My shinny day 4 - 仲間 -

 



 そうして……。
 俺は店に出るようになった。
 初出勤の日、俺は高校の制服によく似た カッターシャツにネクタイ、紺のブレザーっていう格好に着替えさせられて。
 携帯も持たされた。店と加地さんの携帯が登録されてると言われて……つい、
「首輪代わり?」
 テープの件でひがみっぽくなってた俺は、イヤミに尋ねた。
 加地さんは、
「そう思っておけ」
 って冷たかったけど。 ヒデが横から、
「ちがいますよ! お守り代わりっす!」
 ムキになったみたいにそう言った。
 ……お守りか……。
  俺は手の中の携帯に目を落とした。
 店と、加地さんへの連絡手段。
 俺はこれをジャケットのポケットの中に忍ばせて店に出て。ジャケット脱いで 裸になって客に抱かれて。
 その時、俺はどう思うんだろう? これを使えばすぐに加地さんの声が聞こえる。迎えにも来てもらえる。そう思いながら…… 俺は客に抱かれるんだろうか……?
 なんかそんなことを思っていたら、鼻の奥がツンと来たけど。

「なにをやってる。行くぞ」

 加地さんが事務的に俺を促す。

「はい!」

 俺は大声で涙の気配を払って、玄関へと踏み出した。





 …………そこで泣かなくてよかったと思ったのは、店に出てから。
 ホント。泣かなくてよかったぜ。
 店では、俺のつまんない感傷なんか 吹き飛ばすようなモロモロが俺を待っていた。





 店は小綺麗なビルの二階にあった。
 入ってすぐのところは、パーティションで あちこちが区切られた小さなバーみたいになっていて、加地さんが 入っていくとすぐにマネージャーらしき人が飛んできた。
「新入りだ。遼雅という」
 加地さんが俺を紹介する。ダブルのスーツ姿のマネージャーさんは 俺を上から下まで、鋭い視線で調べるように見る。
「みんなもう来ているか」
「はい、そろっています。達哉が今日は熱があるとかで休んでますが」
「そうか……達哉は最近、休みが多くないか?」
「注意します」
 小さく頭を下げたマネージャーさんの前を通って、俺はバーの奥へとさらに案内された。
 ドアが二枚並んでいる。その一枚を、加地さんは軽くノックして……ドアを押し開いた。

「おまえたちの新しい仲間だ」

 そう言って加地さんは俺を押し出したけど。
 ……その数秒、人生、何度とないイヤな思いというのを、俺は味わった。
 12畳ぐらいだろうか、 そこそこ広いリビングのような感じのその部屋には、俺と同じ年頃の男がごろごろしていた。それも、そろいもそろって、街中に出れば「イケメン」と呼ばれるか 、スカウトが群がってきそうな、見た目のいいヤツばっか。
 だけど、そいつらの俺を見る目つきの悪いこと。
「フン」
 って声が今にも聞こえてきそう だった。
 つい、不安になって加地さんを振り返ろうとしたら、
「加地さあん」
 甘えた声を出して、ストリートカジュアルでまとめた一人がその 輪の中から抜けてきた。
「最近、かまってくれないじゃーん? つまんないよう」
 ちょっと甘い顔立ちのヤツだけど。そいつはいきなりべったり正面から 加地さんに身体を寄せて……はあ!? いきなり加地さんの股間をさわさわ〜って……!
「そういうサービスは客にしろ」
 加地さんはあっさりそう言った けど、でも、股間を触られてるのは平気そうで!
 その瞬間に、俺は悟っていた。
 も、もしかして、いや、もしかしなくても! ここにいるヤツ全員、加地さんの「しつけ」を受けた……

 穴兄弟!

