My shinny day 6 - 男娼 -

 



どれほど、その陵辱の映像は続いたろう……。ようやく達哉の悲鳴も泣き声も聞こえなくなり、 画面が濃いグレーに覆われてから、俺はのろのろと顔を上げた。
「ねえ」
 ドアの前に立つヒデに問いかける。
「俺たち……いずれは全員が達哉見たいな目に遭わされるの? みんな、あんなこと、されるようになるの?」
  ヒデは大きく首を横に振った。
「きちんとこの店で勤め上げてもらえれば、あの店に行かされることはありません」
「……ああ、そう……」
 俺は額を支えながら呟いた。
「この店でおとなしく勤めて、にこにこしながら来る客のチンポ しゃぶってケツ使わせてやれば、達哉みたいな目には遭わされないんだ……そうか」
 言い出したら、止まらなくなった。
「誰かを好きになったり、その人と少しでも一緒にいたいと願ったりしちゃあ、いけないんだね。好きだの、恋だの、 そういうことを言い出したら、あんな目に遭わされるんだね。鞭で打たれて、浣腸されて、それをビデオに録られて……」
「遼雅さん……」
「わかった」
 俺は壁を支えになんとか立ち上がった。
「客を入れてよ……俺を指名して くれる客を入れてよ。俺、一生懸命、働くよ。誰が好きだとかなんとか、そんなこと思わずに男に抱かれてればいいんだろ?  そしたら、あんなひどい目に遭わずにすむんだろ?」
 ヒデにこんなことを言ってもしょうがない。
 そう思ったけれど、 やるせなさは消えていかない。
 ねえ。だってそうだろ? 加地さん……俺、男に黙って抱かれて、この店で借金返していけば いいんだろ?
 ふと気づくと、マジックミラーに、半べそかきそうな自分の顔が映っていた。
 なんとなく……なんの証拠 もなかったけれど、ミラーの向こうに加地さんがいるような気がした。
 俺は眼鏡を外すと、きゅっと唇を噛んでミラーをにらみつけた。
「……俺たち、商品だもんね。店に迷惑かけるなんて論外だし、好きだの恋だの、言える立場じゃないんだよね」
 俺は答えのないミラーに向かって確かめる。
「俺はにこにこと、男たちに抱かれていれば、いいんだろ?」



 *     *     *     *     *     *



 ヒデはもう俺に、加地さんのマンションに戻れとは言わない。
 俺は暁やツトムたちと一緒に暮らし、店に出る。
 暁が、もう達哉は戻って来ないと言った言葉通り、達哉は姿を現さない。
「しつけだとかなんだとか言われて、誤魔化されるんだけどさ……あいつら、ヤクザなんだよ。汚い手を使って、売れそうな男の子を 集めてさ、それで稼いでるんだよ」
 暁が苦い口調で、マンションで話してくれた。その暁の言葉の中には聞き流せないことがいっぱいあって……。
「汚い手って……?」
「イマドキさあ、カードローンなんてフツーだろ? で、一度か二度、返済が滞ったら、その中からウリモノになりそうな男とか女が いるとこ見つけるんだよ。後はローンを整理してやるとかなんとか言って、借金を一本化させて自分のところに多額の借金を作らせる。そしたら もう、思い通りじゃん。その借金、チャラにしてやるから、店で働けってさ」
「……俺のウチは俺の母親がひどくて……見栄張るために借金重ねて……」
 暁はいやそうに笑った。
「似たようなもんだよ、俺んとこだって。ヤクザなんてさ、人の弱みにつけこむのが商売なんだよ。おまえも録られなかった? 店に出る 前に、マワされてるとこのビデオ」
 加地さんの兄貴格の人たちの相手をさせられたとき、ビデオを録られた。逃げようとしたりしたら、これを使うと告げられたことを思い 出す。
「そういう保険をかけてるとこだって、やっぱしっかりヤクザだしさ。実際は脅しだけじゃないんだ。達哉だけじゃない、あいつらに都合 の悪いことをしたら、今度はああいう趣味の客に売られる。終わりはないんだ」
 ぞっとした。
 俺は今まで加地さんのなにを見てたんだろうと思った。
 ヤクザだ。ヤクザなんだ。
 「しつけ」を受けてるうちに、けっこういい人かもとか思っちゃった自分を殴ってやりたい。あんなことが出来る人が、いい人なわけな いじゃないか!
「俺たちは、借金を返し終わって、あいつらがもうけるまで、とにかくおとなしく我慢してるしかないんだ」
 暁が自分にも言い聞かせるように言う。
 そうか……そうだよな……。
 俺たちは、ただ大人しく、客を取っていればいいんだよな……。
 そう思うと、もうわかりきったことのはずなのに、なぜだか鼻の奥がツンと来た。
 シルクの黒い眼帯、眼光鋭いただひとつの瞳、浅黒い肌、高い鼻、薄い唇。
 広い肩、引き締まった腹、長い手足。
  低くて渋い話し声。耳元にこぼされるいやらしさのしたたるような囁き声。空気を振るわせるドスのきいた怒鳴り声。
 口元だけをゆがめる皮肉な笑み。ほんの時たま漏れる、優しそうな微笑。
 いやらしく動く指。俺の内部を抉る熱くて硬い肉の棒。
  ――それが俺の知ってる加地さん。
 ……俺が、好きになった加地さん。
 そして、達哉もそんな加地さんを好きになった。
 加地さんと一緒に暮らしてる俺にヤキモチをやいて俺を階段から突き飛ばすほど。店を壊して、加地さんにまた『しつけ』てもらおうと思う ほど。
 そして……加地さんはそんな達哉を許さなかった。
 ハードプレイが売りのSMクラブに達哉は連れて行かれ、ひどい制裁を 受けた。
 商品には……俺たちには、好きだの恋だの、言う権利はないから。
 こんな世界だったんだと、改めて思った。
  最初、家から加地さんのマンションに連れて来られたときには、なにもかもが本当にショックだったけれど、いつの間にか、俺はそれに慣れてしまっていたのかもしれない。
 しょせん俺たちは、ヤクザが利潤を得るための道具なんだ、ここはそういう世界なんだ。そして、加地さん はそういう人なんだ……。


