My shinny day 3 - 覚悟 -

 



 そんな、「しつけ」と称されてのエロ漬けな毎日を送って、何日目だったろう?
 俺はその日も、スイッチを入れるとブルブル震えだすローターをおちんちんに貼り付けられ、ついでに後ろにもブルブル系を一本入れられた状態で、アダルトビデオ鑑賞を命じられていた。
 興奮と快感を手っ取り早く躯に覚えこませるためだって言われてて……最初は男同士のビデオを見せられてたんだけど……どうにも、俺の反応が悪かったんで、今は男女のビデオに変えられている。
 ……だってさ。
 情けねーじゃん?
 チンポは電気ぶるぶる、ケツの穴でもヴイーンヴイーン、そんでもって、男が男にがっつんがっつんヤラレてるの見て、ハアハア興奮するなんて。
 いや? そりゃそんだけ局部に刺激を受けたら、見てるのが男同士のエッチでも、こう、もよおしてはきちゃうよ? こんなのモーターがブンブンいってるだけなんだ! そう思おうとしたって、そりゃ、そういう場所をジンジンブルブル刺激されたら感じちゃうじゃん。
 でもさ、俺はそれがイヤだったわけ。
 男としての最後のプライド?
 俺はどうしても、男がケツの穴責められてるのを見て、興奮したくなかったんだ。
 容赦のない機械の刺激に反抗しようとして、俺は大声で、
「なむみょう……」
 と叫びかけて。
 いや、いくらなんでもこれはバチあたりかも、と、
「ににんがし! にさんがろく! にしが、はあっ……っち!にご、じゅううっ!!」
 九九を必死で叫んだんだ。
 そしたら、ヒデが慌てて部屋に飛び込んできて爆笑されて。
 以後、めでたく俺は男女のエッチビデオを見せてもらえるようになったんだ。ささやかな勝利ってやつ?
 とにかく、そんなこんなで、俺が「学習」しているときだった。
 電話が鳴ったんだ。





 一発ヌケたばかりだった俺は多少の余裕があって、思わず耳をそばだてた。
「はい。……ええ、はい、おかげさまで」
 受話器を握った加地さんの声が微妙にいつもとちがう。
 ――なんだろう?
「ええ……いえ、でも、まだ……ええ、少々変わった子で……いえ、てこずるというわけでは……はい……いえ、まだそれは……もう少し時間を……」
 加地さんの歯切れがどうにも悪い。
 なにか頼まれるか命じられるかしてるのに、それを聞きたくない、みたいな。
「申し訳ありませんが……はい……もう少々お待ちいただけないかと……」
 なんだろう? 妙な胸騒ぎがした。





