薫紫亭別館


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 ある日、フラウスキー君が来て言った。
「……どういうつもりなんスか? 旦那」
「どういう、とは?」
 私は、いつものように椅子にゆったり座ってフラウスキー君を迎えた。
「あのガキ……いや、人間の子供の事っスよ! キッスをこの城に迎え入れた所まではともかく、いつの間に、そんな関係にまでなってたんスか!」
 ちょーっと俺が城を離れてた隙に……と、フラウスキー君はぶつぶつ言っている。
 私は苦笑しながら、
「そう言うな。君は、ちいさいものが好きだったろう」
「育ち過ぎです。俺の趣味じゃありませんね」
「そうか? あれ以上ちいさいと、さすがに犯罪だと思うのだが……」
 首を傾げて私は答えた。
 本当は挿入も、もう少し後にするつもりだった。
 色々要因が重なってつい自分のものにしてしまったが、それを懸念してロズゴート君が彼に再生虫を処方してくれたのだから、結果オーライだろう。
「……何かね?」
 どことなくフラウスキー君が白い目で見ているような気がする。
 フラウスキー君はボリボリと頭を掻き、
「……いや、まあ、旦那がそれでいいっつーならイイんですがね、天下のグリニデの旦那が、たかが人間の子供一匹の尻に敷かれてるなんて、噂でも立ったら、もうね……」
「その心配はない。彼は慎ましく控えめで、常に私の後を一歩下がって着いてくるタイプだ。間違っても私の前を歩こうなどと、おこがましい真似はせぬよ」
「いや、そういう意味じゃなくって……!」
 フラウスキー君は激しく頭を掻き毟った。頭をかかえた、の方が正しいかもしれない。
「俺が言いたいのはですね、いつからこの城は託児所になったんですか! という事なんスよ。何か、旦那だけじゃなく、ベンチュラともロズゴートとも仲いいみたいだし。あいつが図に乗って、この城で好き勝手し始めたらどーすンですか!?」
 フラウスキー君の目には、私が彼に骨抜きにされているように見えるのかもしれん。
 私は頷いた。ふむ。事実だな。
「あれには毒の腕輪を嵌めてある。君達と同じだな。私に逆らうような事はしないだろう」
「同じじゃないっスよ。旦那と個人的な関係結んでるの、キッスだけじゃないですか。旦那の審美眼にケチつける気はありませんが、もし、あいつが旦那の名誉を傷つけるような事でもあれば、俺は旦那の怒りに触れても、キッスを始末しますからね」
「………」
 彼に口づけを施した事は、フラウスキー君には黙っていた方が良さそうだ。
「あいつは人間です。それも、恐ろしく頭の切れる。旦那は今、もの珍しさで幻惑されてるのかもしれませんが、旦那もロズゴート達も奴の肩を持つなら、俺だけでも、あいつに目を光らせておきます」
 私の視線に気付いたのかフラウスキー君は肩をすくめ、
「誤解しないでください。それ位、用心するに越した事はないって話ですよ。あいつは仕方ない成り行きで、強制とはいえ人間を裏切って魔人側に付いた。もう一度裏切らないという保証はない。俺は信用しませんよ。俺みたいなのが一人位いたっていいでしょう」
 では、失礼と一礼して、来た時と同じく、唐突にフラウスキー君は去っていった。
 私は椅子の上で姿勢を正した。
 裏切る……? 彼が?
 まさか。裏切り、イコール死という事くらい、彼もわかっているだろう。
 フラウスキー君は、私の所に来たその足で、彼の研究室を訪ねたようだ。
 バッドボムフラワーを贈られた所を見ると、どうやら二人で落とし所を見つけたのだろうが、以来、彼は塞いでいる。私も、フラウスキー君の言葉が引っかかって、彼を呼びつける気になれないでいた。
 だが、夜も余り眠れずに、研究に没頭しているらしいという報告を聞いて、心配になる。
 私は彼の研究室に重い足を運んだ。
 深夜だというのに彼はまだそこにいて、がじがじとペン軸を噛みながら、書類を睨みつけている。
 私の気配にも気付いていないようで、私はドアの所に立ったまま、コンコン、と二度ほどノックした。
 彼は振り返った。
「閣下……!」
「最近、随分と根を詰めているようだと聞いたのでね……少し寄ってみたのだ」
 立ち上がって、彼は私を迎えた。顔色が悪い。目の下にはっきりと隈が浮いている。
 この所、余り休めていないのだろう。フラウスキー君の危惧はありがたいが、そのせいで彼がこうなっているのだとしたら、不当とわかっていても、フラウスキー君を恨みたくなる。
 私は手を伸ばして彼の頬に触れた。
 ひやりとした感触。私の手の方が温かい位だ。私は彼に、自室で休むよう言った。