 出て行きたい。


 痛切にそう思った。
 『しつけ』を受け始めた当初は間違いなく、こんな狂った状況から一刻も早く解放されることを望んで いたはずなのに。
 いつの間に俺はそれすら忘れてしまっていたんだろう。
 ……加地さんに抱かれて、目元に優しいしわを刻まれ ながら笑われて……俺は大事なことを忘れてしまっていた。


 出て行かなきゃ。こんなところ。


 いいお客についてもらって。一日も早く、借金を返して。
 出て行こう。
 俺は心の奥深くで誓っていた。





 俺は客にしっかりサービスするようになった。
 熱心にサービスすれば客も喜んでくれて、次も俺を指名してくれるかもしれない。 指名がたくさんもらえれば、たくさん稼げて、借金も早くなくなるだろう。
 そう思ったからだ。
 もう……こんなところにはいたく ない。
 もう……加地さんの顔は見ていたくない。
 加地さんの達哉への仕打ちと、その後のセリフが、加地さんが俺たちボーイをどう 見ているか、俺に思い知らせてくれた。
 俺は熱心に働いた。
 店に客が来る。
 客はまずマジックミラー越しに俺たちを品定め する。
 俺は俺のウリを考えた。俺の魅力は……たぶん、眼鏡をかけてて、見た目はちょっと真面目そうなところ。加地さんも言っていた。 眼鏡をかけている時と、外したときの勝気そうな瞳のギャップがいい、と。
 部屋の中で、俺は意識して真面目なキャラを装った。明るい 笑顔、屈託のない表情。
 目を留めてもらって、バーに呼ばれればこちらのものだった。
「君と少し話をしたくてね」
 たいていの 客は――スーツの客も、自由業っぽいカジュアルな服装の客も――最初、おっとりかまえて俺にそう言う。
 俺は嬉しそうに笑って見せて、 招かれるまま、客の隣に座る。
 そして。
「でも、ぼくなんかで、いいんですか?」
 横目で問いかけながら、俺はゆっくり眼鏡を 取る。
「ぼく、そんないい子じゃないですよ?」
 口元には笑みを浮かべておく。客は『ほお』という顔になって、
「じゃあ、 どれぐらい悪い子か、見せてもらおうか」
 なんて言い出す。
 ホテルに行った後は、なりふり構わなかった。次も指名してほしかった からだ。
 出て行くんだ、こんな店。
 その思いに支えられて、俺は熱心に客のモノをしゃぶり、尻の肉を自分の手で分け、「入れて」 とねだった。





 そんなふうに、ヤケすれすれの開き直りを続けるうちに、俺は店で一番の売れっ子になっていた。
 馴染みのお客さんも何人か できた。三日に一度は店に来て、くれば必ず俺を指名してくれるお客さんもいた。街に出ると、何か欲しいものはないかと聞いてくれる人もいて、 俺は同僚のボーイたちが時々すごく高価な腕時計やスーツを持ってる理由を理解した。
 だけど俺は品物をねだることはしなかった。
「う〜ん……物でもらうより、一回でも多く、会いに来てほしいなあ」
 俺は悩む素振りでそう答えることにしていた。そう答えたほうが 売り上げに結びつくし、チップもはずんでもらいやすくなると学んだからだ。
 常連になってくれたお客の中には店の外で会うことを要求 してくる男もいた。
 そういう男には、俺は包み隠さず、借金のために店で働かされていることを話した。
「借金がなくなるまではね、 お店に逆らえないんだ。借金がなくなったら、店からも自由になれるんだけど……」
 わざとらしく溜息さえ俺はついてみせた。
  勘違いした男はやっぱりチップをはずんでくれる。
 俺はもらったチップは売り上げと一緒に全部マネージャーに渡すことにしていた。
 一日も早く。一刻も早く。
 店から出たかった。
 加地さんの顔を見なくてもすむ場所へ。早く行ってしまいたかったから。
 時々、加地さんは店に来る。
  加地さんは俺を見てももう何も言わない。
 そして俺も加地さんを無視するように顔を背ける。
「マネージャー!」
 俺はわざと大声を出す。
「今日、俺、予約の人、いる?」
 加地さんはもう何も言わない。








つづく

My shinny day6 JUNK部屋連載57話〜61話
一部加筆修正して掲載







 

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