翌日、朝参に出て来た彼の様子は見ものだった。
精一杯普通に見えるように振る舞ってはいるが、動きがどこかぎこちない。時折り、うつむいて短く息を吐く。どう見ても、それがアレを懸命にこらえているようにしか見えなくて、今すぐ首から足元まで覆ったマントを剥ぎ取って押し倒してやりたくなる。
「グリニデ様。気に入られたのはわかりますが、いささか過ごしすぎでは……」
彼とベンチュラ君が退出した後、その場に一人残ったロズゴート君が言った。
「何を言う。私ほどキッス君を優しく扱っている者はいないぞ」
笑いながら私は答えた。
あれだけ泣き喚かれて、私が彼を完全に自分のものにしていないなどとは、ロズゴート君は夢にも思っていないのだろう。痛みに弱い体。恐らく快楽にも弱いだろう。あれでよくバスターが務まったものだ。才能とは別に、職業適性には向き不向きがあるな、と考えさせられる。
しかし、ロズゴート君の言う事にも一理ある。
人間の体は脆く、彼には私の相手だけではなく昼間も働いて貰わねばならない、むしろそちらがメインなのだから、ここで無理をして壊す訳にはいかない。私は彼の所作が元に戻るまで待った。が、夜まで待てずに研究室にいた彼を強襲したのは、私の執着心の顕われだったかもしれない。
「……やめてください……! や、やっぱり、嫌……!!」
一時は諦めたのか大人しくしていたのに、幾らもしないうちにまたぞろ騒ぎ始めた彼を、私は面白く眺めた。正直、彼の低抗など蚊に刺されたほどにも感じないし、拒絶の言葉は魔人を煽るスパイスにしかならない。全く気付いていないようだが。
私は必死で手を突っ張って、私の下から抜け出ようとする彼の無駄な努力を楽しんだ。全力の低抗がコレかと思うと、哀れで笑いをこらえきれない。
少し拘束を緩めてやって、ふっ、と体が浮いた瞬間に彼の中心を捉えた。
私が大人の容にしてやったそれはますます敏感で、数度、扱き上げただけで彼は達した。これではもし雌を相手にしたとしても、雌を満足させられそうにないな。私は失笑しながら、彼のもので濡れた手のひらを彼の頬に押しつけた。
「嫌だと言いつつ、何だね、これは?」
伸ばすように塗り広げる。いやいやをするように彼は顔を背けた。
「嫌いな相手にこんな事をされて、感じるのかね? 君は?」
残った液を私は彼の金髪になすりつけて拭いた。彼は声もなく泣いているようだった。
私は彼を引っ繰り返してうつ伏せにさせると、前回は途中で断念した彼の窄まった部分を探り始めた。様子見に指一本から始めたが、すぐに二本に増やした。ぐっ、ぐっ、と押し込みながら抜き差しする。その度に彼が泣きごとを言うのが面白かった。
「痛……っ、痛い、痛い、閣下……っ!!」
無理やり三本目を押し込むと、彼は潰される蛙のような呻き声を上げて静かになった。
まずい、やり過ぎたか? と私が肩を掴んで顔を覗き込むと、彼は私に気付いてびくりと震えた。よし、まだ大丈夫らしい。私は両の腿に手を添え、背後から覆い被さった。足首どころか、太腿でさえ片手で掴めそうな細さに興奮する。
「……ひ……!!」
指とは違うものがあてがわれたのがわかったのだろう、彼は激しく身を捩って逃げようとした。
その低抗をあしらうくらい私には朝飯前だったが、私はあえて彼の好きにさせ、彼の懇願を聞いた。私は身を起こしてあぐらを掻いた。
「舐めたまえ」
と、私は言った。最初から、今回はこれが目的だった。
私は焦ってはいない。彼は私の大事な花だ。無理に散らす気は毛頭なかった。
彼は私の雄が体内から押し出されてくるのを見て目を剥いていたが、人間と魔人との違いを、そこで実感したらしい。四つ這いになって、顔を近付ける。口を開けると、真珠色の歯が覗いた。そこから更にピンク色の舌が出て、ちろりと先端を舐めると、私はかつてないほどの昂ぶりを覚えた。
彼の頭を押さえて、更に深く口に含ませる。
何もかもが初めてらしい彼の舌技は稚拙としか言い様がなかったが、彼の口を犯している、と思うだけで私はらしくもなく暴発してしまった。く、これでは彼の事を笑えない。が、彼は彼で、私の事に頓着している余裕はなさそうだった。
シーツに伏して、咽喉を押さえて咳き込んでいる。
「吐くんじゃない、もったいない」
私は彼の髪を掴んで顔を上げさせた。
私の雄を口もとに押しつけて咥えさせる。そして言った。
「さあ、もう一度」
朝になると、如何に夜が激しかろうと彼は朝参に出席する。
最初に私がそう言ったせいでもあるのだろうが、キツイだろうに、素知らぬ振りをして顔を出すところに彼の負けん気が垣間見えて、どんなに外見が愛らしくともやはり雄なのだな、と感心する。
私にはそれが好ましく思えた。
それでいい。それでこそ、人間ながら私が取り立ててやった価値がある。
私は何度も彼と夜を重ねた。
