おまえは俺の犬だから <5>

   

 

 





 悠太郎にとって学校はパラダイスだった。
 あの鬱陶しい首輪がないだけでも解放感があったし、学校の中では自分はほかの子と同じだと感じることができたからだ。
 家では首輪をつけられ、食事も一人だけ床の上、用事を言いつけられれば「はい!」とそれこそ犬のように忠実に聞かねばならない。
 だが学校では、悠太郎もきちんと人間で、隣の席に座る生徒と変わらぬ存在として扱われた。
 反対に政宗は、家でこそ黒服の男たちにぺこぺこされ大事にされているように見えたが、学校では「ヤクザの息子」と白眼視され、誰からも距離を置かれていつも一人だった。
 『ざまあみろ』とまでは思わなかったが、どこか小気味よいのも事実だった。
 政宗は当初、悠太郎に意地悪だったからだ。
 首輪のルールを決めたのも、床での食事を決めたのも、みんな政宗だ。
 ある時はよほど虫の居所が悪かったのか、学校から帰ってくるなり「笑え」と訳のわからないことを命じられ、おかしくもないのに笑えずにいたら、庭で犬コロよろしくボール拾いをさせられた。
 駆け足で何度拾って来ても、政宗は無情に何度もボールを投げた。
 そのうち、住み込んでいる組の者たちが出てきて、面白がって意地の悪い野次を飛ばし出しても、政宗はボールを投げるのをやめなかった。
 ついに、日が落ち暗くなっても、政宗は許してくれなかった。
 庭にはガーデンライトがあったが、植え込みの陰までは光が届かない。その暗がりを悠太郎は長いこと這い回らねばならなかった。
――ひどい奴。
 悠太郎にとって、政宗はその一語に尽きる存在だった。




 それが……。
 ある日を境に、変わったのだった。




「おい。ぼっちゃんが部屋でお呼びだ」
 いつものように政宗の部屋へと呼びつけられた。
 またなにをさせられるのか……暗い気分で政宗の部屋に入ると、床いっぱいにカラフルなゲームソフトが並べられていた。
「……なにがええ?」
 ゲームのコントローラーを手にしながら、政宗は床に並べたゲームソフトに向かってあごをしゃくる。
 わけがわからなかった。
 夜逃げしてくる前、悠太郎はDSを持っていた。おととしのクリスマスプレゼントに母からもらったもので、もう古いタイプだったが、悠太郎は大切にしていた。もちろん、新しいソフトを買ってもらえることはなく、友達に頼み込んで貸してもらうのがせいぜいだった。
 そのDSも、夜逃げの前に父に見つかり売り払われてしまった。
『なにがええ?』
 それはどういう意味だろう? これも新しい嫌がらせだろうか?
 政宗の真意がつかめないまま、しかし、面白そうなゲームソフトの数々から目を離すこともできない悠太郎に、
「一緒に……遊ぼうと思うんや。おまえは、なにがやりたい?」
 政宗は妙にしゃべりにくそうにそう言った。
「あ、遊ばせて……」
 口を開いてみたら、悠太郎の言葉も政宗と同様に、なにかに引っ掛かるようだった。初めてのシチュエーションに、戸惑いが強い。
「遊ばせてもらえるんですか?」
 恐る恐るの確認に、政宗はぎこちなくうなずいた。
「一人でやってもつまらんし……」
 床一面のソフトの中から、悠太郎は一枚のソフトに目を吸いつけられた。
 夜逃げ直前に、友達の家で遊んだことのあるソフトだ。もっとやりたくて、遊びたくて、ソフトを持っている友達がうらやましくて仕方なかった。
「これ……」
 おずおずと悠太郎が差し出した「ポケモン」のソフトに、政宗はあっさり「ええよ」とうなずいた。




