愛情の証明<1> −その後の東くんと高橋くん−

 

    ――本当に、いろいろあった……
    おまえがどれほど悩んで苦しんだか、俺は知ってる……





 その頃、ぼくらはまたケンカしていた。
 めでたく、そろって私立W大に合格を果たしたぼくと東は、入学早々にまたも大喧嘩をやらかしたんだ。
 原因は、東のヤキモチ。もうバカらしいっていうかなんていうか。
 新入生勧誘ににぎわうキャンパスで、きょろきょろしながら連れ立って歩いてるぼくと東は格好のエモノで、あちこちから声をかけられていた。その中に、テニス同好会っていう、部とはちがってテニスを仲間と楽しむことに主眼を置いたサークルがあったんだけど。
 ちょっといいかなあって思ったとたんだった。
「なんだよ、そんなにチャラチャラ遊びたいのかよ」
 毒を含んだ言い方で東が絡んできて。
「ちゃ、ちゃらちゃらってなんだよ。別にぼくは……」
 憤慨して反論しかけたら、
「勧誘されるたんび、いちいちハナの下、伸ばしてんじゃねえよ!」
 さらにイヤミな物言いを投げつけてきて。
「はあ? なんだよ、それ!」
 腹立たしげにぼくが聞き返したところで、東がひいてくれればいいものを、
「同好会なんてうさんくせえ。どうせヤリたい男とヤラレたい女がサカッてるだけのもんだろ。秀(すぐる)はそーゆーとこ、入りたいんだ」
 なんて。純粋に、高校時代に馴染んだスポーツをまた楽しみたいって思ってたぼくには、聞き捨てならないセリフを吐いた。
「……なんでそういう言い方するのかな。純粋にスポーツ楽しんだり、新しい友人作ったりしたいとか、東は思わないの? 自分が欲望だけで行動してるからって、ぼくのことまでそんなふうに決め付けないでほしいな」
 思い切り冷たい口調で言い返した。東は足を止めてぼくをにらんでくる。
「……誰が欲望だけで行動してるってんだよ」
 地を這うように低くなった声に、ぼくは地雷を踏んだのを悟る。だけど、ここで引くわけにもいかなくて……。
「人はね、下心なんてなくたって、友達とか作りたいって思うもんなんだよ、誰かさんとちがって」
 皮肉げに言って捨てれば、東の眦が切れ上がった。
「じゃあ、おキレイな間柄の友人ってのを勝手に作って来いよ。いいか? ひとつ教えておいてやるが、フツー男同士は友達だからって、パンツ脱いでしゃぶりっこなんてしねーからな。勘違いして恥かかねーように覚えとけ!」
 ただのクラスメートだった東とずるずる躯の関係から入ったぼくに、これ以上ない痛烈な嫌味をぶつけると、東はふい っと踵を返して行ってしまった。
 その背中にどうしようもない腹立たしさが見えて、ぼくもしっかり気まずくなる。
 ――東が苛立ってる理由はわかってた。
 本当なら、熾烈な受験戦争をくぐりぬけた解放感と達成感で浮かれ立っているはずの春。二人そろって志望校に合格できたんだから、こうして一緒にキャンバスを行く嬉しさは特別なもののはずだった。
 だけど……。






