真実の証明<3> −東くんと高橋くん−

 

  恋人ってすごいなって、思ってた。
 友人より近くて、家族より親しい関係って、どんなんだろうって、ずっと思ってた。
 裸になって、友人にも家族にも見せない表情になって、セックスして……そして、そういうことをするのが当たり前の関係。
 恋人ってすごいなって、ぼくはずっと思ってた。




 でも――
 恋人でもないのにそういうコトだけはしちゃってるぼくと東はもっとスゴイのかも、と最近思う。
 ぼくはあれから――音楽室で東とキスしてから――東に誘われるままに、東の家に遊びに行くようになった。もちろん、東に学校ではあまりわざとらしい誘いかけはしてくれるなって、しっかりクギは刺してある。東は不服そうな顔をしてたけど。
 ぼくは東の家に行くようになった。そして……行けば、もう必ず、キスして裸になってお互いのモノを弄り合う。
 セフレとか言うんだよな、ただそういうことをして楽しむ関係って。セックスフレンド。――まあ……東とぼくがやってることが『セックス』としてって前提だけど。
 小心さゆえに清い片思いばかり続けてたぼくが、なんでいきなりセフレなんか持っちゃってるかな。やっぱりこれは普通に恋人ができるより、すごい事態じゃないか? 自分と東の関係を考えると目眩がする。なんでぼくが、そんな関係を、よりにもよって、クラスメイトとの間に持っちゃってるかなって。
 そう思いながら、今日もぼくは部活後、東の家に向かっている。
 今日は金曜だから。明日は学校が休みだから。……そのまま、泊まってしまえるから。
 ぼくが東の家に泊まるのは……もうこれで、3度目? 遊びに行くのは……5回目だっけ、6回目だっけ……
 なんか自分がすごく淫らで爛れた生活を送っているような気がする……




 東の家は、駅前の繁華街を抜けて数分の、立地のよいマンションの一室だった。南向きの広々したベランダがうらやましいような2LDKのその部屋に、東はお父さんと二人で住んでた。
 うん。訪ねてびっくり、だったんだけど。東ンち、お母さんいないんだって。あっさり、「俺が小学校の時に病気で死んだ」って言われた。なんと返したものかわからなくて口ごもったぼくに、東は、「もうこのトシになると、寂しいとかもないぜ? オヤジ、仕事で忙しい分、俺も好き勝手できて気楽だし」なんてさばさばした顔で続けて。
 そうかな、そういうもんかな、とは思ったけれど、両親はもちろん、妹もいてにぎやかな自分の家と比べ過ぎてる気もして、ぼくは黙っていた。
 実際。
 部活帰りの遅い時間に遊びに寄っても、気を使わなきゃいけない相手のいない東の家は気楽だった。週末に泊まった時も、一度、朝になったらおとうさんがいて慌てて挨拶したぐらいで、本当、好き勝手できるし。
 東の部屋は散らかっていたけど、それ以外の部屋は二日に一度、ハウスキーパーさんが来てくれるとかで整然と片付き、夕飯はケータリングサービスを利用してるとかで不自由はないらしい。だから……ぼくたちは、ぼくたちしかいない東の家で、キスして、こすりっこして、シャワー浴びて、裸でじゃれあって、眠る。
 ……爛(ただ)れてるよなあ、やっぱ。
 そんなことを考えながら、インターカムで東の部屋を呼び出して。ベーターで上がって、東の家のドアを開けて。一歩玄関に入ったら、すぐに腕が首に巻き付いて来て。
「……んー、ん……」
 もういきなり舌で相手の口の中を舐め回すようなディープなキスをしちゃったりして。
「おせーよ、おまえ……」
 もっと早く来いよ。なじるような東のささやきが頬をかすめたりして。
「俺、もう、こんな……」
 手を導かれた先の東の股間が、もうしっかり大きく堅くなってたりして。
「だめだよ……シャワー浴びないと……ぼく、汗かいてるから……」
 なんて言いながら、首筋に唇を擦り付けられて、玄関先だって言うのに、ぼくももう膝の力が抜け出したりなんかして。
 ああ。もう。ほんとに。爛れてるよ、これ。爛れ過ぎ。




