「やめろ! ベンチュラ!!」
キッスは大声で制止しながらベンチュラの部屋に飛び込んだ。
ベンチュラにはつい先日、落としておいた脱出セットを見たトリュプスから報告が行き、放置されていた自分を助け出してもらった借りがあるが、それとこれとは話が別だ。
ベンチュラは如何にも邪魔臭そうに顔を向けて、うるせェな、と言った。
ベンチュラから見れば、たかが人間の小娘ひとり嬲り殺しにしたところで、暇潰し程度にしか感じないだろう。それが、グリニデ自ら抹殺を命じたビィトの彼女なら、尚更。ベンチュラ自身、ポアラにガンアームドで撃たれたらしいし、やり返したい、と思ってもおかしくない。
いつもならキッスも止めないが、しかし……。
キッスとベンチュラが押し問答しているのを、聞き咎めたらしいポアラが言った。
「あんたねえっ!! ビィトはあんたの事を心から信じてたのよっ……それを騙して!」
恥ずかしくないの!? と詰られても、キッスには返す言葉もない。
事情があったにせよ、見殺しにした事実に変わりはないし、ビィトを陥れる片棒もかついだ。
今の自分は、完全に魔人側なのだ。
キッスが言い淀んでいると、ベンチュラが横から口を出して、キッスの境遇を語ってくれた。
バシバシと痛いくらい強く肩を叩かれる。それが、同じ捕まり組であるベンチュラからの、共感や同情を示す動作である事が、キッスにはわかった。ポアラには馴れ合いに見えたかもしれないが。
その証拠に毒の腕輪で強制されていると告げられても、ポアラはキッスに何も言わず、ベンチュラの脅しに物騒な返事をしている。情状酌量の余地がある、とは思ってくれないらしい。無理もないが。
パキィッ、と何かが割れるような音がした。
表面が凝固して、硬くなったベンチュラの糸が砕けた音だ。内側の糸を隠し持っていたナイフで切り裂いて、間髪を入れずにポアラはベンチュラの腕を数本切り落とした。血しぶきが飛ぶ。不用意にも、ベンチュラが床に置いたままにしていた荷物からポアラはガンアームドを取り出すと、素早く装着し、ベンチュラの顔面を殴打してから更に弾を撃ち込んだ。ベンチュラが生きているのが不思議なくらいだ。
振り向いたポアラはキッスを睨みつけると、鉄甲銃を嵌めていない左手でキッスを殴った。
衝撃でキッスは背後の壁までふっ飛ばされ、膝をついて、呻いた。体調が万全なら、ここまで醜態は晒さなかったかもしれない。ベンチュラがあそこまでやられたのだから、とキッスは諦め半分、覚悟を決めた。だが。
「……とりあえず、今はこれだけにしておくわ……」
そっぽを向きながらポアラは言い捨てた。
荷物を抱えなおして、ビィトの所に行く、と言う。
「……えっ!? で……でも、ビィトは死……」
「あんたはビィトの死体を見たの?」
ビィトは生きている、とポアラは断言した。彼の生死不明ほど当てにならないものはない、と。
気持ちはわかるが、キッスはフラウスキーの事も知っている。
フラウスキーが、自爆までしておいて、敵を仕留め損なうなどとは思えなかった。
ポアラはキッスに自分達を誘いこんだ遺跡まで連れ戻るよう命令した。
キッスはポアラを大怪蝶の厩舎まで案内したが、ポアラに大怪蝶を操れる筈がない。騎手と人質を兼ねて、ポアラはキッスを連れ出した。ゴツゴツと鉄甲銃でキッスは頭を小突かれながら、
「……凄い行動力だよね……君って……」
つぶやくように称賛した。
何だかもの凄くタフというか、生命力に満ち溢れているというか。ポアラには、モスリープの粉を原料にした薬は必要なさそうだ。やはり、ビィトと一緒にいるからなのだろうか。
ポアラに向けてキッスは述懐した。それは、限りなく懺悔に近いものだったかもしれない。
「バカ言ってんじゃないわよ!」
ポアラは一言で切って捨てた。
どこにも信頼関係なんて無い、ただ服従させられているだけだと。
……ああ、強い子なんだなあ。キッスは目を細めた。
ポアラならきっと、自分や畑の皆と同じ境遇に陥ったとしても、即座に死を選べるのだろう。それはとても潔くてすがすがしい事だけど、万人がそうではない事も、キッスは知っている。だからといって、自分の弱さを弁護しようとは思わないが。
