ご指導願います<6>

 

 床の上から掬い上げられ、横抱きにされて寝室へと運ばれた。やはり無彩色でまとめられたベッドルームは、仄暗いダウンライトの明かりに中央に置かれたベッドを浮かび上がらせている。
 経験もなく知識もあまりないままに、それでも急に生々しさが実感されて、春実は無意識に堂上(どうがみ)の胸元を握り締めたが、そんなためらいなどあっさり無視されてベッドの上へと横たえられた。
 ぎしりとマットレスを軋ませて、堂上もベッドへと乗り上げてくる。乱れかけたバスローブからほどよい筋肉に覆われた胸板とちらりと太股さえのぞき、春実は思わず躯を起こしかけた。
「あ、あの……あの、課長……」
 とりあえず事態の進行を遅らせようと意味もなく話しかけるが、浮かせかけた上体は再びあっさりと堂上の躯の下に組み敷かれてしまう。
「なんだ」
 言葉だけはやりとりを続けながら、堂上は春実の首筋に顔を埋めてくる。濡れたものが耳の下を這い、春実はびくりと躯をすくませた。
「あああ、あの! あの! ぼく、汗臭いです! シャ、シャワーを……!」
 耳元で堂上が含み笑いを漏らす。それはいつか小会議室で聞いた、明るい笑い声とはちがう、湿り気を帯びていやらしいものだった。
「大丈夫だ。――佐原の匂いは、甘い」
 その言葉にたださえ火照っていた躯が、また一気に熱くなる。平気だということを証明するように首筋に頬を擦り付けられ、くちゅりと濡れた音でキスを落とされればなおさらだった。
「あ……」
「こういうことは……初めてか?」
 改めて聞かれる。こくこくとうなずくと、優しく唇を吸われた。
「怖がらなくていい。俺が……教えてやる。大人がすることを……」
 なにが始まるのか。もうすでにいっぱいいっぱいなのに……これからなにが起こるのか。
 恐怖なのか、それともときめきなのか、わからぬままに春実はこくりと唾を飲んだ。




