「なんッも出てこねえぞ。掘るトコ間違ってんじゃねえか?」
「もー! そーいうコト言わないでよー、発掘ってのは時間かかるモンなんだから!」
言いつつ、僕は今日の成果にびっくりしていた。
ベンチュラはグルメアントだかビルドアントだかいう蟻の魔物を呼んでくれて、彼等が発掘作業を手伝ってくれたのだ。僕はまず、そこらの棒を拾って大きく四角に線を引き、少しずつ、30センチなら30センチ、次にまた50センチの深さへと、均等に掘り返す事から始めた。彼等はとても有能で、勤勉で、僕が指示した作業を丁寧にこなしてくれた。
瓦礫も砂も一か所に集められ、何か変わったものが出ると、僕の所まで持ってきてくれた。残念ながら、それはごくごく最近の物だったり、ただの石がいびつに削られただけだったりしたけど、僕はとても助かった。僕は命令し、判断するだけでよかった。
その判断が、ベンチュラには白い目で見られてるんだけど……。
どうしてこの場所か、と聞かれると僕にはうまく答える事が出来ない。そこはどう見ても、荒れた岩肌と土以外、何も埋まってるようには見えなかったからだ。僕は色んなファクターを考慮してこの辺、と辺りをつけたのだが、それはとても直感に近かったし、若干バクチなのも否めない。
何かが出土しない限り、作業は徒労に終わるからだ。
だから僕はこの蟻達の為にも、何か出るといいなと思っていた。僕は言った。
「働き者だねこの蟻。グルメアント……ビルドアントって言ったっけ?」
「両方いる。黒いのがグルメアント、それよりちょっと大きめで、赤っぽいのがビルドアントだ」
ふうん、と僕はうなずいて、ちょんちょん、と赤い蟻の背をつついた。
ビルドアントは鬱陶しそうに僕の指から逃れて、作業を続けた。
「僕は……ラッキーだったな。ベンチュラがいて、蟻達を呼んでくれて。僕一人だったら、あそこの石ひとつどかすのだって一日仕事だったよ。フィカス博士も、蟻達に手伝ってもらっていたの?」
「いや。ジーサン達は全部自分達でやってたな」
複雑そうにベンチュラは答えた。
そうだろうな。僕も困惑しながら思った。魔物と通じているのか、と博士は言った。
この状況を通じていると言うなら、僕は肯定するしかない。ただ僕は、人間を裏切ったつもりも、魔物の仲間入りをしたつもりもなかった。要するに、ベンチュラは友達だ、と思う。グリニデ城に来て、博士達の間で僕は癒されていったけれど、同じくらい、ベンチュラとも親交を深めていた。
僕にはどちらも大切だった。お調子者と言われても、それが事実だった。
フィカス博士にもベンチュラと仲良くなってもらって、蟻の助けを借りる事が出来ればいいのに。
「お。どした?」
蟻が何か見つけたようだった。ベンチュラの言葉に僕も目を転じた。
蟻はもう2メートル以上も、深く穴を掘っていた。さすがに僕も、これは推測失敗かなと意気消沈していて、どこまで掘れば中止にさせるべきかなと考えていた所だった。土の下に、何か平ぺったい石のような物が埋まっていた。……石? それにしては大きい。これは……。
と、考えていた所で、ベンチュラがひらりと穴に飛び降りた。僕は焦って、
「こ、こら、ベンチュラ! 乱暴に踏み荒らさないでよ!」
僕はベンチュラに向けて手を伸ばした。ベンチュラは僕の手にしゅるっと自分の糸を巻き付けると、逆に僕を引っ張りこんだ。
「うわっ!」
僕とベンチュラは二人して、穴の底に倒れ込んだ。その勢いで埋まっていた石が割れた。
石の下は空洞になっていて、僕らは更に数メートル下の地面に落下した。
「あたたた……」
幸い、ケガはないようだった。目を回したベンチュラの手を掴んで立ち上がらせる。もうもうと土埃が舞っている。僕はその場を動かずに待った。これ以上場を荒らす訳にはいかない。やがて視界が晴れてきた。魔人のベンチュラには僕より遥かに見通しが利くらしく、僕より先に、興奮したように叫んだ。
「スッゲー! なんだこの部屋!? キッス、オメーこんな部屋があるって知ってたのか!?」
