流花無残 三十一話

   
「おまえは俺の犬だから」第三部<輝良>








 本当にもう覚悟はできているのか。
 一度は沢に押さえ込まれて反射的に抵抗の声を上げかけた輝良だったが、二葉と熊沢、ふたりの男に痛烈な言葉を投げたあとは、制止を求めることも哀願することもなかった。
 そうしてただ、奥歯を噛み締めるだけの輝良の背後で、二葉が徳利を手にとり、己の口の中に流し込んだ。上体を沢に押さえ込まれて動けない輝良の膝を立たせてその腰を抱え、二葉は輝良の尻の狭間に顔を寄せる。
「……っ」
 輝良の背が跳ねた。ぴちゃぴちゃと音を立てながら、二葉はもうぬるくなっているはずの酒を輝良の菊蕾へと流し込む。
 直腸に流し込まれた酒精は一気に吸収され人を酔わせ、アルコールで刺激された粘膜は熱を持って疼くようになる。――それが輝良をどんな状態にするのか、沢も二葉ももう知っている。
 どれほど反応を見せまい、感じるまいと意地を張ろうと、躯の深部に流し込まれた酒は容赦なく理性をゆるませ、アルコールで火照らされた秘所は刺激に鋭敏になる。
 さらに二葉は酒で潤んだ輝良の秘蕾に己の太い指を二本、捻じ込んだ。ゆっくりした動きで抜いたり挿れたりを繰り返す。
「……っ……っ」
 ほどもなく。輝良の呼吸が乱れ、その肌がじわっと桜色に染まりだした。
「輝良ぁ、声きかせえや」」
 二葉が猫撫で声で言いながら、輝良の後ろで膝立ちになる。スラックスの前を広げると中から異物を入れてぼこぼこの、黒ずんだ男根がもう天を向いて現れた。
「イヤイヤやったんにしては、いっつもええ声聞かせてくれとったやないか」
「……!」
 指とは比べ物にならない大きさの肉の凶器をすぼまりに押し付けられて、輝良が息を飲んだ。
 ここから先、二葉が容赦ないのを躯が覚えているのだろう、その身がすくむのをかわいそうに思っても沢にはどうしてやることもできない。
「……六年ぶりやな」
 低い独り言と同時、二葉の腰がぐっと前に、輝良の内部へと突き出された。
「ぅあッ……!」
 びくりと輝良の背が反った。それがゆるむのを待つ二葉ではない。輝良の腰を掴んで最奥まで一気に抉り、さらにぎりぎりまで引き出して、また奥を狙って抉る。パン、パン、二葉の腹と輝良の尻が音を立てる。
「んッ……ぐ……っう……」
 沢は戒めていた輝良の手を放したが、もう輝良に抵抗の手立てはなかった。自由になった手はあがくように畳を掻くだけだ。
「ケツマンコ掘られても、ええ声聞かさんつもりか」
 それでもまだ、必死に歯を食いしばる輝良の前に平が膝をついた。輝良の髪を鷲掴んでその顔を上げさせる。
「ほなら俺が、その手伝いしちゃろか」
「いッ……!」
 髪を掴んでその顔を無理矢理自分の股間の高さまで上げさせると、平はやはり異物を埋め込んで異形の形にしてある男根を輝良の口の中に押し込んだ。
「むぐ……」
「歯ぁ立てたらアカンでえ。唇と舌ぁすぼめてみ。……そうや、うまいやないか」
 輝良の髪を掴んだまま、平はリズミカルに腰を振った。喉の奥を自分の意思ではなく刺激されて輝良がえずこうがおかまいなしだ。
 後ろの二葉も同様……いや、平に刺激されるのか、腰の動きが速く、大きくなる。
『自分で蒔いた種とはいえ……』
 前と後ろを同時に男に蹂躙されている輝良の姿に、沢は胸の痛みを覚えずにはいられない。
 ちらりと城戸翁に目をやると、城戸は伏目になって杯を口に運んでいた。城戸もまた、輝良を痛ましく思ってくれているのが、かすかに寄せられた眉間から伝わってくる。
 その時、沢はぽたりぽたりとなにかが滴るような音を耳にした。
『なんや』
 城戸も音に気づいたのか、目を上げる。
 熊沢だった。
 それは熊沢がぐっと噛んだ唇の端から血が滴って、畳に落ちる音だった。
 熊沢は自分が唇を噛み切ったことにも気づかないのか、血走った目を剥いて、ふたりの男に凌辱されている恋人の姿をまばたきもせず見つめている。
『夜叉の顔やな』
 沢はそっと小さく息をついた。




