仙蔵は蝶のようだと、長次は思う。
紋白蝶ではない、豹紋蝶でもない、シジミ蝶では絶対ない。
揚羽。からす揚羽。
艶やかな黒は光の加減で緑に光り、蒼に光る。華やかな柄に負けぬ鷹揚さが、飛ぶ姿に品を与える。
仙蔵は、蝶のようだ。
蝶の中でも美しい、空舞う花のような、揚羽蝶。
人に、「おまえは蝶のようだ」と言っていいものかどうか、長次は知らぬ。
たまさか頁を繰ることのある、男女の色恋を描いた本には、男が「蝶よ、花よ」と女を愛で、女が「あれいやだ」と喜び恥じらう情景があるが、これは本の中の絵空事、と長次には見える。
仙蔵に「おまえは蝶のようだ」と言ったところで、仙蔵が恥じらうとも喜ぶとも思えぬ。「人を蝶などにたとえるな」と怒り出しそうな気もする。
人を花や蝶にたとえて本当によいものかどうか、長次は知らぬ。
蝶の飛ぶ姿は美しい。花に羽を休める姿も、美しい。
しかし。
かんたんに裂け散る羽の脆弱さに、その美しさはすぐ傷む。
傷みやすく、脆い、美。
長次は仙蔵をどう扱えばいいのか、わからない。
現実には。
仙蔵はたおやかに見えながら、長次がいくら力をこめて抱き締めても、その腰が折れることはない。長次が自身の快感を求めて激しく突き上げ揺すっても、仙蔵の細い身は、長次を深く呑んで動じない。どれほど快をむさぼりあっても、その肌が汗ばみ、細かく震え、仙蔵の喉の奥から高く甘い、啼き声が上がっても、仙蔵は壊れない、……変わらない。
だから長次は仙蔵を抱くけれど。
現実の長次の手は、仙蔵の腕を、腰を、力こめてつかむけれど。
仙蔵は蝶のようだと長次は思う。
長次の無骨な手に、蝶はたやすく傷つくだろう。
長次は仙蔵をどう扱えばいいのか、わからない。
「恋ってわかるか」
仙蔵に尋ねられた。
長次には答えられない。
蝶に花のありかを尋ねられているようなものだと思った。
本物の蝶なら。
花の近くで、包んだ手の平を開いてやれば、蝶は花へと飛んでゆくことができるだろう。
だが、生身の仙蔵に。
なにをどう答えてやれば……どこにあるどんな花を示してやればよいのかなど、長次にはわからない。
「恋人になるというのはどういうことか」
尋ねられた時にも、長次は答えられなかった。
蜜のありかなど、知らぬ。
だが。
手の中の蝶は、花を求めてばたばたしている。
長次がゆるくゆるく囲った手の中で。それでも、蝶は暴れて、今にも羽が千切れそうだ。
傷ついてはいけない、千切れてはいけない。
綺麗な蝶、綺麗な、仙蔵。
「もう、たぶん、ここには来ない」
それがいい、と長次は思う。
長次はゆっくりと手を開く。
蝶なら、わかるだろう、花のありかが。
長次の示してやれぬ、蜜のありかが。
飛んでいけ、と長次は思う。
蝶には花がよく似合う。
自由にひらめき舞い飛ぶ時、蝶は高貴な美しさをきらめかせる。
飛んでいけばいい。
長次は仙蔵の背を見送った。
了
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