おまえは俺の犬だから <第二部 6>

   








「なあ……」
 おまえ、輝良さんがこの家に来はったら、腹立つか?
 そう続けようとして、政宗は口をつぐんだ。尋ねること自体、悠太郎を怒らせるような気がしたし、なにかひどく自分が卑怯なことをしようとしているような気になったせいだった。
「なんですか」
 就寝前のひととき、いつもの通り、床に敷いた布団の上で腹這いになって本を読んでいた悠太郎は顔を上げもせず、聞き返してくる。
「……今日、藤崎のとこの若いの、手伝いに行ったんやろ。どうやった」
 とりあえず当たり障りのない――その時にはそう思ったことを――聞いてみた。
「どうって……いつも通りでしたけど」
「そうか」
 悠太郎の目がちらりとこちらに向けられたような気がしたが、定かではない。平坦な声が続いた。
「屋台でやきそば売って、女の子ナンパして……カラオケルームでエッチしてきました」
「エッチ……」
 何を聞いたか、わからなかった。悠太郎の一言で、頭が一瞬で真っ白になったのだ。
「セックスです」
 ――こういうのは、いつも突然来る。母の死を知らされた瞬間、母の最後の手紙を読んだ瞬間。それまでなにもなかった空間から、突然、切っ先鋭い刃物が現れ胸に突き立つ。
「…………」
 胸が痛い。でも、わからない。どうしてここで胸が痛くなるのか。どうして無性に……落ち着かなくなるのか。
「つ、つきおうてるんか……?」
「は? やめてください。ナンパだって言ったでしょ。相手の名字も知りませんよ」
「きたな」
 ほっとするのと怒りが同時に来て、ふたつの感情の狭間で口が勝手に動いた。
「は?」
 悠太郎がやっとこちらを見る。なにか文句があるなら言ってみろとでも言いたげな眼。反抗的な光を宿したその瞳を見た瞬間、一気に怒りが膨らんだ。それはかつて、友人とは楽しげに遊ぶくせに政宗に対しては笑顔を見せようとしない悠太郎に向かって、「笑え」と命じてボールを投げ続けたときに政宗を支配していた怒りと同種のものだった。
「汚いわ! そない簡単に男咥えこむ腐れマンコにチンチン突っ込んだんか! ああ、きたな!」
 育った環境のせいで、猥語、俗語の類には一通りの知識があったが、それでも今まで一度も口にしたことのない単語がいとも簡単に出てくるのに自分でも驚きながら政宗は大声で悠太郎を糾弾した。
「カラオケルームで肉便所やて! 上等やな!」
「……政宗様」
 悠太郎が怒るでもなく返してくる。
「そんな大きな声も出るんですね」
 うるさいわ!と返そうとして政宗は寸前で思いとどまった。悠太郎がむっくりと起き上がったからだ。ベッドに胡坐をかいて座っていた政宗の前に立つ。上背のある悠太郎に見下ろされると、認めたくないが圧迫感があった。
「政宗様はどうなんですか」
「……なにがや」
「マンコにチンチン突っ込んだこと、ないんですか」
 あけすけな言葉で人の経験を聞いてくる。これは下ネタにしかならないと思うのに、悠太郎には笑いの気配など微塵もない。黒い瞳が政宗の股間のあたりを探るように見る。パジャマの生地などその視線の前には薄すぎる気がして、政宗は反射的に膝を上げた。
「どうなんですか。あるんですか、ないんですか」
 今まで悠太郎にこんなふうに正面からなにかを問い詰められたことは一度もない。政宗に対して悠太郎はいつも、なんの関心も持っていないようだったのに。
「う、うるさいわ……」
 居心地が悪い。首の後ろがちりちりして、体温がじわじわと上がってくる。
 政宗は性的なことが苦手だった。この年になれば自分で処理するものだと知識はあったが、自分でペニスを弄ろうとすると、小学六年の夜、父親に悪戯されたことがどうしても思い出されてしまう。脳裏に、甲にまで毛の生えた父親の指と、その指に挟まれて堅くなった自分の幼いペニスの映像がフラッシュバックするのだ。
 「けじめ」と称する凄惨な私刑(リンチ)で女が裁かれるのを見るのも嫌いだった。単純に殴る蹴るの暴行を受ける男とちがい、女はたいてい裸に剥かれて輪姦される。
「どや。おまえも勃ってきぃひんか」
 よく父親に下卑た口調で聞かれるが、そんな修羅場に興奮を覚えたことは一度もない。感じるのはただ吐き気に似た気分の悪さだけだった。
