おまえは俺の犬だから <第二部 2>

   








 悠太郎が政宗の顔を直視しなくなってずいぶんになる。
 正面から見た悠太郎の黒い瞳がどんなだったか、もう政宗は思い出せない。不機嫌そうに伏せられた目か、頑なに横に逸らされている目しか、思い浮かばない。
 なつかれる飼い主になりたかった。だから、いい飼い主になれるように政宗なりに努力したつもりだった。
 どこから変わったんだっけ……?
 昔のことはあまり思い出せない。ぼんやりした記憶の中から、ある日突然、悠太郎がもうゲームはやらないと言い出した時のことを引っ張り出す。あの時から悠太郎は政宗と遊ぼうとしなくなった。
 けれど……その頃はまだ、今ほど悠太郎からの壁を感じることはなかったような気がする。決定的だったのは……やはり、あの夜。悠太郎の母がソープで働かされることになったと告げた夜からではなかったか。
 正直、政宗はあの夜のことは思い出したくない。子供の頃のことはどれもこれもロクでもない思い出ばかりだが、母の自殺と残した遺書と、あの夜起こったことのふたつはいまだに想起するのも嫌だった。『そのこと』を考えようとすると、自分の足元にぽっかりと大きくて深い、底なしの暗闇が広がる。そこに落ちたら二度とは這い上がって来れない奈落のような。だから政宗は『そのこと』を思い出さないように努めてきた。
 それでも慎重に慎重に、地雷を避けるようにして、悠太郎の表情と言葉にだけ絞って記憶をたどると、やはりあの夜、悠太郎もひどく傷ついたのではないかという気がした。
「殺されんだけ、マシやった思え」
「そんな言い方……!」
 あの時、さっと悠太郎の顔色が変わった。
 確証はないが、悠太郎の態度が冷たく硬化したのはそれ以来だったような気がする。
 きっと自分の言い方の何かがまずくて、悠太郎を怒らせてしまったのだろう。が、そのことを深く考えようとすると、踏み込みたくないところへ踏み込まねばならなくなる。
 ――しゃあない。
 悠太郎が口に出して文句を言ってくれれば対処のしようもあったが、心を閉ざされては政宗にはどうしていいか、見当もつかない。
 政宗自身が自分の心を眠らせた灰色の世界で生きている以上、悠太郎の心に働きかけられるものはなにもなかったのだ。
 ――しゃあない。
 しかし、悠太郎がどれほど政宗に対して心を閉ざそうと……悠太郎が政宗の犬であることに変わりはなかった。
 犬からの愛情や信頼はなくても……政宗は悠太郎の飼い主だったのだ。




 「犬」から得られない愛情と信頼の代わりに、政宗は悠太郎に忠誠心を求めた。




 日常生活の細かなことで、政宗はいつも必要以上に悠太郎の手をわずらわせるようになった。
 そして学校でも。
 政宗はわざと、クラスの中で自分がいじめられるように仕向けてみた。
 せっかちで気が強く、あまり我慢強くなさそうなタイプの生徒の前で、わざと鈍重なフリで失敗してみたり、プライドの高そうな生徒の前で相手を小馬鹿にするようなことを言ってみたりした。狙い通り、きつい言葉を投げかけられたり、持ち物を隠されるようになった。そのことを家でちらりとこぼすと、父・勇道が悠太郎を怒った。
 政宗がいじめられると、悠太郎がその相手を呼び出して締め上げるパターンができた。
 中学に入る少し前からすくすくと身長が伸びだしていた悠太郎はクラスでも大きいほうだった。その悠太郎が真顔で静かに「竜田をいじめているだろう」と切り出すと、たいていの相手は怯えたように頭を下げ、「もうしない」と約束した。
 すぐにつまらなくなった。
 政宗は今度はわざと、悪ぶっている連中に喧嘩を売ってみた。
 政宗が売った喧嘩を相手が買うと、悠太郎の出番だ。悠太郎は政宗の代わりにやりたくもない喧嘩をして、政宗を守らなければならない。
 悠太郎が政宗を背にかばって相手を殴り、蹴り、倒すのを見る時だけ、政宗の胸は晴れた。
 小学校の頃から島崎の指示で鍛えている悠太郎は、強かった。一撃で相手を倒す。
 本当はずっと、自分のために戦う悠太郎を見ていたかったが、強い悠太郎は一瞬でケリをつけてしまう。それが物足りないといえば物足りなかったが。
 政宗は自分の代わりに、自分を守って戦うことを悠太郎に求め続けた。
 幼少期からずっと、誰からも与えてもらえなかった本物の愛情の代わりに――。




