裏切りの証明<8>
 





  
   *       *       *       *       *       *
 
 
 鴻臣? 久しぶりじゃん。どう? 変わりない? 先生、元気?


 あはは。あんまりイジメんなよ。ひろちゃん、先生に怒られるとヘコむんだから。ああ、はいはい。愛し合ってるのね、わかってるよ。


 俺? 最近はそうでもないよ、遊んでない。


 決まった相手ねえ……こっちがそのつもりでも相手の気持ちがあるだろ。


 いや、年上じゃない。年下。

  
 あー…ちがう。女じゃないんだ。
 
 
 そこまで笑うことじゃないだろ。……おい、鴻臣……鴻臣? ……ちぇ。
 
 
 ……落ち着いたか? そこまで笑うことかよ。こっちの世界って……別にそういうわけじゃない。その子だけだよ。一緒にするな。


 まあな……うん、なんでも経験だって勧めておいてもらってよかったなとは思ったよ。


 一度ね、抱いた。

  
 いや…付き合ってる相手がいるんだ、その子。彼氏とモメてさ……うん? そう。話聞いて慰めてるうちにっていうパターン。……お約束な流れだったんだけどね……。
 ひろちゃんさあ、よく、今どきの女の子より男のほうが純真だのロマンティストだの言うじゃん? その意味がちょっとわかったって言うか……その子、反応がいちいち乙女でさ、可愛くて……。


 そう、うん。……そうだな、初めてかな、こんなふうに思えたのって。

  
 最初はね……彼氏とモメた女の子においしい思いをさせてもらう、なんて、ほんっとパターンじゃん。適当に話のわかるフリして、適当に優しいこと言って、別れ際にちょっとカッコいいこと言って。最初は同じつもりだったんだよ。
 ……いや、ちがうかな……ほかの男が彼氏とモメてても、ひろちゃんじゃあるまいし、ホントだったら俺、ほっとくもんな。……あはは、冗談だって。


 そう……ほっとけなくて……。
 うん? ああ、それはダメ。脈なし。全然。なんだかんだ言って、今の彼に惚れてんだよ、その子。朝なんかもう、後悔してますってはっきりくっきり顔に書いてあってさ。……なんか、うん、たまらないね、ああいうの。ごめんねって言ってやりたいんだけど、でも逆に、ぐずぐずに泣かしてやりたくなるっていうか……。


 らしくない? だろう?

  
 鴻臣さ……ホテル出て、駅に行く途中なんかでさ、腕つかんで、もう一度ホテルに引っ張り込んでやりたいって思ったこと、ない? ほかの男のことなんか飛んじゃうぐらい、めちゃめちゃに、自分のことだけ焼き付けてやりたくなったことって、ない?


 やってませんって。おまえじゃないからな。俺は優しい男なの。


 まあな……そりゃまあ……うん……正直に言えば、大通りに出るのがあと100メートル遅かったら危なかったなあとは思うけど。

  
 そう。その一度だけ。
 
 
 今? だから、優しい先輩の顔してるよ。
 
 
 え!? あ、その……先輩っていうのは、だから、その………………ああ、はいはい、そうです、ひろちゃんも知ってる子です。


 やだ。

  
 言わない。
 
 
 言いたくない。
 
 
 だからだよ。人の恋路をおちょくるのは楽しくても、自分がやられたらイヤじゃないか。


 あははは。あやまる、あやまるよ、俺が悪かった、ごめんなさい。
 
 
 だってさあ、俺のは片思いなんだからさあ、勘弁してよ。
 
 
 うん? そう、だから言ったろ? 優しい先輩の顔してるって。一緒にごはん食べに行ったり、試写会行ったり。


 うん、健全に。
 
 
 ……どうなんだろう? そのへん、自分でもすごく微妙……。
 
 
 その子が欲しいよ。
 でも、その子の本命は今の彼なわけで……。うまくいってほしいのかな、壊れてほしいのかな……微妙だよね。


 そう……モメてるっていうか、ギクシャクしてるみたいだね。話聞いてると、お互い好きすぎるのがもめてる原因じゃないのって思えるんだけどね……。逆に折り合いがつけにくいんだろうなあ。その子も相手も。
 だからね、たぶん、その子にとって、俺はいい息抜きの相手なんだろうと思うんだけどさ……俺さ……それでいいって思っちゃってんの。当て馬でもなんでもいい、その子が必要としてくれてる分だけ、手を差し出してやりたいっていうか。


 うわ。そう言う? …………はいはい、動機は下心です。ひろちゃん、きっつい。
 
 
 ……勝算? どうだろう? 手ごわい相手だから。
 うん、俺よりは落ちるけどな。イケてるヤツ。
 
 
 そりゃね……確かに今、うまくいってないみたいだけど……。
 ヘンな話、肌合わせるとわかるだろ。今までどんなセックスしてきたか、どんな抱かれ方してきたか。その子ね……大事にされてきたんだなって、わかるんだよ。いいセックスしか知らないんだろうなあって。
 ……もっといいかげんなヤツだと思ってたんだけどな……いや、こっちの話。


 うん。……ちょっとね、妬けた。
 
 
 あはは。大丈夫、俺は優しい先輩だから。
 
 
 うん? うん……キツイ、かな、ちょっと。
 いや、楽しんではいるんだけどね。
 初めてだからさ、こういう気持ち。
 
 
 そうだね……この次、あの子がぐらついたら……離せないかもしれないね。


 なあ、鴻臣。人を好きになるって、けっこう凶暴な気持ちなもんなんだな。
 
 
 うっわ。ひっどい、ひろちゃん。

 
 だーめ。ひろちゃんには絶対見せない。…………すごくいい子だから。
 
 
 あはは。じゃあな。また。うん。またな。
 
 
 
 
 
 ……………………。
 
 
 
 
 
    *       *       *       *       *       *



 

 
                                                       つづく




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