 普通に恋愛したいと思ったこともなかった。
 誰かとつきあうことを考えるだけで億劫だった。『いい子になってください。それが母の最後の望みです』、母親さえ絶望させた自分が、誰に好かれるというのか。実の母親にさえ嫌われて見捨てられた。自分は誰とつきあってもきっと失望され、嫌われて終わるだろう。
 悠太郎だけ、いればいい。
 悠太郎は「犬」だ。「犬」は飼い主に失望しても嫌っても、そばを離れることはできない。それが「犬」の忠誠だから。
 悠太郎は政宗を守るために殴りたくもない相手を殴る。政宗が一日はいていた靴下を脱がせる。簡単で、毎日確認できる忠誠心。それだけで、自分はいい。
 セクシャルなことに、興味などなかった。
 だが、悠太郎はしつこかった。
「政宗様はエッチ、好きですか。どんなのが好みなんですか」
 自分を見下ろし、答えを迫ってくる悠太郎がまるで見知らぬ男のように感じられる。
「……政宗様はエッチのとき、どんな顔をするんですか?」
 すうっと悠太郎の手が動いた。その指が髪に触れ、頬に触れた――刹那。
「う、うるさい、うるさい、うるさいわああ!」
 自分でも自分が発狂したのではないかと思った。政宗は叫び、悠太郎を両手両脚を使って押しやっていた。
「きたな……汚いこと、ゆうなや!! 出てけ、出てけ、そんな汚いこと言うヤツは出てけえ!!」
 がむしゃらに腕を突っ張り、悠太郎をドアへと押しやる。
「ま、政宗様……!」
 なにか言いかける大きな躯をドアを開くと同時に外へと押し出した。呆然としている顔目掛けて、とってかえして枕を掴んで思い切り投げつけた。続けて、敷いてあった悠太郎の布団を抱え込み、これも廊下へと放り出した。
「ええか! 今日からおまえはこの部屋に入ったらあかん!!」
 勢いのままに大声で命じたところに、
「――どないしはったんですか」
 低い声が驚きをはらんで落とされた。
 島崎だった。島崎は枕を胸に抱えて突っ立つ悠太郎とその足元にこんもりと築かれた布団の山、そして息を切らせている政宗を順に眼で追った。
「誰の声かと思いました。まさかぼっちゃんとは」
 激情の発作に、政宗は大きく肩で息をついた。
「……ええか、島崎」
 しいて平静な声を繕う。
「今日から悠太郎は組員たちと一緒に寝かせえ。この部屋には入らせへん」
 島崎の視線が政宗の顔、悠太郎の顔と移る。
「どないしはったんです。……悠太郎、説明せえ。なにがあった」
 悠太郎が口を開く前に政宗は割って入った。
「悠太郎がきしょいねん。毎晩部屋でオナりよる。もう我慢でけへん」
 嘘八百もいいところだ。悠太郎が『それはちがう』と怒り出すかと思ったが、彼は小さく細く吐息をついただけだった。
 島崎もそれを信じたのかどうか、再び政宗と悠太郎の顔を見比べてからうなずいた。
「わかりました。別の若いのを寄越しましょうか」
「ええ。モモが怒るし」
 アラスカンマラミュート種の子犬であるモモは群れ意識と縄張り意識が強いらしく、ふだんはほとんど吠えないが、自分のゲージのある政宗の部屋に政宗と悠太郎以外の人間が入ってくると激しく吠えかかる。モモにとっては政宗と悠太郎は同じ群れの者であり、政宗の部屋は群れのテリトリーであるらしかった。
 そもそも悠太郎が政宗の部屋で寝起きするようになったのは、島崎の命によるものだった。島崎が悠太郎にそれを命じたのは、政宗が勇道に悪戯された次の日のことだ。島崎はなにも言わなかったが、愛人だった政宗の母の面影を息子に重ねかねない勇道の、まさかの衝動を心配してくれてのことだとは、政宗にもわかっていた。
 その心配もモモがいれば大丈夫だ。
「――確かに。今はモモがいますね」
 島崎がうなずく。
「じゃあ、悠太郎……」
「政宗様。一人で着替えられるんですか」
 行こうと促そうとした島崎を無視して悠太郎が政宗を見据えてきた。かっきりとした目がまっすぐに政宗を見つめてくる。
 本当に自分がいなくていいのかと、言外に迫られている気がした。
「――ええわ。当たり前や」
 悠太郎のその視線を避け、政宗は強気な言葉を吐いたのだった。