『W大〜!? 聞いてねえぜ!』
 高三一学期末の、進路相談を終えた後のことだった。その頃の習慣通りに東の家に遊びに寄ったぼくに、東は綺麗な顔を真っ赤にして叫んだんだ。
『おまえが成績いいのは知ってたけど…W大? ありえねー!』
 ありえねーと叫ばれても。ぼくの偏差値から行けば、そこは妥当な志望先で。
 落ち着いてそのことを説明しだしたぼくに、
『おまえ、人の話聞いてねえのかよ! 俺はおまえと同じ大学行きたいって言ったろ!』
 東は噛み付くようにがなりたてた。
『偏差値20もアップしなきゃならねーじゃねーか! かあっ! 信じらんねえ!!!』
 なんでそんなに同じ大学にこだわるのかわからなかったけれど、それを言うと、短気な東をまた怒らせそうでぼくは黙っておいた。かわりに、
『学部によって偏差値かなりちがうよ? 文学部とかなら学科によっては入りやすいって聞いたけど』
 東が喜びそうな情報を出してみた。
 くっと東の眉が寄った。
『……学科同じじゃなきゃ意味ねーけど、最悪、同じガッコじゃなきゃ話にもならねーし……だいたい学部でちがうって言っても15アップも20アップもキツさは変わんねーし……』
 ぶつぶつ言いながらも腹を決めたらしい東は、
『この夏は、俺、ちょっとマジになるぜ』
 宣言したのだった。
 東のいう『ちょっとマジ』というのは、有名進学塾の夏期講習の掛け持ちというハードなもので、東は偏差値アップを狙って勉強漬けの夏休みを送ったんだった。
 で……東の決心はそればっかりじゃなくて……。
『俺、おまえの全部もらうの、おあずけにしとく』
 東はそうも宣言した。
 ようやく、自分の本当の気持ちに気づいたぼくにしてみたら、その宣言はちょっと……いや、正直に言えば、かなり寂しいものだったんだけど……。
『えー…そう。…じゃあ、もうあんまり遊びに来ないほうがいいね……』
 なるべく平気そうな顔でそう確かめたぼくに、東はコツンとおでこをぶつけて来て。
『でも俺、おまえに会えなくなったら、ひからびちゃうかも』
 なんて甘える口調で言って来て。
『この前ケンカしてたのだって、俺にしたらかなりキツかったんだぜ? そんな、これから半年もおまえとこんなんできなかったら、俺、おかしくなっちゃうかも』
 そんなこと言いながら、手足をぼくの体に絡めて来て……。
『…な? 秀(すぐる)も大変だと思うし、俺も勉強がんばるけどさ、……な? 一週間に一度ぐらいはご褒美っつーことで……』
『ご褒美って、なんのご褒美だよ…ん』
 笑いながら返したぼくの言葉は東の唇に吸い取られて……スタートからしっかり濃厚なキスをされちゃったら、もう後はなし崩しだった。
『俺、がんばるからさ……一週間に一度ぐらい、いいじゃん、泊まりに来いよ……でさ、俺がちゃんとおまえと同じところ受かったら、おまえの全部、俺にプレゼントして?』
 耳の下をぞろりと舐め上げられて、ぼくは早くも肌を震わせながら。
 いいよって。
 ささやいたんだ。
 いいよ……ぼくが初めてキスしたのも、初めて裸で抱き合ったのも、みんな東が相手だった。ぼくが生まれて初めて、この人とひとつになりたいと思ったのも……東が相手。だから。いいよ。最初から、決めてるんだから。
 合格したら、ぼくは東のものになる。それでいいよ――
 そんな約束があった末の大学合格だった。
 本当ならいろんな意味で春らんまんの、人生の喜び大爆発的な季節になるはずだった。それは、教師に「おまえ、それは無謀だぞ」と反対されながらも果敢に偏差値アップに挑んだ東にとってはなおさら、のはずだった。
 だけど……ぼくたちは、この頃、顔を会わせるたび、小さな口喧嘩を繰り返していて……。
 ぼくはいまだに東に『合格祝いのプレゼント』を渡せないままでいたりする。
 あー……もったいぶってるとかそんなんじゃ全然ないんだけど……。春休みは家族旅行や親戚回りやらで親に連れ歩かれて、二人で会うのもままならないでいるうちに……東がとんでもないことを言い出してきたんだ。
 「一緒に暮らそう」って。
 それはぼくにしてみたら、思ってもみなかったことで。だいたい、通学可能圏内に自宅があるのに、私大に通わせてもらう上に一人暮らしなんて、とてもじゃないけど親に頼めたもんじゃなかった。それを言ったら、東は、
「だからさ。家賃とか光熱費とか、全部、折半でさ。一人暮らしより二人一緒のほうが安上がりじゃん。バイトすりゃ二人ならなんとかなりそうだぜ?」
 具体的な数字を出して、ぼくに説明しだした。
 でも、いくら二人暮らしが金銭的に可能だったとしても、ぼくには家を出るつもりはなかった。一緒に暮らすなんてあまりにも突飛な話だった。
 このところ、ぼくと東は会えばその話になって、うんと言わないぼくに東が不機嫌になって、の繰り返しで。そんな状況で最後の一線を越えたところで、なんだか東にいらない期待ばかり持たせることにもなりそうで、ぼくは踏ん切りがつけられないでいた。
 東が苛立ってるのはわかってた。
 わかってたけど、仕方なかった。
 すねたように、ポケットに手をつっこんで歩いていく東の背中を見送りながら、
「バカ」
 ぼくは小さく呟いた。





