薫紫亭別館


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 考えた末、私はもう一度、彼にあの酒を飲ませる事にした。
 先日の酒は既に飲んでしまっていたので、同じものを入手するのに時間がかかった。
 私は知りたかったのだ。
 少しは私を求めてくれているのか? 彼は私を好いてくれているのだろうか? 私に追い出された後も、飄々として日々を過ごしている彼を見ると不安になる。ただ、酔って記憶のなくなる状態の彼が彼の素だというなら、まだ望みはあるかもしれない。
 彼にもプライドくらいあるだろう。
 男としての矜持だとか屈辱だとか、そういうものが邪魔をして、素直になれないだけだと信じたい。
「飲みたまえ」
「……はい」
 数日ぶりに彼を呼び出し、杯を渡す。彼はひと息に酒を煽った。
 やはり意識を失った彼を、ベッドに連れていって抱く。先日のように、逃げようとはしなかった。深層心理では、彼はちゃんとわかっているのだ。私が彼にひどい事などしない事を。
 夢心地のままに彼は声を上げ、私に応えた。されたくない事ははっきり嫌と言う代わり、感じた時には私に縋り、もっと、とねだったりもした。おかげで、私は彼の体に関する理解を前にも増して格段に深めた。
 私は私の下で素直に足をひらく彼に突き入れ、打ち込んだ。
「あ、あ、あ、あ……っ!」
 私の動きに合わせて、彼の声が漏れる。
 細い腰は頼りなく、弾力があり、締め付けてくる。つくづく彼が雄で良かったと思う。
 彼が雌なら、私が手を付けるまでもなく穴だらけにされていた事だろう。
「あ、ああーっ!!」
 ぐったりして気を失った彼を、私の部屋で寝かせる為にもう一度手を伸ばす。ぺちぺちと頬を叩いて、目を覚まさせると、キスをした。初めてのキスだった。彼はされるままになっていた。性器への奉仕を平気でさせる魔人が、唇を吸うという行為の意味に彼は気付いていないだろう。
 魔人にとって、キスとはSEXより重要視される行為だ。
 SEXは服従、屈服させる為の手段だが、キスは相手を対等と認め、お互いに唾液を与え合う。与えられた唾液を呑み下せば、関係は成立する。恋人。伴侶。魔人には滅多にない事だが、誰からも認められるパートナーとして。
 KISS。キッス。その重要なキーワードを名前にして彼は私の前に現れた。
 運命、と思っていいのか? だが、私はまだ酔った状態の彼にしか口づけを施していない。
 彼の方も、記憶がないのは不安らしく、何やら策を弄しているようだ。まあ、好きにすればいい。
 いずれ、通常の状態の彼も、私のものになるのだから。
 私は、彼が何をするつもりなのかむしろ楽しみにしながら、あえて彼の策に乗った。


