「な……何しやがるっ!?」
「それはこっちのセリフだ! 何を考えてるんだ、こんな子供に!」
キッスを腕の中に隠すようにして抱き込む。その感触の余りの心もとなさに、驚かなかったと言えば嘘になる。
「それくらい育ってれば充分だろう。ちょっと早いってだけだろうが。実際、充分使えるぜ? 使い心地も最高だしな」
イーガンに殴り飛ばされた男は、僅かに切れた口もとの血を拭きながら彼を見上げた。嫌な目の色だ。
憤怒に燃えてイーガンは言った。
「それが間違っている、と言っているんだ。ベテランバスターなら後輩に無体な真似をせずに、知識を惜しまず教えてやったらどうなんだ」
殴られた男も立ち上がると、ぺっ、と唾を吐いた。
「青いな、若僧。どこの戦士団でもやっている事だろうが。それに、いつもいつもこんな事ばかりしてる訳じゃない。ちゃんと戦い方だって教えてやっている。そうだろう、キッス!?」
男の視線がキッスを射抜いた。
キッスは半ば夢遊病者のように答えた。
「は……はい……」
駄目だ。イーガンは舌打ちした。完全に委縮してしまっている。
イーガンは腕の中の薄い肩を揺さぶって叫んだ。
「いいか! 君は、そんな事に耐える必要はないんだ。戦士団は他にもある。君をそんなふうに扱ったりしない、もっとまともな戦士団が」
「言ってくれるな、若僧」
男達はそれぞれ、地面に投げ出していた自分の武器を拾った。長剣と、槍……それに、棍棒。
イーガンも剣の柄を握った。仕方ない。乗りかかった船だ。
「や……やめて……」
腕の中の体が身じろぎした。
「やめてよ。戦いなんて……僕なら、大丈夫だから……承知で、戦士団に入れて貰ったんだから、覚悟は出来てる……ありがとうごさざいます。お気持ちだけで充分ですから、もう……!」
見上げる瞳に知性があった。
やはりこんな戦士団に置いておく訳にはいかない。きちんと教えれば、いいバスターになるだろう。
イーガンは安心させるようににっこり笑った。
「君は心配しなくていい。さあ、危ないから少し離れていなさい」
とん、と軽く胸を押して下がらせる。
三対一。飛び道具が無いのが幸いだった。
少々手こずりながらも、イーガンは三人を地べたに這わせる事に成功した。キッスは、体育座りで震えながらも、その一部始終を見届けた。
「……終わったよ」
振り向く。はっとした。キッスはまだ服を身に着けていなかった。慌てて目を逸らして、自分が倒した男達の合間を縫って、キッスのものらしき服を放ってやる。
「すみません……」
キッスが服を着ている間、イーガンは人荷物を物色していた。古文書、本……これが、キッスの私物なのだろう。三人の男達には似つかわしくない。
「く、くそ……!」
まだ意識があった男の一人が口を開いた。
「てめえ、いい事をしたつもりだろうが、若僧……お前もそいつと行動ほ共にするなら、俺達と同じ事をするだろうぜ。どこの戦士団に預けても無駄だ。そいつには、かかわった人間を狂わせる何かが備わっているんだ」
イーガンは男を蹴り飛ばした。キッスは顔色を紙のように白くして唇を噛んでいた。とんでもない誹謗中傷だとイーガンは思った。その時は。
「気にするな。バスターが皆、ああいった輩という訳じゃない……俺を鍛えてくれた戦士団は、とてもいい人達ばかりだった。俺は彼等の事をよく覚えている。だから……俺もそろそろ、彼等を見習うべき時が来た、という事なのだろう」
イーガンはキッスに荷物を手渡してやりながら、
「俺とおいで。俺が、君に修行をつけてあげる。昔、俺がして貰ったように。もちろん、君が嫌なら、どこか信用の置ける戦士団に、君を紹介……」
イーガンは最後まで言い切る事が出来なかった。
キッスがぼろぼろと涙をこぼして泣き始めたからだ。
「……ありがとう……ありがとうございます、えっと……」
「イーガンだ」
イーガンは名乗った。
「キッスです。よろしくお願いします、イーガンさん」
「あー……やっぱり泣いたか」
苦笑しながら感想をビィトは漏らした。キッスの涙もろさは半端じゃないのだ。
「あれ? でもそうすると、あんたってばいい人なんじゃん。キッスを助けてくれたんだろ? なのにどうして、キッスがあんたから逃げるんだ?」
「まだ続きかがある……」
イーガンは辛そうに眉根を寄せた。
「一緒に旅をしたのは、確か三ヶ月くらいだった。短いと思うかい? 大口叩いて引き受けたのに、たった三ヶ月ぽっちしかいなかったなんて」
「………」
ビィトは黙って先を待った。
「でも、それが限界だったんだ。一緒にいてしばらく経つと、俺にもあの、デセプタ戦士団の男の言った事がわかってきていた……」
キッスは全幅の信頼をイーガンに寄せていた。
セックスを強要されていた所を助けられ、ようやく普通のバスターとしての訓練をしてくれる人物に出会ったのだ。キッスは簡単にイーガンに懐いた。
「可愛かったよ。仔犬がくっついて来ているようで。キッスは呑み込みも早かったし、特に天撃センスは目を見張るものがあった。俺はキッスに、その長所を伸ばすよう指導した」
だがキッスは仔犬ではなかったのだ。
淡い金髪。淡い空色の瞳。笑うとまた一段と幼い。
そのキッスが、夜、眠ると夢にうなされて、様々な名前を口走る。どんな夢を見ているか一目瞭然で、イーガンは、その名前の多さに驚いた。
――この体に、それだけの男が触れたのだ。
混乱と、驚愕……そして、怒りと憐憫の情。