 大輔から母校テニス部の新入生歓迎会に誘われたのは、そんな時だった。





 山岡大輔とぼくは中学、高校と続けて同じ学校、同じクラブだった。高校では大輔が部長、ぼくが副部長を務めて、ダブルスでも組んでいた。その大輔に、母校のテニス部の新入生歓迎会に誘われるのは、卒業生が部活に顔を出すのが慣例になっていることを考えれば、不思議でもなんでもなかった。
 ……不思議でもなんでもなかったんだけど。
 大輔からの電話にぼくは即答できなかった。口ごもった。これじゃあ大輔に、ぼくがまだ「あのこと」や「このこと」にこだわってるみたいに思われちゃう、マズイ、そう思って焦れば焦るほど、ぼくの口はこわばってしまった。
「…大丈夫だから」
 大輔のほうから、苦笑気味に助け舟を出してくれた。
「あの時はいきなり変なこと言い出して、驚かせて悪かった」
「そ、そんな、わ、悪いことなんか、全然……」
 あやまらなきゃいけないのは、ぼくのほうだから。ぼくは口のなかでごにょごにょ言う。
 部活最後の日に大輔に告白されて、ぼくは彼をふっちゃっていたのだ。ちょうどその時、部室までぼくを迎えに来てくれた東のほうを選んだ形で。
「みんなにも声をかけるから、おまえも来いよ」
 大輔はなんのこだわりもない口調でそう続ける。
「大学の話とか聞かせてくれ」
 もうひとつ。ぼくが大輔に感じる気まずさの理由。
 大輔は受験に失敗していた。国立の工学部を狙った彼は、涙を飲んで予備校通いを始めたと人づてに聞いていた。
「俺も予備校のこと、教えてやる。おまえ、知らないだろう」
 やっぱりこだわりのない明るい口調で大輔からそう言ってくれて、ぼくはほっとした。
「じゃあ、駅前で待ち合わせて行こうか」
 ようやく自然な声が出た。





 東に知らせておこうかと、ちらっと思った。
 すぐに、別にいいかと思った。
 OBとしてほかのみんなも一緒に母校を訪ねるだけのことでも、大輔も一緒と知ったら、きっと東はまた怒る。イヤミを言われるのも言い争いするのもイヤだった。第一、喧嘩したままなのに、自分のほうから連絡するのがイヤだった。
 東には黙ったままでいることにした。
 ――知らせていたら、どうなっていただろうかと思う。東はついてきただろうか。部外者なんだから、それはなかったかな……。でもきっと、歓迎会が終わった頃合を見計らって、東はぼくの携帯を鳴らしたろう、その場までぼくを迎えにやって来たかもしれない。
 もしかしたら、もしかしたら……もうどうしようもないことを、ぼくは今でも、考える……。