 その日の夜。
 俺はその頃の習慣通りに、加地さんの腕の中にいた。
 日々の「訓練」の成果のおかげで、俺の肛門はもう加地さんの太いモノを入れられても切れなくなっていて、ばかりか、俺は体内に「男を迎える」という行為に確かに快感じみたものまで感じるようになっていて……。
 それはもちろん……躯そのものが「開発」され、今まで知らなかった官能を覚えるようになったためってのが、大きいとは思うんだけど……。
 でも、おれ自身には、躯そのものの変化より心の変化のほうが大きいように思われてならない。
 だって。
 ここに連れて来られるようになる前に、俺は自分が男に抱かれる存在になるなんて思ってもいなくて。そう、男が男に躯を売って、それが商売になるなんて、俺にはどこかよその世界の話で、その頃の俺には「男に抱かれる」なんて、とんでもない話で。
 だけど、逃げようもなく、そういう世界に囚われて、どっぷり浸かって、自分の躯で、男に快を与え、その代償として金品をもらう――俺の場合は借金が消えていく――そういうことが理屈じゃなく納得できてしまうようになって、俺はようやく初めて素直にケツを差し出せるようになったんだと思う。
 そこには、毎日見せられてる濃厚でいやらしいビデオや本の数々も影響が大きかったかもしれない。なんていうか……こういうことをしちゃう世界があるんだ、とか、されちゃうこともあるんだ、とか、そういう納得の仕方ができたっていうか。毎日毎日見せられてると、それが普通に見えてきちゃうって、あるじゃん。
 そんな感じ。
 で。
 俺はさほどの心身の抵抗なく、ベッドボードに背もたれた加地さんの上にまたがり、命じられるままに、ゆるく腰を振っていたわけ。
 命じられるままに……腰を上下させて抜き差ししたり……円を描くように腰を回してみたり……。
 加地さんの、ひとつしかない瞳が、細くなって俺を見ていた。そして……その手が俺のうなじをさわりと撫で上げた。
「あっ……!」
 くすぐったさは簡単に官能に変わって背中をまっすぐに走り、加地さんの剛直を咥え込んでいるソコを直撃した。
「……あまり締めるな。客を殺す気か」
 加地さんの笑いを含んだ声が言う。
「そんな……」
 そんなこと言われたって。
 感じるのは止めようがない。だいたい、「そういうふう」に俺の躯を変えたのは加地さんじゃないか。
 俺はちょっと恨みがましく加地さんを上目遣いににらんだ。そんな俺の視線は、だけど、加地さんの笑みをたたえたままの細めた瞳に、受け止められて。
「……おまえは、変わっているな」
 加地さんが言った。
 その手が、また、さわりと俺の首筋をくすぐる。……猫を愛撫するみたいに。
「最初は……反抗的で、強情で……。おまえが初めてだぞ、ここに来て、俺に力ずくで犯されたその後にハサミを持ち出したのは」
 そ、そうなのか。
 加地さんの表情が、また笑みを濃くした。
「なのに、その後のハンバーグとグラタンは残さず食う。いただきますとごちそうさまの挨拶つきだ。……おまえは、本当に変わっている」
 だって。あれはうまかったし。食事の前後のあいさつは当たり前だし。
 だけど、加地さんはもう一度ゆっくりと、
「おまえは変わっている」
 俺の肩先を撫でながらそう言った。
「強情かと思えば素直で、神経質かと思えば意外と図太い。俺に対する態度もヒデに対する態度も変わらなくて……そんなヤツも今までにいなかった」
 これには、え、と思った。態度が変わるって……?
「俺の前では素直でいい子ぶっていてもな、ほとんどのヤツがヒデにはひどいマネをするんだよ。ここに閉じ込められてるいいウサばらしなんだろうな」
 ……そうか……それは、そういうこともあるかも。
 納得しかけたところで、下からズン…突き上げられて。
「あふ……っ」
 俺は眉を寄せて、たまらずに声を放った。
「おまえは……きっと、人気がでる。おまえは客に好かれるだろう。うまくいい客に当たれば、おまえの借金なんか一度に返してもらえるだろう。そうしたら……」
 そうしたら? 聞き返したかったけれど。
 加地さんがぐいっと俺の上体を倒し、自分が伸し掛かる形に体位を変え、そのままがしがしと責める態勢に入って、俺は話どころじゃなくなってしまった。
「あっ、あっ、あっ、はぅ、ん、あああっ……!」
 続けざまにエロい声を上げさせられる。
 両脚を加地さんの肩まで抱え上げられたら、もうダメだった。
 なにを口走ったか覚えていない。腰はとろとろ、躯はじんじん、頭は真っ白。
 そんな状態だったから。
 はっきりとはわかんないんだけど。
「そうしたら、おまえは店を出て行ける。今よりずっと自由になれる」
 ……でも……そうしたら……加地さんは? 加地さんとは……?
「だが、その前に、おまえが本当にちゃんと店に出られるかどうか。最後の試験がある。自由になる前の……ここでの最後の……『しつけ』だ」
 え、なに、俺まだ、なにか……。
 加地さんはそう言ったように聞こえ、俺はそう聞き返したような気がするんだけど……やっぱり、それははっきりしていなかった。