 え……あれ? ちがう?
 えっと。穴兄弟ってのは、同じ「穴」を使っちゃった男の人同士のことだっけ? じゃあ、この場合はもしかして、 「サオ兄弟」とか言うのか? あれ? へん? じゃあ、「加地さんに掘られ組」とか「加地さんのでヤラレ組」とか、ああそうか!「加地サオ兄弟」とか!
 ついバカなことを考えていた俺を横目で見ながら、部屋の中の少年たちはなんか感じ悪くひそひそやっている。
 なんなんだよ! おまえら、 態度悪いぞ!
 そう言ってやりたいけど……でも、俺もまた、ここにいる全員が加地さんにあの「しつけ」をほどこされきたのだと思うと……胸がどす黒いもので 満たされるような感じがするんだった。
 だけど、加地さんの説明によれば、俺はこれから一晩中、その部屋で、俺に陰気な目を向けてくる俺の「ヤラレ兄弟」と共に過ごさねばならないらしく。
 タメ息が漏れる。
 ソファやゲーム、TVなんか置いてあって設備だけは整ったその部屋の、片側の壁面は一面が大きな鏡になっていた。不自然に大きいその鏡は案の定、 マジックミラーになっていると加地さんは言った。店に来たお客は、そのマジックミラー越しに、くつろぐ俺たちを品定めして指名する、そしてその後 パーティションで区切られたバーの一角で指名したボーイとおしゃべりして、気に入ればお店の外にボーイを連れて遊びに出る、というシステムなんだそうだ。
「客と別れたら、この店に戻ってもいいし、連絡だけいれて部屋に戻ってきてもいいぞ」
 加地さんにそう言われて、はい、とうなずいたところで。
 ギリ。
 背中に刺さる視線が一気に鋭さを増した気がした。
「新入りだ、いろいろ教えてやってくれ。仲良くやれよ」
 加地さんが部屋の中の少年たちに向けてそう言うと、
「はあい」
 みんな、いい声で返事したけど。
 ぱたん。
 加地さんがドアを閉めて出て行ったとたん。

「なにサマ?」

 冷たい声が俺に向かって飛んできた。

 え、と思って振り返ったけれど、誰も俺のほうを見ていない。
 わざとらしくよそに向けられている、顔、顔、顔。
「……今の、誰だよ」
 俺は我慢できずに声を上げた。
「ナニサマって言ったヤツ、誰だよ!」
 誰も名乗り出なければ、こいつだと教えてくれる奴もいなかった。 俺の言葉は部屋の中のみんなに無視されて宙に浮く。
 まともにケンカしてくれる気すらないらしく、一人一人にらみつけてみたけど、誰とも視線が合わない。

