いろんなプラッサくん物語
その一 生プラッサくん、秋の衣替え
生プラッサくんは、普通のプラッサくんとは違って、陸くんがバイオ技術を駆使して生まれた、本当の生き物のプラッサくんです。
生まれたときは、普通のプラッサくんよりかなり小さくて、身長は二十センチしかありませんでした。
でも、『生』と言うだけあって、生プラッサくんは一年ほどたつとすくすく大きくなりました。ロボットではないので、ちゃんと成長するように遺伝子を組んであったのです。予定では、ロボットのプラッサくんと同じ、三十センチほどになるはずでした。
しかし、ある時、
「お父さんお父さん」
生プラッサくんが、とてとてとお父さんに駆け寄ってきました。
相変わらず、二十台後半ギリギリにしか見えないお父さんは、猫にブラシをかけています。
「なんだい、プラッサくんもブラッシングする?」
「ちがいます、生プラッサはきのうもお風呂に入りました。抜け毛はありません」
そう言ってちょっと口をとがらせ、プラッサくんはぷう、とふくれました。
「ごめんごめん。それで、何のご用かな」
「そうです、ゴヨウです」
プラッサくんは思い出したように、ぽん、と肉球を打ちました。
「生プラッサはなんだか成長しました。お洋服が小さいです」
「え?」
お父さんはブラシの抜け毛を取りながら、まじまじと生プラッサくんを見やりました。
半年ほど前、生プラッサくんは三十五センチほどの身長になったので、お洋服をお母さんの手作りから、市販のプラッサくんのものに総入れ替えしました。
その時、開発・制作者である陸くんが、
『このくらいまで育てば、あとはもう伸びないと思うよ。市販の服は三十センチ用だけど、ちょっと大きめに作ってあるから大丈夫じゃないかな』
と言ったのを、お父さんとプラッサくんは覚えています。だからその後は、あんまり気をつけてはいませんでした。実際、毎日見ていてはよく分かりません。
お父さんは居間のすみへ行くと、身長を刻んだ柱の前にプラッサくんを立たせてみました。
‥‥前につけたしるしよりも、ずいぶんと大きくなっています。メジャーを当ててみて、お父さんは二度びっくりしました。
「うわあ」
「お、お父さんびっくりですか? プラッサは大きくなったですか?」
「すごいよ、巨大だよプラッサくん! 四十センチもあるよ!」
「わひゃー!!」
プラッサくんもさすがにびっくりして、ぱかりと口を開けました。
「巨大ロボ・ジャイアントプラッサ発進です!」
「ロボットじゃないけど、たしかに巨大だね。‥‥もう伸びないって、陸は言ってたのになあ」
「プラッサ、もっと大きくなれますか?! ぴかちゃんくらい大きくなりたいです」
ぴかちゃん、と言うのは、お父さんの末の子供で、本当は光くんと言います。小学校の二年生で、プラッサくんにとっては、すぐ上のお兄さんになります。末っ子のぴかちゃんは、自分より小さい兄弟を欲しがっていたので、二人は大の仲良しなのです。
「いつもプラッサはぴかちゃんにメンドウ見てもらっています。だからプラッサは大きくなって、いつかぴかちゃんをおんぶしてあげたいです」
お父さんは、初めて聞いた生プラッサくんの野望に茫然としてしまいました。
「‥‥そ、そんな野望を抱いていたんだね、プラッサくんは」
「そうです。ヤボウです。‥‥キボウとはちがうですか?」
意味はあまりよくわかってはいないようでしたが。
「うーん‥‥とりあえず、これ以上伸びるかどうかは陸に調べてもらわないと判らないなあ」
でも、陸くんは、今は学校に行っている時間です。携帯電話は持っていても、学校までかけるわけにはいきません。
お父さんはとりあえず、大きくなったプラッサくんの服を新しく用意することにしました。
ちょうど新型のプラッサくんが発売になるのは、陸くんに聞いて知っていました。そのプラッサくんは、身長が四十センチあるのです。生プラッサくんには、ぴったりのはずです。
お父さんは研究所に電話して、まだ市販はされていないその服を、何着か分けてもらうことにしました。
「用意しておいてくれるって。いっしょに取りに行こうか」
「おニューですか!」
生プラッサくんのしっぽが、うれしさにピンと伸びました。
そうしてお父さんと出掛けた生プラッサくんは、研究所で新しいお洋服を分けてもらいました。
その帰り道、プラッサくんはバスケットの中で、さっそく新しいコートなんかを引っ張り出して、わくわくしていました。
するとお父さんが、不意に、
「あ」
と言って足を止めました。プラッサくんは、
「どうかしましたか。ねこですか」
と、バスケットから顔を出します。
見回すとそこは、大学の官舎がずらりと並ぶ住宅街でした。道路の横のフェンス沿いに、駐車スペースになっている、草ぼうぼうの空き地があって、お父さんが何かをじっと見ています。
「プラッサくん、これこれ」
指さされたものを、プラッサくんはきょとんとして見つめました。
緑色のフェンスにからんでいる、枯れた色のつる草です。十センチくらいの実がたくさんなっていて、『アラジンのランプ』とか『足のないカレールーのうつわ』みたいな形をしています。乾いて割れた実の中には、なにか白いものが入っていました。
「お父さん、これはナニモノですか?」
「これは、『ガガイモ』っていう植物だよ」
「ガガイモ!」
奇妙な言葉の響きに、プラッサくんはぱかっと口を開けました。
「ガガイモとは『ガガ』と『イモ』ですか?!」
「違うと思うけどね」
お父さんは笑いながら手を伸ばして、割れている実をひとつ、取りました。中に入っているものを取り出すと、プラッサくんは二度びっくりしました。
その白いものは、タンポポの綿毛なんかくらべものにならないほど大きくてふかふかの、大きな種のついた真っ白い綿毛でした!