 全裸に剥かれた。
「おとなしくしていなさい」
 と命じられて、乳首を引っ張られたり、脇腹をくすぐられたり、太股を撫でられたりしながら、ワイシャツもスラックスも下着も、すべて脱がされた。
「あ、明かりを消してください……!」
 頼んだのに、
「それじゃあ意味がない」
 とあっさり却下された。
 その上、剥き出しの下半身が恥ずかしくて心もとなくて、両手で股間を隠そうとしたら、
「この手はなんだ」
 と、両腕一緒に頭の上で片手で押さえつけられてしまった。
 覆うものもない、まったくの素裸を堂上の視線の下に晒される。恥ずかしくて、どうしようもなく恥ずかしくて、
「やだ、見ないでください」
 と躯をよじって懇願したのに、それさえ、
「煽っているのか?」
 と笑われた。
「あ、煽ってなんか……! 課長、おかしいです! ぼ、ぼくは男なのに……見て楽しいわけないです!」
 涙目で抗議する。堂上はほんの少し、思案顔になった。
「確かに……今まで男の裸を見たいと思ったことはないな」
「それなら……!」
 堂上は視線を春実の顔から胸へ、股間へと、『視姦』という言葉がぴったりのいやらしさで這わせていく。
「……今まではないが……不思議だな。おまえのことは……もっと見たくなる。もっと……触りたくなる」
 そう囁かれて、全身を触れるか触れないかのタッチでそっと撫でられた。くすぐったさと妙な熱感がざわざわと生まれ、春実はたまらず躯をくねらせた。堂上の視線に晒されていることで恥ずかしさが倍加する。
 もう、シーツをかぶって隠れてしまいたい――それなのに、堂上は薄く笑うのだ。
「敏感だな。これだけで……わかるか? 肌が桜色に染まっていく」
 それは躯が火照って熱いせいだと思うのだが、もう口を開けば変な喘ぎ声しか出て来なくて、説明することもできない。
 羽毛のように軽く肌の上を滑っていた手が、ふと止まったのは胸の赤い肉芽のところだった。服を脱がされる時にきゅうっと引っ張られて高い声が上がってしまったそこを、今度は優しく周りの色づいたところから撫で上げられる。
「ン……ッ」
 甘い痺れが触れられているソコから全身に走っていく。優しすぎる刺激がかえってつらい。求めるつもりなどないのに、ふっと離れていく指を追って、躯が勝手によじれてしまう。
「や……課長、やだ……あッ…ふ!」
 柔らかいだけのタッチに、尖りが膨らみ、芯を持つ。ずきずきと痛いほどに張る感覚に、
「も、やめ……やめてくださ……!」
 春実は濡れた声を上げた。
「佐原、色っぽい声も出るじゃないか」
 笑いを含んだ堂上の声には余裕がある。
「もう少し、聞かせてみろ」
 胸に顔を伏せられたと思ったら、愛撫に堅くなっていた乳首をちゅくりと吸われた。
「は、あん! ……あ! やっ!」
 甘い声に自分でも恥ずかしいと思う間もなく、今度はかりっと歯を立てられる。
「アッ、ああ……ッ」
 背をそらせると、
「これが気に入ったか?」
 と、さらに甘噛みが続いた。その上、もう片方の肉芽は指先で捏ねるように円を描いて潰されて、もう春実は快感と苦痛がないまぜになった責めに頭を打ち振るしかなかった。なんとか堂上の頭を押しやりたいのに、両手を押さえつけられたままではそれもかなわない。
「やめて……お願いです、課長……もうやめて……」
 見上げる堂上の顔が滲んでいた。それなのに――。
「やめる? じゃあこれはどうするんだ」
 淫らな手が、今度は股間のモノへと伸びる。
「え……」
 ありえない感覚に春実は思わず頭を持ち上げた。春実の、小ぶりで色も淡い性器が欲望を訴えて、堅くなっておなかのほうへ反り返っていた。
 ふっと堂上が笑う。いつもの爽やかさがウソのような、男のいやらしさが滲む笑みだった。
「佐原、もうお漏らししてるぞ」
 指先が春実のペニスの先端を素早くなぞる。ぬるりとした感覚が走り、春実は瞠目した。
「う、うそ……うそです、そんな……」
「ウソつきなのは佐原だろう。こんなになってるのに……やめろなんてよく言える」
 ひどい言葉。容赦なく春実に性の快感を与える手。もう、やめてほしい――。
 堂上が春実の下腹部にかがみこんで、両手を押さえていた手が離れた。自由になった両手で、
「課長、もうホントに、もうやめてください……!」
 春実は己の股間を守ろうとした。
「こら」
 あっさりとその手は堂上に掴み上げられた。
「往生際が悪いな、佐原は。……しかたないな」
 まさかと思った。ベッドの下にくしゃくしゃになって落ちていた春実の服の中から、堂上はネクタイを拾い上げる。紺と薄いブルーのチェックになったそのネクタイを堂上はくるくると春実の手首に巻きつけるときゅっと縛り上げた。
「課長!」
 非難の声を上げると、唇に柔らかいキスを落とされる。
「すまないな。佐原が思った以上に可愛いから……止まらない。もう少しだけ、好きにさせてくれないか」
 もう少しだけ、好きに……?
 それは麻薬のような言葉だった。それがなにを意味するのか、これからなにが起こるのか、もう問うこともできずに、春実は堂上の雄の顔を見上げていた。