「なるほど……何の為にコダマンボを探し出したのかと思えば……」
 私は彼の一挙手一投足を細かく報告させていた。だから、私は彼がコダマンボを見つけ出し、私の部屋に忍び込ませ、回収したのを知っていた。私は彼がコダマンボの記録を聞いている頃合いを見計らって、彼の部屋のドアを開けた。彼の方も、隠しおおせているとは思っていなかっただろう。
「……閣下……」
 彼は私を見て身構えた。気丈に見返してくる目にぞくぞくする。
 私が本心から感心しながら彼の策を褒め、近付くと、同じだけ彼も退がった。私相手に小細工しておいて、無事で済むとは彼も思っていまい。その通りだが。私は、君の無意識は私を求めている、ここへ来て、私に身を任せたまえ、と告げた。
「――違う!!」
 思いのほか激しく彼は否定した。
 気丈なのは結構だが、いささか私には癇に障った。どこまでその態度が貫けるか見物だな、と私はかなり黒い気持ちになって、彼に言った。
「強情な……! 良かろう、せっかく正気を保っているのだ。そこのコダマンボが記録しているのと同じ台詞を吐くまで責めてくれよう。なあに、心配はいらない。再生虫なら何匹でも持って来させよう。体さえ無事なら、今回は気絶しようと斟酌しないで済むからな」
 一瞬、息を呑み、彼は逃げようとした。もちろん私は許さなかった。
 捕らえた彼を強引にベッドに連れて行く。彼の爪が頬骨に当たって、ガリッと嫌な音を立てた。これまでになく必死な抵抗を見せる彼に苛々する。
「この! いい加減に……!」
 私は彼の後頭部を掴んで枕に押しつけた。以前、彼以外の人間にしていたように。
 大人しくなった彼の秘部に指を捩じ込み、次いで、私自身を押し込む。彼の背が引き攣った。香油で慣らしてやるのを忘れたのにその時気付いたが、もう止められなかった。最近、セーブしていた分を取り返すかのように、私は彼を穿った。
 気が付くと、彼が動かなくなっていた。
 殺、して……しまった? 他の人間どもと同じように?
 私は急いで彼の口もとに手をやり、呼吸を確かめた。弱いが、かろうじて息がある。頭を後ろに傾げさせて気道を確保し、鼻を摘まんで息を吹き込む。頼む。死なないでくれ。
 自発呼吸がしっかりしてきた所で、私は彼を抱きしめた。ああ、愛している。
 浮かんできた言葉に自分で驚いた。
 ――そうか。
 そうだったのか……。私は彼を膝抱きにして、乱れてばさばさになった髪を撫で付けてやり、手で顔の輪郭をなぞった。唇を落とす。ひたいに、目尻に、こめかみから、柔らかな耳の裏まで。ちゅ、と音を立てて口を吸った。そうしておいて、また息を吹き込む。早く目覚めればいい。あの淡い水色の目が見たい。
 私の期待に応えるかのように、彼が目を開けた。だが、反応は私の望んだものではなかった。
「……キッス君!? 良かった、気がついたか……!」
 喜ぶ私に対して、彼は嫌そうに目を眇め、顔を背けた。仕方ない。殺されかけたのだから、多少険のある振舞いをされても自業自得だ。私は機嫌を取るように、優しくキスをした。彼はそれに噛み付いてきた。
「………っ!?」
 反射的に私は彼を突き飛ばし、なすすべなく転がった彼を見やった。
 表情がない。まるで人形のようだ。彼は私を拒否し、自閉して、彼だけの世界に逃げ込もうとしている。
 そうはさせるか。私は唇をぬぐい、彼の前髪を掴んで仰のかせた。
 彼の顔が痛みに歪んだ。まだ、意識はこちらにあると見える。
 私は薄ら笑いながら、彼の体から破けて用を為さなくなったシャツを剥がした。半分人形のような彼を裏返し、腕を取ると、何をされるかわかったのだろう、彼が叫んだ。
「や……、嫌……っ!!」
 知ったことか。私は彼の両手首を後ろ手に、破れたシャツで縛り上げた。
 残りの布を丸め、彼の口に押し込む。これで静かになった。鼻は塞いでいないから、呼吸も大丈夫だろう。もっとも、かなり苦しいだろうが。
 私はコダマンボを一瞥して、彼が昨夜記録させた音声をスタートさせた。
 昨夜の行為をなぞりながら、更にひどく、痛めつける為に彼を抱く。何故だ。何故、彼は私を受け入れない!? この私が、六ッ星の魔人たる私が、幾ら天才とはいえちっぽけな人間の子供にこうまで執着しているというのに、彼の方は、私の胸中など全く関心がないようだ。
 腹立たしくて、更に行為がエスカレートする。
 絶え間なく彼は呻いた。快楽など、微塵も感じていない事がわかる。が、許せなかった。
 それは、私も自分の感情に先程気付いたばかりだから、彼が気付かなくても当然だ。
 だが、仮にも天才なら、それくらい察してくれてもいいだろう。
 駄々っ子のような思考になっているのに気付いて、私は彼を苛む手を休めた。つい弱音が出る。
「君は私が、何をしても傷つかない怪物だと本当に思っているのかね?」
「………!?」
 彼は驚いたように私を見上げた。
「全身で拒絶する君を見て、私がどう思ったか……本当に、何も気付かなかったというのかね!?」
 わかっているのだ。確かに彼は天才だが、こうした機微に疎い事は。
 それは年齢を重ねて、経験を経て習得するものであって、頭の出来とは関係がないという事は。
 子供の彼に期待する事自体が間違っているのだと、わかってはいるのだが……だが、体はともかく、こうも無関心、無頓着な態度を貫かれると、いかな私でも少々、来るものがある。
 彼にこちらを向いて欲しいと願うのは、私の我儘なのか? 向いてさえくれれば、私はもう本当に彼を大事にして、大切にして、下へも置かぬもてなしをし、手厚く遇するだろうに。
「……っ……!?」
 大きく彼が震えた。自分の感覚に怯えて、彼が頭を振った。
 どうやら彼の意識より、体の方が先に私に反応したらしい。私を喰い込ませている箇所が激しく収縮する。たまらず私は腰を動かした。少しでも気を散らさなければ、今にも放出してしまいそうだ。
 いつしか彼も私の動きに合わせ、同じ感覚を共有している。
 私は彼の口を塞いでいた布を引き抜いた。同時に、彼が叫んだ。
「――ああああっ!」
 彼の熱を私は手のひらで受け止めた。軽く握って、最後の一滴まで絞り出す。
 私はそれを、自分の体になすりつけた。
 荒く息を吐く彼に口づける。
 唾液を流し込む。飲み終えるまで、私は彼の顎を捕らえ、顔を背けるのを許さなかった。
 彼は、自分が何をしたのか理解してはいないだろうが――、
「私の物だ……もう、私の物だな、キッス君。身に染みて実感した事だろう。返事は?」
 唇を離し、急所を掴んで握り込みながら返事を急かす。
 はい……、と。彼は確かに言った。
 私は満足して、もう一度彼に挑みかかった。私の下で、上で、彼が揺れる。もう、離さない。
 私は彼の手も自由にしてやった。今では彼は、酔った状態の時と同じように私に縋り、おねだりをし、腰をくねらせている。
「いい子だ、キッス君」
 この上ない幸福に満たされながら、私は、頭をすりつけてくる彼を抱き返した。

>>>2011/1/25up


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