 その次の日は、朝から加地さんもヒデもなんか様子が変だった。
 会話がぎこちないっつか、視線が合わないっつか。
 昼過ぎ頃、ピンポンとチャイムが鳴った。加地さんが「出勤」していく時は、よくそうやって「お迎え」が来るから、俺は別に不思議にも思わなかったんだけど。
 ヒデが「はい」と玄関に飛んで行ってる間に、加地さんは俺のほうを見ないまま、
「遼雅」
 と俺を呼んだ。
 名前を呼ばれるのは珍しい。俺は「なに?」と加地さんを見上げる。加地さんは視線を横に投げたままだ。
「……いいか。おまえはもうすぐ店に出る。……店に出るということは不特定多数の男に抱かれるということだ。……わかるな?」
 改めて言われると、やっぱりそれはショッキングなことではあるけれど。
 まあ、一応、覚悟みたいなものは出来てるから。俺は「うん」とうなずく。
「だから……最後の『しつけ』として……」
 加地さんの歯切れがどんどん悪くなっていく……。
「今から……だから、最後に……」
 そこまで加地さんが言ったところだった。
 玄関からリビングに通じるドアが勢いよく開いた。


「おーコイツがおまえを手こずらせたボーズか!」


 大きな声の、年配の男を先頭に、スーツ姿の男たちがなだれこんで来た。 


 最初に加地さんが俺の家に来た時のことを、いやでも思い出した。
 黒ばっかりではないけれど、暗い色のスーツに身を包んだ男たち。こちらに向かってくる威圧感。
 先頭の男に加地さんは丁寧に礼をする。続いて入って来た一人……二人……三人の男にも、加地さんは綺麗なお辞儀をした。
 兄貴分。そんな言葉が頭に浮かぶ。
「ほおーお?」
 一番先頭の、一番年配の、そして……なんだろう、一番威圧感のある男が、俺のあごをひょいと持ち上げた。
「……けっこうヒョロい躯つきじゃないか。……ああ、しかし、」
 俺を見る男の目がすうっと細くなった。
「……目に力があるな。……こいつはけっこう、愉しませてくれるかもしれんなあ」
 背中にぞくりと冷たいものが走った。
 なに? なにが起ころうとしている……?
 無意識に加地さんに向けた俺の視線は、だけど、黒いスーツにさえぎられた。
「おう。加地。ゴチんなるぜ」
「今日の味見は一味ちがいそうだなあ」
 口々に男たちが放つ言葉が不吉に響く。
 なに? これは……?
 事態を完全に把握しきるより早く、俺は男のうちの一人の肩に、ひょいと担ぎ上げられていた。





 そのまま……もう半ば予測がついていた通り、俺は男の肩に担がれ、キングサイズのベッドの待つ寝室へと連れて行かれた。
 いくら俺でも、それでなにが起ころうとしているか、見当がついた。レイプ、輪姦。そんな言葉が頭をよぎる。
 広いベッドの上に放り出された。
 とっさに俺は立ち上がり、身構えた。
 ――加地さんには笑われたけれど……空手の型を取る。
 屈強そうな男たちが四人、ベッドの回りを囲み、そして、ベッドの足元にはいつのまに用意されたのか、三脚にセットされたビデオカメラがあった。
 さあっと血の気が引く思い。
 このままじゃ、ほんとにヤラレる……!
 俺は一瞬で部屋の様子を把握した。
 ベッドの上にはまだ俺だけ。男たちはベッドサイドを取り囲むような立ち位置だけれど、部屋のドアはまだ開いたまま。俺は一番角に立つ男に狙いをつけ、
「エイヤーッ!」
 気合鋭く飛び蹴りを放った。
 この男、この男さえかわせば、部屋から逃げ出せる! そうしたら一気に玄関まで走るんだ!
 まさか俺がいきなり飛び蹴りなんか仕掛けるとは思ってなかったんだろう、男が咄嗟に身をかわしたところで、俺は「やった!」と思った。後は走りぬけるだけ!


