流花無残 三話

   
「おまえは俺の犬だから」第三部<輝良>









「おれ、おまえに大事な話がある」
 部屋に入り、そう切り出すと、熊沢はベッドの前から硬い顔で振り向いた。
「あんな……」
「悪かった!」
 話し出したところで、突然、頭を下げられる。
「終業式の日は悪かった。もうしない。俺はおまえとはこれからもずっと友達でいたいから、あんなことは二度としない」
 へ?と思う。自分の目線より下の位置にまで下げられた、硬い短髪の頭を輝良はしげしげと見つめた。
「友達……」
 思わず呟く。熊沢がようやく顔を上げた。心なしか、赤い。
「その……悪かったと思ってる。本当だ。だから……勝手な言い分かもしれないが、気持ち悪かったとかどういうつもりだとか、そういうことは……言わないでおいてくれないか。卑怯なのはわかってる。だけど……できたら、水に流してほしい」
 見たこともない、真剣な表情だった。会わなかったこの一ヶ月間、ずっとそのことを考えていたにちがいない。
 輝良の中に、ふっと意地悪な気持ちが湧いた。
「へえ……じゃあおまえは友達にキスするんだ?」
 熊沢の顔に、今度ははっきりと赤味が差した。
「一緒にいると苦しいとか言わなかったっけ? あれえ? 一緒にいて苦しくて、友達なんてやってられんの?」
 輝良が言い募ると、赤かった顔から今度はすーっと血の色が引く。
「だから……悪かった。あれは、忘れてほしい」
「勝手なこと言うな」
 半ばは本気で気を悪くして、輝良は熊沢を睨んだ。
「忘れられるわけ、ないじゃんか。毎日毎日、思い出してたよ。あんな抱き締められてさ、キスされて、忘れられるわけ、ないじゃん」
「輝良……」
「おれと一緒にいると苦しいってどういうことだよ? なあ、どういうことだよ。考えても考えてもわかんなくてさ、キスされたこととか抱き締められたこととか一人で思い出して、めちゃくちゃドキドキしてさ。なのに、なんだよ、おまえ。なにが忘れてくれ、だよ。忘れられるわけないじゃん。おれ、ずっとおまえのこと考えてたのに」
「輝良!」
 身体の大きな熊沢が一歩踏み込んできて、眼の前に白い制服のシャツが広がった、と思ったら、抱き寄せられていた。


 この一ヶ月、何度も思い出した腕と胸だった。
 寮に帰ってきたばかりで、抱きしめてくる腕は少し汗ばんでいたが、そんなことは気にならなかった。
 友達だったけれど。男同士だけれど。おれ、こいつが好きだ……――輝良は広い背に腕を回しながら瞳を閉じた。