 部屋に入るとモモがゲージの中で不安そうな顔をしていた。
 初めての政宗の大声や布団や枕が飛ぶ大騒ぎに怖い思いをしたのか、尻尾は力なく垂れ、毛先がひょろひょろと揺れるだけだ。
「ごめんな。怖かったやろ」
 上から手を伸ばし、ずいぶんと重くなった身体を抱き上げる。
 犬は飼い主の腕に安心したのか、政宗の顔をぺろぺろと舐めた。
「……これからは二人や。悠太郎はもうこの部屋には来ぃひん。あいつはあかんねん」
 あかん。そうだ。あいつは……ダメだ。いきなりあんなことを言うなんて。いきなり……触ってくるなんて。今日、女を抱いたばかりの手で。
「モモ」
 子犬の首に顔をすりつける。
 湿り気を帯びたあたたかさが嬉しくて、政宗はそっと目を閉じた。




 それでも、なにが変わったわけでもなかった。
 悠太郎の首には、屋敷にいる間中、鋲の打たれた黒革の首輪がつけられていたし、食事の時には政宗の後ろで床に正座していなければならないのも変わらなかった。
 寝起きするのが住み込みの組員たちと同じ大部屋になっただけ。多少、政宗の身の回りの手伝いが減り、朝晩の着替えも手伝わなくてよくなっただけ。
 悠太郎が政宗の「犬」であることは変わらない。
 ――その、変わらない中で。
 政宗は城戸輝良とひそかに何度か連絡を取り合うようになっていた。ドッグスクールで渡されたアドレスに、政宗はその三日後、自分の携帯電話からメールを送ったのだった。
『人間に首輪を着けて犬扱いして悦にいっとる馬鹿息子』
 陰で自分を嘲笑う声があるのはなんとなくわかっていたが、面と向かってその陰口を伝えてきたのは輝良だけだった。城戸組次期組長として清竜会次期組長に話がある、そんな切り口で接触を持とうとしてきた輝良は仁和組を手中に収めたいという野心を政宗に対して隠そうともしない。政宗に興味を持つのは、清竜会の代替わりが揉めては困るからだとも。
 ――それだけではないだろうとは思う。
 輝良が本心、なにを考えて変装までして政宗に会いに来たのか。まだ手がかりすらつかめてはいないが、清竜会内部に不穏分子があることを教えてくれたのはなぜなのか。それともそれは単なるブラフで、彼はただ政宗をからかっているだけなのか。
 政宗にはまだわからない。
 だが、わからないままであっても、輝良との会話は政宗には刺激的だった。政宗にとって父親の跡を継ぐのは当たり前のことであり、いつ、どういう形で、組長になるのか、改めて考えたことなどなかったが、輝良はそれを自覚しろという。輝良に会って初めて政宗は、清竜会は父親・勇道が独裁者として君臨する、恐怖によって統制された組織であることを意識した。
「服従しない者には徹底的な迫害が行われる。けじめという名目の体罰やリンチは日常茶飯事。ヤクだろうがチャカだろうが金になるならなんでもOK、勇道氏の意向だけがすべて。君は父親と同じ方式で清竜会を率いていくの?」
 そんなふうに問いかけられたのは初めてだった。
「強くなれよ。君自身に筋トレしろと言ってるわけじゃない。金と人。このふたつを操ることができれば、君は箸より重いものを持つ必要はないんだ」
 そんなふうに教えられたのも。
 どんな形で組を継ぎ、どんな組長になりたいのか。
 それを考えるきっかけを与えてくれたのが、輝良だった。
 いい人間か、悪い人間か、本心はどこか。
 それはわからない。わからないままでも、輝良から学べることは多い。
 政宗は輝良と連絡を取り、そして、「清竜会跡取り」としての自分に向き合うようになっていた。
 そして、悠太郎も。
 組長の家で寝起きすることを許された若い組員とは、つまり極道の世界で「見込みがある」者ということだった。子供の頃は彼らによく殴られたりからかわれたりもしたが、高校生になって接する彼らは単なる乱暴者ではなかった。
 ヤクザとして生きていく、その覚悟をつけている若者たちは、どこか荒んだものを抱えながら、腹をくくって清竜会組長の家で寝起きしていた。
「いざとなれば俺がおやじの盾になる」
 そんなことを真顔で言う連中ばかりだった。
 組の仕事を手伝う中で、「組長の息子の犬」の立場をうらやましがられるのはいつものことだったが、彼らとより近く接するようになってそれは単なる口先の羨望などではないと悠太郎は感じるようになった。
「この世界でのし上がる」
 真剣にそう言う彼らの眼には、いつも悠太郎の首に重く巻きつく革と鋲の首輪さえ、特別な出世を約束する手形のように見えるらしかった。
 極道者として生きること、組員として組長に仕えること。その意味を、幼いときから当たり前のようにヤクザの組長の家で暮らしていた悠太郎もまた、初めて真剣に考えるようになっていた。
 高校一年の冬。
 政宗も悠太郎も、それぞれの立場をそれぞれに考え始めていたのだった。



