薫紫亭別館


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「お……俺はここで失敬すっからよ。ここからはオマエ一人で行けよ」
「あのねえ……」
 僕は片頬を僅かに引き攣らせ、苦笑しながらすっかり逃げ腰のベンチュラを見た。
 グリニデ城に近付くに連れて目に見えてそわそわしてはいたけれど、こうして城に入って報告に上がる段になって、僕を連れ戻しに来た威勢はどこへやら、目に怯えの色を浮かべ、いつでも駆け出せるように浮き足だっているのがわかる。
「ダメだよ。命令されて来たんだろ? だったらちゃんと報告しなきゃ」
 といって、実は僕もベンチュラを笑えなかった。グリニデ様は恐ろしい方だ。
 普段は温厚なのだけれど、グリニデ様は何というか──癇症なお方で、ふとしたことで機嫌が急降下されるのだ。僕達は、だからグリニデ様のご機嫌を損ねないように、戦々恐々としてお仕えしているのが現状だった。ましてや僕は、人間で……高位の魔人であるグリニデ様のお目こぼしで生き長らえているようなものだったから、特に言動に気をつけなければならなかった。
 グリニデ様の命令には絶対服従。それが、ここで生きてゆくコツだ。
 まあベンチュラを引き止めたのは、個人的に、僕がベンチュラにいて欲しかったからなのだけど。
「お帰りなさいませ。キッスさん、ベンチュラさん」
 城のエントランスで騒いでいた(?)のを聞きつけたのだろう、グリニデ様の執事であるダンゴールが僕達を出迎えた。
「キッスさんはこちらへ。グリニデ様が首を長くしてお待ちです。あ、ベンチュラさんは構わないそうです。任務遂行ご苦労、とおっしゃっておいででした」
 ベンチュラはひゃっほう! と躍り上がって、それなら仕方ないな、じゃあな、キッスなどと言って去っていった。多分、グリニデ城内の自分の部屋に向かったのだろう。僕はひとつ溜め息をついた。僕にも部屋は与えられているが、そこに戻れるのはいつになるやら。
「どうぞ、キッスさん」
 ダンゴールが二本の腕で手招いた。指の数は三本だ。プロテク虫、という硬い甲骨を持つ虫のモンスターであるダンゴールは、やはり人間とはかけ離れた姿型をしていて、合計六本の手足を持っている。僕はもう慣れてしまってどうとも思わないが、普通の人間ならば、もう少しは嫌悪感を持つのではないだろうか。
 僕はダンゴールについて歩き、謁見の間の前で立ち止まった。
 ダンゴールが先触れをしてくれた。
 僕は頭を下げ、一礼して部屋に入った。
「失礼します。ただいま戻りました、閣下」