 だけど。


 今まさにドアを抜けようとしたところで、俺は正面からがっしりと抱きとめられた。
 色のあせたトレーナー、俺とかわらない体格。顔を見なくても、ヒデだとわかった。
「遼雅さん、遼雅さんっ!」
 焦って、必死な、ヒデの囁きが耳元で俺に訴える。
「遼雅さんが暴れたら……加地のアニキの立場が悪くなる……!」
 その時の俺に効果音をつけるとしたら、『ぴしっ!』これしかないね。
 瞬間、本当に俺は凍った。身動きできなかった。
 ――加地さんの立場……。
 ぎくしゃくと首を動かしてヒデを見たら、ヒデも『じゃらら〜ん』ってBGMがつきそうなほど悲壮な顔をしていた。……『じゃらら〜ん』って効果音じゃないけど。
 いや。そんなことはどうでもいい。
 真っ青なヒデの顔。
 ……そうか。
 ……そうだよな……。
 納得して、俺はゆっくりと振り返った。
 そうだ……。
 最初の日の、加地さんの言葉が耳に甦る。
 俺は……「穴」なんだ。
 今なら、わかる。初めての日に、加地さんがあんな言い方をしたのは、少しでも早く、俺が自分の置かれた状況を理解して、自分の立場を受け入れられるようにと……。そして、あのレイプも。一気に落ちるところまで落とされちゃったほうが後がラクだから、だから……。そうだよね? 加地さんにとって俺が、ホントにただの「穴」だったんなら、加地さん、あんな優しそうにしゃべったり、してくれなかったよね? おいしい食事や、言葉はなかったけれどいたわりの視線や……そんなもの、くれなかったよね?
 でも、俺は「穴」なんだ。「商品」なんだ。
 俺が見せられたたくさんのアダルトビデオの中で、男優たち相手に腰を振っていたAV女優たちと、俺は同じだ。お金をもらって、躯で男を受け入れる、「性的商品」。
 そう覚悟を決めて振り返った俺に、男たちの腕が伸びてきた。


「飛び蹴りたぁ、舐めたマネするじゃねえか、え」
「加地を手こずらせたそうだが、素人の道場拳法が通用すると思ってんのか」


 男たちが口々に言いながら、ベッドに引き倒された俺に覆いかぶさってくる……。


 加地さん、加地さん……。
 俺が今まで加地さんに教えられたのは、そういうことだよね? 俺は「穴」で「商品」で、セックスを売るんだよね……?
 だいじょうぶだよ、加地さん。俺、俺、ちゃんとできるから……!


「い、いや……!」
 俺はなるべく高い声でそう言い、胸を守るように身を折った。
「さ、さわらないでよ……っ!」


 男たちを前に、俺はおおげさにいやがって見せる。
 頭の中に流れるのはAVの派手なパッケージ。陵辱・輪姦・制裁・いやがる少女を無理矢理に・泣き叫ぶ女子高校生・ホンモノのレイプの興奮を届けます!……etc.
 飽きるほど見た、いや、見せられた教材を、俺は思い出す。
 そして記憶の中の陵辱シーンをマネて、抵抗してみせる。
 男たちはすぐにノッて来た。
「おらおら、いまさら泣いてもおせーんだよ」
「がっつり楽しませてもらうぜ、はげめよ、おらぁ」
「もったいぶるようなタマかよ、加地のもん咥えてアンアンいってんだろお。さっさとマタ広げて見せろや」
 そんなことを口々に言いながら、俺の服をむしりとろうと伸びてくる腕、腕、腕。
「いやあ、やだ、アンッ、いやっ! やめっ……!」
 俺は男たちをシラケさけない程度に激しく、いやがるフリをする。
 いや? マジ、いやだよ? そんな、知らない男にいきなり取り囲まれて、そいつら全員の相手をさせられるなんて、そりゃ、いやだし怖いよ。
 ……けど。
 これを俺をクリアできなきゃ……。
 『加地さんの立場が悪くなる』
 必死だったヒデの声。
 ばかやろお。俺も男だ。自分のツケを他人に払わせるようなマネができるか! ……他人に……。俺に優しくしてくれた、加地さんに……。
「ああああんっ! いやああんっ!」
 俺は高くあまい声で嫌がり続けた。





 躯はそこそこ「開発」されて、あちこちいじられることも、男を受け入れることも、気持ちよくなってはいたけど。
 どういうんだろ。
 四人もの男に躯に群がられて、でも、俺は別に気持ちよくなんかなかった。
「どうだ、ほら……おまえも気持ちいいんじゃねえか」
 勃って来たのをそんなふうに言われたけど。快感は、肌の表面一枚だけを上滑る感じで。全然、深くも鋭くもならなくて。
 ……加地さんに抱かれてるときと全然ちがう……。
 乳首がしこっても、ソコが大きくなっても、俺の意識までが官能に呑まれることはなかった。
 ……これが商売として抱かれるってことなのかなあ。
 俺はぼんやりと思いながら、頭の中では陵辱系AVの再生をつづけ……、