 部室で、缶ジュースを手にポテチをつまみながらの歓迎会は、卒業してからまだ二ヶ月もたっていないのに、しっかりぼくたちの郷愁をかきたててくれた。後輩をからかい、新入部員にゲキを飛ばし、互いの近況をしゃべりあった。
 そのまま、OBたちで近くのカラオケボックスに行こうかという話になったのは場の盛り上がりだった。高校の敷地内ではジュースとスナックがせいぜいだったけれど、一歩外に出ればもう大人の顔をしたいぼくたちは、呑み放題のコースを頼んでカラオケルームになだれこんだ。
 お酒は二十歳を過ぎてから。
 わかっていたけど、それを守らなきゃいけないとは誰も思ってなかった。大学に入ってみれば、コンパでもなんでもすぐに酒が出てきた。高校の制服を着ていた数ヶ月前にはあった後ろめたさが、開放感とともにきれいに消えていた。
 ぼくたちは飲んで歌って、大騒ぎした。
 最後に自分がなにを歌ったのか。最後に誰の歌を聞いていたのか。
 ぼくの記憶はあやふやだ。
 薄暗い室内に、演出効果を盛り上げるレーザーがきらめき、スモークが立ち込める。隣の人とも、口元に耳を寄せなければ聞こえないほどの大音響。そんなところで、勧められるままにグラスを重ねたぼくは、限度を超えてしまっていたらしい。いつの間にか、ソファに倒れこんで眠っていた。
 目が覚めたのは、腰のあたりになんだかもぞもぞと違和感を感じたせいだ。なにかが……誰かが、しきりにぼくの腰のあたりでごそごそしている。
 手でそれを振り払おうとして、ぼくはぼくの身に起きた異変に気づいた。
 ぼんやりした起き抜けの意識が、一気に明瞭になった。
 ぼくの両手は……背中でひとつに縛られていた。
「な、なに…!?」
 慌てて周りを見回せば、あれほどにぎやかだった室内にはもう人影はなく、オレンジ色の抑えた照明の中に、静かなバラードが流れていた。
「起きたのか」
 声をかけられて、足元のほうを見て……ぼくはぎょっと息を呑んだ。
「な、なんだよ、こ、これ……!」
 大輔がいた。
 ぼくの剥き出しの両足の間に。
 はいてたはずのコットンパンツも、ブリーフも。ぼくはすべて脱がされていた。その剥き出しの素足は、片方はソファの肩にかけるように、片方はソファの下に投げ出すように左右に大きく広げられ、その間に大輔の大きな体があった。
 自分の目にさえ、ほの明るい照明の中、無防備にさらされた下腹部と大きく割られたその両脚はひどく淫猥にも、無残にも見えた。大輔の視線が舐めるように下肢を滑っていく。全身に鳥肌が立った。
「だ、大輔、な、なんの冗談だよ、これ……な、なにおまえ、人のパンツ脱がしてんだよ……」
 大輔の手が、さわりさわりと、ぼくの股間を撫で、太腿を撫でた。ぼくを目覚めさせた不穏な手の動き。
「秀は……こんなところまで綺麗なんだな……」
 大輔は呟くように言いながら、ぼくの股間のものを撫であげる。
「秀のここはどんなふうだろうって、ずっと思ってた……見たい、触りたいって、思ってた」
 全身が冷えていくような気がした。大輔の言ってる意味が、わかりたくないのにわかってしまって、怖かった。
「な、なにバカなこと言ってんだよ……な…もういいだろ? 見たし、触ったろ…? 手、ほどいてくれよ。恥ずかしいじゃん、こんな格好……」
「恥ずかしい?」
 大輔が目を上げた。とても静かで、でもとても不穏な、感情の読めないその瞳に、ぼくはびくりと身を震わせた。怖かった、もう、どうしようもなく。
「恥ずかしい? でも秀は東には見せてるんだろ? 見せたり、触らせたり、キスとかもさせてるんだろ?」
 大輔がぐっと身を乗り出して来て、顔が近づいた。
「おまえたち、付き合ってるんだろ? 大学も同じなのは、そういうことなんだろ?」
 大輔の顔がますます近づいてくる。答えられないでいると、大輔の目に荒々しい光が走った。
「……なんで答えない?」
 さわさわと動いていた大輔の手が、すっぽりとぼくのソコを包み込む形で動きを止めた。
「答えろよ」
 言下に。ぎゅうっとそこを握りつぶす形に握りこまれて、ぼくは悲鳴を上げていた。
  
 
 
 

