生プラッサくん物語
その一 生プラッサくん、誕生
陸くんの専門は、主に機械工学です。
まだ中学二年生ですが、国の研究機関に在籍していて、国家予算や発明の特許料で、思う存分いろんな研究をしています。
プラッサくんを開発した頃、陸くんはバイオに凝っていました。同じ機関の、バイオ部門に友達が出来たからです(友達、といっても向こうは二十代後半のお兄さんですが)。
陸くんはそのお兄さんから色んなバイオ関係の基礎知識を教わりました。そうすると、早速試してみたくなります。
陸くんが造ったのは、なんと、ロボットではない、本当の生き物のプラッサくんでした!
脳の一部分に補助用のバイオチップが使われているだけの、謎の新生命体です。
バイオ実験の倫理規定に引っかかるので、許可を取るには様々な手続きや規制がありましたが、それらを何とかクリアして、生プラッサくんは生まれました。
ロボットのプラッサくんは、身長三十センチですが、この生のプラッサくんは、二十センチほどの大きさです。
ロボットの回路にプログラムされたような、生活上の知識もまだありません。色んな生物の遺伝情報からサンプリングした、基本的な本能と、乳幼児程度の情緒しかない、本当の赤ちゃんです。
生プラッサくんはしばらくのあいだ、くりっとしたつぶらな瞳であたりを見回していましたが、やがて、
「‥‥わひゃー」
と第一声を上げました。
陸くんはそっとプラッサくんに話しかけました。
「プラッサくん、俺のこと解る?」
生プラッサくんはちょっと小首をかしげました。
「もしかしてはかせですか」
「うん、そうだよ」
「プラッサ、うまれたてです。はじめましてです」
そう言ってにっこり笑いました。
補助脳として入れられたバイオチップには、小学一年生程度の基本言語がインストールされています。
陸くんの言うことが解るかどうか、これはちょっとしたテストでしたが、十分に合格です。今までの動き方や仕草からして、どうやら培養そのものも大成功のようです。
嬉しくて、陸くんもにっこり笑いました。
「どっか痛いとことか無い?」
「ないです。‥‥でもちょっとさむいです」
培養ポッドから出された生プラッサくんは、人口羊水でべそべそに濡れていたのです。
陸くんは一旦、プラッサくんをお風呂に入れてやりました。ふかふかのタオルでくるんでから、ひとまず暖かいミルクを飲ませます。
「おいしい?」
「おいしいです」
味覚機能も正常に働いているようです。
話しながら、陸くんはひとしきり生プラッサくんの機能をチェックしました。
「身体機能OK、味覚・嗅覚OK、温度感知機能OK、と」
そして、全項目にマル印がついた頃、陸くんは、生プラッサくんを自宅に連れて帰ることにしたのでした。
「ただいまー」
「はい、おかえり」
お父さんは色々と訳あって、浪人・留年の末に年齢不詳になった大学生か、二十代も終わりのフリーターにしか見えないのですが、この際皆さんはあまり気にしないでください。
兄弟にしか見えない父子が居間に戻ると、猫用絨毯に寝そべっていた、白黒の猫と赤茶色の猫が、二人を見てニャア、と鳴きます。
「あ、ブチ、赤猫、ただいまー」
その声を聞きつけて、台所でごはんを食べていた五十センチほどのちいさな豚が、蹄をカツカツいわせて駆け寄ってきます。
「ピーちゃんもただいまー」
ミニ豚のピーちゃんは、かがみ込んだ陸くんに、プフプフと鼻を鳴らしてすりつきます。ただ、天井近くのフルーツバットだけは、別段気にした風もなく、専用の物干し竿にぶら下がったままでしたが。
「お父さん、実はちょっとお願いがあるんだけど」
ピーちゃんをかまいながら、陸くんは切り出しました。
「何だい。お父さんは陸より貧乏だから、大したものは買ってやれないぞ」
「そんなんじゃないって」
言いながら、陸くんはそっと、蓋のない籐細工のバスケットを取り出しました。中には、バスタオルとおぼしきふかふかのパイル地が敷きつめられ、小さなプラッサくんがちょこんと座り込んでいます。
「あれ‥‥なんか小さいね、このプラッサくん」
