薫紫亭別館


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「おじさま……カルロッサおじさま!」
 ミルファは一連の騒動を隠れて見守っていた。BBではあるが、キッスを含めたビィト戦士団と関係の深いミルファは、一連の事件から蚊帳の外に置かれていたのだ。カルロッサはミルファの師匠でもある。ミルファは物陰から出て、カルロッサの腕に縋りながら言った。
「おじさま、さっき言っていた事は本当なんですか!? ……あの、キッス君が焚刑にされるって……!」
 カルロッサは辺りに目を走らせて、
「出よう、ミルファ。ここでは話しにくい」
 ミルファを連れて、カルロッサは建物の外に出た。
 バスター協会の中庭には豊かな緑が広がっていた。魔物を狩るバスターが集まるここは、世界で最も安全な場所と言っていい。そのよく手入れされた庭をミルファとカルロッサは歩きながら、
「あの……おじさま、さっきの話なんですけど……」
 言いにくそうに切り出したミルファに、カルロッサは本当だ、と肯定した。
「そんな! おじさまの力で何とかならないんですか!? おじさまはBB最高峰でしょう!? アルター会長とも、個人的な付き合いがあると聞いてます」
 長い黒髪を振り乱してミルファは訪ねた。
 BB・カルロッサは首を振って、
「……私は、確率、というものを考えるよ。ミルファ」
 しみじみと言った。
「確率……?」
「そう。一人の子供が、魔人の下にいて、生き延びられる確率。その前に、部下として登用される確率から考えなければならないな。といって、魔人グリニデの他に人間を登用しようなどと考えた魔人などはまずいまいから、キッス君とグリニデが出会ったこと事態が、奇跡とも言える。それ以前に、彼は天空王バロンにも見逃されているらしいから、ここまでで一体、何度生命の危機を乗り越えてきたのだろうな」
「………」
 ミルファはカルロッサの意図が読めずに、黙って聞いている。
「ビィト君の所に戻ってからも、贖罪の意味もあるがキッス君達は七ッ星魔人ばかり狙っていたから、いつ死んでいてもおかしくない。普通は三ッ星や四ッ星の魔人でも、強豪のバスターが何人も組んで戦うのだからな。それについてはビィト君の力が大きいだろうし、もちろん、ミルファ、君の力もある。だが、キッス君の力も大きいだろう。ミルファ、君は、キッス君が何故未だに才牙を使えないか、考えた事はないかね?」
 突然の質問に、ミルファは面喰いながらも答えた。
「え? えーっと……まだレベルが少ないから?」
「そうだな。それもある。でもよく考えてごらん、ミルファ。キッス君の天撃は七ッ星魔人に通用する。その威力は我々BBをも超えるかもしれない。天撃の五属性を全てまんべんなく使える、というのもポイントのひとつだな。水属性が得意とは聞いたが、才牙が具現化する兆しすら見えない。つまり彼の力は、あれでまだ発展途上、という事だ。才牙とは、天力を極限まで高めた時に生成されるものだからな」
「あの……おじさま。それと今の問題と、どういう関係が……」
 ミルファは少々苛立ったように言った。
「ん? ああすまん。つまり私は、彼が特別だと言いたいのだよ、ミルファ」
 カルロッサはミルファの言葉を風のように受け流して、
「ビィト君とはまた違う意味で、彼もまた特別だ。そんな彼の物語が、幾ら処刑されると決まったからといって、ここで終ってしまうとは到底思えない。彼の物語はまだ終わっていない……私は待っているのだよ、ミルファ。奇跡を。それがどんな形で表れるかはわからないが」
「おじさま……」
 ミルファは釈然としない気分ながら、一縷の望みを抱いて、うなずいた。


 数日後。