「いやああああっ!」


 これがクライマックス。大きく左右に広げられた股間に男が腰を進めてきた、その瞬間。俺は叫んでいた。


「な、中で出さないでっ! あ、赤ちゃんできちゃうっ!!」


 だいたいね、うん、しまったと思った時には手遅れなんだよね……。





 瞬間の、その部屋の空気をなんと表現すればいいだろう。
 気まずい? シラけた? かたまった? 凍った?
 俺の右足を押さえている男が、
「お、おまえ、男が妊娠するわけないだろうっ」
 怒鳴るには迫力不足な、けれど笑うことも出来ない脱力感をにじませた声で言った。
 俺の右腕を押さえている男は、
「生理でもあるのか、おまえは」
 皮肉には冷静さの欠けた、戸惑いの残る声で言った。
 俺の左腕を押さえている男は、それまで一番饒舌だった気がしたんだけども、
「加地が苦労したわけか……」
 と呟いた。
 そして、俺の股間で、俺の尻の穴にペニスを押し付けていた男は……笑った。この中で一番年上で、一番貫禄のある男は、短く笑い声を立てた。
「ぼーず」
 男は俺の太股に手を置いたまま、俺を見た。
「今のセリフは失点だあな」
 なんと答えていいかわからず、俺は男を見つめ返した。
「イヤがるフリ、これは悪くねえ。喜ぶ客も多いだろう。だが、今のはやりすぎだ。逆にシラけちまう。気をつけな。フリでもな、気ィ入れねえと、今みたいなポカをやっちまうんだ」
 男の言うことは理屈が通っていた。うん。俺は反省を込めてうなずいた。
「なんにしろ、気持ちを込めねえやっつけ仕事はうまくねえってことだ」
 男は言い、俺に向かって身を乗り出してきた。
「……さあ。仕切りなおしだ、ぼーず。強姦ゴッコは終わりだ。おまえ、加地にいろいろ仕込まれてんだろ。だったら、ちゃーんとおまえの躯と、技と、きちんと使って客をもてなせ。俺たちは口が肥えてる。ちょっとやそっとじゃ、ごちそうさまは言ってやれねーぜ?」
 俺はきゅっと口元を引き締めた。……そうだ、そういうことなんだ。
「……どうぞ」
 俺は躯の力を抜きながら、男に言った。
「俺の中へ……お客様。せいいっぱい、おもてなしいたします」





 何時間たったんだろう……?
 男たちは何度か部屋を出たり入ったり……どうもリビングで酒や軽食をつまんでは、また、ベッドに戻っていたりしたみたいだけど。
 知らない。
 俺は男たちを喜ばせ続けた。