 部活やってる高校3年生の最後の花道、インターハイが一週間後に迫っていた。と言っても、ぼくたちのテニス部はさほど強くはないから……地区予選で優勝できればラッキー、せいぜい準決勝まで進めるかどうかってところだけど。
 地区予選が終われば、ぼくたち3年生の部活も終わり。そして、夏休み、受験に向けての態勢も、いよいよ本番になるんだった。
 ……そうなったら、どうなるんだろう……。
 今みたいな生活続けて……東との関係を続けて……ぼくは受験勉強に打ち込めるんだろうか。そんな不安がなくもない。東も一応、進学は視野に入れてるみたいだけど……。
「この前の実力、俺、もうボロボロでさあ」
 おにぎりを口に突っ込みながら、泣きそうな声を出したのは井上だった。いつものメンツで今日は中庭の木陰で弁当食ってる時だった。
「英語がダメってどーよ。英語がダメって」
「理系でも英語は試験科目から外れないもんなあ」
 同情に満ちた声をかけたのは斎藤だ。ほかのみんなもタメ息で同調する。
 ウチの学校は一応、進学校と呼ばれてて、二年で文系理系に別れたクラスになり、三年の今は、文系理系に別れた上に、国公立と私立と、その志望校によってクラスが分けられている。ぼくらは私立の文系を志望してるクラスなんだけど……英語がダメっていうのは、確かにキツイ。
「受験、ウゼ〜」
 言って井上がひっくり返った。
「夏期講習もメンドイよな」
 東が相槌を打てば、斎藤が顔を上げた。
「やっぱり東でも受験って気になる?」
「いちおー進学希望だからな、これでも」
「へえ。やっぱ意識してるんだ。ほんじゃ最近おとなしいのは、内申、意識してるから? 推薦とか狙ってる?」
「俺の素行で推薦なんてありえねーだろ」
「でもさあ」
 斎藤がニヤニヤ笑いを浮かべた。
「このところ、東、なんかマジメじゃん? 遅刻も早退も少なくねえ?」
 ああ。そういえばそうかも。
「夜遊びも減ってるんだろ。週末、誘ってもノッてこねえって花井がぼやいてたぜ?」
 ギクッときた。週末は……そうだよな、ここのところ、毎週、ぼくが遊びに行ってるんだから……よそに東が遊びに行く余裕はないよな……。
「なあ、それってさ」
 斎藤のニヤニヤ笑いが大きくなった。
「やっぱ、オンナのため?」
 それはちがう、思わずぼくのほうが口走りそうになったけど、東は見事なポーカーフェイスで、
「なんだ、それ」
 返した。
「おまえ、橋田里香と同じ大学(トコ)行くんだろ? 東くんが最近マジメなのも、アタシががんばってるからよーって、言ってるぜ、あいつ。東くん、ようやく自覚してくれたみたい〜ってさ」
 ハ! 東があざ笑った。
「なーに寝ぼけてんの、バカ女。勝手にモーソーしてろっての」
「え、ちがうの? じゃあ、なんでおまえ、一限からマジメに授業受けてんの」
 斎藤のツッコミに、東は「気分だよ、気分」、めんどくさそうに答えたけれど。