「俺」
 少し乱れた声が耳元で囁いた。
「おまえが好きだ。輝良、好きだ」
 応える前に、一呼吸、置いた。友人ではなくなる、その一言を言う前に。
「――おれも。おれも、おまえが好き」
 抱き締める腕が、ぎゅうっと強くなった。
 その抱擁がゆるんだ時、輝良は自然に上を向いていた。軽く、まぶたを閉じて。
 唇が重ねられる。おずおずと、ただ重ねるだけのキスに、どちらの心拍もかなり早くなった。
「輝良」
 何度かそうして角度を変えて唇を合わせたあと、熊沢が少し上ずった声で聞いてきた。
「その……吸ってみても、いい?」
「あ、う、うん」
 うなずくとすぐ、唇を重ねられた。今度は少し、ついばまれるように唇が動き、ついで、軽く吸われてチュッと音がした。唇が濡れる感触があった。
「……ホント……キスって、ちゅっていうんだ……」
 恥ずかしくて、でも、黙っているのももっと恥ずかしくて、冗談のように言ってみたが、言葉の後半はもう顔を上げていられなくてうつむいてしまっていた。
「輝良……」
 顎の下に指が入れられ、顔を上げさせられる。たった今、友人ではなくなった少年の顔を直視できなくて眼だけ伏せていると、また吸われるキスをされた。
「舌も、入れたい」
 今度は強い囁き声に、『ちょーしこいてんじゃねえ』と突っ込めたのは頭の中だけ。カチッと歯が当たって反射的に顔を引く前に、熊沢の舌が口の中に入ってきた。
 ディープキスなんてもちろん初めてだ。他人の唾液と舌が口の中に入ってくるなんて、そんなキス、なにがいいんだろうと思っていたが、口の中をゆっくり探るように動いているのが熊沢の舌だと思っただけで、頭がぼーっとなった。気持ち悪いことなんて、全然なかった。
 熊沢の舌は縮こまっていた輝良の舌を見つけると、そっとその舌先を舐めるように動いた。
「ふ……」
 くすぐったいような、わけのわからない感覚が湧いて、思わず鼻から息が抜ける。輝良を抱く熊沢の腕に力がこもった。
「……ん」
 堅く抱きすくめられて、口の中を舐められる。それだけで全身から力が抜けていくようだった。ドキドキしすぎて、もうわけがわからない。
 気づけばもっと舐め回してほしいとばかりに、輝良の舌は物欲しげに熊沢の舌の動きを追っていた。
「輝良、好きだ」
 間近で眼が合う。ぶるりと輝良は身体を震わせた。熊沢の瞳には狂おしいほどに熱いものがある。
 が、再び唇が寄せられてきた、その瞬間を狙ったように全館放送を知らせるチャイムが気の抜けたような音を響かせた。
「えー、あと五分で今日の夕食受付は終了します。まだ予約の済んでいない人は早くしてください。まもなく夕食の時間です。急いでください」
 アナウンスに強引に現実に引き戻される。
「……クマ、予約は?」
「まだだった……」
「じゃあ早くしないと……」
「……うん」
 名残惜しげに腕が解かれる。でも身体は離れて行かないで、熊沢はそっと輝良の前髪をすくった。
「こんな……嘘みたいだ。おまえとキスできるなんて。受け入れてもらえるなんて、思ってなかった」
 熱い眼差しと想いのこもった声音に、輝良は赤くなりながら、
「やってみる前に一人で勝手に諦めんな。いいからさっさと行けよ。夕飯、食えなくなるぞ」
 毒づいた。
「ああ、行ってくる」
 熊沢の、少しはにかんだような笑顔が自分にもうつりそうで、輝良は慌てて下を向いた。