 気が付いたら、部屋は窓からの日光じゃなく、電気の光で薄明るくなっていた。俺はうつ伏せに……腕すら動かすのが億劫なほど疲れて、ぐったりと横たわっていた。
 そんな俺の躯を、誰かが優しく、拭き清め、薬をすりこんでくれていた。
「……加地、さん……」
 呼びかけようとしたのに、ささやくような声しか出なくてびっくりした。
「もう終わった。静かに寝ていろ」
 加地さんの声も低く、静かだったけれど。どうしても聞きたいことがあって、俺は首をかすかに持ち上げた。
「ね……俺、合格?」
 加地さんの顔が見たかった。
「俺、合格? だいじょうぶ?」
 後ろから優しく頭を撫でられた。
「……合格だ。……よくやった。がんばったな」
 俺はアホだろうか。バカだろうか。
 躯売る商売に、合格しようががんばろうが、そんなこと、いばれたことじゃないのに。
 なのに。
 俺は嬉しかった。
 自然に口元がほころんだ。
 加地さんに、褒めてもらえた。
 よかったと思った。
 がんばってよかった。
 加地さんの優しい指が、熱を持って、腫れぼったくて、なんか外側に向かってまくれちゃってるんじゃないかって気のする、ソコ……そう、お尻の穴のところに冷たくてひやりと気持ちのいい薬を塗りこんでくれていた。
 じんじんして熱いソコはいやだったけれど、加地さんの指使いが嬉しくて……なんだかうっとりしていたら。
「……ここの赤みが引いたら……」
 加地さんが、そう切り出した。
「ここの赤みが引いたら……」
 なに?
 俺はもう一度、加地さんの顔を見ようと、首をひねった。
 加地さんは少し寄せた眉の下で、ひとつだけの瞳を伏せていて。どこかつらそうに言葉を継いだ。
「……おまえも店に出てもらう」
 ……ああ。うん。大丈夫だよ、それはもう、わかってる。
 俺はまた、ぽてりと頭を枕に落とす。そんな俺に、加地さんはやっぱり下を向いたまま、言葉を継いだ。
「……店には……政財界のお偉方から、マスコミに顔の売れてる人間まで、とにかく、金と名誉のある人間が来る」
 その情報は初耳な気がする。
 俺はまた頭を上げて加地さんを見た。
「店に来る客は、社会的には一流の人間ばかりだ。……逆に言えば、男を買う店などに出入りしているのがバレたら、困る人間ばかりが客なんだ」
 あーなるほど。可愛い女の子より、男の尻に発情するなんて、フツー、知られたくはないよな、尻だもんな尻。俺は納得しつつ、次の加地さんの言葉に耳を傾けた。
「店に出れば、おまえたちは、客の求めに応じて食事を一緒にしたり、ホテルまでこちらから出向いたりもするようになる。つまり、行動の自由ができるわけだ。……そんなところで、万が一にも逃亡を図られたり、客の情報をよそに漏らしたりしようなどと、考えられては困る」
「そんな……!」
 思わず声が出ていた。
 俺、しない! そんなこと絶対!
 加地さんは、でも、首を横に振った。
「……悪いな、遼雅。俺たちは無邪気な口約束をアテにできるほど、気楽な稼業じゃないんだ」
 くっと胸が詰まる想いがした。
「……俺たちは、それなりの保険をかけておかなきゃならない」
 やっぱりつらそうに加地さんは、そう言葉をつぎ、
「ヒデ。テープを」
 振り向かないでそう言った。
 顔を上げたら、部屋の入り口にヒデが立っているのが見えた。
「ヒデ」
「やだ」
 ヒデがふるふると首を横に振っている。……ヒデが加地さんに逆らうところを初めて見た気がする。
「や、やめましょうよ、加地さん。りょ、遼雅さんなら、きっと……」
「ヒデ!」
 びしりと鞭が鳴るみたいな鋭さで、加地さんの声が飛んだ。
「……すんません……」
 ヒデはうなだれると、ベッドの足元に立てられた三脚へと歩み寄って……備えられているカメラから、小さな8ミリテープを取り出した。
 気の進まない素振りで、そのテープが加地さんへと手渡される。
「いいか、遼雅」
 加地さんがその小さなテープを指に挟んで俺に示す。
「このテープには、おまえがさっき4人の男たちにオモチャにされた様子がすべて入っている。おまえが逃亡を図ったり、店に不利益をもたらすようなことをすれば、俺たちはこのテープを使う。いいな?」
 ……そういうことか。
 俺は今度こそ本当に脱力して枕に頭を落とした。
 そうだよね……そうか……そっか……。
「……おまえがしっかり働いて、借金をきちんと清算できたときには……このテープはおまえのものだ」
 黙ってるとなんか涙がにじんできそうで。
「そういう言い方してるとさあ」
 俺はわざと皮肉げな声を出した。
「加地さんってヤクザみたいだよ」
 加地さんの手がにゅっと伸びてきた。叩かれるのかなって思ったけど。
 その手は俺の頭をぽんぽんと叩いて。
 やべ。
 マジ、涙出てきそうで、俺は慌てて枕に顔を伏せた。





つづく

My shinny day3 JUNK部屋連載21話〜34話
一部加筆修正して掲載


 

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