 ……なんでか、わかんないけど。

 俺はここでは嫌われてるらしい。
 部屋の中は居心地のいいリビング風にしつらえてあるけれど、俺の場所はどこにもない感じで。
 俺が黙って突っ立っていると、部屋のあちこちで俺を無視した会話が始まった。陰険に、ひそひそやってはぷーっと吹き出したりして。
 あーそうかよ! そうですか!
 俺は半ばヤケになって、壁際に行くとどすんと床に腰を下ろした。
 なんだよ、感じ悪いの!
 新入りいびって楽しいか! 集団で無視なんて、おまえら小学生かっての! ひそひそくすくす、人の陰口言って楽しいのかよ! おまえら、 本当にチンコついてんのか!
 俺はありったけの意地で平気な顔を装った。負けてたまるかと思った。
 ……見知らぬ男に抱かれる覚悟はできてた。
 だけど、こんなふうに「仲間」だか「兄弟」だか知らないけど、そいつらにイヤな目を向けられるなんてのは、思ってなかった。ここまで来て小学校並みの集団無視に遭うなんて、思ってなかった。
 人生、なにが起きるかわかんねえな。
 俺は精一杯強気に、そんなふうに思ってみた。
 でも、なんでここまでイヤな空気にさらされなきゃならないんだ? 全員から無視されるキツさもさることながら、その理由がわからなかった。
 謎が解けたのは、次の日になってからだった。
 次の日、店に出た俺は、やっぱり全員からの無視を喰らって、なんだよおまえらってムカついてたんだけど。
「ああ、遼雅って、おまえ?」
 俺より後に来たヤツにそんなふうに声を掛けられて、驚いた。
「俺、達哉。きのうは休んでたんだけど、今日から復活〜ヨロシク!」
 明るく声をかけられて。
「ど、どうも」
 俺はぺこりと頭を下げた。
「ふうん?」
 達哉は親しげに俺の肩に手をかけた。
「ね。眼鏡、はずしてみてくれる?」
 顔をのぞきこまれて、ちょっと警戒心が湧く。
 達哉は甘く整った二枚目顔ににっこりと笑みを浮かべて俺を見た。
「だって。加地さんのお気に入りの素顔が見たいから」
 その一言に俺は凍った。
「……な、なに? お気に入り!?」
「あれ? 聞いてないの?」
 驚いたように聞き返された。俺はあわてて首を横に振った。
「なんだ。おまえたち、話してやってないのか?」
 達哉は今度は大きな声で部屋にいるみんなに問いかけた。俺の声はまるで聞こえてないフリの少年たちが、
「わざわざ話すことでもないしなあ」
 と、達哉には答えている。
「なんだよ、いいじゃん、そんなこと。ちゃんと教えてやれよ」
 達哉は明るくそう言うと、俺を部屋の隅へと誘った。
「ワケわからなかったろ。いいよ。説明してやるよ」
 きのうは一人で座り込んだ壁際に、達哉と並んで腰を下ろした。
「まずさ。最初に確認だけど、おまえもここに来てるってことは、加地さんの『しつけ』を受けたんだよね?」
 くっきりした二重まぶたの下の真っ黒い瞳に見つめられて、俺はこくんとうなずいた。
「俺たちもみんなそうだよ。ここにいる全員、加地さんが最初の男だ。ま、一部例外もあるけど」
 改めて達哉の口からそう聞いて、 きゅうっと胸の下あたりを引き絞られるみたいな痛みを感じた。……やっぱり、やっぱりそうなんだ……。
「でもさ」
 大事な秘密を告げるように、 達哉の声が低くなった。
「あの人、商品には手を出さないんだよね。いっくら、俺たちが望んでも抱いてくれないんだ」
 え。ちょっと意外で目が丸くなった。達哉は俺の表情の変化を素早く読み取ったみたいで、
「あれ? ちがうの?」
 と聞いてきて。俺はあわてて手を顔の前で振った。
「う、ううん! ちがう! だ、抱くとかそんなんじゃなくて……」
 しどろもどろになりかけた俺に、達哉は、いいよ、と笑った。
「まだ俺、ゆっくり説明してなかったし。ね、遼雅、呼び捨てでいい?  遼雅は、今まだ、加地さんのマンションにいるの?」
 明るくて友好的な達哉の口調に、俺はうなずいた。
「ああ。それでだよ。それって、 すごい例外的なことだからさ。だから、みんな、遼雅が加地さんのお気に入りだってヤキモチやいちゃったんだよ」
「例外的って……?」
 思わず問い返した俺に、
「ふつー、『しつけ』が終わったら、ボーイは加地さんのマンションを出されるんだ」
 達哉はおだやかに丁寧に説明してくれた。
「今は三箇所かな。5、6人ずつ分かれてマンションで暮らしてるんだよ、俺たち」
 そういうことだったのか……。きのうからのみんなの冷たい態度の理由がようやくわかった気がした。みんなは同じ立場の者同士、 集団生活をしていて、俺だけが特別扱い……そんなふうに見られていたのか。
「加地さんもマズイよね」
 達哉がため息混じりにこぼした。
「新入りはただでさえ、馴染むのに時間がかかるのにさ。こんな形で特別扱いみたいなことしたら、目立つばっかりじゃん。ずっとここでがんばってるアイツらだっておもしろくないし、遼雅だって、溶け込みにくくなちゃうだろ?」
 うん。
 俺は反射的に深くうなずいていた。
「なんでかなー」
 独り言の口調で達哉は言って首をひねった。
「加地さんもわかってるだろうに、なんでこんなこと……」
 俺はちょっと考えた。その理由なら、ちょっとはわかる気がした。
「たぶん……」
 小さい声で言ってみた。
「俺が落ちこぼれだからだと思う。問題児っていうか……」
「落ちこぼれ? 問題児?」
 達哉の目が丸くなった。
「うん」
 俺はうなずく。
「……俺……最初の日に、加地さんにハサミ向けたり、『しつけ』の最中に九九叫んだり……」
 ぷっと小さく達哉が吹き出した。
「っげーな、おまえ、そんなことしたんだ?」
「だから……きっと、加地さん、俺がなにをしでかすか、 わからないって思ったんだと思う。……きのうだって……」
「きのう?」
「あー…っていうか、今日? 店から帰ってから……」
 先をうながすように達哉は微笑みながら小首をかしげて俺を見てて。
 俺はぽつりぽつり、昨夜、店から加地さんの部屋に帰ってからのことを話してみた。
 ゆうべ、俺は二人の客に買われた。一人は中年の会社重役って感じのおじさんで、一人はなにをしてるのかわからなかったけれど、もう相当トシな感じは したんだけど、カジュアルな装いが妙にカッコよくキマッてる人だった。
 俺は俺なりに、きちんとお客さんに満足してもらえるようにふるまった。 ……と、思う。
 だけど。
 だけど、加地さんは。
「どんな客だった。なにをした」
 ってしつこくて。
「その時、客はどんな顔をした。 おまえはどんな声を上げたんだ」
 とか、ホント、しつこくて。
 結局、俺は客とホテルに行ってからの一部始終を報告させられて、最後には身体検査だとか言って真っ裸になってあちこちのぞきこまれて。
「おまえは安心できん」
 とか言われて、その、『しつけ』のやり直しみたいなことになって……。
「へえ」
 そこまで話したら、達哉がちょっと驚いたみたいにそう声を上げた。
「じゃあ、おまえ、まだ『しつけ』が終わってないってこと?  加地さんにヤラレちゃうわけ?」
 同情めいた口調で言われて、思わず俺はこっくりとうなずいていた。
「そうかー。住んでる場所だけじゃなくて、おまえ、ほんとにいろいろ特別なんだな」
 達也にそう嘆息するみたいに言われて。
「俺、デキが悪いから……」
 俺もつい、うつむいてしまったら、
「気にすんなよ」
 って、達哉にぽんと肩を叩かれた。
「まだ『しつけ』途中でもさ、この部屋の中ではみんな仲間だから。同じ店で働く、同じボーイ同士、みんな困ったこととかあったら助け合うし、仲もいいんだよ。立場が同じだろ? フツーだったら話せないようなことも話すしさ。遼雅もきっとすぐに慣れるよ」
 きのうからの無視攻撃にちょっとメゲかけていた俺には、それはすごい励ましだった。
「そ、そうかな?」
「そうだよ」
 達哉は身軽に立ち上がると、
「なあ、みんな!」
 部屋の中にいたみんなに、大きな声で呼びかけた。
「コイツ、遼雅、俺たちみたいに部屋で一緒に暮らしてないのは、コイツまだ『しつけ』の途中だからなんだって」
 みんなの目がいっせいに俺に向けられる。……いや、そんな、見つめないでほしんですけど……。
「かわいそうにさあ、きのうも客とった後に 『しつけ』があったんだって。なあ? そうだろ、遼雅?」
 ついさっき自分の口から言ったことを否定するわけにもいかない。 俺は部屋中の視線を浴びながら、ぎこちなくうなずいた。
 けど……なんだかな。『しつけ』を受けたってことは、俺がゆうべっていうか今朝、 加地さんにヤラレちゃったのを公言してるわけで……なんつか、すんげえ恥ずいんですけど……。
「そりゃキッツイなあ」
 部屋の中から別のヤツの声があがった。
「疲れてたところだろ? 何時間ぐらいだったんだ?」
 その質問には達哉の声にあったのと同じ、 同情的な響きがあったし、同じ仲間たちからの初めての俺への問いかけでもあって。
 ふつうだったら、性行為にかかった時間を聞くようなそんな質問、 俺だって答えないんだけど……。
「……えっと……小一時間……?」
 おずおずと口にしたら、周りから口々に声が上がった。
「えー仕事あがりに? キツくないか、それ」
「部屋帰ったら、俺なんかベッド直行だぜ、すぐ寝ちゃう」
「ハードだなあ」
 そんな同情的な声を背に、達哉が俺を振り向いた。
「大変だったね、遼雅。グチなら、俺たち、いくらでも聞くぜ? 仲間なんだから」
「う、うん。ありがと」
 思わず俺は頭を下げていたんだった。