 まだ生徒の少ない食堂は一角だけ明かりがつけられていた。その照明の下で、輝良は熊沢と向かい合って定食をつついた。いつも通りに振る舞おうとして失敗して、どちらも言葉少なで、互いの顔を見ることもできなかった。
 時間をずらして風呂を済ませ、二人きりの部屋に落ち着いたのが九時だった。
「なんか……二人だと静かだよなあ。あいつら、やっぱ戻ってくんの、始業式の前日かな」
「だろうな……少しでも家にいたいだろうし」
 部屋着姿で熊沢は二段ベッドの下の、自分のスペースに腰掛け、輝良は反対側の、まだ戻っていないルームメイトのスペースに腰掛けていた。
 想いを打ち明けあってすぐの夜。
 こんな場合、どう振る舞うのが自然なのか、もっとよく映画やドラマで見ておけばよかったと輝良は思う。自分はと言えば、間に勉強机が並ぶこの距離のおかげでようやく平静でいられるだけで、足をぶらぶらさせながら、
「そういえば、今日の夕飯、少し辛かったよな」
 と馬鹿なことしか言えないのだから。
「――輝良」
 熊沢のほうが少し、腹をくくるのが早かったようだった。重い声で呼ばれる。
「こっち、来ないか」
「え。あ……こっちでもいいんじゃ……」
 うろたえてあまり意味のないことを返すと、熊沢はひと夏でまた大人びたように見える顔に苦笑を浮かべた。
「そっちでもいいけど。じゃあ俺が行こうか」
 腰を浮かせる気配に、輝良は慌てて立ち上がった。
「いいよ! おれ、そっちに行くし!」
 ぎくしゃくと腕と足が一緒に出そうになる。机を回り込んで熊沢の傍らに立ち、輝良は意味もなく周囲を見回した。
「あー……そうだ。先にパジャマに着替えちゃうか」
「……今着てるの、脱ぐだけでもいいだろう」
「あ?」
 なにを言い出すんだと見下ろしたタイミングで、両腕を捕まれぐいっと引き寄せられた。
 開いた足の間、熊沢の正面すぐ前に立たされる。
「――俺、おまえといると苦しくなるって言ったろ」
「う、うん」
「あれな……おまえといるとつい考えちゃうんだよ。おまえの裸、どんなんだろう? さわったら、どんな感じがするだろうって」
「く、クマ、エロ過ぎ!」
「だろ? エロいよな」
 熊沢はちらりと苦笑を浮かべて続けた。
「だから、苦しいんだ。おまえのこと、ずっと見ていたいのに、見てるともっともっと、裸まで全部見たくなる。やらしいところも全部。想像しちゃうんだ。勝手に。そうすると今度はさわりたくなる。友達なのに。――それを我慢するのが、もうずっと、苦しかった」
「クマ……」
 腕を掴んでいた手が離れ、腰へと回された。熊沢の頭が柔らかく輝良の腹部に押し付けられてくる。
「ごめん。友達だったのに。俺、おまえのこと、ずっとやらしい目で見てた」
「お、おまえ、し、失礼なヤツだな。おれの裸、そ、想像してオナッてたり、したのかよ」
 熊沢が輝良の腰に抱きついたまま、顔を上げた。真顔だった。
「そうだ」
「そ、そうって……!」
 自分から尋ねておきながら慌てる輝良の腰を、熊沢がゆるく揺する。
「俺が好きだっていうのは、そういうことだ。おまえのこと考えてると……熱くなる。……おまえは、どうだ。俺につられて、俺のこと好きとか言っただけじゃないのか」
 『好き』の質と深さを改めて突きつけられる。夕方の告白とキスで舞い上がっていたのは自分だけで、熊沢はずっと考えていたにちがいなかった。
「おまえが俺のこと好きだって言ってくれて、うれしかった。けど……おまえ、わかってるのかなって……」
 言いにくそうに口ごもり、熊沢はまたぐりぐりと輝良のおなかに頭を擦り付けた。
「は、はあ!? なに、おまえ、おれが好きって言ったの、疑うの?」
 恥ずかしくて顔も身体も発火しそうだった。その恥ずかしさをぐっとこらえて、輝良はあえての強気で続けた。
「おれ……おれだって、オナニーぐらいするぞ! おま、おまえにキスされたろ! あ、あ、あれ思い出して……オナ…ッ! ああ、もう! なんでこんな恥ずかしいこと自慢しなきゃなんねーんだよっ!」
 思い切り足を踏み鳴らして輝良は怒鳴った。逆ギレもいいところで怒り出した輝良を立ち上がった熊沢が包み込むように抱きしめる。
「輝良、輝良……俺、嬉しい」
 熊沢の声が輝良の首元でくぐもる。顔を輝良の首筋に埋めているからだ。
「クマ……」
「ずっとおまえが好きだったんだ」
 首筋に押し付けられている顔。肌にかかる息遣い、唇の動きと声の振動。そのどれもがくすぐったくも、妖しい感覚で。
 輝良はぎゅっと眼を閉じた。



