流花無残 十五話

   
「おまえは俺の犬だから」第三部<輝良>


*文中に性的暴力行為の描写があります。苦手な方は避けてください。





  関西一円を勢力下に治める仁和組、その二次組織である二葉組で若頭を務める沢一(さわはじめ)は、ハイエースの後部座席で苛立たしげに肩をまわした。
「おう。今どこらあたりや。もう東京着くんか」
 運転席をのぞき込む。助手席に座るスキンヘッドのいかつい男が申し訳なさそうに肩をすくめた。
「……今、沼津を過ぎたとこです。東京まであと3時間ほどやないかと……」
「まだ3時間もかかるんか」
「……迎えは成田ですよね? せやったら東京から都心環状線通って東関東自動車道に入らんとあかんから……空港着くんは5、6時間先やと思います」
「はあ? まだそないにかかるんか。かなんなあ」
 どさりとシートにもたれかかると、今度は運転席から「あのぉ」と遠慮がちな声がした。
「組長の息子さん、俺らが迎えに行くんは当たり前やと思いますけど、なんで成田から関空に飛びはらんのですか? そのほうが絶対楽やし早いのに」
 沢は聞こえよがしに舌打ちをかました。
「知るかい。……なんや、関東で用事があるらしいわ。人に会うたり、なんやかんや済まさなあかんのやて。……おまえ、仮にも組長の御曹司、ひとりで関東あたりうろうろさせるわけにはいかんやろ。いっくら迎えはいらんゆわれても……」
『だから迎えはいらないよ』
 国際電話で輝良はあっけらかんとそう言った。
『どんだけあっちで時間かかるかわかんないしね。帰りは飛行機とって関空まで飛ぶか、新幹線で行くか、それもわかんない。ああ、じゃ、それが決まったら連絡するよ。大阪着いたら盛大、迎えてよ』
「そないなわけにいくかい」
 輝良に告げた言葉をもう一度呟いて、沢はスモークを貼ってある窓の外に目を向けた。
 UCLAに四年間留学していた二葉輝良が帰国する。その帰国を、組長であり輝良の義父でもある二葉武則は幹部の席を用意して待っている。そんな立場の人物に迎えを出すのは組としても当然だが、沢の心中はそれほど単純ではなかった。
 この四年の間、輝良の口座には毎月7桁の金が振り込まれていた。沢が高校生の輝良に投資した最初の二百万などあっという間に倍となって返ってきた。
『これ、沢さんに預けたほうがいいのかな。それともおとうさんに渡しておきましょうか?』
 渡米直前、輝良は通帳と印鑑、暗証番号のメモ付きのカードを二葉と沢の前にぽんと置いた。
『向こうに行ったら、ちょっと本格的にマネーゲームに取り組んでみようと思うんだ。経済の勉強も兼ねてね。今もちょこちょこ利益が出てるんだけど、俺の向こうでの生活費や学費はそんなにかからないからさ、余った分、この口座に入れるから、組の金として使って欲しいんだ』
 ヤクザが大きくなるには動かせる金と兵隊の数がモノを言う。組のために、と自ら言い出した輝良の気持ちが二葉も沢もうれしかった。
 とはいえ、沢も二葉も輝良が最初から稼げるとは期待していなかった。しょせん、高校を出たばかりの若造のたわごと、「組の金として使ってほしい」などと言いながら、生活費にも困って泣きついてくるのがオチだろうと見ていたのだ。
 ところが、当初こそ、その口座に振り込まれる金額は増減を繰り返し、数千円しか利がない月もあったが、一年を過ぎる頃には7桁を超えるのが当たり前となり、今では一ヶ月で一千万を超えることすらある。アメリカにいながら、輝良は二葉組一番の稼ぎ頭となったのだ。
 組長の息子であり、組の金蔵でもある輝良の帰国。二葉が幹部席をひとつ空けてその帰国を待つのも当然だった。
――迎えに行くんは当たり前や。
 しかし、なにも成田まで大阪から車で迎えに行く必要はない。輝良が言うように新幹線なら新大阪駅まで、国内線で飛んでくるなら関空まで出向けば十分なのだ。