 そんな二人が高等部に上がった、その年の秋――。
「二葉の青二才があっ!!」
 玄関から勇道の怒鳴り声が響いてきた。帰ってくるなり、腹に納めていた怒りが爆発したようだった。
「城戸のよぼよぼジジイ、やりやがったな! よりによって二葉に跡を継がせやがって!!」
 どしどしと廊下を踏む音がする。勇道がなにかに怒っている時にはロクなことがない。屋敷中、勇道の怒りの飛び火を恐れてなりを潜め、空気はぴりぴりと尖りだす。
「その上、なにが養子縁組披露パーティじゃ! 何様や思てけつかんねん!」
 怒鳴り声の直後にすさまじい破壊音が続いた。勇道が怒りのあまりにリビングに飾ってある壷か大皿かを床に叩きつけたようだった。
 自室で勉強していた政宗は小さく小さく息をついた。
 興味はまったくなかったが、城戸組の跡目をめぐり、ここのところ、父がなにやら忙しく奔走していたことは知っている。
 父・竜田勇道が組長である清竜会は関西一円を仕切る仁和組の上部組織のひとつだ。勇道は次期仁和組総長の座を得んがため、清竜会の勢力拡大に余念がないが、仁和組内部の組にあって清竜会の目の上のたんこぶ的存在が城戸組だった。組長・城戸泰造はもう高齢であまり野心もないように見えたが、城戸組は仁和組発足当時からある古株で、仁和組の幹部にも城戸の息のかかった者が多くいる。
 勇道は仁和組総長の座への布石として、その城戸組の組長の跡目を己の右腕である清竜会若頭・島崎に継がせようと画策していた。自分の右腕が城戸組組長となれば、おのずと城戸組と清竜会の上下関係も変わる。勇道は城戸組を己の身内に取り込むつもりだったのだ。
 が……この様子では父の思惑は外れてしまったらしい。二葉というのは、確か、仁和組で最近すごい勢いで頭角を表わしてきたと言われている若手の一人だったはずだ。
 ――どうでもいい……。
 政宗はノートに目を戻した。
 今日の夕食は荒れるだろうが、それさえやり過ごせば、自分にはなんの関係もない。
 灰色の世界の、さらに興味のない組同士の勢力争い。政宗にはどうでもよかった。




 その、どうでもいいはずの組同士のごたごたに、しかし、清竜会組長の息子である政宗は無縁のままではいられなかった。
「政宗! 来月の第一日曜、俺と来るんやぞ!」
 夕食の席で、政宗は勇道にそう命じられた。
 なんの話だろうと目を向けると、父が唇をひん曲げていた。
「ほんまムカつくがしょうがない。養子縁組披露にガーデンパーティやら開くやて。しゃらくさい! 二葉いうのはアメリカやらどっかしらんの大学を出てインテリを気取ってやがるいけすかん青二才や! 城戸組手に入れて、次は仁和組総長を狙てるにちがいない! 腹の立つ!!」
 勇道が拳で食卓を殴りつけ、皿がいっせいにがちゃりと鳴った。
 また、怒りが再燃したらしい。これではまとまった話は聞けそうにないと、政宗が皿に目を戻しかけると、
「ええか!」
 勇道の言葉が続いた。
「おまえはこの清竜会の跡取りや! ぽっと出の二葉に足元見られるようなマネはすなや! ええか、犬! おまえもしゃんとして政宗について行けや!」
 政宗の背後で、「はい」と悠太郎が返事をする。
「わかりました」
 と政宗もうなずいてみせた。
 組関係のパーティに出席させられるのはこれが初めてではない。勇道は自分の跡継ぎをあちらこちらに見せびらかしたがったから、幹部たちの誕生祝いなどにかこつけて、政宗は何度か仁和組幹部の屋敷に連れて行かれたことがあった。その時に、「これが息子の『犬』ですねん」と、悠太郎も同道させられたこともある。
 今回も勇道の思惑はともかく、今までと変わらないと……その時、政宗は思っていたのだった。