「モモはずいぶん大きくなったねえ」
 いつものドッグスクールだった。中庭のドッグランでモモを遊ばせていた政宗が振り返ると暴れる毛糸の塊を抱きしめた城戸輝良が、いつもの変装用の丸眼鏡とキャップで立っていた。
 毛糸の塊を輝良が地面に下ろすと、それは一目散にモモめがけて飛んでいく。トイプードルの子犬だった。
 もう慣れた二匹はすぐに仲良くじゃれだす。生後二ヶ月で政宗のもとにきたモモはもう六ヶ月となり、体格だけは成犬まであと少しというほどに育ってきているが、遊ぶ姿はまだまだ子供だ。
「……どうも」
 城戸輝良は『ここで会うのが一番無難だね』と、政宗に会いに時折ドッグスクールを訪れていたが、いつまでも見学者の立場では不自然だからと、先頃、可愛らしいトイプードルのオーナーとなった。
 三ヶ月の「ファーストドッグオーナーコース」を終了した政宗はそのまま「ケアコース」に移り、モモのシャンプーや爪などのケアを理由にスクールを訪れている。
「そういえばさ」
 柵にもたれて輝良が切り出す。
「君のもう一人の犬、まだ君の部屋に出入り禁止のままなの?」
「……まあ」
「ふうん」
 輝良の口元に薄い笑みが浮かぶ。
「気になるねえ」
「なにがです」
「くっついたままなら、くっついたままのほうがいいんだよ。近過ぎると逆に意識もしにくいからね。でもいったん離れるとさ。意識しやすくなる。このあと君たちがもっと離れるのかくっつくのか、どっちにしても今までとはちがってくるだろうと思うとさ、気になってしかたない」
 政宗はひっそりと眉をひそめた。輝良の言うことは時々理解できない。
「……くっつくも離れるもありません。悠太郎はぼくの『犬』やし」
「何度も言うけど、彼は人間だよ。眼も耳も口も……欲望もある」
 考えてみた。だがやはりわからない。
「……ようわかりません。悠太郎は……しょうことなしに犬をやっとるんやし」
 仕方ないから「犬」をやっている、そう言った政宗に輝良はやはり意味ありげに笑うだけだ。
「くっつくとか欲望とか、そういうふうに思いはるのは……」
 情報収集能力も力のうち、そう教えられて以来、政宗は今まで注意を払ったこともない噂話にも耳をそばだてるようになっていた。
「あなたが『お稚児さん』だったからですか?」
 輝良には数秒、なんの変化もなかった。それがかえって不自然だった。
「――聞いたんだ」
「父と成田のおやじさんが話してるのを」
 成田というのは仁和組の古参幹部の一人だ。
「まあ、」
 再びゆったりと柵にもたれ直しながら輝良は口を開いた。サングラスをかけたままでよくは見えないが、その表情はまた柔らかくなっているようだった。
「お稚児をしててもしてなくても、君たちを見てたら同じことを感じると思うけどね。……そうだよ、俺は二葉のオヤジの……オモチャだった」
 大事なことを話されるような気がした。
 政宗は輝良の横顔を見つめた。