 ゲームをしている間は時間の流れが速かった。
 つい夢中になって、いつもの敬語を忘れてしまうことがあったが、政宗はそれも鷹揚に許してくれた。
 ばかりか、ゲームをしている間だけは学校にいるときと同様に政宗を呼び捨てにしてもいいと言う。
「政宗。今度は対戦モードにしてやろうか?」
「ああ、ええな」
 束の間、対等な関係になる。
 そうなると不思議なもので、今までは政宗の横暴としか思えなかったことも、さほど抵抗を覚えず受け流してやることができるようになった。
「悠太郎。ゲーム、つきあえや」
 時に政宗は夜中の二時三時に悠太郎を呼びにくる。
 なんて我儘なおぼっちゃんだとむっと来るが、呼び捨てにしても怒らず、画面に向かいコントローラーを握り締めている姿を見ると、仕方ないかと思えるのだ。
 首輪を外してはくれないが、悠太郎は政宗を憎めなくなっていた。




 そんなふうに……竜田の家で暮らし出して一年ほどたった頃。
「悠太郎。ちょっとついて来ぃ」
 悠太郎は黒服の島崎に呼ばれた。
 島崎は広い庭の一角に造られた犬舎へと悠太郎を導く。
 犬舎と言っても運動スペースが十分に確保され、高さ二メートル近くの金網でぐるりを囲んだ立派なものだ。その中では三頭のドーベルマンが歩き回っている。夜になると彼らは柵から出され、不審な侵入者を許さない。
「おまえ、何年生になった?」
 島崎に問われ、
「五年生です」
 悠太郎は即答する。島崎は、悠太郎に細かな嫌がらせをしてくる組員たちもいる中、いつもちょっとあたたかい言葉をかけてくれる人間だ。悠太郎は島崎が嫌いではなかった。
「五年か……そろそろ、先のことを考えてもええ頃やな」
 先のこと? 悠太郎が島崎を見上げると、島崎は柵の向こうへと顎をしゃくった。
「どや? 強そうな犬やろ」
 屈強な筋肉に肩の盛り上がったドーベルマンの姿に、悠太郎はうなずく。
「おまえは、どんな犬になりたい?」
 尋ねられて悠太郎は再び島崎を見つめた。島崎も穏やかに悠太郎を見返す。
「おまえはこの家にぼっちゃんの犬としておることになったわなあ。せやったら、どんな犬になりたい?」
「どんな犬……」
「チワワやらなんやら、ちいそうて可愛い犬もようさん、おるやろ。あれらが飼い主に捨てられて、一匹で生きていけると思うか? ああいう犬は一生、飼い主に媚を売って、可愛がられて暮らすしかあらへん。飼い主に飽きられたら、それでしまいや」
「…………」
「この犬らぁはちがうやろ。番犬としてしっかり務めとる。こいつらがおらんようなったら、困るんは組長や」
 組長が困る、それは新鮮な言葉として悠太郎に響いた。
「おまえも、おらんようなったら飼い主が困るような犬になりたないか?」
「……チワワにはなりたくないですけど……」
 そんなものはイヤだと思った。可愛がられるだけ、飽きられて捨てられたらそれまでなんて。
「空手や柔道を習ってみぃひんか?」
 意外な申し出だった。悠太郎は目を見張った。
「愛玩犬やない。なるんやったら、番犬になれや」
「番犬に……」
「せや。……ぼっちゃんを守れ。ぼっちゃんを守る役目をおまえがしっかり果たせるようになったら、誰もおまえに手出しできひん。悪ぅないやろ」
 政宗を守る――。
「……ヤクザになれということですか」
「この家におる以上、おまえにそれ以外の選択肢があるとは思えん」
 島崎の言う通りだった。父親は一番下っ端のチンピラにまで顎で使われて、それでも、寝る場所も食べるものも心配いらない納戸での暮らしに満足しきっているように見える。母は……変わらず優しいが、夜になると声をひそめて泣くことがあり、背中を丸めるその姿から明日への覇気を感じ取ることはできなかった。
 あの両親のもとで、自分に選べる道があるとすれば……。
「……空手や柔道を習ったら、強くなれますか?」
「おまえの頑張り次第やけどな」
 ほかにいい選択肢があるとは思えなかった。
「……お願いします。頑張ります」
 悠太郎は島崎に向かい、深々と頭を下げた。