 城戸組の組長は城戸泰造という。仁和組の総長の産湯を世話したという伝説があり、仁和組の総長は今も「城戸の爺様」に逆らえないのだとまことしやかに囁く者もある。もう80近い老齢ながら心身は健康で、どんな急な集まりであっても仁和組の大事に代理を立てたことは一度もない。
 その城戸と今度、養子縁組することになったのが仁和組で頭角を表わしてきていた二葉輝良(ふたばあきら)。UCLAに学んだという触れ込みで、いわゆるマネーゲームで金を作ってのし上がって来た。年は28。仁和組の幹部の中では目を引く若さである。
 ガーデンパーティへと向かう道すがら、車の中で政宗は悠太郎とともに若頭代理・藤崎からそうレクチャーを受けた。
「城戸さんは前にお会いにならはったでしょ。二葉いうのん、顔、わかります?」
 藤崎に問われて政宗は首を横に振った。紹介された極道者の顔は一度で覚えるようにはしていたが、二葉輝良には会ったことがなかった。
「まあ、一目でわかりはりますよ。なんやもう、テレビに出てきそうなヤサ男で、えらいカッコいいヤツですわ。背もこう、ひゅうっと高て。ああ、悠太郎より高いんちゃうかな」
 助手席の悠太郎がかすかに後ろを向く仕草を見せる。
「そうか」
 組の幹部が集まる大事なパーティで人間違いのミスは犯せない。政宗は聞いたデータを頭に入れた。
 パーティはその二葉が懇意にしているホテルを借り切って行われるという。
 着いてみれば、山の中腹にあるそのホテルは古い洋館をイメージした三階建ての洒落た建物だった。黒光りのする車が次々とそのホテルの門をくぐっていく。
 車寄せで降りた政宗たちは一台前に着いていた勇道と島崎に合流し、城戸組のバッジを付けた若い組員に丁重にホテルの庭園へと案内された。
 山肌を利用したなだらかな傾斜のあるその庭には、芝が敷き詰められ、何様式というのか政宗にはわからなかったが、イギリスの古城を思い出させるようなデザインで潅木や低い茂みがあしらわれている。秋の花々も今を盛りとばかりに咲き誇り、庭園を美しく彩っていた。
 庭園には今、その素晴らしい景観を邪魔しないようなセンスのよさで、秋の穏やかな日差しをさえぎるパラソルが並び、その下には料理を満艦飾に盛ったテーブルや、休憩用の椅子が用意されており、ガーデンパーティは準備万端、整っているようだった。
「今日はわざわざお越しいただいて、ありがとうございます」
 その庭園の入り口で柔らかい物腰で、客一人ひとりに丁寧に挨拶している若い男がいた。
 ――あれか。
 政宗は見るともなしに、その男に視線を向けた。
 確かに。見間違いようはないだろう。
 すらりとした長身を艶のいい黒のスーツに包み、慇懃な笑みを浮かべている。その顔は確かにテレビの中で見ても不思議のないような整った二枚目顔だ。濃い紫のシャツに金のネクタイという派手ないでたちさえ、男の華やかな美貌に合っている。
「二葉輝良。今日から城戸輝良か。ま、よろしゅう頼んますわ」
 政宗の前にいた勇道が棘のある声で挨拶する。その声の棘に気づかぬ態で、輝良は品よく頭を下げた。
「よくおいでくださいました。わたくしごとき者のために、ありがとうございます」
 声も低いが響きがいい。
 ふん、と声にならない声を残して勇道は傲然と輝良の前を通り過ぎる。島崎、藤崎が続き、そして、政宗、悠太郎と続く。
「竜田政宗です。今日はお招き、ありがとうございました」
 軽く会釈し、行き過ぎる……と、つい、と軽く袖を引かれた。
「舶来の人形かと思った」
 耳元に囁かれた無礼な言葉に、政宗は今日のホストである男を見上げた。
 輝良の黒い瞳と政宗の褐色の瞳が、互いを認めた瞬間だった。