 それをわざわざ車で十時間以上も走るのは……。
『ちょっとこっちで行きたいところがあるんだよね。会いたい人もいるし。だから帰国は20日だけど、大阪に帰るのは21か2か……目処が立ったら連絡するよ』
 あくまで明るく言った輝良の本心が沢には不安だからだ。
「ホンマにこっち帰って来るんか」
 そう聞きたいのを沢は何度こらえたことか。やぶ蛇となっては元も子もない。
 輝良はもう金も力もない中学生ではない。月に何百万も稼ぎ出す力があり、さらにUCLA卒業という肩書きまで持っている。ヤクザになって日陰の道を歩まなくとも、日の当たる世界でいくらでも堂々と贅沢な生活が送れるはずなのだ。――にもかかわらず、本気でヤクザになるのか。オヤジの跡を継いでくれるつもりなのか。沢はそこを確かめたくて仕方ない。
 輝良がなぜヤクザとして生きると決めているのか、沢は知っている。輝良の親の財産を横取りし、輝良をヤクザの親分の愛人として差し出した叔父、大江孝義に復讐したい、その一念が輝良に二葉の養子となる決意をさせ、極道への道を歩ませたのだと沢はよく知っている。
 大江に恨みを持つあいだは、その恨みを晴らすために輝良は組に身を置くだろう、だがその後は? 今の輝良の財力を持ってすれば、一個人への復讐などかんたんなことだ。
 国際電話で、成田への迎えはいらない、関東ですませなければならないことがあると輝良に告げられた時から、沢はどうしようもなく落ち着かない。関東での用事、それが大江への復讐に絡むことだろうとは容易に想像がつく。
――もしそこで……輝良の復讐心が満足するようなことになったら……。
 輝良は本当に大阪に帰ってくるだろうか。
 その不安が今、沢を大阪から成田まで走らせている。
 二葉組の若頭として、数台のパソコンから巨万の富を生み出す輝良を手放したくはないのはもちろん、沢は個人的にも輝良に組に残ってほしいと思っていた。まだ中学生の頃から面倒を見てきた。その意志の強さ、明るさ、思い切りのよさ、度胸のよさを間近で見てきた。仁和組総長にも、仁和組重鎮の城戸にも、その資質を認められている輝良が極道の世界でこれからどこまで大きくなるのか、沢は見てみたかった。
「……いっそのこと、大江を組で監禁しちゃろか……」
 そして輝良には好きなだけ大江を殴ったり蹴ったりさせる。だが、決して大江を殺させない。そうすれば、輝良は憎くてたまらない大江に暴行するためだけにでも組に残るだろう。
「それではあかんかなあ。やっぱ殺したいわなあ」
 沢の独り言に運転席と助手席の若い組員ふたりがぞっとしたように肩をすくめるのは気づかず、沢は初めて輝良が二葉の元へと連れてこられた日のことを思い出していた。




 その日、二葉は朝から機嫌がよかった。詐欺事件で片棒をかついだ大江を脅しつけ、ついに、木下輝良を大阪に寄越させるという約束を取り付けたためだ。
「気ぃの強そうなガキや。逃げられんようにしっかり連れてきてや」
 二葉からそう命じられ、沢は手下とともに新大阪駅へと向かった。駅には迎えが来ていると聞かされている少年を、口うまくだまして車に乗せるくらいかんたんな仕事だと、当初、沢は思っていた。
 が、新幹線から降りる前にすでに異変を察していたらしい「ターゲット」は、乗降口を変えるというしゃらくさい手で逃れようとした。土地勘のなさが災いして、輝良は沢たちが待ち構えていた位置より出口には遠いドアから降りてしまったが、もし、別の出口付近のドアから降りていたり、沢たちより手前で降りていたら、逃げ切られてしまっていたかもしれない。輝良は逃げるに不利と見るや、持っていたカバンを投げ捨ててダッシュをかけたからだ。
 車で輝良を組長・二葉のマンションへと連れて行く時に調べてみたら、輝良は財布と身分証明書になる生徒手帳だけは服のポケットに移していた。
 『あなどれんやっちゃ』、それが沢の輝良への第一印象だった。
