「オメーは嫌いじゃないけどよ」
打ち合わせがてら、レドゥまで送ってくれたベンチュラがキッスにごちた。
「オメーの友達はダメだ。ビィト、つったな? すっげー野蛮。素直に殺されてりゃいいのに、あの何たらブレードとかいう才牙で、俺の額割りやがったんだぞ。サイテーじゃねえ!?」
「………」
エクセリオンブレード。
ビィトの必殺の才牙だ。普段は使い勝手の良いバーニングランスを常用していたが、ここぞ、という時には、彼の兄の才牙を使う事が多かった。キッスは懐かしく思い返した。同時に、自分との差を見せつけられて、惨めにもなったが。
「オメーもさ、もう、昔の事は忘れろよ。オメーの仲間はもう、グリニデ城の皆だろ。そりゃ好きでなった訳じゃないのは俺も捕まり組だからわかるけどよ、人生、どーしよーもねえ事ってあるじゃん?」
「うん……」
少しだけキッスを気遣うような口調で言ったベンチュラに、キッスは曖昧に頷いた。
今ではベンチュラも大事な友達だ。友人に優劣はつけられない。
ベンチュラは監視につけてある蜘蛛から、現在のビィトの居場所をキッスに教えた。キッスはそこから遺跡に誘いだして、一人にするだけでいいらしい。後の事はフラウスキーがやる。
フラウスキーが引き受ける、というのも、一応キッスへの配慮なのだろう。魔人の細やかな心配りを感じる。余り嬉しくなかったが。
それ位なら、自分の預かり知らぬ所で始末してくれればいいのに……と思わないでもなかったが、きっとこれは踏み絵みたいなものなのだろう。キッスが、人間より魔人を選ぶかどうかの。
「………」
グリニデは、恐らく心からの忠誠を求めているのだろう。自らは毒の腕輪を嵌めさせて、部下の忠誠を疑っている癖に、見事な二律背反っぷりだ。だが、嫌ってはいない。そうまでしても、裏切られるのを恐れている、とても孤独で、不安な魂。守りたい、包み込んであげたいと思う気持ちが湧き上がるのを、キッスは必死で見ぬふりをした。
そうするには、この身に受けた仕打ちが苛烈過ぎる。
今もキッスは体調が万全でないまま、この地に来ている。グリニデに急き立てられたせいもある。
ビィトを切る決心が鈍らないうちに、というのも、もちろんある。
一番大切な親友を殺した自分は、もう完全に人間ではなくなってしまうのだろう。
ベンチュラはそんなキッスの内心には気付かず、ぺらぺらと捲くし立てている。
「……んで、オメーの友達にはそれに負けないくらい凶暴な女がいてよ。腕につけたガンアームドの銃で人の頭ガンガン撃ちやがって、俺じゃなけりゃ死んでたぜ。あーもうサイアク。類は友を呼ぶってヤツだな、ありゃあ」
「女?」
そういえば、一人にしろとは言われたが、仲間の事は聞いていなかった。自分ではないビィトの仲間。
しかも女。誰だろう?
「ポアラ……とか言ってたっけな、確か。青髪の、ヘアバンしたねーちゃんだ。あんなのがビィトとやらの好みなら、目が腐ってるとしか言い様がないぜ、全く」
ポアラなら、ビィトの婚約者だ。
いずれ俺の嫁さんにするんだって、嬉しそうに言っていた。
そうか。今は、その子と一緒にいるのか……。
「ベンチュラ。そのポアラって子に関しては、僕に任せてくれる?」
他に仲間は? と聞くと、いない、という返事が返ってきた。
好都合だ。彼女だけを見逃すのなら、その他大勢の仲間はいない方がいい。
特別扱い、という訳ではないが、村ひとつを滅ぼした自分でも、親友の死に加担する、という事実は堪える。キッスはポアラを助ける事で、その罪悪感を少しでも軽減しようと思ったのだ。
打ち合わせ通り、ビィト達と同じ道を、鉢合わせするよう逆に辿る。
その前に上空をロズゴートが通りかかって、ビィトの声に応えて降りてくるとは予定外だったが。
……連携がうまく行ってないなあ。キッスは呆れた。
さて、この場合、どうすればいいのやら……グリニデの命令は、あくまでキッスが呼び出す事が前提だが、ロズゴートが片をつけてくれるなら、ビィトに今の自分の境遇を知られずに済む。一瞬、そんな考えが頭をよぎったが、キッスは結局、その場に踏み出てロズゴートを止めた。
自分の手が汚れなければいいなんて、そんな事、自分の手で殺すより悪いだろう。
「……相変わらず……見ていられないね。ビィト……!」
ビィトは喜んでくれた。思いがけぬ再会を。
ポアラの方は、初対面だからなのか、胡散臭そうな表情を隠し切れていなかったけれど。
ロズゴートが引き下がって、また空を飛んでいってしまうと、ビィトはふるふると震えて、次に、ガシッとキッスの両肩を掴んだ。
――あれ?