「――……あの男、さっきなんて言ったんですか」
 勇道に連れられ、仁和組や関係の組の幹部たちに一通りの挨拶を済ませたあと、庭の隅でようやく一息ついた時だった。
 何度か、口を開こうとしてはためらってから、悠太郎が聞いてきた。
 悠太郎から必要な用件以外のことで話しかけられることは、まず、ない。政宗は軽い驚きを覚えながら傍らの「犬」を振り返った。
「あの男て?」
 今日はたくさんの「男」がいる。誰のことだろうと心底いぶかしんで政宗が問い返すと、
「あれ」と言わんばかりに悠太郎が顎をしゃくった。
 悠太郎の視線の先には、いかつい面々の間をにこやかな笑みで如才なく回る輝良の姿があった。すでに消えかけていた記憶を呼び戻す。
「舶来の人形かと思った、て」
 ぴくりと悠太郎の眉が動いたように見えた。
「そんな失礼なこと、言わせておいていいんですか」
「あっちのほうが年上やしなあ。『城戸の爺様』の息子になるわけやろ。格も上かもしれんなあ」
 ふう、と悠太郎が溜息をついた。
「……ヤクザは舐められたらしまい、とちがうんですか」
 もう長いこと忘れていた。胸の奥、喉のあたりがくすぐったいみたいに疼く感じ。悠太郎の言葉は政宗に、もう何年も忘れていた「笑い」の衝動を呼び起こした。
「なんや。おまえのほうがヤクザらしいこと言うやないか」
 顔が引き攣る。笑い方を忘れてしまっているせいだろう。
 悠太郎は歪んでいるだろう笑い顔から、嫌そうに目を背けた。
「……何年、ヤクザのメシ、食ってると思ってんですか」
 不機嫌そうな声。
 それでも何年かぶりに悠太郎とまとまった言葉を交わすことができた。
 自分の口元が嬉しそうにほころんでいることに気づかぬまま、政宗はうつむいた。




 そんな、二人のもとへ。
 余興として肌も露わなダンサーたちが庭に造られたステージで踊りだしたのを機に、今日のホストが足早に近づいてきた。
 悠太郎がさりげなく政宗の前へと回り込む。
「やあ。楽しんでる?」
「はい。おかげさまで」
「少し、君と話したいんだけど」
 軽い感じに染めてある髪を手で梳き上げながら、輝良は切り出した。
「ちょっとつきあってもらえるかな」
 庭に面した部屋の一室を指差される。
「困ります」
 前に出たのは悠太郎だった。
「どうして。同じ仁和組の仲間でしょう。警戒されることはないと思うけどな」
「城戸組と清竜会のことは聞いてますから」
 悠太郎が堅い声音で言う。輝良は軽く笑った。
「噂通りに忠実な番犬だねえ」
 むっとした悠太郎が半歩前に出ると、輝良も表情を改めた。悠太郎の肩越しにまっすぐに政宗を見る。
「俺は君と話したい。話す必要があると思っている。城戸組次期組長として、俺は清竜会次期組長のことを知りたいんだ」
 迷いのない言葉だった。
 政宗は「わかりました」とうなずいた。