「俺の家が会社ごと、俺の父親の義理の弟にあたる男に騙し取られたのはもう知ってたな。伯父は事業拡大を持ち掛けて俺の父親に多額の借金を作らせ、その債権をヤクザに売ったんだ。最初からグルだったんだよ。
 当時俺はまだ15……自分で言うのもなんだが、華奢で綺麗だったよ。伯父はただ親父の会社が欲しかっただけだろうが、債権を買ったヤクザのほうには別の思惑があった。それが借金の一部を帳消しにして俺を養子にすることだったんだ。一部っていうのが笑えるだろ。俺の両親は息子を取られた上に借金返済のためにボロアパートでバカみたいに働かなきゃならなかった。
 そして俺は二葉のうちに引き取られたその日のうちに……」
 輝良は左手の人差し指と親指で環を作り、右手の人差し指でその環の中を破る仕草を見せた。
「金がないっていうのはこういうことかと骨身に沁みたね。きのうまではぼっちゃん暮らしだった俺には衝撃だったよ」
 が、そういう輝良の口調はあくまでさらりと軽く、当時のショックを推察させる湿り気も重さもそこにはない。
「俺は二葉のオヤジに気に入られたかった。俺が失くしたもの……恵まれた生活、偏差値的に高い学校への通学、将来の保障、そういうものをもう一度得たいと思ったら、二葉のオヤジに頼るしかなかったからな」
 政宗は父親に連れられて行った新年会や組の葬儀などで見かけた二葉組の組長を思い出していた。年は勇道より一回りほど上に見えたが、長身でがっしりとした体型のなかなかの偉丈夫だった。
 その政宗の頭の中を読んだように、
「ああ見えてアッチはねちこいんだ。ずいぶんと泣かされたんだぞ」
 と輝良が言う。
「でもな……相手が二葉のオヤジで俺は幸運だったと思う。高校にも行かせてもらえたし、UCLAにも進学させてもらえた。もっともアメリカには自分で作った金で行ったけどな。けど、二葉のオヤジの懐の深さに甘えさせてもらって、今の俺がある」
 言い切る輝良の顔は明るい。逆境を乗り越えたものの強さがあった。
「――城戸の爺様は?」
 政宗が聞いた父親と成田との話の中では輝良は「二葉で鍛えたアッチで城戸の爺様を咥えて骨抜きにした」と言われていた。
 輝良がぷっと吹いた。
「やめろよ。爺様もう80になるんだぜ? 爺様は俺の平和的な金作りと仲良し組織の作り方に感心して俺を養子にしてくれたんだ。もちろん二葉のオヤジの肝いりだけどな」
 さあ、そこで問題。
 そう言うと輝良は政宗のほうへ顔を向けた。
「俺がどうして君に肩入れするか、今の話からわかるか?」




 政宗は首をひねった。
 輝良に出会ってからずいぶんといろいろなことを考えるようになったような気がするが、あまり外の世界に注意を払わずにきたせいか、人の心の深い機微に触れることはむずかしい。
 それともそれがわからないのは自分がまだ子供だからか。
「――……ぼくを……二葉のオヤジさんの新しいオモチャに、とか?」
 輝良は大仰に溜息をつくと首を振った。
「ゼロパーセント。かすりもしない。清竜会の大事なおぼっちゃんをそんな目に合わせたら二葉と竜田で戦争が起こる」
「じゃあ……これもちがいますか? ぼくをあなたのお稚児さんに、とか?」
「お稚児さんじゃなく恋人だったら、20パーセント当たりだな」
 形のよい唇をわざといやらしく歪めて輝良は笑う。
「悲惨な生い立ちを話して同情を買い、そこからなしくずしに恋に持ち込む。古典的だけど確かな手だ」
 政宗は再び首をひねった。
「……二葉のオヤジさんのオモチャになったら戦争が起こって……でも、そしたら輝良さんと恋人になっても戦争が起こるんとちゃいますか?」
「バカだなあ! そんな恋人関係、秘密に決まってるだろ」
 なるほど。公然と買われるオモチャと、双方が互いを好きになってなる恋人関係はちがうものか。
「けど、ぼくのほうからはそれ、ゼロパーセントです。輝良さんに恋って……ありませんわ」
「つれないねえ」
 輝良はこれみよがしに溜息をついてみせる。
「すみません。それからあとの80パーもわかりません。なんでですか?」
「それは君自身が考えないと。宿題だ。それとね。君の将来。それを決めるのも君自身だよ。君は俺が二葉の家に引き取られた年齢をもう越えてるんだから」
 それなら、と政宗は答えた。
 それなら少し考えました、と。








                                               つづく




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