 東のカノジョになりたがる女のコの気持ちはわかる気がする。
 東、ルックスもファッションも、ちょっとカッコいいんだよね。同性の目から見ても、キマッてるっていうか。やっぱり遊び慣れてるんだと思うんだけど、言うこととかやることとかスマートだし、クール。そんでもって……二人きりになると、優しいんだよ、こいつ。ぼくみたいな、ノリと勢いだけでエッチしてる相手にも、きちんと優しいんだ。
 真っ裸で、ベッドの上で、お互いのものを口にしたり、手でこすったり、その合間にディープなキスをしたりして過ごした後。なんか躯もぐったりして、でもそれが気持ちよくて、ゴロゴロしていると……東はこっちの前髪を指で梳いたりしてくるんだよね。エッチの最中とはちがう、柔らかくて落ち着いたさわり方で、首筋を撫でたりもしてくれる。
「すぐる、綺麗な顔してる」
 とか、
「おまえとこうしてる時間、好きだな」
 とか。
 ちょっとこっちが嬉しくなるようなことを、ポツンポツン、言ってくれたりするんだ。
 ぼくなんかにそんなサービス、しなくていいぜって感じなんだけど。
 だから、その橋田里香の話を聞いた日も――ちょうど金曜だったから、ぼくは東の家を訪ねてて、そうして東にあやされるように触れてもらってる時に、思わずしみじみとつぶやいてしまったんだ。
「やっぱり、カノジョになりたいよなぁ」って。
「ん?」
 東がのぞき込んで来た。
「あ。橋田のこと。いや、橋田だけじゃなくってさ。東のこと、好きになる女の気持ち、わかるなあって」
「…………」
 無言で東に見つめられて、ぼくは先をうながされてるように感じた。
「だって、ほら。東、見た目はイケてるし、ちょっとキツイこと言うけど、付き合ってみると意外と優しいじゃん。もう絶対、好きになっちゃうよね、これは」
 ぼくとしてはいつも東に言ってもらってる台詞にお返し、の気持ちもあったんだけど。
 東はやっぱり黙って、ぼくを見てる。『で?』と無言の促し。
 ぼくはヨイショの気持ちで踏み込んだ。
「モテるにはモテるなりの理由がやっぱりあるんだよな。だからって、あんまり女のコ、泣かすなよ」
 軽く、そのモテぶりを冷やかすように言って言葉を切れば……やっぱり東は黙ってぼくを見てる。
 えっと。
 足りなかった?
 もっと褒めなきゃ、マズイ?
 でも、もうそんなに言うことないかも……。口の中で次の言葉をもごもご探してると、東がゆっくり押しかかってきた。
 まるで……ぼくを組み敷くみたいに、ぼくの顔の両脇に腕をついて、東が見下ろしてくる。
 ……えっと? 黙って押しかかってこられると、なんか、怒られてるみたいなんですけど?
 こわごわ見上げると、ようやく東が口を開いた。
「……で?」
 低く問いかけてくる声も、やっぱり思い切り不機嫌そうだ。
「そんだけ?」
 ぼくは一生懸命、言葉を探す。
「あ、東、背も高いし……カ、カッコいいし……や、優しいし……」
「ああ。俺、女にモテるよ。で?」
 でって……。
 ぎりっ。東の眦が切れ上がった。
「すぐる。ほかに言うことないのか」
 ない。即答したらマズイか、マズイよな、えっとじゃあ、ほかになにを言えば……。
 忙しく頭を働かせるけど、東のこの不機嫌がどうやったら治るのか、わからない。ぼくは東を褒めてたつもりだったんだけど。ますます剣呑に光り出す東の瞳を見上げて、ぼくは身をすくめた。彫りの深い、整った顔で怒られると、迫力ありすぎ。
「……は、橋田にも、優しくしてやれ、とか……?」
 ぶちん。
 音が聞こえた。いや、実際には音なんかしないんだけど。
 とにかく、あ! 今、切れた!ってはっきりわかったんだ。音がしたみたいに。で、それがなんの音かって言えば、東の堪忍袋の緒――
「おまえ……」
 ぐっと東が顔を寄せて来る。上に乗っかられて、おまけに両腕もつかまれて……ぼくの身体の自由が奪われる。血の気が一度に引いた。
「もう許さねえ」
 低く低く、東がすごむ。怒りにだかなんにだか、ギラつく瞳で見据えられて、ぼくはもう声も出ない。
「……犯す」
 短く、確固とした宣言。
 首筋に噛み付くようにむしゃぶりつかれて、ぼくは悲鳴を上げた。