 達哉はそれからも、まだ不慣れな俺にいろいろ教えてくれた。
 やっぱりほかのボーイたちはどこか冷たい目線を俺に向けてくることがあったけれど、達哉一人はなんの屈託もない明るい調子で俺に話しかけてくれた。
 くっきりした二重まぶたの整った顔立ちに、人好きのする笑みを浮かべて、 達哉は俺に話しかけてくれたんだ。





 ……だから。
 だから。
 店に出るようになってから一週間目。
 帰宅後に「今日の客は?」問いただしてくる加地さんの追求は 日に日に厳しくなっていて。その日はとうとう、俺は昼間、一睡もさせてもらえてなくて。
「どしたの、さえないツラして?」
 達哉に顔をのぞきこまれて、つい、
「加地さん、しつこくて」
 俺は正直に答えてしまって。
「しつこい? ああ、『しつけ』のこと?」
 その時、後から思えば達哉の目がなんかイヤな光り方をしたような気もするんだけど。寝不足と疲れでぼうっとしていた俺は、またうなずいてしまって。
「なにした、なにされた、感じたのか、どうやってイッたのか、どんな体位だ、どんな好みだ、もうしつこいんだ」
 客とのコトを細部まで追求されて、 うんざりしていた俺はついグチってしまって。
 そんな俺の言葉を、達哉はうんうんうなずきながら聞いていてくれたから。
 だから。
 だから。
「ちょっと外の空気吸いに行こう」
 誘われて出た非常階段で、達哉の手に下の階へと突き飛ばされた瞬間にも、俺は自分がなにをされたのか、 すぐには理解することができなかった。


つづく

My shinny day4 JUNK部屋連載34話〜45話
一部加筆修正して掲載


 

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