 少女のようにあでやかで可愛らしい面差し、けれど、猫の目を思わせる双眸はきつ過ぎるほどの光をたたえ、その表情には目鼻立ちの可愛らしさを裏切って、強気で芯の強い男特有の傲岸不遜な色があった。ある種の男たちの嗜虐心を刺激してやまない、そのギャップ。二葉が輝良を手に入れたいと執着したのは無理もなかったと沢は今でも思っている。
 それでも、二葉の私邸であるマンションの大広間で、連れてこられるなり、輝良に加えられた暴力は沢の目からも気の毒だった。
「いやだ…ッ、やだ、やめろ、やめろっ! やっ……!」
 テレビとソファの間に敷かれたラグの上が散華の場だった。
 広い窓から夏の盛りを過ぎた青い空とのどかな白い雲が見える真昼の時間。だが、喧嘩慣れしたヤクザ者たちに素っぱだかに剥かれ、背中一面に刺青をしょった屈強な男にいいように全身をまさぐられていた輝良に、それを見るゆとりはなかっただろう。
「いやだああああっ!」
 贅の限りを尽くした天井の高い広い部屋に、声変わりしたばかりの少年の声が響く。
 暴れるのをやめようとしない輝良の手を、沢は手首を握って床に押さえつけた。膝の下はそれぞれ別の組員が押さえつけ、細い肢体を四つん這いに固定した。二葉の目配せを受けて、さらに別の組員がテレビと接続したビデオカメラを構える。
「見い。綺麗なピンク色や。まだ前も剥けとらん。これは仕込みがいがあるなあ」
 二葉がわざと明るい声を出す。
 余裕のある態度、おもしろがっているような表情、それは暴力を受ける側の戦意を喪失させるための手管でもある。
 顔を上げた輝良が大画面テレビいっぱいに映し出された、自らの姿に息を呑んだ。カメラはかまわず、そんな輝良の性器を大写しにし、その焦点を尻の狭間に絞っていく。
「おら」
 浅黒い手が無遠慮に尻の肉を左右に分けた。輝良の驚きそのままに、谷の奥のすぼまりがひくりと脈打つのさえ、画面に映る。
「やだっ! いやだっ! う、映さないで! やめろ、変態っ! やだあっ!!」
『あいつはちぃとサドっ気があるヤツやったからなあ』
 カメラを構えた組員は薄ら笑いで、必死に叫ぶ輝良の顔を今度は画面の中央にアップで捉えた。
「これはちぃとほぐさんと、入らんなあ」
 こういう展開を十分に予想していた、あるいは計画していただろう二葉が、いやらしいピンク色のチューブを手にした。
「よう映しとけや」
 画面に再び輝良の秘所がアップになり、そこにジェルをまとった指が差し付けられる。ジェルの感触が気持ち悪かったのか、輝良の細い躯がびくりと跳ねた。
「ひ……ッ」
 潤滑剤をたっぷりと使われた小さな穴に、二葉の太い指がやすやすと沈んでいく。その一部始終を映し出す映像から、輝良は首をよじって顔を背けた。
「……ぅ……あ…ッ……ん、」
 輝良は必死に唇を噛むが、すぐに声が漏れてくる。おそらく体内に異物を挿入されたことなどないのだろう、嫌悪に顔を歪め、息をこらえる輝良の様子に沢は同情を覚えたが、手をゆるめるわけにはいかなかった。
「や、やだ……お、お願いです、もうやめてください……嫌だ!」
 初めて輝良が丁寧な言葉を使う。
「ほお。ようやっと可愛い口がきけたなあ。けど、おまえみたいな気ぃの強いガキには誰がボスなんか、しっかり教えといたらなあかんねん」
 二葉がスラックスを脱いだ。股間で屹立するものを見せつけるように輝良の前に立つ。色は黒ずみ、エラは張り、ばかりか幹に真珠が入れてあるためにありえない形にデコボコと隆起した大人の男の性器に、輝良の全身が一瞬で硬直した。
 輝良の怯えの色に二葉は満足そうに笑った。
「これぐらいでびびりなや。真珠入りや。今はツライかもしれんけど、これの味覚えたら、普通のマラなんぞ物足りんでしゃーないで」
「い、やだ……やだ……やだ……」