「ふふふ(笑)」
「何だい、その『カッコ笑う』は」
「新作です。その名も『生プラッサくん(仮)』! じゃじゃーん!」
「ナマ!!‥‥お父さんは目を丸くしました」
「‥‥俺ってほんと父親似だよね」
「‥‥それで?」
陸くんは、ぽん、とお父さんの肩に手を置きました。
「お願いと言うのは他でもないんだけど。‥‥お父さん、俺が学校に行ってるあいだ、生プラッサくんをお願いします」
「ええ?」
「このプラッサくん、生だけに育つんだよ。予定だと普通のプラッサくんのサイズくらいまでは」
「そりゃすごい」
「だから立派に育つまで、毎日ごはんあげたり色んなこと教えたりしないといけないんだよね」
「大変そうだなあ」
「大丈夫、お父さん猫とか生き物育てるの上手いし。お母さん手伝って、子育てにも参加したじゃない」
「まあ‥‥確かに、お父さんはサラリーマンじゃなかったしねえ」
「それに、お母さんはお店あるし、向こうの家は猫てんこ盛り状態だしさ」
「ごはんとか大変じゃないの?」
「大丈夫、人間の子供と同じでOK」
「うーん‥‥」
当の生プラッサくんは、そのままバスケットの中でじっとしていましたが、『はかせ』と『オトウサン』の会話は当分終わりそうにありません。
退屈して、しばらくキョロキョロしていた生プラッサくんは、ふと、向こうに何かふくふくした生き物がいるのに気付きました。
『猫』と言う言葉は知っていても、本物を見たことはありません。生プラッサくんは、ぽてん、とバスケットから飛び降りました。初めて見る生き物に、恐る恐る歩み寄ります。
猫の方も、見慣れない謎の生き物に目を丸くしました。今まで知っているどんな動物とも違う、不思議な匂いとかたちです。
ブチの方が、警戒してるるっと咽喉を鳴らしました。
『あんた、何?』
「ぼく、プラッサです」
陸くんとお父さんは、不意に遠くから聞こえた声に、びっくりして振り返りました。いつバスケットを抜け出たのか、二人とも気がつかなかったのです。
『プラッサって、なに?』
「ぼくです」
『猫じゃないの?』
「プラッサです」
その様子を、二人ははらはらして見ていました。近所のボスのくせに温厚な赤猫と違って、ブチはなかなか気難しくて怒りっぽいのです。ブチが気に入ってくれなかったら、生プラッサくんをうちに置くことは出来ません。
ブチはひとしきり生プラッサくんの匂いをかぐと、お父さんの方を向きました。
「あー‥‥ブチ、赤猫。その子、うちに置きたいんだけど、いいかな」
ブチが赤猫を見ます。
赤猫は、しばらくふんふんとプラッサくんの匂いをかいでいましたが、やがて、ペロリとプラッサくんの鼻の頭を舐めました。
「わひゃー!」
生プラッサくんはびっくりして両手を上げました。
「ざりりです!」
『猫舌はざりりよ』
どうやら赤猫は、生プラッサくんが気に入ったようでした。仲良しの赤猫の態度に、ブチも受け入れを決めたようです。プラッサくんの、まだ十センチには足りない尻尾は、楽しさとびっくりでふくふくです。
「この分なら大丈夫かなあ‥‥」
「大丈夫だって。‥‥プラッサくん、ちょっとおいで」
「あい」
陸くんは念を押すように言うと、とてとてと駆け戻ってきたプラッサくんに向き直りました。
「この人は俺のお父さんです」
「はかせのオトウサンですか」
プラッサくんはびっくりしたように、小さな口をぱかりと開けます。
「俺がいない間は、お父さんに面倒見てもらってね」
「あい」
プラッサくんは頷くと、お父さんを見てにっこりと笑いました。
「ぼく、プラッサです。はかせのオトウサン、よろしくです」
「『お父さん』でいいよ」
ちょっと心配ですが、子供の頼みを断るわけにもいきません。
生プラッサくんの頭をそっと撫でると、猫よりもっと柔らかい、何だか不思議な手触りがしました。
こんなわけで、この生プラッサくんは、お父さんの一番小さい子供として、お家にやってきたのでした。
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