 そうして……島崎の世話で悠太郎は空手や柔道を習い出した。とは言っても、道場などに通わせてもらうわけではなかった。組員の中で心得のある者が時間を作っては悠太郎を見てくれるようになったのだ。
 稽古は実戦中心だった。
 柔道は受身を中心にみっちりと、空手は型などひとつもやらず、ひたすら相手の急所を効果的に突く修練が繰り返された。
 スポーツと呼ぶには激しい稽古に、悠太郎は真剣に取り組んだ。
 自分がこの家で生きていくには「政宗の番犬」として実力をつけるしかないと、腹をくくったからだった。
 島崎は悠太郎だけではなく、政宗にも空手の稽古をするように進言したらしい。週に一度は政宗も稽古に顔を出した。政宗は稽古をさぼりはしなかったが、しかし、あまり好きでもなかったらしい、始めて半年もすると、悠太郎と政宗の力量にははっきりとちがいが見て取れるほどになった。
 その頃からだ。悠太郎と政宗の体格にも差が出て来たのは。
 『犬』として飼われ出した小学四年生の頃には、悠太郎も政宗も、細い、小さな子どもだった。
 だが、定期的に激しく運動をするようになり、悠太郎の躯は目覚しい成長を見せた。二人が六年生になる頃には、変わらなかった身長は頭半分、悠太郎のほうが高くなり、肩幅や胸の厚さも変わった。
「大男、総身に知恵が回りかね、いうてな。古来、大男は頭が悪いて決まっとる」
 差をつけられたのが口惜しいのか、政宗はそんなふうに皮肉を言った。
「そうですね。成績は政宗様のほうがいいですもんね」
 余裕の笑みで悠太郎がそう言うと、政宗はわずかに眉をひそめる。表情の変化に乏しい政宗にしてみれば、それでも十分な「不快」の意思表示だった。
「……イヤミなやっちゃな」
 確かにトータルすれば政宗のほうが成績がよかったが、一回一回のテストでは時に悠太郎が政宗を上回ることもあったのだ。身長差ほどの差は、成績にはない。
「――もうええ」
 そっぽを向きかける政宗を、
「あ、政宗様!」
 と、悠太郎は呼び止める。
「首輪。きついです」
 喉をのけぞらせて首元の赤い首輪を指差すと、またかすかに政宗の眉が寄った。
「……こないだ替えたばっかやろ」
「でもきついです」
「…………」
「今度は黒にしてもらえないですか?」
「…………」
 政宗は気を落ち着けようとするかのように、深呼吸した。
「黒がいいです」
 重ねて言うと、すっと政宗の眼が据わった。


 買われてきたのは、ピンク色の首輪だった。


「政宗様。ひどいです」
「よう似合うとるやないか」
「ピンクって……ありえないです」
「おまえが悪いわ。ずんずん大きぃなって。しゃあないわ。それしかなかったんやて」
「……いいですけど」
「なんやて?」
「どうせまたすぐ、小さくなるし」
「次もピンクや!」


 ――馬鹿げたことを言い合って。ゲームをしている時だけはタメ口で。
 あの頃が一番、無邪気で楽しかったのだと、悠太郎は長じて振り返って思う。
 『飼い主』である政宗に、そのことに対する多少の鬱屈はあっても、なんのこだわりも屈折もなかった頃。
 なんのこだわりも、屈折も……。