 四肢を沢をはじめとする極道者に押さえつけられながら、輝良は必死で身をよじった。本気で怯え、嫌がっているのが細い手首から伝わってくる。
「せーだい、ええ声で泣いてんか」
 二葉は言い、己のものに黒いゴムをかぶせた。てらりと光る黒いゴムに覆われて、不気味な隆起がいっそう際立つ。
「やだ……やめて、やめて……お願いです……」
 輝良の声が涙声になった。その目からぽたぽた透明なしずくが落ちる。もう取り繕う余裕はないのか、その泣き顔のまま、
「手、手、放してください、手を……」
 輝良は沢にも訴えてきた。沢はあえて無表情でその声を無視した。最初からおとなしくしていればここまでのことはされずにすんだのだと、いまさら告げても酷なだけだった。
「いやだっ! いやっ! い、ぎやああああッ!」
 細腰をつかんだ二葉が容赦なく腰を突き出し、輝良の口から悲鳴がほとばしった。




 二葉は執拗だった。
 泣き叫んでいた輝良の声が嗄れ、手足が抵抗する力を失ってもまだ、二葉は輝良を解放しようとはしなかった。。
 犬の格好で貫き、いいだけ輝良を穿った後、二葉は輝良を仰向きにさせると、もう抗う余力もない輝良の脚を肩にかけさせ、今度は正面から突いた。新たな傷が広がったか、輝良は呻いて身をよじったが、その手にはもう自分を犯す男を押し返す力はなかった。
 身の奥を狙って何度も腰を大きく使われ、そのたびにがくがくと躯を揺らされながら……輝良の黒い瞳は中空を見ていた。
 その目に浮かぶのはあきらめの色。
 やめてほしいとどれほど哀願しようと、痛みを訴えてどれほど叫ぼうと、聞き入れられることはないと悟った者の、静かで悲しいあきらめの色を沢は見た。
『ホンマにわかってくれとったらええけど』
 ここでは誰がボスか、自分はどういう立場なのか。逆らってはいけない相手をしっかりとわきまえてもらわねばならない。
 ダメ押しだろう、二葉がされるがままになった輝良の頬をつかむと顔をテレビへと向けた。
「おら。自分がなにをされとるか、よう見とけ」
 痛みを訴えることさえあきらめた輝良の目が画面を捉える。その目がゆっくりと見開いてゆく。
 沢はちらりと画面を見やった。
『あーあ』
 カメラはしっかりと二葉と輝良の結合部を映し出している。さっきからにちゃにちゃと嫌な水音がすると思っていたら、案の定、輝良の局所は血にまみれて真っ赤になっていた。
男の黒い凶器もその根元を広く覆う陰毛もまた、てらりと鈍く光を弾いている。
「なんで……」
 ほかの者には聞こえなかったかもしれない。だが、沢の耳はそのささやきをとらえた。輝良の唇が小さく震えていた。
『せやわな』
 輝良にしてみれば突然すぎる展開だっただろう。なぜこんな目に合わなければならないのか、誰にこの理不尽さを訴えればいいのか、わからないにちがいない。
 その瞳から、いったんは止まった涙が堰を切ったようにあふれだした。声はない。だが、白く細い躯は嗚咽のリズムを波のように刻んで震える。
 泣き顔は見られたくないのか、輝良は握ったこぶしを必死に目に押し当てた。
「……あーあー、そないに泣きなや」
 声も出さずに泣く輝良に、さすがに二葉が気が殺がれたような声を出した。
「素直になってくれたら、それでええねん」
 ひときわ大きく輝良の胸が波打った。だが、やはり、声はない。
「泣きなや。な?」
 もう自身は何度も達して満足していたせいもあるだろう、二葉は輝良から己を引き抜き、泣き続ける輝良を抱え起こした。
「わかったやろ。おまえはもう俺のもんや。そいだけ、わかっとったらええねん」
 優しい猫なで声で二葉は言い、輝良が目に押し当てているこぶしをそっと外させた。涙をべろりと舐めとってやっている。
 輝良はなにも言わない。長い睫毛が影を作り、その瞳がどんな表情を宿しているのか、沢にも見えなかったが、さすがにここまでされたら、素人ならば心がくじけるだろうと沢は思った。