 金と青、紫色に光る鳳凰がうねり、その周囲で蓮の花が歪む。腕から胸に這う龍が苦しげに吠える。
 ふたりの男に同時に、あるいは交互に嬲られて悶える輝良の背で、彫られたばかりの刺青がしっとり濡れたような光沢を帯びて、まるで本当に生きているかのようにのたうっている。
「ああッ……ッん、ア……んく……あああ!」
 あれほどこらえていたよがり声も、今は断続的に上がっている。――クスリを使われたせいだ。
「声が出んのは風邪でも引いとるせいやないか。風邪やったら、クスリを飲んどかななあ」
 と、平は自分のスーツから出した錠剤を口移しで輝良に飲ませたのだ。
「なんのクスリだ!」
 色をなして立ち上がろうとした熊沢を、「やめ」と制したのは城戸翁だった。
「おまえも腹の据わらん男やな。輝良が吐き出そうとせんもんを、なんでおまえがガタガタ言うねや!」
 一線を退いてもう長い。すっかり隠居者の風情だった城戸の、厳しい一言だった。
『ホンマや』
 口はつぐんでいたが、苦々しい思いは沢も同じだった。
 熊沢がくやしそうな色を見せたり抗議したりすればするだけ、輝良に対しての責めはエスカレートし、執拗になる。黙って見ていられないなら、熊沢は出て行くしかないのだ。
――ロクでもないクスリなのは、輝良の反応が変わったことですぐにわかった。
 全身がほんのり色づく程度の桜色から、風呂上りのような赤味に変わり、全身に汗の玉が浮いた。それまであまり反応していなかった輝良のペニスが腹につくほどに屹立し、誰も触れていないのにたらたらと力水をこぼすのを見て、沢は使われたのが強力な媚薬だと確信した。
 触れてもらえない、前でいかせてもらえないのがつらいのだろう、輝良がどれほど腰を揺らめかせようと、苦しげに眉を寄せ、唇を噛もうと、輝良をさいなむふたりの男は意地悪だった。
 輝良をさんざんに後ろから責め、絶頂を迎えそうになると、引く。輝良が自分の手で埒を明けようとすれば、笑って手を戒めた。
「いかして欲しかったら、いかせていかせてーって頼まんかい」
 輝良の脚を自分の肩に掛けて深く身を折らせ、上から突き込むように輝良を貫きながら平は笑っていた。自分たちは輝良の口の中と後ろでそれぞれ達しているから、平と二葉には余裕がある。
「……ん、ぐ……ん、あ、アウッ……あ、あ、あ!」
 輝良の弱点を熟知している二葉の指が、輝良の乳首をころころと転がし続けている。腕は平に押さえつけられ、脚は閉じようもなく男の広い肩に掛けさせられ、胸は弄られ続けて、輝良の声にはもう余裕がなかった。
 その首が激しく左右に打ち振られ、背がのけぞっては畳に落ちる。
「あうあッ、んアアアア! ……あッ……」
 まさに、官能の極みを迎えようというその寸前、平がずぽりと自身を輝良の体内から引き抜いた。
「や……!」
 反射的に輝良の口から漏れた声に、平がにんまり笑った。
「なんや。なにが『や』なんや」
「…………」
「欲しいんか。あ? チンコでもっと抉られたいなら、おねだりしてみいな」
「…………」
 最後の一線。それだけは口にするまいと歯を食いしばる輝良の目に涙が浮かぶのを沢は見た。どれほど意地を張ろうと、躯の中を内側から炙るクスリを使われていてはたまらないだろう。その体内で荒れ狂っているだろう性の快楽を求める嵐が哀れだった。
「なんや。なに泣いとんや。ん?」
 平は薄笑いで畳に腰を下ろした。その股間で猛った太いペニスが誘うように揺れる。
「ええで? 今はおまえのもんや。好きにしたらええ」
 輝良の呼吸が速く浅い。長湯をしているかのようにその顔も躯も赤く火照っている。その口は薄く開いたまま、目も潤んだまま……。
「ええんやで、輝良。我慢せんで」
 二葉が優しくささやいて、輝良の上体を起こしてやった。ふらり、輝良は男根をさらす平へといざる。
「……総長……俺は……あなたを……尊敬していますが……それだけだ。特別な、好意なんて、ない。……おとうさん……あなたにも……俺は、愛だ恋だなんて……感じない」
 薄笑いでその言葉を聞く平の肩に、輝良は震える手を置いた。平の胴をまたいで膝で立つ。
「俺が、好きなのは……クマだけだ」
 平は今度は笑い声を立てた。
「好きなんはその男だけか。そんでもおまえは俺らの命令には従うゆうんやな。俺らに忠誠を誓うんやな」
 こくり、輝良がうなずく。
「……よっしゃ、輝良。したら俺のチンポ、おまえの後ろの口にずっぽり咥えて、盛大よがり狂ってもらおか。おまえの忠誠の証になあ」
 輝良は手で平のモノを支えると、その上に自分から腰を下ろした。
「ああッ、ああ……うあああ…ッ!」
 喉を反らせた輝良のよがり声が部屋に満ちる。
 その声の切れ目に、ぎりぎりと聞こえるのは熊沢が奥歯を噛み締める音。
 快感を追って男の腹の上で腰を振る輝良の背中で金と青の鳳凰が踊る。
「輝良ぁ……」
 二葉が喘ぐ輝良の口をすする。口と言わず頬と言わず、その顔を舐めまわす。
 淫らで哀れな狂乱の宴は果てを知らぬかのようだった。