 テラスから部屋の中へと入る。輝良に続いて政宗、悠太郎と入ろうとすると、輝良が悠太郎を押しとどめた。
「君は外で待っていてくれ」
「それは『犬』やから」
 輝良の言葉に政宗が返す。輝良は静かに首を振った。
「ちがう。彼は人間だ。耳も口もある。彼に俺たちの話を聞かれたくない」
「聞かれたくないような話をされるんですか」
 悠太郎が切り込む。
「場合によってはね」
 軽くいなして輝良は政宗を振り返った。
「彼に外で待つように言ってくれないか。俺は丸腰だし、窓は閉めるがカーテンは閉めない。それとも番犬がぴったりそばにいないとダメなほど、君は臆病者なのか?」
 危険なのかもしれないとは思った。二葉輝良。どれほど柔和に見えても、この男が父と同じ極道なのはまちがいない。城戸泰造と養子縁組に持ち込んだ手腕もあなどれない。
 ――が。
 正面切って「清竜会次期組長と話したい」と言う輝良がなにを狙っているのか。政宗は興味が湧いてもいた。
「そんな挑発はいりません。悠太郎、ちょっと待っといて」
 政宗の言葉に悠太郎が口惜しそうに一歩下がる。
 輝良が窓を閉めると、室内には政宗と輝良だけになった。
「……聞いていたより、馬鹿ではなさそうだ」
 とたん、輝良はくだけた口調になる。
「馬鹿て?」
「君のこと。人間に首輪を着けて犬扱いして悦にいっとる馬鹿息子。そう陰口叩かれてるの、知ってる?」
「……陰口は本人に聞こえんように言うから陰口なんでしょう」
「その陰口を把握するのが情報収集能力だよ」
 部屋は接待用の客間にでもなっているのか、部屋には暖炉のレプリカがしつらえられ、ローテーブルにソファの応接セットが中央に置かれている。
「紅茶でいい?」
 輝良はお茶の用意がされているワゴンに歩み寄ると、銀のティポットを手に取った。
「ほかにもいろいろあるよ。聞きたい?」
「お願いします」
 どんな話にもって行きたいのか。輝良の話の流れを邪魔したくなくて、政宗はうなずいて見せた。
「一番悪いのが『あれは何も考えてない、ただのボケだ』、次が『何を考えてるかわからない、頼りないヤツだ』、一番マシなのが『あれは黙ってよう周りを見とる。若輩ながらできたヤツだ』」
「最後のも陰口なんですか?」
「面と向かって言われてないだろう?」
 紅茶を用意した輝良は、政宗に「どうぞ」とソファをすすめた。自分は向かいへと座る。
「で。どれが当たり?」
 その質問は考えるまでもなかった。
「一番最初の。『何も考えてない、ただのボケ』」
 輝良は声を立てて笑った。が、すぐにその笑いを収めて、
「それでは困る」
 正面に座った政宗に、まっすぐな視線を向けてきた。
「単刀直入に言う。俺は仁和組を手に入れたい。それも今のままの勢力のものじゃない、もっともっと大きくなった仁和組を、だ。その時に清竜会にゴタつかれては困るんだ」
「…………」
「君の父上は野心家だけどね。古いタイプの極道だ。それほど問題じゃない。問題は君の父上から君が組を継いだ時だ。君に竜田氏ほどの器があればともかく、そうでなければ清竜会は荒れてガタガタになるだろう」
 なるほど、と政宗は納得しながら聞いていた。自分にはまったく興味のないヤクザ世界の抗争だったが、こんなふうにもう何年も先まで見据えて布石を打とうとする男もいるのかと。
「でも、ガタガタになったほうが都合がいいんとちがいますか? そしたら清竜会を城戸組の傘下に組み入れるもよし、ばらばらに解体するもよし」
 わかってないなあと言うように輝良は溜息をつきながら首を振った。
「それじゃ意味がないんだよ。聞いてなかった? 俺は、今より大きくなった仁和組が欲しいんだ。清竜会にだってがんばってもらわないと」
「ああ、そういうことですか」
「そういうことだよ」
 輝良は上品な仕草で紅茶のカップに口をつけ、「だから」と再び鋭い目になった。
「君が本当にただの綺麗なお人形なのか、それとも中身はえげつないヤクザ者なのか、俺は知らなきゃいけない」
 きついほどの視線を向けられながら、政宗は自分の中にその問いを取り込んだ。自分はただのお人形なのか、それとも極道者なのか。――そんなふうに自分のことを考えたことがなかった。
「……答えが見つかったら、ぼくにも教えてもらえませんか」
 政宗が本心からそう言うと、輝良は一瞬目を丸くしたが、小さく噴き出した。
「なるほど。君はなかなか面白いね。嬉しいよ。君が『ただのボケ』ではなさそうで」
 そして、つ、と輝良は政宗の頬に向けて指を伸ばした。
「おまけに……なかなかの美人だ」
 その時。
 外から窓が叩かれた。


















                                               つづく




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