「いいい、痛いっ! 痛いっ! 大輔、痛いぃっ!」
 叫んだ、必死に叫んだ。だけど、両脚の間にしっかりと腰を落ち着けている大輔の手から逃れることはできなくて……ぼくは身をよじりながら、叫ぶしかできなくて……。大輔はそんなぼくに、
「あんまり大きな声を出すと、人が来る」
 言い放つと、ポケットから出したハンカチを丸めてぼくの口に押し込んだ。
 苦しかった。痛かった。叫びさえも出せなくなって、目にじんわり涙がにじんだ。
「……秀が悪いんだ」
 大輔の声がぽつりと落ちた。
「俺はずっと待ってた。俺はおまえがその気になってくれるのを、ずっと待ってたんだ。おまえは俺の気持ちをわかってくれてると思ってた。ただ、おまえ自身にも踏ん切りがつけられないでいるだけだって……俺はずっと思ってた」
 ハンカチを口に詰め込まれたまま、ぼくは瞠目した。……なに? 大輔の想いにぼくが気づいてた? なにそれ、なんの話?
 ぼくの戸惑いには関係なく、大輔は言葉を続ける。
「なのに、おまえは東なんかと……。なんでだって、腹が立ったよ。おまえの気持ちを尊重して、俺はずっと待ってたのに、なんでいきなり東なんかに取られなきゃいけないんだって」
 秀。そう呼んで、大輔はぼくの頬に自分の頬をこすりつけてきた。ざらりと髭が当たった。熱でもあるかのように熱いその頬が不快で、ざわりと肌が粟立つような気がした。
「なあ……おまえ、本当に東が好きなのか? おまえも東が好きでつきあってるのか? それとも……東になにか脅されて……いやいや付き合わされてるんじゃないのか?」
 ちがう! そんなんじゃない!
 憤りがこみ上げてきた。それが事態の悪化を招くことになるだろうとはわかっていたけれど、ぼくははっきり首を横に振った。
「秀…やっぱりあいつのことなんか好きじゃない……」
 顔をあげてほっとしたような表情を見せた大輔に向かって、ぼくはしっかりと目線を合わせて、もう一度、ゆっくり首を横に振った。
「……秀」
 苦しそうに大輔が呻いた。
 次の瞬間、ぼくは大きな手で容赦のない平手打ちを喰らっていた。
 ソファの上でも大きく首がかしいだほど、それは強烈な一撃だった。鼻の奥に鉄錆くさい匂いがツンと来る。
 その衝撃をこらえている間だった、ぼくは大輔にむしゃぶりつかれていた。大輔はぼくの肩口に顔を埋め、両腕でぼくを抱き締める。
「すぐる…好きなんだ…!」
 苦しげに吐き出された一言。――ほんの一瞬。胸がきゅんと痛くなった。知らなかった、大輔がぼくのことをそんなふうに想ってくれていたなんて。もしも、大輔が言うように、ぼくが大輔の気持ちに気づいていたら、ぼくたちの関係は今とはずいぶんちがったものになっていたかもしれない……そんな感傷じみた思いが、ほんの一瞬、胸をかすめた。
 でも、それは、ほんの一瞬のことで。
 馴染みのない堅い腕に抱きしめられて、ぼくはたまらない不愉快と恐怖に襲われた。ぼくに伸し掛かる重い躯も、首筋にかかる荒い息も、顔にかかる堅い髪もなにもかもが、ぼくの知ってる、ぼくの大好きなものとはちがっていた。イヤだ ! イヤだ! パニックのようにどっといろんな感情が溢れ出して来る。東、東、助けて……! これは君の躯じゃない !
 大輔の抱擁から逃げようと身をよじったのは、ほとんど反射的なものだった。
「すぐる、好きなんだ!」
 大輔が、まるでその言葉が免罪符のように叫んだ。突然、お尻の狭間に鋭い痛みを感じて、
「ひっ!」
 ハンカチを咥えさせられて声の出ない声で、それでもぼくは叫びを上げた。
 それは大輔の指だった。大輔は左腕でしっかりとぼくを抱えたまま、右手でぼくの下半身を乱暴に探っていた。
「…ぐ……ぅ…!」
 アナルを抉る動きの大輔の指先。爪がすぼまりとその周囲の肌を傷つけていく。
 痛みに、ぴんと躯が張った。
 そんなぼくにお構いなく、大輔の指は容赦なくぼくの体内に突き入ってこようとする。
 一度だけ。
 怒った東に、そこをやっぱり指で責められたことがあった。「犯す」、宣言した東は本気で怒っていたし、ぼくは東が怖かった。だけど……今、こうして、脚を思い切り広げさせられながら指先を突き込まれて……ぼくは初めて、その時の東には本気でぼくを傷つけるつもりなんかなかったことに気づいた。そうだ……ああして怒っていてさえ、東にはまだ優しさがあった……東はぼくを傷つけまいと、それでも気をつけていたんだ……。ただめちゃくちゃにそこを抉ろうとしている大輔の指先には、東にはなかった凶暴性があった。
 何回も鋭い痛みが走った後、ひときわ強い力でそこを突かれた。
「んんっ! っう!」
 ズブッ! 指先がめり込んで来て、痛みに背が反った。
 指は容赦なんかしてくれなかった。
 それはぼくの中へ深く侵入してくると、粘膜をぐちゃぐちゃに掻き回した。
「おまえの中、熱いな。それに、すごく狭い」
 耳元で荒い息と共にささやかれて、涙がにじんだ。好きでもない相手に、望んでもいないのに躯を自由にされている気持ちの悪さと怒りに、頭が沸騰しそうだった。
 やめてほしかった。
 もう、それだけだった。
 でも、口を塞がれたぼくには、哀願することさえ許されてはいなかった。
 自由になる首を思い切り激しく左右に振ったら、肩に噛み付かれた。
 こらえられなくて、ぽろぽろと涙がこぼれだした。東、東……。
「誰にも、渡したくなんかなかった。東になんか、なおさら……」
 ふっと胸の上が楽になった。
 大輔が身を起こしていた。
 ほっとしたのも、束の間。大輔の手が自分のパンツのジッパーを下げているのを見て、一気に血の気が引いた。まさか、まさか、ほんとに……?
 小刻みに首を横に振った。
 大輔が引き出したソレが、赤黒く怒張して天を向いていた。
 大輔、大輔、やめろ、やめてくれ。あやまるから、頼む、許して……。
 口の中にハンカチを咥えさせられたまま、ぼくは懸命に言葉を紡いだ。ごめん、ごめん、大輔、だから……。ぼくの必死の訴えは不明瞭な音にしかならなかった。
 大輔の手が、ぼくの足を膝裏で掴んだ。
「っ!」
 容赦のない力で、脚を持ち上げられ、胸のほうに折り曲げられて……アナルが上に向かってさらされた。
 そこに大輔の剛直がゆっくりと近づいてくる……。