「あああ……い、いや……ぁんッ、んッ、ん、あ……ッ、も、ああ――は、あ……んふ……」
 両の手はネクタイで縛られたまま――春実はペニスを堂上の口にしゃぶられながら、後ろの秘孔に堂上の指を呑まされていた。
 まさかまさかととまどうことの連続だった。
 手でしごかれていたソコに堂上の唇が触れた時も、前のぬめりを絡めた指が穴の入り口に押し当てられて来た時も。
 信じられなかった。起きていることが、されていることが。
「え……やだ……」
 とまどいの声は無視されるばかりで、堂上はさんざんに春実の前をしゃぶり、後ろを指で犯した。
 耐えられない――耐えられない快感だった。
 淡白な質なのだろう、手淫も習慣化していないほどの春実には他人の口腔の粘膜による刺激など想像もしていないものだった。
 たまらないほど柔らかく、あたたかく、そして淫らな粘膜にしゃぶられ、吸われ、嘗められる。躯をのたうたせて必死に耐えていたのに、さらに後ろに長く太い指を入れられた。節の高い、大人の男の指は、春実の上げる悲鳴にも似た声にも、喉を反らせる仕草にも怖じた気配などまったくなく、春実の内部を抉り、掻き回した。
 異物を体内に埋められる違和感さえ、不快なのか快なのか、わからぬほどに春実は乱されていた。
 男は容赦なかった。
 春実がもうやめてと哀願の声を上げようと、過ぎた快感に背を反らせ、びくびくと痙攣しようと、男は執拗な性技の責めを緩めようとはしなかった。
 何度、男の口の中に精を放ったか。わからぬほどに果てたあと、きつく抱き締められた。
「佐原」
 呼ぶ男の声は優しい。自分を愛しげに見つめる男の指がいつ躯から抜かれたのか。それすらわからなかったが、さんざんに中を嬲られた肉の隘路はまだ男の指を呑まされているかのような異物感を覚えていた。
「課長……」
 さんざんに喘がされたせいだろう、掠れたような声しか出なかった。
「きつかったか」
 いたわるような声に、素直にこくりとうなずく。
「……そうか。……本当ならここで……」
 まだ熱を持って疼いているような後孔を指で押さえられる。
「俺を受け入れて欲しいが……まだ狭いな」
「…………」
 ぼんやりしてはいたが、堂上の求めていることは理解できた。堂上がまだ達していないことも。
 頬を温かな手で撫でられた。
「佐原が可愛いから……悪いな、どうしても汚したい」
 汚す……? それはどういう……?
 はじめは意味がわからなかった。
 堂上が求めるものがわかったのは、頭を少し引き起こされ、バスローブの前をはだけた男が膝立ちした時だった。
「いい子だ、佐原。……口を開けて」
 口調は優しかったが、それは命令だった。逆らうことなど許されていないのがわかる。
 春実は顎を緩めた。
 男の昂ぶりが唇の間を割ってくる。
「……ん……」
 それは息苦しいほどに大きかった。いっぱいに口を開いても、まだ収まりきらない――。
「ん……んく……」
 眉間にしわを寄せ、春実は呻いた。後頭部を押さえる手が逃げることを許してくれない。
――苦しい、苦しい、もう……。
 涙がこめかみを滑って落ちる。
 男のモノがひときわ大きく張ったような気がした。喉の奥まで突かれて、声にならない悲鳴を放った直後、青臭い粘液が口の中にあふれた。
「あ……――」
「飲みなさい」
 優しい声に命じられて、春実は男の欲望の白濁をこくりと飲み下したのだった。




 朝方、ふと春実は目覚めた。
 裸の胸に抱きこまれ、力強い腕に囲われるようにして眠っていたと知ると同時に、なんともいえない幸福感が胸に満ちた。
 そっと愛しい人の寝顔を見上げる。
 とんでもない夜だった。とんでもない夜だったけれど……どうしてこんなことになったのか、それは今でもよくわからないけれど……『可愛い』と何度も囁かれた。会社の堂上が決して見せない、いやらしい雄の顔でさんざんにいたぶられたけれど……自分に欲情してくれているのは伝わってきていた。
 それならこれは幸せな一夜だったということになる。
 まだ信じられないような気持ちだったが、堂上の温かな胸も腕もまちがいなく本物だ。
 春実は顔をそっと堂上の胸にすり寄せ、それが大好きな人のものだと実感しながら、再び眠りの中に落ちていった。




――幸せな一夜だった。
 なのに……。
「すまなかった」
 なぜ自分が堂上に頭を下げられているのか、春実にはわからなかった。
「ゆうべは……酔っていて」
 酔って? 確かに堂上は呑んでいたけれど、それはどういう意味……?
「その……遠藤の名前を聞いて、ついカッときて……本当にすまなかった」
 自分がドジだからだろうか? 堂上の言うことがわからないのは?
「ゆうべの俺は最低だった」
 堂上は真顔だった。残酷なほど。春実を正面から見つめる瞳にぶれはない。
「忘れてほしい」
 真摯な瞳にまっすぐに見つめられる。
「ゆうべのことは、なかったことに、してほしい」
 わからない、わからない、わからない。
 ただ、春実にわかるのは……堂上が昨夜のことを後悔し、自分にも忘れてほしいと願っているということだけだった。









 

つづく







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