薫紫亭別館


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 私が勧めた酒を飲んで昏倒した彼を、私はベッドに連れていった。
 軽い体をベッドに横たえる。いつものように襟もとをくつろげ、服を彼から剥がしながら、どうも勝手が違うな? と不審に思う。
 ああそうか。彼が気を失っているからだ。
 どうやら彼は、肩や腰を浮かせたり、足を抜くなどして協力してくれていたらしい。
 これまで気付いていなかったが、私は彼のそんな細やかな心配りに満足した。
「……ん……」
 人形のようだった彼が身じろぎした。が、まだ意識は完全に浮上していない。
 私はくすくすと笑いながら唇を落とした。
「ん、んん……っ」
 かぶりを振って、彼が逃げようとする。寝惚けているのか、と気にも留めずに私は続けた。
 だが、進めるうちに彼の様子が変わってきた。
「や……め……」
 腕を伸ばして、私を押しのけようとする。私の下から這い出ようとする。膝を立てて、足を閉じようとしたが、私が居座っていたので無理だった。
 私は思わず、彼をなだめようと頭に手を置いた。置こうとした。
 私の手が触れた瞬間、彼は大きく震えて首をすくめた。
「キッス君?」
 私は愕然とした。初めて彼に触れた時、彼は私の手に頭を擦り付けて来た。
 あの時も彼は無意識だった。あれからさほど時間が経った訳でもないのに、一体何が違うというのか。
「……怖い……」
 ちいさなつぶやきが彼から漏れた。
「怖い、怖い……っ」
 シーツに顔を半分埋めて泣き伏す彼を、私は信じられない思いで見た。
 いつだって、私は彼を気遣ってきた。
 もちろん奉仕もさせたが、彼にも相応の愛撫は施してきたつもりだ。その証拠に彼は達していたし、だからてっきり彼も楽しんでいるものと思っていたが、そうではなかったのか?
 私は自問自答した。
 確かに、完全に彼を私のものにした時、私は彼を殺しかけたし、二度目の時も同じだった。
 あれでは、恐怖心が先に立っても仕方ない。よくよく考えれば、再生虫のおかげで体のダメージは最小限で済むので、やり過ぎた事もなかった訳ではない。
 ――そんなに苦しかったのか。辛かったのか。
 それなのに彼が黙って私に従っていたのは、交換条件として解放させた、フィカス等の命や、彼の療養中に弄んだ人間どもの、残りを助ける為だろう。
 少し考えれば全く納得のいく話だったが、私は認めたくなかった。
 私と寝ていたのが、ただの義務感でしかなかったなどとは。
「………っ」
 なら、義務でなくさせればいい。怖がらせなければいい。
 私は彼の耳もとに顔を寄せ、あやすように、言い聞かせるようにささやいた。
「大丈夫だ……大丈夫だからな、キッス君」
 震える彼の髪を撫で、絶対に歯を立てないように気をつけながら耳たぶを口に含む。泣き続ける彼の声に少し、心が痛んだ。私は泣き声が吐息に変わり、その息が甘く色づくまで、根気よく舌を這わせた。痛みを感じさせないように。
「あ……、ああ……っ」
 彼は未だ完全に意識を取り戻してはいなかったが、私にはその方が都合が良かった。これまで乱暴に扱ってきて、正反対に優しくされたら、彼も薄気味悪いだろう。裏があるのではと勘繰られそうだ。
 少しずつ、彼の体の強張りが解けていった。
 私は顔を上げ、やはり優しく問うてみた。
「痛くないかね?」
 こくこく、と彼はうなずいた。私はにやりと笑みを浮かべ、そろそろいいだろう、と香油の瓶を取り、普段より多めに中身を手に空けた。手のひらを擦り合わせて温め、彼の中心に手をやる。そこは既に勃っていた。私は片手でそれを握り、もう片方の手で奥を探った。
 彼が声を上げた。それは悲鳴ではなかった。
 すぐにも突っ込みたくてたまらなくなったが、なんとかこらえた。何より、まず彼の快楽を優先させなければ。様子を見ながら指を増やす。奥の、体の前側に、こりっとした固い実のようなものがある。それが彼の一番感じるポイントだ。
 いつもはガンガン突き上げるそこを、指の腹で撫で上げるだけにする。
「あ……!?」
 うろたえたような声を彼は発した。自分の反応が理解出来ない、というような。
 腰がくねる。ひくひくと痙攣し、足の先まで体を反り返らせて、彼は達した。
 私は彼の息が静まるのを待った。
 彼はいつも、達した後は触れられるのを嫌がった。
 だが今夜は違っていた。
 彼は潤んだ目で私を見上げ、こう言った。
「あ……、欲し……い……」
 彼は、自分から足を開いた。
「――いいのかね!?」
 早く、と急かす声に私はみっともなくも、彼の気が変わらないうちに、とばかりのしかかった。
 途端あがる声。これは悲鳴なのか嬌声なのか。
「あ……もっと、ゆっくり……!」
 自分を抑えて、要望通りゆっくりと押し進める。
「ん。そこ……っ」
 彼の一番いい箇所でいったん止まる。彼は自分で息を整え、私に腕を回して、動いて、と言った。
 私は初めて知った。
 求められてする行為がこれほど素晴らしいものだったとは。
 私はやはり途中で我を忘れてしまい、彼にはきつかったかもしれないが、私が激しくすればするほど彼も力を込め、私に爪を立てた。それで私は、彼がいつもはシーツを掴み、私に触れずにいる事に気付いた。
 それは胸苦しい発見だったが、これからは、彼も私に縋りついてくれるだろう。
 私は倒れるように力尽きて眠ってしまった彼の寝顔を眺めた。
 彼を部屋に泊めたのも初めてだった。
 温かい。こんなにちいさくて愛らしいものを、邪魔にして追いやっていたのが悔やまれる。このベッドなら、彼の一人や二人増えた所で全く問題ないものを。私は彼の髪を撫でた。彼は気持ち良さそうに伸びをした。どことなく猫っぽい行動に私は微笑し、彼を抱え込むようにして眠りについた。