 小学六年生の秋だった。
 ある雨の日、政宗は島崎に連れられて出掛け、学校を休んだ。
 学校から帰って来た悠太郎は、いつもの通用口の靴箱の上に置かれたピンク色の首輪を前に迷った。
 玄関から一歩上がったら、首輪をつけねばならない。
 だが、悠太郎自身が首輪に手で触れることは禁じられている。
 政宗は帰っているのだろうか? まだ帰っていなければ、どうすればいいのだろう?
 政宗と下校する時間が異なり、うっかり、首輪を付けずに家に上がったことがある。その時、「なんでぼっちゃんの言うことが聞けへんねん!」と、パンチパーマの若いのにさんざんに殴られた。ご丁寧に躯の見えない部分にだけ痣を残された、苦い思い出。
 組長の家で寝起きする組員の中で悠太郎の一家は最下層であり、日ごろの鬱憤晴らしになにかあればすぐに暴力を振るわれる。
 考えて悠太郎は仕方なく、首輪を歯の間に咥えて靴を脱いだ。
 口の両端からだらりとピンクの首輪を垂らして歩く悠太郎の姿を見て、組員たちは意地悪くゲラゲラ笑うばかりだ。島崎でもいれば、政宗の代わりに首輪を留めてくれたかもしれないが、やはりまだ帰っていないらしく、姿がなかった。
 そのまま納戸の部屋へと戻り、悠太郎は天気が悪いせいでいつもより暗い、高い窓を見上げて、溜息をついた。顎がだるい。
 どれほど待っただろう、ようやく車止めに車が停まる気配に、悠太郎は部屋を飛び出した。




 政宗の部屋に着くと、ちょうど島崎がベッドの上へと政宗を横たえるところだった。
「……んー?」
 喉声での問いかけに、島崎が振り返った。
「ああ、悠太郎か」
 いつもと変わらぬ島崎の黒スーツ姿。だが、気のせいか、島崎の頬のあたりの影が濃く、その瞳は憂いにか暗く沈み、島崎はなにかにひどく心を痛めているように見えた。
「来い。首輪、付けてやる」
 呼ばれて悠太郎は部屋へと入った。ベッドに近づくと、眠っているように見える政宗の顔が、常の白さとはちがって、異常なほどに青白く血の気がないのが見てとれた。
「政宗様、どうしたんですか?」
 首輪が島崎の手に移るが早いか、悠太郎は尋ねた。
 答えたのは、深く長い溜息だ。
「熱がある。もっと高うなるかもしれへん」
「熱が……」
「悠太郎。おまえのかあちゃんに、氷枕とクスリを用意してもらうように言うてくれ。それから……パジャマの替えやなんや、おまえ、わかるか?」
 政宗の身の回りの世話なら慣れている。
 悠太郎がクローゼットから洗い立てのパジャマを取り出すと、島崎は「ええ子や」と悠太郎の髪をくしゃりと撫でた。
「俺はもう一度、出掛けなあかん。おまえ、ぼっちゃんを見ててくれるか」
 はい、と悠太郎はうなずいた。