「でもあんた、それでいいの!? このまま誰一人信じる事なく……グリニデに生命を握られたまま、ありもしない信頼に縋って生きていくの!?」
「………」
自分でも、グリニデとの関係は共依存……それとも、なんとか症候群って奴だろうか? と思わないでもない。自分を拉致監禁した相手に、好意や連帯感を持ってしまうという。
説明しがたいけど、けれど、それだけではないのだ。
だってわかってしまうのだ。
グリニデの自分を見る目の光、視線の強さ、抱きしめられる腕の力、注がれる体液。
重ねられる体の熱さ。
グリニデの全てが叫んでいるのだ。――している、と。
そうでもなければお稚児さんを、ほぼ二年間も続けられない。辛くて苦しくて、数日前もビィトの事で殺されかけたばかりだが、グリニデの本性もわかっているが……。
過去を話したキッスだが、こんな事はポアラには言えない。女の子には内容が過激過ぎる。
ポアラはビィトについて、如何にビィトがキッスを信じているか、暗黒の世紀を終わらせる為に頑張っているか、話し続けている。
「……だったらあんたは敵よ……私達の敵だわッ!!」
敵、か。
自覚はしていたつもりだが、ビィトに近い女の子からはっきり口に出して言われると堪える。
キッスは操縦桿と安全バーを兼ねた大怪蝶の触覚を握り締めた。
ベテランバスターが段々スレて、柄が悪くなるのがわかる気がする。魔物を狩り、殺す事が当たり前になると、命がとても軽くなる。だけどその重みはどんどんバスターの上に降り積もっていって、いつかはそのバスターを押し潰してしまう。
そうならないビィトやポアラの方が特別なのだと、ポアラが理解するのはいつの日だろう?
話が途切れた。キッスとポアラは互いに無言のまま大怪蝶で飛び続けた。
「!?」
銃声がした。大怪蝶の左羽根に幾つもの穴があいた。キッスは目線を後ろにやった。
フラウスキーが同じく大怪蝶に乗って、キッスとポアラの乗った大怪蝶に攻撃を仕掛けている。
右の羽根と胴体をも撃ち抜かれた大怪蝶は、飛ぶ事が出来ずに落下した。
大きくバランスを崩し、キッスとポアラは大怪蝶ごと地面に投げ出された。
「うう……っ!」
体がきしむ。まだ大きなアクションは出来ないのに、転倒して体を打ち付けたせいだ。キッスは歯を食いしばって、なんとか衝撃をやり過ごした。うつむいたキッスの視界に、見慣れた足が見えた。
「よぉキッス。災難だったなァ……」
「フ……フラウスキー……」
フラウスキーは思い切りキッスを見下ろしながら、自前の銃でポアラに狙いをつけた。
ベンチュラやロズゴートとは違い、フラウスキーとはそこまで仲が良かった訳ではない。だがこのまま、黙って指を咥えて見過ごすわけにはいかない。キッスは止めた。
「ま……待ってくれ、フラウスキー!!」
キッスの懇願にも関わらず、フラウスキーは改めてポアラに照準を合わせた。
思わずキッスはフラウスキーに体当たりして、その銃を下げさせた。
フラウスキーの撃った弾は小差で地面にめり込んだ。
フラウスキーはキッスを睨めつけ、キッスの左足を撃ち抜いた。
キッスは足を押さえてのたうった。
フラウスキーは自分がポアラを気に入ったと誤解しているようだ。違う。友人の彼女として尊重はしたいが、だがその友人を殺す事に加担したのだから本末転倒だ。何も言えずにキッスは口ごもった。フラウスキーはますます調子に乗って、キッスの事を裏切り者だの表返り者だの嘲っている。
言い返さないキッスを見て、フラウスキーは更に険悪な空気をまといながらキッスに銃を向けた。
元から良い印象は持たれていなかったが、今のキッスは一層中途半端に、腹立たしく映るのだろう。
フラウスキーは吐き捨てるように言った。
「……見るに耐えねえ……っ!!」
今度は避けられない。キッスは固く目を瞑った。
が、銃声がしても、銃弾はキッスを襲わなかった。
何が起こったかわからずに混乱しているキッスとポアラ、フラウスキーの耳に、制止の声が届いた。
「……待てよ、フラウスキー……!」
まさか。
この声は。キッスは顔を上げた。
「俺の仲間に手を出すな……っ!!」
以前のゼノン戦士団、アルサイドの才牙、サイクロンガンナーを構えた懐かしい姿。
ビィト。
>>>2011/3/10up