 
「あああああッ!!」



 

 ナイフで切りつけられたみたいだった。





 めりめりと、そこが裂けた。
 躯が勝手に跳ねた。
 大輔の躯に、押さえつけられた。
 叫んだ。
 大音響で、ロックが流れ出した。
 焼け付くような激しい痛みが、重くて苦しい、別の痛みを伴って、ぼくの下腹部を焼いた。

 




 大輔の下腹部がおしりに触れて、ぼくはぼくの奥深くにまで大輔を呑まされたのを知った。
 激痛に、脂汗がにじんで、息が苦しい。
 ゆっくりと、大輔が出て行く。
 ほっとしたぼくは、あまりに甘かったんだろうか。
 大輔は引き出した剛直を、再び、今度は勢いをつけて、ぼくの体内に突きこんできた。
「ひいっ!」
 本当の意味での陵辱はそこからだったような気がする。
 はあはあと荒い息を浴びせられながら、何度も何度も、傷ついたそこを抉られた。
 体内に埋め込んだそれで揺すられ、「気持ちいいか?」見当違いの声を掛けられた。
 ……そう聞かれたと思うんだけど。
 その頃には、容赦なく乱暴に繰り返される抜き差しに、ぼくの頭はかなり朦朧としてきていたから。ちがったかもしれない、ちがってたらいいなと思う。レイプしといて「気持ちいいか」なんて。最低過ぎる。自分の友人がそこまで気持ち悪い神経の持ち主だなんて、もう、救いがなさ過ぎる。
 いまさら、なんの救いがほしいのか、自分でもわからないけど。
 自分の脚が、頭の上で、ゆさゆさと揺れていた。
 大輔が、小さく何度か呻いていた。
 ひときわ強く、深く、穿たれた。
 熱いものがだくだくと、腹の中に吐き出されて来た。
 ――ぼくの友人だったはずの男のものを、体内にぶちまけられながら、ぼくの意識はゆっくりと溶けるような闇に飲み込まれていった。




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