 島崎はよく政宗に声を掛ける。だが、ほかの組員は政宗が命じたことはよく聞くが、あえて政宗に親しもうとする様子はない。
 それまで悠太郎は漠然と、それはそういうものなのだと受け止めていた。
 組長の息子などというのは、普通の組員にはけむたいだけの存在なのだろうと。
 本当の理由がわかったのは、その夜だ。
 その夜、政宗も組長もいない食卓には、組の主だった者たちの姿もなく、組長・勇道の妻と若頭代理・藤崎が座るだけだった。
 戸惑う悠太郎に、
「おまえはいつもの場所や」
 叱るように言ったのは藤崎だ。
「アレの姿がないわね」
 冷ややかな声で勇道の妻が言う。藤崎が悠太郎を見た。
「おい。ぼっちゃんはどうしはった」
 そこで初めて、悠太郎は「アレ」が政宗のことを指していたのに気づいた。
「あの……政宗様は、熱を出されて……」
「そう。いい気味」
 いい気味。確かにそう聞こえた。
 思わず視線を上げると、蛇のような目がじっとこちらを見ていた。
「ほうっておきなさい。いいわね」
「でも熱が……」
「ほうっておきなさい!」
 ちろりと蛇の眼の中に、嫌な炎が燃え上がる。
「……はい」
 もともと会話の少ない親子だった。組長のいない時は、母親から息子へと痛烈な皮肉が放たれる。母親なのに息子のことが嫌いなのかと不思議だった。それにしても、熱が高いのにほうっておけとは……。
 悠太郎の違和感に理由をくれたのは父だった。
 食事が終わり、いったん納戸の部屋へと戻った悠太郎に、父が、
「ぼっちゃん、どうかしたのか」
 と尋ねてきたのだ。
「熱が高くて……」
「そうか。お気の毒だが、今夜はおまえ、ぼっちゃんにかまうなよ」
「え……」
 あぐらをかいていた父親は、悠太郎のほうへとずいっと身を乗り出してきた。
「あのな……ぼっちゃんはどうやら奥様の子じゃないらしいんだ」
 驚きより、「ああ、そうか」と納得するほうが先だった。その一言でなにもかもが腑に落ちた。
「妾…ってわかるか? ぼっちゃんは愛人が産んだ子なんだとよ。組長さんと奥様の間にどうしても子どもが出来なくて、奥様の反対を押し切って組長さんが引き取ったんだと」
「あんた」
 母親がたしなめたが、父親は唇をべろりと舐めると続けた。
「今夜は組長さんも島崎さんも留守だろう。この家で暮らしてる者はみんな、奥様が怖いからな。ぼっちゃまにはかまわないんだ。いいか? おまえも……」
 父親の言葉を遮って、悠太郎は立ち上がった。
 聞いていたくなかった。




 熱が上がり切ったのか、夕刻は青白かった政宗の顔は、今度は頬と唇だけが異様に赤かった。
 形よい唇が半開きになり、せいせいと早い息を繰り返している。
「政宗様……」
 小声で呼びかけるが、反応はない。
 冷蔵庫で冷やしておいた額に貼る冷却シートを、前髪をかきあげた額にそっと置いた。
 母に教えられたとおり、楽飲みを唇に差しつけ、数滴ずつ、スポーツドリンクを口の中に流し込んだ。
 かすかに口元が動き、液体を喉に通したらしい気配にほっとする。
 悠太郎は不思議な思いで政宗の寝顔を覗き込んだ。
 ――ぼくの、飼い主。
 人を犬扱いするなんて、なんて奴だと思った。なんの苦労もなく育てられた我儘なおぼっちゃんだと思った。
 しかし……。学校に行けばヤクザの息子と白眼視され、家では影で妾の子と言われ、あんな蛇のような目をした女に睨まれて……。
 初めて顔を見たとき、人形かと思った。
 色が白く、まるで陶磁器の人形のように、繊細で綺麗な顔立ちをしていたからだ。
 整った容貌は、今も変わらない。
 悠太郎は学校で一番の美人は政宗だとひそかに思っていた。
『こんなに綺麗なのに……なんで、ちゃんと……』
 ちゃんと……。まだ小学生の悠太郎には、それに続く言葉がなかった。
 ただ、どんな女の子より綺麗で可愛い顔をしているのに、周囲が政宗に対して冷たすぎる、その理不尽さに悠太郎は初めて憤りを覚えていた。
 政宗の唇がかすかに震えた。
「政宗様?」
 呼びかけるが、目覚めの気配ではなかったらしい。
 呻くような声だけが漏れ、政宗の眉が苦しそうに寄せられ……閉じたまぶたから、すーっと透明な滴が流れ出した。
 あ、と驚いて、悠太郎は思わず指でその涙を押しとどめようとした。
 ――あたたかい。
 触れた頬と涙は、白磁のような政宗の肌からの想像とはちがって温かだった。
 どきりと心臓が大きく打つ。
 その衝動は突然だった。
 悠太郎は目覚めぬ政宗の上にかがみこんだ。
 なにをしようとしているのか……己に問うより早く、躯が動いた。




 悠太郎は政宗の熱のせいで常より赤い唇に、自分の唇を押し当てていた。














                                               つづく




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