羽根つきの羽根みたいに、五ミリほどの平たい種に、三センチくらいの綿毛が直接くっついています。肉球に乗せてもらうと、猫の毛よりももっと柔らかくて、しっとりした不思議な手触りがありました。
「ふわふわです!」
「うん。お父さん、小さい頃からこれが好きなんだ。よく、たくさん集めて遊んだんだよ」
「集めるですか!」
プラッサくんが、目をきらきらさせて言いました。
お父さんはしばしなにかを考えていましたが、
「‥‥そうか‥‥なるほど‥‥‥よし!」
突然何か決心したように言うと、ガガイモの実を集めはじめました。
「プラッサくん、これをちょっとバスケットに預かってくれるかな」
「あい」
プラッサくんのバスケットは、見る間にガガイモの実でいっぱいになりました。
そうして、お父さんとプラッサくんは、たくさんのお洋服といっしょに、たくさんのガガイモの実をもっておうちに帰ったのでした。
そして夕方、学校から帰った陸くんが、生プラッサくんを調べて言うことには、
「うーん‥‥予想より成長点の発達がすごいなあ」
「それはどういう意味?」
「つまり、うんと可愛がって、心理的ストレスが少ない状況で、たくさん食べて運動してるから、成長ホルモンの分泌が多いんだよ、普通より」
「プラッサは大事にされて、たくさん可愛がられているです。もっと食べてウンドウすれば、もっと大きくなれるですか?」
「いや、それはさすがに無理だと思うんだけど」
「ムリですか?」
「だって、そんなに大きくなる遺伝子は組んでないし」
「ムリですか‥‥プラッサ、ちょっと残念です」
生プラッサくんはふう、と溜息をつき、悲しそうにうつむいてしまいました。
それからしばらくたった、ある日。
「プラッサくんプラッサくん」
お父さんが、なにか大きな包みをもってきて、生プラッサくんを呼びました。
「生プラッサ、呼ばれました。ゴヨウですか」
「ご用です。―――はい、プレゼント」
「わひゃー!」
お父さんの大きな包みを、生プラッサくんはびっくりして受け取りました。
「プレゼントですか!」
「プレゼントだよ。開けてみてごらん」
「あい!」
がさがさと包み紙をあけて出てきたものは、なんと、新しいふかふかのお布団でした!
やわらかいクリーム色の『花玉もよう』の生地で、お母さんの手縫いらしく、端っこの方に『P』と刺繍が入っています。
「生プラッサくん、大きくなったからね。肌がけ布団も大きい方がいいかなと思って。‥‥もうちょっと大きくなってもいいように、大きめに作ったんだよ」
「プラッサうれしいです、お父さん、アリガトウです」
お礼を言うと、お父さんはにっこり笑いました。
「しかもこの布団はね」
「なんですか?」
「綿がガガイモで出来てるんだよ」
「ガガイモですか?!」
「そう、ガガイモ布団」
「ガガイモブトン!!」
生プラッサくんはとてもびっくりしました。
あのときお父さんが、たくさんのガガイモを集めていたのは、これを作ろうと思っていたからだったのです!
しかも、『ガガイモ布団』! なんてわくわくする響きでしょう。
生プラッサくんは驚きと嬉しさにキョロキョロしながら、思わず手足をバタバタさせて、奇妙な踊りを踊ってしまいました。お父さんが面白がって手拍子を打つと、
「ガガ♪イモ♭ガガ♪ガガー♪」
と、さっそく奇妙な歌を作って歌い始めます。
ひとしきり歌い踊ってはふー、と息をつくと、生プラッサくんはそのガガイモ布団にくるまってみました。 あったかくてふかふかしていて、まるで羽根布団みたいでした。
その晩、生プラッサくんは夢を見ました。ガガイモ布団に乗って、まるで空とぶじゅうたんみたいに、おうちの上を飛ぶ夢です。
風を切って飛んでいると、すぐ頭の上に雲があって、手を伸ばすと、それはふわふわにかたまったガガイモの綿毛でした。ぽふぽふと叩くと、綿毛は雪のように地上に降っていきました。
見下ろすと、いつの間にか生プラッサくんは、巨大ロボ・ジャイアントプラッサくんになっていて、みんながこっちを見上げています。
生プラッサくんはわくわくして叫びました。
『巨大ロボ・ジャイアントプラッサ発進です!』
‥‥その寝言を聞いたお父さんは、夜中にびっくりして飛び起きました。
お父さんは翌朝、生プラッサくんにそのことを聞いてみましたが、生プラッサくんはもう、夢のことはなんにも覚えていませんでした。
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