 犯すって、犯すって!?
 それはやっぱりアレ!? お、お尻の穴に、い、いれたりする……アレッ!?
 だいたいなんで褒めてたはずなのにそんな怒りだすんだよっ!
 パニクッたぼくの言葉にならない疑問と抗議に、東はぼくの肩口に噛みついたまま、自分の膝で乱暴にぼくの膝を割り広げることで答える。
「やっ、やめろよっ……!」
 上ずる声で必死に止めようとするぼくにかまわず、東は広げた股間を容赦なくまさぐって来て……。強引な指先がぼくの後ろの穴を探って来て……。
「ひぁっ!!」
 思わず高い悲鳴が漏れた。
 もう何度か、裸になってお互いのペニスを愛撫しあってきたけれど。ソコを弄りあったことは今までなかった。……いや? 一度だけ……そうだ、あれは初めて東の家に泊まった晩だ。東がベッドの中でぼくのお尻を撫でながら、言ってきたことがある。
「なあ……アナルセックスって知ってるか?」
 って。
 知識として、ゲイがお尻の穴を使ってセックスするのは知っていたから、ぼくはうなずいた。そしたら、
「どう思う?」
 って重ねて聞かれた。それは……なんていうか、こうやって東と互いの性器を弄りあうのとは、また別の次元のもののような気がしたけれど、それをどうやって東に説明したらいいのかわからなくて、ぼくは口ごもった。
「やってみたいとか思う?」
 また聞かれて……。
「……ぼくは……まだ、そういうのは……」
 答えたら、東が、
「やっぱりそういうのは、時間かかるよな」
 しみじみと言ったんだ。
「俺もさ……そういうのは、やっぱ特別だと思うんだ。気長に待たなきゃいけないなって思ってる」
 どういう意味だろう? とっさにはわからなかったけれど、すぐにそれは、東もそういう特別な行為をできる、そういう特別な相手との出会いを気長に待つつもりだって、そういう意味だろうって、ぼくは解釈して。
「早く現れるといいな」
 そう言ったんだ。それに対する東の返事は……えっと……あの時、東はなんて言ったんだっけ……そうだ。ちょっと目を丸くして。
「高橋、天然?」
 そう聞いて来たんだ、確か。
 そんで、その時、東は手をさっとぼくのお尻の谷間にすべらせて来て、きゅんって、ソコを押すようにした。
 ぼくはびっくりして声を上げた。東は笑ってた……。
 東がぼくのソコに触れたのは、その一回きり。
 なのに、なのにっ!
 今、東の指は触るどころか、引き締まってる(はずの)お尻の穴に、突きこむ動きで攻撃を加えてくる。
 そんな、ふだん、用のない時は外界から隔離されて安らいでいるはずのそこに、無体に乱暴に指先を突き付けられて、鋭い痛みが走った。
「い、いたっ! や、やめろっ! なにすんだよっ! あずまっ!!」
 ぼくは動かない躯を懸命によじって逃げようとしながら、叫び続けた。
 それが気に入らなかったのか……東の端正な顔に、凶暴ななにかが走った。
「ひ……っ!」
 ついに。突き破る勢いの指がぼくの体内にめり込んできて……。
「あ、ああっ! やっ、やだっ! い、いやだっ、東、いやだっ!」
 それは闇雲な恐怖だった。強引に、ぼくの意思なんかまったく無視して、ぼくの体内に侵入してくる、異物。東の怖い顔、激しい意志。怖かった。ぼくはただ、怖かった。
 犯される。
 それはこんなに乱暴に、自分の体内を侵食されることだなんて、知らなかった。こんなに自分が無力で、相手が圧倒的だと思い知らされることだなんて、知らなかった。
「やめろおぉぉっ!」
 無我夢中で、ぼくは暴れた。上に乗っかっている東の躯を、とにかくがむしゃらに殴り、押しやろうと、暴れた。
 なんの拍子にか、ガツッ! ぼくの手がなにかにあたり、とたん、上から押さえ付けられていた重みが消えた。ぼくは夢中でベッドの外に転がり出る。ドア近くまで走って、ようやく振り向いた。
 ベッドの上から、あごを押さえた東がこちらをにらんでいる。
 ……と。
 その手がベッドサイドに置いてあった目覚まし時計をつかんだと思ったら……東はそれをぼく目がけて投げ付けてきた。
 時計はぼくの鼻先をかすめてドアにぶち当たり、部品をぶちまけながら転がった。
「出てけっ!」
 東が叫んだ。
「俺が誰と付き合ってもかまわないなら……今すぐ、出てけっ!」
 ――なに?
 ぼくはひとつ大きく深呼吸した。
 なにが気に入らなかったか知らないけど。
 いきなり人を強姦しようとして、抵抗したらモノを投げ付けて、そんで、出てけ?
 なんだよ、それ、なんだよっ!
 ぼくはできるだけしっかりと頭を上げると、床に散らばっていたままになっていた服を拾い集めた。できるだけ、ゆっくりと、平然と。
 忘れ物はないのを確認して、ギラつく瞳でこっちをにらみ続けている東に視線を当てた。もう一度、深呼吸した。




「言われなくても、出て行く。さよなら」
 落ち着いた声が出て、ほっとした。




 恋人ってすごいなって、思ってた。
 友人より近くて、家族より親しい関係って、どんなんだろうって、ずっと思ってた。
 泣くほどのケンカをしたり、むきだしの感情をぶつけてなじりあったりする関係。
 恋人ってすごいなって、ぼくはずっと思ってた。
 思ってたけど。
 恋人でもないのに、こんなワケのわからないケンカしちゃうぼくと東はもっとすごいのかもしれない。
 ――すごいかもしれないけど、いやだ、もうこんなの、いやだ。




 東の家からの帰り道、なぜだか涙があふれてあふれて、ぼくは困った。


                           

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