 彼は驚いた顔をした。確かに夜、彼を訪ねた時は、呼び付けた時と同様ロクな事をしていない自覚があったので言葉もない。私は早くこの場を離れようときびすを返した。これ以上同じ空間にいたら、やはり理性を飛ばして襲いかかってしまいそうだ。
「あ、あの、閣下……!」
 彼の手が、私のマントを捉えている。
 いつになく思い詰めた表情で、私を見上げる。その口が、動いた。
「抱いてください……僕を」
「………」
 私は沈黙をもって彼に答えた。これは本心か? 彼は、どういうつもりでこれを言ったのか?
 据え膳、などと甘い考えはしない。幾ら私のものになるのを承知したといえど、彼にとって私はあらゆるもので雁字搦めにして、力づくで犯した征服者だ。少しばかり態度が軟化してきたからといって、即、好意を持たれたなどと浮かれはしない。
 私は彼の目をじっと覗きこんだ。その奥に何があるのか、と思いながら。
 目を逸らさない彼を私は抱き上げた。彼は私の首に手を回して、きゅ、と寄り添ってきた。
 寂しい――のか? 不安なのか?
 魔人だらけのこの城で、ただ一人の人間というのは、心細いには違いない。もちろん彼は、再生虫の畑にされた人間どもと違って皆に受け入れられているし、魔物にも懐かれている。私の愛もある。それでは、足りないのだろうか。私はやはり、同族の人間どもには敵わないのだろうか?
 彼をベッドに倒し、声を上げるのを嫌がる彼に少々ひどい事をしたのは、恐らくその事が頭にあった為だろう。私以外の者に助けを求めた彼。ロズゴート君に拠ると、今の彼は、本当に私を怒らせる原因となったその友人の事を忘れているらしいが、私にはそんな便利な忘却機能はついていない。
 私は彼の放ったものを、口移しに流し込んだ。
 彼は呻きながら、苦しげに、なんとか自分のものを呑み下した。
 私は彼の手を取って、私のものに導いた。彼が身を起こして、回り込んで伏せようとするのを制止する。
「ああ、違う違う」
 私は仰向けに寝そべって、ぽんぽんと両脇を叩いた。足をひらいて、私にまたがるよう要請する。
「そっ、それは……」
 さっと、彼の顔色が青冷めた。せっかく色づかせた所だというのに、また元通りだ。
 私は一旦、彼を残してベッドから降り、隣室から魔獣大鑑を持って戻った。ベッドに腰かけ、ぺらぺらとページを繰って、目的の魔物を見つける。レフトカルゴ。音を食べる魔物。
 私は彼の為に、四匹セットの蝸牛の魔物を買ってもいい、と告げた。
 いずれ樹の章の魔物は揃えるつもりだったが、さしあたり急いで買う必要もないので後回しにしていたものだ。それが取引の材料になるとはな、と私は内心で失笑しながら、彼の返答を待った。
 彼は唇を噛み、自棄を起こしたような勢いで私の胸をまたいだ。
 可愛らしいピンクの穴が目の前にある。私はいじらずにはいられなかった。
「や……っ!」
 浮きかけた彼の腰を引き戻して指を増やす。それぞれの指をバラバラに動かすと、彼は我慢出来ないかのように首を振って声を上げた。私は彼の後頭部を掴んで倒しながら言った。
「ほら、君もちゃんと舐めたまえ。私ばかりこうしていては、不公平というものではないかね?」
 ようやく彼が顔を埋めた。いつもより激しい。こういうプレイも好きだったのかね?
 ぐ、と中をえぐる。その度に彼の舌が止まって、耐え切れないように震え出すので、私は彼の双丘を叩いて休むな、と指示した。このまま爆発させても良かったが、やはり出すならこちらだろう。私は指を引き抜き、彼の口からも解放させ、あぐらをかいて、彼の腰を落とさせようとした。
「閣下! 閣下、待って、お願い……!」
 彼が暴れた。
「うるさい」
「違います! そうじゃなくて、この体位は、嫌……!!」
「……ほう?」
 私は手を止め、彼の主張を聞く事にした。何せ、彼がそんな事を言うのは初めてだったので。
 彼は、座位でもいいが、出来れば向かい合わせで、欲を言えば正常位で……、と答えた。どうした事だ。
「……理由は?」
 私が聞くと、彼はおずおずと、私に手を伸ばしてきた。
「手を……、腕を、お体に回しても構わないでしょうか。閣下」
「………!」
 その声が耳に届いた瞬間、私は彼を抱き込み、体を反転させて敷き込んでいた。
「うあ……、ああああっ!」
 高い嬌声が上がる。感じているのだ、彼も。
 私は強く腰を打ちつけた。
 彼が、何を考えているのかはわからない。
 だが私は、今だけでも彼が私を必要として、感じてくれている事に満足しようと思ったのだ。
 これはちいさな一歩かもしれないが、この積み重ねがいつか本物の、対等のパートナーになれる日を信じて。

>>>2011/1/28up


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