 熊沢は輝良の服を脱がせたがったが、
「んな恥ずかしいこと、させられるか!」
 と、輝良は自分で服を脱いだ。
「今までだって、一緒に風呂とか入ってるじゃん!」
 と、パンツも勢いよく脱いだが、熊沢の視線が今日は逸らされることなく注がれるのに、途端に後悔した。
「おれ、ベッドとっぴ!」
 わけのわからないことを口走り、熊沢のベッドに自分からもぐりこんだ。夏用の薄い肌掛けを身体に巻き付ける。
 そのまま今度こそどうしていいかわからず固まっていると、ぱちりと部屋の明かりが消された。代わりに熊沢の手が頭のほうに伸びて来て、ヘッドボードの読書灯をつけられる。そして、服を脱ぐ気配。
 ますますどうしようもなくて壁際を向いたままじっとしていると、ぎしりとベッドが軋み、熊沢も同じベッドに入ってきた。
「輝良。こっちを向いてくれないか」
 肩に手を掛けられる。
「……おまえ、恥ずかしくないの?」
 いつもの強気もさすがに消えて、輝良が気弱に尋ねると、熊沢は少し笑ったようだった。
「恥ずかしいよ、俺だって。おまえに呆れられたらどうしようって、ドキドキしてるし」
「……そうか? なんかすごく落ち着いてるみたいに見えるぞ」
「……もうずっと、こうしたいって思ってたから」
 背後の声が低くなり、その低い声に滲む熱のようなものに、輝良は全身に痺れが走るのを感じる。
「ようやく、願いがかなったんだ。おまえに嫌われるのは怖いけど、でも……恥ずかしがってたら、もったいない」
 そっと肩を撫でられた。
「輝良。こっちを向いてほしい」
 乞うような響きに輝良は諦めて寝返りを打つ。横になって向かい合うと、熊沢の手にゆっくりと薄い布団をはぐられる。
「なあ、電気消そ……」
「消さない」
 脚まで布団をめくられてしまったところで我慢できず、枕元のスイッチに伸ばした手を熊沢の手に握り止められた。そのまま布団を足先まで一気にめくり返される。
「――綺麗だ。おまえ、やっぱり綺麗だ」
「お、おれ、男だぞ」
「男でも、おまえは綺麗だ」
 片腕を上げている輝良の躯の線を、熊沢の手がそっとたどる。身長こそ160を超えたが、まだ体重は50もない。躯のどこも薄い筋肉しかついてはおらず、特に肩から腕へのなめらかな細さと、胸の薄さは輝良の悩みの種でもあった。腰も頼りないほど細く、男らしさとはほど遠い。だが、そんな輝良の躯を熊沢は綺麗だと言って、壊れ物にでも触れるようにそっと撫でる。
 輝良から見れば、熊沢のほうこそ、がっしりした筋肉質で肩幅も広く、胸板もまだまだ成長途中ではあっても頼りがいのありそうな質感を備えてきていて男性美の条件を備えていると思う。
「クマ、おれもおまえ、触っていい?」
 聞くと熊沢は驚いたように眼を丸くしたが、すぐにうなずいた。
 放してもらった手で熊沢の頬に触れた。まだヒゲと呼ぶには可愛いが、それでも手にざらっとした感触がある。輝良のつるつるした頬や顎とは大違いだ。喉仏もようやく声変わりを終えた輝良とはちがい、もう立派に『アダムのりんご』の存在感がある。が、輝良が熊沢の躯を点検していられたのもそこまでだった。
「ア…!」
 それまで優しく腕や肩、せいぜい胸や腰のあたりの脇を撫でていただけの熊沢の手が、輝良の胸にある双の紅い粒をつまんだのだ。
 背中に鋭く電気が走り、同時につままれた肉の粒からじわんと甘い疼きが広がる。
「や、クマ…!」
「いやか?」
「や、じゃ、ない、けど……」
 途切れ途切れに答えると、熊沢の指が再びそこに触れた。ゆっくり力を加えてつまみ、またゆっくりと放す。そんな動きを繰り返されるうちに、乳首が痛いほどに張ってきた。
「あ、ん…ッ」
 声を出してしまってから慌てて口を押さえる。充血してしこった尖りを弄られて、全身にむず痒いような、切ないような、不思議な痺れが走る。
「ん、んふ……ンン……」
 突然、熊沢の頭が輝良の胸元へと沈んだ。
「え! ああッ…!」
 舌で舐められて輝良はのけぞった。極上に柔らかく、濡れていて、あたたかな粘膜の刺激に一気に躯の奥が熱くなる。
「ク、マ、クマ……あ……や、だ……やだ、溶けそう」
 そんなところを舐められたら溶けてしまいそうと訴える。
「おまえ……!」
 顔を上げた熊沢に、今度は唇に吸いつかれた。さっきのキスとは比べ物にならない、激しく一方的なキスだった。
 頭を固定され、唇と言わず舌と言わず、吸われ、舐め回された。
「……ん、ふ、う……んう……」
 口の中に唾液が流れ込んでくる。もうわけがわからないまま、輝良は夢中でそれを飲み下した。
「……どうしよう」
 頭を熊沢の胸の中に抱え込まれた。頭頂部にも何度もキスを落とされる。
「おまえ、めちゃくちゃ可愛い。俺……どうしよう」
 いつも年齢に似合わず、落ち着いてゆったりした少年の、荒く乱れた声に、輝良の胸もまた一段と速くなった。
「どうしようって……どうしたいんだよ」
 心臓はばくばくとどうしようもないほど高鳴っていて、声はみっともなく震えたが、それでも輝良は聞いてみた。
「おまえ、おれをどうしたいの」
 こくりと熊沢が唾を飲んだ。
「……俺……おまえの躯中にキスしたい。触りたい。それで……何度もこうやって……抱き締めたい」
 輝良もこくりと唾を飲んだ。口の中はもう干上がりそうだったが。
「じゃあ……じゃあ、そうすればいいじゃん」



