薫紫亭別館


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 僕にあてがわれた部屋の、黒檀の、天蓋付きのベッド。
 ここに来る前までの僕には、お目にかかるどころか想像も出来ないような立派なシロモノだ。初めてこの部屋に通されたときは、豪華すぎて寝付けなくて、結局朝まで起きていたのを覚えている。
 それでも一週間も経つ頃には、僕には不釣合いな広い部屋にも豪華な調度品にも慣れて、スプリングの効いた柔らかいベッドは使いやすい大きな机と並んで、僕のお気に入りになっていた。
 多分、どこからか略奪してきたものとは思うのだけど。
 僕はとても疲れていて、前の持ち主の趨勢まで思いやる気力が無かった。だから、僕はありがたく、そのベッドで安眠させて貰っていた。えんじ色に金の縁取りのある天幕を閉めてしまえば、その中はどこか秘密基地めいて適度に狭く、母の胸に抱かれているような安心感があった。
 だが、現実には、僕を抱いているのは母親などではなかった。
「……ん……んっ、んんっ」
 比喩でも何でもなく、僕を抱いているのはグリニデ様で……今は、僕は足を高く掲げられ、半分二つ折りになったような体勢で、グリニデ様を迎えているのだった。
「あ……く……」
 今夜のグリニデ様は、随分と執拗な感じがする。僕の中にそれを収めたまま、いつまで経っても果てる気配もない。正直、きつい。実際、グリニデ様を受け入れている僕の腰はもう感覚が無くなってくるほどに痺れていたし、抱えあげられたままの足先も、血の気が引いて冷たくなっているのがわかる。
 グリニデ様は時折り、そんな僕の表情を見ながら深く突いた。
 その度に僕の感覚は引き戻されて、優しい眠りに逃げ込もうとする僕の意識を繋ぎ止める。
 グリニデ様は、何故だか面白がっているように見えた。
 グリニデ様はご自分ではポーカーフェイスを気取ってらっしゃるかもしれないが、その実、感情は豊かで、表情も読みやすい。……などと思っているとは絶対に知られてはいけないことだけれど。肌を合わせているせいなのか、特に僕にはグリニデ様の考えがわかるような気がする……自惚れ、かもしれないけど。
「あうっ!」
 僕がほか事を考えているのがわかったのか、グリニデ様は抉るように僕を突き上げた。
 グリニデ様にも、僕の考えている事などお見通しなのだろう。
「まだまだ余裕のようだね? キッス君」
 僕はいやいやをするように首を振った。
「そんなことは無いだろう。ここも、まだまだ私を離したくないようだし」
「……っ!?」
 麻痺していた部分に、新たな痛みが湧き上がった。
 グリニデ様が、繋がっている箇所に、無理遣りに指を捻じ入れようとしているのだった。
「──閣下!」
 さすがに恐怖を感じて、僕は叫んだ。
「閣下、やめてください──許してください。これ以上受け入れたら、もう……!!」
 グリニデ様を全て収めるだけで精一杯だったのに、これ以上のものを入れられたら、僕のそこは本当に裂けて壊れてしまう。本能的な恐怖に僕のそこは縮みあがり、グリニデ様を締め付けたらしく、グリニデ様は仕方ないな、というような顔をして、なんとか指を抜いてくれた。
 僕がほっとして脱力すると、頬に衝撃が走った。軽くではあったが、グリニデ様に平手で叩かれたのだった。
「か……閣下……」
「私はまだ満足してはいないよ、キッス君。指をもう一本入れるのが嫌だと言うなら、入れなくて済むようにしっかり胎に力を込めたまえ。……まったく、君は最近たるんできているようだな。そんなことでは、君がレセム遺跡の調査をしやすいように、ラファの住人を皆殺しにした甲斐が無いではないか」
 ──え!?
 僕は目を見開き、思わずグリニデ様に食ってかかった。
「閣下! 今のはどういう意味です!? ラファの住人を皆殺しに……というのは、一体……!?」
「何を驚いているのかね? 言った通りの意味だ。私は、君の調査の為に、君の正体がバレないように、ラファの町の住人を全員殺すよう、ロズゴートに命じたのだ。君がベンチュラと戻ってくるのと入れ替わるようにしてね」
「そ、そんな……!」
 またも僕の頬が鳴った。今度は少し強く。
「忘れるな。君はもう魔人側の人間なのだ。正体が知れれば、どこかの町の管理機関に突き出され、処刑される運命なのだ。その運命からいち早く救ってやった私に、感謝の言葉も無いのかね?」
「そ、それは……もちろん、感謝しております。閣下」
 僕は言った。その通りではあるのだ。しかし、殺されずに済んだとはいえ僕に毒の腕輪を嵌めて、配下になるか死を選ぶかの択一を迫ったのは他ならぬグリニデ様自身で、僕は、どうしようもない自己矛盾と自己憐憫と、たった一夜で葬られてしまったラファの村の人達の為に、涙が盛り上ってくるのを止められなかった。
「……泣くことはない、キッス君」
 グリニデ様は広い手のひらで僕の殴った頬を包みこみ、
「いずれトロワナの、どの町も村もラファと同じく滅びることになるのだ。それが少し早まっただけのこと……君が行かなくても私は同じことをしただろう。この大陸を、完全なる黒の地平とするために」
 わかっている──宿屋のおかみさんへの説明にも、僕は似たようなことを思った。
 そうだ。
「んっ……ん、んっ!」
 僕は下腹に力を入れた。体は鉛のように重かったが、とにかくグリニデ様に満足して帰って頂かないことには話にならない。
 グリニデ様も、やっと従順になった僕に機嫌を良くしたのか、僕の呼吸に合わせて抽挿を開始した。
「あ──ああっ! あ、閣下、もう……っ!!」
 肩に縋り付いてそう言うと、グリニデ様はにやりと笑って、僕の中に放出した。
 グリニデ様が部屋を出て行ってしまわれてからも、しばらく僕は動けずに、ベッドの上に横たわっていた。
 しかし、いつまでものんびり寝ているわけにはいかなかった。
 僕は思い出したのだ。
『もし魔人が襲ってきたら、レセム遺跡の方に向かって逃げるといい』
 ──親切な宿屋のおかみさんに言った、僕自身の言葉を。

>>>2003/9/22up


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