僕も興奮していた。そこは四方を壁に囲まれた石室だった。
中央に石棺が安置してある。その石棺にも壁にも、床にも黄金が貼られ、その上から、赤や緑や様々な塗料で、一面に絵文字が書かれていた。僕は天井の役目を果たしていた割れた石をまたぎながら近付き、これは歴史だな……と思った。その、石棺に眠る主――いにしえの、偉大なる王の。
「おいコレ見ろよ! お宝だぜ!」
はしゃいだ声でベンチュラが呼ぶ。端に寄せて置いてあった箱の中身は王の副葬品だろう。ベンチュラはうず高く積まれた箱の蓋を次々開けながら、中の金貨や宝飾類を八本の手に持っている。
「待って、待ってベンチュラ。調査が終わったら好きなだけ持ってっていいから、まず報告しないと――グリニデ様、だっけ? ていうか、魔人もこういうのに興味あるの?」
素朴な疑問を僕はぶつけた。
「えー。だってキラキラして綺麗じゃんかよ。腹は膨れないけどさ」
魔人の価値観も人間と似たようなものらしい。僕は笑った。
「そりゃ僕もお金は好きだけどさ。今はこっちのお宝より、壁に描かれた絵文字の方が大事だよ。どうもここはお墓みたいだからね。死者の呪いがかかる前に、さっさと書き写して引き上げよう。ベンチュラも手伝ってよ。僕一人じゃいつ終わるかわかんないし、君には手が八本もあるんだから」
ちょっと脅すように僕は言った。ベンチュラは一瞬きょとんとして、次に汚いものでも触ったように副葬品から手を離した。冗談だよ、と僕が言うと、いい性格してんなオメー……、と、ベンチュラが毒気を抜かれたようにつぶやいた。ベンチュラはペンバリーを呼び寄せた。発掘の間、僕らの上を旋回していた。
ペンバリーは見たものをそのままスケッチ出来るらしかった。
僕は書き写すのをペンバリーに任せて、蟻達に、副葬品の箱を運ぶよう言った。
ベンチュラがこっそり宝飾類の幾つかを懐に滑らせるのを、僕は見ぬふりをしてあげる事にした。
「……多分、あそこは元は王の居城だったんだと思う。でも、お世継ぎが出来なかったのか、王が死んで、そのまま人々はお城を神殿として使ったんだよ。御神体は、もちろん亡くなった王の御遺体だ。人々は御遺体を地下の奥深く埋葬して、王を神として祀ることで、国を治めて行こうとしたんだろうね」
詳しい事は、これから調べなきゃわかんないけど、と僕は言葉を切った。
僕とベンチュラは、帰りは大怪蝶を利用せずに、蟻達と一緒に歩いて帰っていた。なんだかそうしたい気分だったのだ。浮かれて踊り出しそうで、大怪蝶の背中から落っこちたくはなかったし。
「しっかし、オメーはスゲーよ。俺も大概色んな人間を見てきたけどよ、こんな短時間で結果を出した奴なんかいなかったぞ。なあ、最初、柱を傷つけてたよな。アレは何だ?」
「ああ、あれは……」
僕は材質を調べていたのだと説明した。
建てられた時期が同じなら、切り出された石も同じ筈で、風化具合とか、そういうものを僕は見比べていた。柱と柱の基部は同じだった。だが広間の床は、それよりも古いものだった。
柱は新しく建てられたのか? 何の為に? 僕は考える。壊れたから修繕したのか? それとも増築か?
増築?
――どこを増築した?
残った遺跡に不自然な箇所は見当たらない。では地下だ。地下室をつくって、恐らくはもう誰も立ち入れぬよう、そこに続く穴を塞いで、上に柱を建てた。まるで最初からそういう建物だったかのように。
「僕はお城だと思ってたけど、その割に出土品は簡素な物ばかりで、三分の一くらいは神殿かな、とも思っていた。神殿じゃなくて、お墓だったんだ……宝物は全て、王様に捧げられたんだろう。どんなに王様が敬われていたかわかるよね」
地下室の場所は結構あてずっぽうだったと言ったらベンチュラは苦笑したけれど、怒りはしなかった。結果良ければ全て良し、だ。グリニデ城が見えてきた。ダンゴールが表で僕らを出迎えてくれた。ダンゴールは頭を深く下げて、言った。
「グリニデ様が、先程から首を長くしてお待ちです……此度の成果を、ぜひ直々にねぎらいたい、と」
>>>2010/4/13up