 まだ成熟しきっていない若い牡だったが、それでも熊沢は自分がなにを欲しいのか、どうしたいのか、よくわかっていた。
 輝良は輝良の躯を自由にしたいという牡の勢いに、流され、巻かれ、貪られるままに躯を明け渡すしかなかった。
 言葉の通り、熊沢は輝良の全身にキスした。
「やめろっ! そんなとこ、汚いっ!」
 思わず輝良が悲鳴を上げるようなところまで。
 けれどももう、熊沢は輝良がどれほど「やだ」と言おうと「いやか?」と引く素振りは見せなかった。そんなところをそんなふうに触るなと輝良がなかば涙声で頼んでさえ。
 触れる唇は貪欲だけれど優しく、まさぐる手は強引だが繊細だった。
 今までならくすぐったさと痛みとむず痒さでしかなかった感覚が、簡単に快感にすり替わることを輝良は初めて知った。
 性器を弄られなくても、勃つことも。
 いつの間に完全に勃起していたのか、気づいた時にはペニスは反り返るほどに上を向き、じんじんと解放を求めて脈打っていた。
 熊沢の腹を押し返すような自分のソレに気づいて、輝良は慌てて腰を引こうとした。が、いらないところでよく気のつく熊沢は、輝良のものを柔らかく握りこんできた。
「……こんなこと言うと……またおまえに引かれるかもしれないけど」
 小さなキスが唇に落とされる。
「おまえも気持ちいいんだってわかって、嬉しい」
「ば……」
 バカ、の声も途中で掠れた。熊沢が輝良のそれをしごきだしたからだ。
「いけるか、輝良?」
「そん……!」
 なにか小憎らしい言葉を返したいのに、熊沢の手と自分の興奮したものの間からいやらしい水音が響いてきて、その生々しさに輝良は羞恥のあまり息を詰めた。
「やだ……や……おれ、みっともな……」
 思わず熊沢の腕をすがるように掴むと、額にキスを落とされた。
「大丈夫だ。おまえ、可愛いよ。すごい……色っぽい」
「ンッ……あ、あ、あ、アアッ……は…ッ」
 他人に導かれての射精など、もちろん初めてだった。熊沢の手の中に、輝良はペニスを震わせて白濁を吐き切った。
 それをまた可愛いとキスされた。
 その夜、何度輝良は熊沢の手や口の中でイッたか。初めて受ける愛撫や抱擁に翻弄されるばかりでもうなにがなんだかわからないままに、喘いではキスをされ、そこが漲っては熊沢の手に導かれた。
 やってもらってばかりは申し訳ないと途中からは輝良も熊沢のモノを手にした。輝良とちがってもう大人の形状になっていた熊沢の性器は輝良の手の中でどくんどくんと脈打っていた。
「なんか……おれ、握ってるだけでドキドキする……」
 小声で輝良が正直に言うと、
「俺もだ。おまえに触られてるって思うだけでいっちゃいそうだ」
 熊沢も囁いた。
 こいつ、こんなにエロいヤツだったのかと輝良は初めて知った友の一面に眩暈さえ覚えた。
 そんなふうに……その夜、二人は抱き合ってはキスし、愛撫を受けては互いに昂ぶり合ったものをしごき合った。
「なあ……」
 途中で一度、輝良は熊沢に尋ねてみた。
「男同士って、お尻の穴使うって聞いたことあるけど……」
「……らしいな」
 輝良が『じゃあ』と身震いすると、熊沢は少し照れたように笑った。
「いや……俺はまだいいって思うけど」
「いいの?」
「だって、今日両思いになったばっかだろ。おまえ、あんまり可愛いし、俺もいろいろ我慢できなくなっちゃったけど……そんな焦らなくてもいいかなって」
「そう? ほんと?」
 あからさまにほっとして輝良が確かめると、熊沢は輝良を安心させるようにうなずいてくれた。
「なんかいろいろ準備しなきゃいけないらしいし。……あんまりおまえに無理させたくないし」
 そう言う熊沢の瞳がもうどうしようもなく甘く優しく自分を見つめるので、輝良はどうしていいかわからず額を熊沢の胸にぐりぐりと押し付けた。
 そんな輝良の腰をまたさわりと熊沢の手が撫でる。
 その夜の二人は、狭い二段ベッドのスペースの中で、初めて知る恋の濃密な甘さに酔い、互いの躯と想いを確かめ合って、ただただ、幸せだった――。














                                                  つづく






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