彼は嫌だのやめてだの、許して、とは言ったが、助けて! とは一度も叫ばなかった。
だから私は気付かなかった。
彼が助けを求める対象が私ではない、という事に。
彼についに限界が来て、倒れたと聞きつけ、私は見舞いに彼の部屋に足を向けた。その時も、自分の持ち物に気を遣うのは当然だしな、としか思っていなかった。
――なのに。
「……ィト……」
ちいさく呟かれた名前を、私は聞き逃さなかった。
自分でも驚くほど脳が煮えるのがわかった。次の瞬間、私はダンゴールが止めるのも聞かずに彼に挑みかかっていた。身じろぎして、彼の意識が戻った。私は彼を数発張り倒した。
「私が寛大なる慈悲を持って接している内に、調子に乗り過ぎたようだなキッス君。だからこれは罰だ。呪うなら、君自身を呪うがいい」
「何を……っ!?」
私は彼の服を引き裂いて、次いで、彼自身も引き裂いた。
これまでにない悲鳴が彼の口から漏れたが、私の耳には届かなかった。私に抱かれながら心は別の男の事を考えていたのかと思うと虫唾が走る。死んでしまえばいい。
彼が初めてだった事は私が一番良く知っているが、その時は本気でそう思った。
だから、止まらなかった。止められなかった。
ダンゴールの手まで借りて、彼を凌辱し尽くした時には、目の前に深紅に染まった、襤褸屑のようになった彼が転がっていた。彼の四肢がちぎれていなかったのが不思議なくらいだ。
「……あ……」
うつろな顔をした彼から私は後ずさった。
駄目だ。失敗した。
始まりからして検分という名目だったのに、多少体を重ねて、慣れてきた所で、彼が私に助けを求める筈がない。それ以前に、このままでは彼の命さえ危うい。彼以外の者なら、このまま死のうと構わなかった。だが、彼は助けたいと思った。どうしても失いたくないと思ってしまった。
私は、自分がどうしようもないほど深く彼に囚われてしまっている事に初めて気付いた。
「ロズゴート君、そこにいるのかね……?」
扉の向こうで、息を殺す気配がする。ロズゴート君とベンチュラ君の気配。
私は彼に触れなかった。触ったら、今度こそ死んでしまうと思った。
ので、私は彼をベッドに残して、ドアを開けてロズゴート君を招き入れた。
「中でキッス君が失神している。すまんが、手当してやってくれ」
私は寝室から続きの間になっている書室に移動して、ロズゴート君の治療を待った。ロズゴート君は毒の粉を武器とし、多少の薬の知識もある。どうかその薬が効きますように。ロズゴート君で無理なら、人間の医者をさらって来てもいい。
「終わりました、グリニデ様」
ロズゴート君は再生虫、という虫を磨り潰して傷口に塗りつけた、と報告した。
傷口というのはあそこか。私以外の者が、彼のそこに触れたのかと思うと今すぐロズゴート君の首を捻じ切ってやりたい衝動に駆られたが、それで再生が見られたのなら、今は感謝するべきだろう。
「そうか。良くやってくれた、ロズゴート君……ありがとう」
私が礼を言った事に、ロズゴート君は驚いたようだった。
そして忠実な部下らしく、とんでもない、私はやれる事をやっただけです、と答えた。
ロズゴート君は何処かもの問いたげな顔をしていた。
私も彼が助かった事に安堵して、つい口が軽くなってしまった。いささか言い訳じみていたかもしれないが、ロズゴート君はそんな事はおくびにも出さず、ある提案をしてきた。
「キッスの体がお気に召したのでしたら、他の人間も試されてみては如何です?」
彼以外の者?
彼以外の人間なら、さっき死んでしまっても構わないと思ったばかりだ。が、試す?
それは思い付かなかった。私は手を打って叫んだ。
「――ああ! そうか!!」
私はロズゴート君の提案に乗った。
このままでは私は彼を壊してしまう。どの程度までなら大丈夫なのか、他の人間で実験する必要があった。彼が治療に専念している間、私はロズゴート君に献上させた人間どもで実験がてら、無聊を慰めた。
一匹くらい、彼以外に心惹かれる人間がいないかとも思ったが、全くの期待外れに終わった。容姿も知能も、ロズゴート君が連れてきた全員を合わせても彼一人に到底及ばなかった。その、反応も。
彼の声が聞きたい。それが拒絶の言葉でも、私をこれだけ燃え上がらせる者は彼しかいない。
私はダンゴールをせっついて、彼の予後を逐一報告させた。
それからロズゴート君にも、早くドクターストップを解くよう要請した。
ベンチュラ君が私に香油を持ち帰ってきた。部下同士、仲が良いのは微笑ましい事だ。まあ、これは彼等がキッス君に何の懸想もしていない事がわかるからこそだが。
ロズゴート君の禁が解け、私はやはりダンゴールに、彼に湯を使わせるよう言った。
前回と違い、彼は低抗したようだ。
今は落ち着いていると言うが、放心しているの間違いだろうな、と、思いながら私は彼の元に向かった。
>>>2011/1/5up