「だって子供だったんだぜ!? 二年経った今でさえキッスは子供なのに、更にちいさかったんだ。だけど、もっと許せなかったのは」
イーガンは両手で顔を覆った。
「俺が、キッスに欲情していた、って事だ……!」
「イーガン」
キッスは呼ぶ。イーガンの名前を。無邪気に。無防備に。まだ声変わりもしていない。
「イーガン、今日の分の勉強終わったよ。雷の天撃の種類と発雷方法。後は練習なんだけど……イーガン?」
きっかけは些細な事だったと思う。
例えばいぶかしそうに見上げた首の角度だとか、頬にかかる金髪だとか、伏せた睫毛が思いがけないほど長く、濃い影を落としている様子だとか。
「あ、ああ、そうだな。じゃ、そこの大岩を目標にして……」
素直にキッスは雷の天撃を大岩めがけて放つ訓練を始めた。キッスの天撃は矢のような形をしていて、スピードがある。しかも、百発百中だ。
「凄いじゃないかキッス。これだけ出来れば、いつでも実戦で通用する」
イーガンが褒めると、キッスははにかむような笑顔を見せた。目を奪われる。イーガンは焦って、あちらを向いた。
「イーガン?」
「じゃ、じゃあ、今日はもう終わりにしよう。好きな事をしていていいぞ。俺は、ちょっと用事を思い出したから……」
その場にキッスを残してイーガンは逃げ出した。
さぞキッスは不審に思うだろう。今も、キッスは寂しそうに、自分を見送っているというのに。
寄せられた信頼が、重い。
早足になるのを止められない。本当は駆け出してしまいたいのを、見られている手前ぐっとこらえる。
イーガンはキッスを引き取った事を、後悔し始めていた。
夜。安宿の二人部屋で、イーガンはキッスに背を向けてシーツにくるまり、キッスはベッドの上で膝を抱えて座っていた。二人とも無言だった。キッスは膝にあごを乗せて、ひとりごとのように言った。
「僕……邪魔? イーガン」
もちろんイーガンには聞こえていた。が、答える事は出来なかった。
「いいよ、はっきり言って。よくあるんだ。僕、には……どこか、無意識に人を苛々させる所があるらしくて……みんな、最初はよくしてくれるんだけど、途中からよそよそしくなって……最後には、置いてかれちゃうんだ。初めて会った時のイーガンみたいに、他の戦士団に紹介してくれた人もいるけど、やっぱり同じで……どこでも同じで、よっぽど僕は、使えない人間なんだろうなって……」
それは違う、とイーガンは言ってやりたかったが、声が出なかった。
周りの見る目が変わったのだと、つまり今は自分が変わってしまったのだと、告白する勇気がどうしても出なかった。
「僕は……僕なりに、一生懸命だったんだけど。僕に出来る事なら何だってやったし、僕で満足して貰えるなら、それでもいいと思ってた……」
その、何だってした事の中には、情欲処理の相手も含まれているのだろう。吐き気がした。キッスをそんなふうに扱った奴等に。そして自分に。
すとん、と微かな音を立ててキッスはベッドから床に降りた。服を着替える気配がする。
まさか、出て行くつもりなのか!? と、イーガンは驚いて上体を起こした。
「……キッス……!?」
「ありがとう。イーガンが連れ出してくれたから、僕は無理に、あんなことしなくていいんだって思えた。イーガンといると、息がつけるようなな気がした……誰も僕にそんな事、言ってくれなかったから。イーガンには感謝してる。イーガンが今、僕をお荷物としか思ってなくても」
てっきり泣いていると思ったのに。
キッスは泣いてはいなかった。どうして。
どうしてこんな時だけ、そんな透明な顔をして、笑う事が出来るんだ。
「さよなら。今までありがとう、イーガン」
自分の荷物を持ってキッスはドアまで歩いてゆく。止めるなら今だ。今しかない。
そんな事はないと、ひとこと言ってやるだけでいいのだ。
だがキッスがドアノブに手をかけた瞬間、イーガンが取った行動は、それとは正反対の事だった。
「イーガン……!?」
ベッドから飛び降りて、背後からキッスを抱きすくめる。腕の中にすっぽりと収まってしまうちいさな体。
その頼りなさに、更に抱く手に力を込める。
一度触れてしまえばもう止まらなかった。イーガンはキッスの体ごと、自分のベッドにダイブした。
「イーガン!?」
キッスは愛らしかった。凶悪なほどに。
まだ事態を把握出来ていないらしいキッスの唇に、噛み付くように口づける。
「イー……」
抵抗はほとんど無かった、と言っていい。
一瞬、手で胸を押し返そうとする素振りを見せたが、それは実行される前に力を失くして、ぽとりとシーツの上に落ちた。躾が行き届いている。抵抗しても無駄だと、骨身に染み込まされているのだろう。
その従順さに哀れみさえ感じながら、しかしイーガンはキッスの体をひらく事をやめなかった。服をたくしあげ、下肢に手を滑らせる。握り込むと、ただでさえ硬直している体がますます強張った。
「嫌だ……イーガン……」
キッスは啜り泣きながらイーガンに尋ねた。
「嫌だ、何で……? こんな事に耐える必要は無いって、言ってくれたのはイーガンなのに、何故、どうして、今更……? 嫌だよ、やりたくない、イーガ……」
涙を舌で舐め取ってやる。キッスはいやいやをするように顔を背けた。耳の中をぞろりと舐めてから、たっぷりと唾液を乗せた舌で、首筋から鎖骨へのラインを下ってゆく。
慣れた反応が哀しかった。
キッスが吐き出すように糾弾するように言った。
「嘘つき……!!」
>>>2010/6/20up