 翌朝、目覚めた彼は、自分が私のベッドで寝た事に気付いて、焦って部屋に戻ろうとした。
「も……申し訳ありません、閣下! 今すぐ……っ!」
 が、昨夜はやはりやり過ぎたらしく、床に足を下ろすや否や、彼は呻いた。
 私はそんな彼を抱き起こしてまたベッドに引き戻した。
 彼の頭を優しく叩く。子供を寝かしつけるように。
「閣下……?」
 いぶかしげな彼に、私は朝参はいいと告げた。
 彼の体を労わるのは私の役目だろう。私が疲労させたのだしな、と、背を向けて、彼に見えないようにほくそ笑む。昼に様子を見に戻ると、彼は魔物に自室へ運んでもらった後だった。私は落胆した気持ちを隠せなかった。少々そっけなさ過ぎないか!? あれだけの夜を過ごした次の日だというのに。
 いや。彼は私に忠実に従っているだけだろう。
 何といっても、初日に追い出したのは私なのだし……はっきり残っても良いと言わなかった私の落ち度だ。次からはここで寝て良し、ときちんと許可を出す事としよう。
 私は気分を浮き立たせながら夜を待った。
 彼を呼びつけ、少しばかり棘のある口調で、自室に戻った事を咎める。彼は、
「申し訳ありません。閣下の寝台を占領する事に気が引けまして……」
 尋常に頭を下げながら答えた。
 それはいい。その奥ゆかしい態度が彼のいい所だが、いささか他人行儀な感がある。
 他人には違いないし、種族まで違うが、しかし……。
 私は彼を引き寄せ、ベッドに倒した。逆らわない、彼。いつも通りだ。いや、元通り、か?
 ――なんだか嫌な予感がする。
 私は彼を凝視した。彼は顔を背けた。まさか。
 私はためらいながら、彼に触れた。昨夜のように、優しく。
「……あ……っ」
 恥ずかしいのか、彼は手で口を押さえた。私がほっとしたのも知らず、彼は眉をひそめ、首を振った。
 私は舌打ちしてその手を掴んだ。声なら好きなだけ出せばいい。
 私は彼の手を掴んだまま、掠めるように愛撫した。
 私にとっては触ったか触らないかわからない位のソフトな触れ方が、彼は感じるらしいのだ。こんなのがいいのか、と昨夜は拍子抜けしてしまった。なのに、今夜の彼は枕を噛み、シーツに爪を立てて、意地でも反応すまいと懸命にこらえているように見える。
 私は激昂して彼に捩じ込んだ。苦痛の声を漏らす彼にはっと我に返る。
 緩やかに腰を蠢かせる。ガツガツ打ち込むのは、彼の気分が出て来てからだ。
 感じている筈なのに、彼は激しく首を振り、それを認めまいと歯を食いしばっている。
 枕が赤く染まった。噛み切った唇から流れ出た血だ。
 私は枕を撥ね飛ばした。
「――出て行け!」
 怒号し、私は乱暴に彼から抜いた。
 よろよろとベッドから降り、落とされていた服を拾って、マントだけを羽織って彼は失礼します、と出て行った。逃げるように見えたのは、多分気のせいではない。
 何て事だ。彼は、昨夜の事を欠片も覚えていなかったのだ。
 怖がらせていたなど露も気付かず、悪かったと思い、反省し、彼の快楽だけを追って過ごした夜。彼から足を開いて、抱きついてきて、望んでくれて、こんなに愛おしいものがこの世にあったのか、と思った。
 ……そう感じていたのは私だけだったのか!?
 目の前が暗くなる、という現象に私は初めて遭遇しながら、彼の温もりが消えていくベッドで、一睡も出来ずに夜を明かした。

>>>2011/1/14up


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