「嬉しいよ! 俺……すっげぇ嬉しいんだよ、キッス! 今……お前に会えて……本当に……っ!!」
二年ぶりくらいだね、と返しながら、キッスは嫌悪感が起こらない事に気がついた。
思いっきり肩を組まれて、ポアラに紹介される。相当力が入っていた筈なのに、気持ち悪くない。
もしかして、グリニデ以外の相手でも、平気になったのか自分? と、ポアラの手を取って口づける。
う……。ポアラには申し訳ないけど、思い過ごしだったみたいだ。
吐き気をこっそり抑えながら、キッスは仲良く談笑した。
ビィトが正真正銘の天才だのキッスの夢だの、今のキッスにはありがたくない話題を提供してくれたので、少々強引だったが、キッスは話題を変える事にした。
「と……とにかく! いつまでもここにいない方がいいよ」
キッスは先に立って、安全な場所を探す……と見せ掛けて、予定していた廃墟に誘導した。
心細いから、とお願いの形をとって、ビィトを遺跡に誘いだす事に成功する。
ごめん、ビィト!
キッスには馴染みの遺跡だ。ビィト一人を撒く事くらい造作もなかった。
ポアラと二人になると、ポアラがやいのやいの言い出した。うーん、気の強い女の子だなあ。でも、あのビィトのお嫁さんになるなら、これ位でないとやっていけないのかな。キッスは壁にポアラを押しつけて、告白の真似事をしてみた。
「……バカなこと言ってないで……っ!」
逃げられた。駄目か。好意を持っていると伝えれば、二人きりになった口実が出来ると思ったのだが。
「!」
背後から糸が伸びてきて、ポアラを絡めとった。ポアラが呻く。キッスは振り返った。ベンチュラ。
ポアラに関しては任せてくれって、魔文字でも念押ししといたのに、ああもう。
取り繕うのを諦めて、キッスはベンチュラに抗議した。
「こっちにも事情ってもんがあるんだよ、組織内でのパワーバランスって奴がな!」
「ベ……ベンチュラ!? ……キッス……あんた……っ!!」
ほら。ポアラが不審がってる。
最初から疑われてたっぽいけど、もう少しうまく立ち回って、何とか助けてあげたかったのに。
キッスは左の手袋を脱いで、隠していた腕輪を露出させた。
これでポアラにはわかる筈だ。
「……ごめん……。今の僕は、最低の人間だ……」
ポアラを荷物のように乗せて大怪蝶で去る時、空からフラウスキーが自爆するのが見えた。
大怪蝶を操りながらキッスは目を伏せた。
もう、取り返しがつかない。
親友を裏切り、見殺しにし、その彼女もグリニデ城に連行する以上、無事ではすまないだろう。
畑になるか、慰み者になるか……。ベンチュラが捕縛した、というのが救いだ。グリニデにさえ引き渡さなければ、最悪の結末は避けられるかもしれない。
帰城し、フラウスキーの左腕を用意されていた培養槽に植え、仔細を報告する。
フラウスキーの再生能力は目覚ましい。いったん解散して、上半身が再生したフラウスキーの部屋に集まると、グリニデが皆をねぎらった。いい主人ではあるのだ、確かに。
恐怖だけで縛りつけているのではない、この人物についていこうという、器の大きさを感じさせる。
キッスが、フラウスキーの潰してしまった遺跡の主要な古代魔文字を記録していた事を伝えると、グリニデはキッスの差し出したノートを受け取りながら、キッスに過剰な褒め言葉を発した。そして、肩に手を置いて、言った。
「つまらん過去し忘れたまえ。君はもう、我々の世界で生きていく以外にないし、それは正しい判断だ」
グリニデは顔を近付けた。
「私ほど君を買っている男はこの世にいない……そうだろう?」
「は……っ、はい……」
そうだ。気に病む事はない。
グリニデの言う通り、ビィトがバスターである以上、自分が手助けせずとも誰かに殺されていた筈だ。
きっとそうだ。キッスは自分に言い聞かせた。
ポアラの処遇はキッスに一任させて貰った。グリニデも、キッスがビィトを切った事で満足したのか、寛大にもそれを認めてくれた。だが、ポアラは牢にいなかった。キッスは一礼して、部屋を辞した。ベンチュラが勝手な事をして、彼女まで失ってしまう前に。
>>>2011/3/1up