカリと口をあけました。
「海が近づいてきてます。プラッサ、食べられちゃいます!」
本当は、水のきれいな別の川と合流して、放流されたさかなが泳いでいる地域に入っただけで、海にまだまだ遠いのですが、そんなことが解ろうはずもありません。
プラッサくんはあわててキョロキョロとまわりを見ました。
少し向こうには、さかなの住処にしているらしい、いろんな大きさの岩がごろごろしています。
水はきれいで、もうそんなに深くはありません。ときおりバケツが底に引っかかって、ごとんごとんと重い音をたてます。
プラッサくんはバケツの行く先の、平たくていくつか並んだ石にねらいを定めました。しっぽをふってバランスをとり、いち、にの、さん、で飛びうつります!
プラッサくんはうまいこと、ぽてん、と岩の上に乗っかることができました。ちいさな肉球が、ざらざらの岩をしっかりキャッチしたのです。
「ふーうー」
思わず踊るようなポーズでバランスをとってから、プラッサくんはぺたりと座り込みました。いままでお世話になった青いバケツが、空のままどんぶらどんぶら流れさってゆきます。
「たすかりました。バイバイです」
プラッサくんはきちんとお礼を言うと、しばらくバケツを見送って手をふっていました。‥‥さて、これからどうしたらいいのでしょう。
ななめにかけていたのがよかったのか、おべんとうを入れたバッグは、なくなってはいません。ふってみると、ことんことんと動きます。どうやら、中身も無事のようです。
「でも、いま食べちゃいけません」
自分に言いきかせるように、プラッサくんはつぶやきました。
お日様の光が当たっているうちは、おなかの蓄電池はだいじょうぶです。夜になっても、ひと晩かそこらなら平気です。
もっと困ったことになるまで、おべんとうはとっておこうと、プラッサくんはきめました。
ぱちゃぱちゃはねる足下の水に、そっと肉球をつけてみます。そんなに冷たくはありませんし、流されないくらいの深さです。
プラッサくんはえいっと川のなかに飛びおりました。まず毛なみをよく洗って、わけのわからない汚れをおとします。もちろん、おうちで洗ってもらうときみたいに、きれいなまっ白にはなりません。
それでも、なんとなくさっぱりしたプラッサくんは、よじのぼれそうな場所をさがして、浅瀬をつたって歩きはじめました。
子供のコイが、ちょろちょろと足下を泳いでいきます。ちょっと深いところには、もっと大きなコイがのったりとたゆたっています。
「あかとしろです。くろいのもいます。でも、みどりいろのコイはいません」
プラッサくんはうんうんとうなづきました。
しばらく歩いてみましたが、のぼれそうなところはみつかりません。護岸ブロックの上の方は、遊歩道なんかではなく、たかい壁になっているらしく、通りかかる人の姿も見えませんでした。‥‥このままでは、だれにも見つけてもらえません。
プラッサくんは、ふと目についた、まんまるい穴をじっと見つめました。
もうずっと、下水口としては使われていないのでしょう。乾いたコンクリートのふちには、緑色の雑草がはえていて、お日様に向かってわさわさとのびています。
プラッサくんはなんとなく、道路のはしっこなんかにある、排水路とか用水堰を思い出しました。ここをつたっていけば、そのうちあんなところに出られるかもしれません。
‥‥本当は、このまま川か、石の上で待っていれば、サービスセンターの捜索班の人が、プラッサくんを見つけてくれるはずだったのです。
でも、それを知らないプラッサくんは、早くおうちに帰りたい一心で、乾いた下水口へとよじのぼりました。
奥の方は暗くて、でもどこからかもれている光で、ぽつぽつと白く光っています。
プラッサくんはその光をたどるようにして、下水口の奥へと進んでいきました。
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