 グリニデ様は僕を見て、僅かに微笑まれたようだった。
「よく帰ったな、キッス君。さあ、こちらに来なさい」
「それなのですが……あの、僕はまだ、閣下にご報告できるような成果をまだレセム遺跡で上げていないのです。その、まさか三日間で呼び戻されるとは思っていなかったもので……そうと知っていれば、徹夜で泊り込んででも、調査したのですが」
「構わぬよ。だからここへ来て、私の前に立ちなさい」
「………」
 僕は行きたくないという気持ちを捩じ伏せるようにして、グリニデ様の正面に立った。
 深緑の知将という異名通り、グリニデ様は濃い緑色の肌をしていて、その肌に無数の葉脈のような皺が寄っていた。見据えることが出来ずにうつむいたままの僕を見て、グリニデ様は、
「脱ぎなさい、キッス君」
 と言った。
「下だけでいい。脱いで、私にまたがるのだ」
 僕は……そう言われるだろうことを予想していた。閣下にお仕えして数ヶ月、夜もお仕えすることになって、僕の体で閣下を満足させることは、僕の重要な仕事のひとつだった。僕は恥ずかしさに唇を噛みしめながら、ブーツを脱ぎ、ズボンを下ろし、局部をグリニデ様に凝視されているのを痛いほど感じながら、失礼しますと蚊の鳴くような声で言って、石の玉座の上によじ登った。
 言われた通りに足をひらいてグリニデ様の太腿をまたぐ。
 目を背けていても、グリニデ様のそこが熱く昂ぶっているのがわかった。グリニデ様の巨大なそれを覆い隠している布ごしに、それを感じる。ぐい! と尻の肉を割り開かれた。僕はちいさな悲鳴を上げ、息を呑んだ。
「さあ、キッス君……どうすればいいか、わかっているね?」
 わかっている僕にはわかっている。僕はこみあげてきた涙をこらえることも出来ずに、震えながらグリニデ様の胸に縋り、言った。
「お情けを……ください。僕に」
 楽しげに、グリニデ様はニヤリと笑った。僕の顎をとらえ、キスを落とす。唾液が流れこんできた瞬間、僕の体温が上昇した。熱い。体が火照る。この熱を鎮めてくれるのは、ただひとつ──グリニデ様の、それだけだ。
 僕はグリニデ様自身を覆い隠している布をずらし、それを露出させた。
 凶悪に脈打っているそれを握り、割り開かれたままの尻の中心に導く。
 だが、そこからは……どうしても、自分ですることが出来なかった。腰を落とせばいいだけだ。それもわかっている。だが、僕は……まだ何も施されていない。グリニデ様の唾液は僕にとって催淫効果のあるものだけれど、それだけで、すべての苦痛が消えるわけではない。
「……あっ!?」
 強引に、グリニデ様が僕の腰を落とさせた。
 一番かさの張っている部分までイッキに貫き、後の長い部分を、僕の苦しみを長引かせるかのように、ゆっくりと。
「痛──あ、痛いっ……閣下……助け……っ!」
 恥も外聞も忘れて、僕はこの苦しみを与える男に手を伸ばす。
「もう少し、我慢したまえ──そうすれば、私の男根に生えている絨毛から出る物質が、君を楽にしてくれる。力を抜きたまえ。そして、感じるのだ。快楽を感じることは悪ではない……今だけは、理性を失っても構わない……」
「ヒッ!」
 ぐり、と視界が百八十度回転した。つながったまま、そこを基点に向きを変えられたのだ。
 激痛と、すぐに襲ってきた信じられないような快感に、僕の頭は溶けてきていた。催淫効果のある唾液はもちろん、それに数倍する効果を持つ物質がグリニデ様の男根に生えている絨毛から分泌された。グリニデ様のそれは黒い絨毛が生えていて、見た目には無数の虫が這っているような印象を与える。
 そんなものが、自分の中に入っているのだ──僕はやはり、正気ではないのだろう。
 普通の人間なら、魔人に犯された時点で、気が狂うだろうと思うからだ。
「は……はあ……」
 グリニデ様にもたれかかって、僕は荒く息をついた。
 どこからか、ブゥン……という虫の羽音が聞こえてきた。
「……?……」
 僕はうつろな目で謁見室を見回した。
 ペンパリーが二匹、用意されたカンバスに、何かをスケッチしている。
 それを見とめたとき、僕は思わず身を起こし、グリニデ様から離れようとしていた。
「閣下! 一体何を……!?」
 グリニデ様は僕の口を押さえ腕を掴み、同じように引き倒した。
「何を、といって……君が余りにも美しいから、記録に残しておこうと思ってね。さあ、つながっている部分がよく見えるように、足を広げなさい。この肘かけに足を乗せてもいい。……出来るね?」
 嫌だ……!
 僕は泣きながら首を振った。声は、口を塞がれていて出せなかったので。
 僭越にもお言葉に逆らった僕に、しかし寛大なグリニデ様は怒りもせずに、
「まあいい。人間とは、羞恥心を持つ生物だと聞いている……魔人には余り無いものだな。恥らっている君も存分に愛らしい。ダンゴール、新しいカンバスを用意してやれ」
「………!!」
 そうだった。この場にはダンゴールもいたのだった。
 グリニデ様の忠実な執事であるダンゴールは、命令がない限りグリニデ様のおそばを離れることはない。部屋にいたというのなら、邪魔にならないように隅に寄って、無言で待機していたのだろう。
「はい、グリニデ様」
 僕のこんな情けない格好を見てもダンゴールは動揺した素振りも見せず、カンバスを取り替えた。
 無害そうに見えるダンゴールもやはり怪物には変わりなく、人間の、僕の去就などどうでもいいことなのだろう。
「うっ……う、うっ……」
 すすり泣く僕に追い打ちをかけるように、耳もとでグリニデ様は囁かれた。
「帰ってきたばかりで疲れているだろうが、今宵も、君の部屋へ行く。それまでに少し眠って、体力を回復させておきなさい」

>>>2003/8/27up


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