 二葉は色事に関しては羽目をはずしがちなところがあるが、それさえのぞけば男気のある、いい組長だった。輝良がここに来る前にしっかりと部屋を用意させたり、輝良が通うだろう学校を下調べしたりもしている。輝良が二葉を受け入れてくれさえすれば、そんなに悪い環境ではないはずなのだ。
 ここでは誰がボスなのか、自分がどういう立場でここに迎えられたのか、輝良が悟ってくれていることを沢は期待した。
 だが――。
「ええ子にしとれ。可愛がったるさかい」
 言い聞かせるように二葉が囁き、輝良の唇に唇を合わせた次の瞬間。
「うおっ!」
 短い叫びが二葉の口から漏れた。その口の端から血が流れる。
 輝良が二葉の舌に噛み付いたのだった。
『ないわあ』
 沢はひとり、嘆息した。ここまでされて逆らうとは、どれだけ身の程知らずなのか。
「こんボケがああっ!」
 怒った二葉が輝良を蹴る。怒りにまかせて、とハタからは見えたかもしれないが、沢には二葉が致命傷を与えないように加減しているのが見てとれた。それでも、ある程度のダメージは与えねば意味がない。何発かの蹴りは輝良の腹部に決まり、輝良は苦しげに胃の中のものを吐き出して躯を丸めた。
「おまえらも勃っとるやろ。ぶっかけたれ。多少は懲りるやろ」
 冷たく二葉が命じる。
 そのまま去って行く二葉に、若いのが勘違いしてうれしそうに輝良に手を伸ばした。
「兄貴。ホンマにええんですか」
 細い脚を持ち上げようとするその組員を沢はぎろりとにらみつけた。
「アホ。ぶっかけたれ言われただけやろ。誰が突っ込んでええ言うた」
「ええーぶっかけだけですかあ」
 言葉は不満げだが、上の者の命令は絶対と心得ている組員はさほど不平がましい顔は見せず、かえってうれしげにズボンの前を開けだした。
『これでおとなしゅうなってくれたらええけどな』
 嘔吐物と男どもの白濁にまみれて気を失った輝良を見ながら、沢はそっと嘆息したのだった。




「あっれー! ホントに迎えに来てくれたんだあ!」
 ゲートからトランクを転がしながら出て来た輝良は沢の顔を認めると笑顔になった。
「お帰りなさい。長旅、お疲れさんでした」
 沢が頭を下げると、
「はい、ただいま帰りました」
 輝良もまた向かい合って頭を下げてくる。が、すぐにその顔にいたずらっ子のような笑みが浮かんだ。
「沢さん、また縮んだ?」
「うっさいわ、おまえが育ち過ぎなんじゃ」
 沢はまぶしい思いで、自分の身長を余裕で超える輝良を見上げた。沢は170あるかないかだが、輝良はゆうに180を超えている。身長だけではない、肩幅も胸板も一年前に帰国したときよりさらにしっかりと厚みと広さを備えたように見える。
『あんのちっこいガキが』
 沢は目を細めた。
 ――本当なら。
 輝良が直接に暴力を振るった二葉や自分を恨んでもおかしくない。いや、むしろ、そのほうが自然だろう。だが輝良は、城戸翁と話した一夜のあと、その恨みのすべてを大江へと向けるようになった。それは自分たちにとっては都合のいいことだったが……輝良は本当に大江への恨みを晴らせばそれで気がすむのだろうか。
「本当に車で来てくれたの? うわ、ラッキー」
 そんな沢の複雑な思いを知ってか知らずか、輝良は明るい声を上げる。
「じゃあさ、ちょっとつきあってくれる? あちこち行きたいところがあるんだよね」
「おまえ、片付けたい用事があるとかゆーてたな。なんやねん」
「……ついてきてくれたらわかるよ」
 唇の端だけで笑う輝良の顔は、やはりもう無邪気な子供のものではなく、沢の不安を消してくれるものでもなかった。






                                                  つづく





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