 二葉がスーツのボタンを留める。平が沢の手でスーツの袖に腕を通す。
「……終わり、ましたか」
 しゃがれて押し潰れた声で聞いたのは熊沢だ。
「ああ。もう好きにし」
 平が畳の上に死んだように横たわる輝良に向かい、顎をしゃくった。
「…………」
 熊沢は自分のスーツを脱ぎながら、輝良に歩み寄った。男たちと自分の体液にまみれた全裸の輝良をスーツで包み、しっかりと抱き締める。
「輝良……輝良……」
「……これで」
 膿んだような空気が残る中に、城戸の老いたれど芯の通った声が響いた。
「二葉輝良と熊沢寛之、両名とも二葉組にも仁和組にも二心(ふたごころ)なしと認め、その交際に組はもうなんの制約も加えんと、仁和組総長平剛士、二葉組組長二葉武則の名で約束する。立会いは城戸組組長城戸泰造および二葉組若頭筆頭沢一」
 再び上座にあぐらをかいた平は鷹揚にうなずいた。
「ええやろ。二葉も、それでええな?」
「……はい」
 押し殺したような声で、それでも二葉がうなずく。
「ほしたら……おふたりともお疲れやろし、別の部屋でお茶でもいかがです」
 と、城戸が立ち上がった。平と二葉を案内して部屋を出て行きながら、城戸翁は沢に向かい、小さく目配せを寄越した。
 一応はうなずいて返したものの、嫌な役目だと沢は渋い思いになる。
「……おら」
 沢が濡らしたタオルと輝良の着替え一式を持って部屋に戻って来た時も、熊沢は気を失ったままの輝良を抱いて、微動だにしていなかった。
「拭いちゃり。……いややったら、俺がやったるさかい、ちょっとどいててんか」
 その言葉にようやく熊沢は顔を上げた。ひったくるように沢の手からタオルを取ると、抱えた輝良の顔をそっと拭き始める。
「……刺青を入れたのはいつだ」
 低い声は聞き取りにくく、無視してもよかったが、
「あー……三週間ほど前やったかなあ」
 沢は答えてやった。自分がクスリを使って輝良を刺青師のところまで運んだことは当然、黙っておく。運んだのは沢でも彫ったのは輝良の意志だ。ここで話をややこしくする必要はない。
「……正月のことが、ばれたのか」
 ふたりの男に弄ばれた輝良の身を清める熊沢の手は丁寧だが、細かく震えている。
「……あれや。天網恢恢疎にして漏らさず……天知る地知る我が知るっちゅうやっちゃ」
「……輝良は……今は会えない、我慢してくれとずっと言っていた……俺が……俺が……そんなに二葉の機嫌が気になるのかと……」
『ほお』
 沢は少しばかり意外な思いで輝良にかがみこむ熊沢の頭を見つめた。輝良が目上の人間の前で「愛している」と啖呵を切ってみせた相手は、輝良がこんな目に遭ったのは自分のせいだと自分を責めているらしい。
『かわいいとこもあるやないか』
「モルディブやなんや、派手な場所選んだんも、偽造パスポートやなんや手配したんも全部コイツやろ。……こいつが愛しい男とまったり過ごしたいて自分で決めたんや。ばれたらどないなるか、ヤクザの世界でもう十年近う過ごしてんねや。覚悟決めて、そんでもおまえとおりたかったんやろ」
 ぐ、と熊沢の喉が鳴った。嗚咽を無理矢理飲み込んだような音だった。
「……わ、さ……」
 輝良が目を開いたのはその時だった。
「……沢、さん……言うこと、クサイ……」
 どっと脱力しそうになる沢だ。
「おまえ、気ぃついて一言目がそれかい」
 笑みが一瞬、その口元に浮かびかけたが、輝良はすぐに熊沢へと目を移した。
「……クマ、ごめん。ごめん、クマ……」
「輝良……!」
 熊沢がぐっと輝良を抱き締める。
『せやからイヤやってん』
 沢は立ち上がると部屋の隅に行き、壁に向かって立った。
 覗きの趣味はない。恋人同士の愁嘆場に立ち会ってうれしい沢ではなかった。








                                                  つづく






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