 朝、ポアラはビィトと宿屋の食堂で落ち合った。バスター協会本部近辺には、本部と提携したバスター専門の宿屋が格安であり、二人もそこに泊っていたのだが、ビィトはともかく、ポアラは普通に毎晩眠る必要があった。そのビィトも、大きくポアラに啖呵を切ってから、寝る日があった筈なのだが。
「ちょっとビィト。あんた、もう一週間くらい寝てないじゃない。幾らあんたが普通の人間より元気に出来ているからって、それじゃ体が保たないわよ。いざとなったら私がどんな事をしても起こしてあげるから、少し寝たら?」
 ポアラは土気色した顔のビィトを気遣って言った。
「いや……いい。まだキッスの居所さえ掴めてないのに、のんびり寝てる訳にはいかない」
「私は寝てるわよ。人間、体調が万全でないと、出る力も出ないのよ。せっかくキッスを脱獄させても、途端にあんたが寝ちゃ逃亡もままならないでしょ。……と」
 ポアラは口をつぐんだ。
 脱獄だの逃亡だの、不穏な単語を言い過ぎたようだ。周りから痛い程の視線を感じる。
 そうでなくとも最近は顔が売れているというのに、仲間が犯罪者という事で、この所、グランシスタのバスター達の話題はビィト戦士団一色だ。ポアラは急いでドリンクを飲み干し、パンにサラダやらスクランブルエッグやらを挟んで簡単なホットドッグもどきをつくると、それをハンカチに包んで立ち上がった。
「空気のいい所で食べれば少しは頭もしゃっきりするでしょ。さ、行くわよ。ビィト」
 ビィトをうながして、ポアラは先に宿屋から出た。
 戦闘以外ではポアラの尻に敷かれているビィトは、大人しくポアラについて席を立った。
 バスター協会は結構街中にあるので、二人はとりあえず町はずれに向かって歩いた。ポアラはビィトを横目で見ながら、
「いや、マジメな話。あんた今の自分の顔、鏡で見た事ある? ひどい顔色よ」
「だーかーらー、俺もさっきから言ってっけど、キッスを見つけるまでは……」
「相変わらず甘ちゃんだな、ビィト」
 ポアラとビィトの会話に誰かが割って入った。
「スレッド!」
 二人の背後に立っていたのは、ビィトより幾つか年長の、目つきの悪い男だった。
「スレッド。お前気配殺して後ろに立つのやめろよ。悪趣味だぞ」
「ふん。気配も感じ取れないお前がニブイだけだろ」
 とても険悪な雰囲気だが、ビィトとスレッドはこれで普通だ。いわゆる喧嘩友達、という奴だろう。
 まだ何かやり合いたそうな二人を、ぱんぱん、とポアラが手を叩いて止めた。
「はいはーい、そこまでー。スレッド、仕事終わったの?」
 スレッドは個人で魔物退治を請け負っているバスターだ。一匹狼のバスターは実は珍しい。が、ビィト戦士団とは何かと行動を共にする事が多かった。ビィト戦士団のメンバーはビィト、ポアラ、キッスの三人だが、このスレッドと監視役のミルファも入れて、五人と思っている者も多い。
「まあな。お前等が余計な真似をしてくれるせいで、依頼が減って困っている」
「何だよ。余計な真似って……!?」
 ビィトがむっとして尋ねた。
「あのヒヨコを助けようなんて思わない事だ。自分達にまで飛び火するぞ」
「………!!」
 ヒヨコ、とはキッスの事だ。スレッドはキッスの金髪を皮肉ってそう呼ぶ。
「スレッド、お前までそんな事を言うのか!? そりゃあんまり仲良くはなかったみたいだけどさ、キッスの実力は知ってるだろ!? 性格も……キッスの奴、どっちかっつーと気が弱いし、流されやすい方とは思うけど、今も昔も本気で魔人側についた事なんか無いぜ!」
「あいつの力は知っている。不本意ながら、性格もな。だが、あいつの場合、自業自得だ」
「………」
 ポアラははらはらしながら成り行きを見守っている。
「一度、魔人側についた過去は消えない。アルター会長の言い分は正しい。バスターなら、捕まった時点で自決か玉砕するべきだ。少なくとも、俺はそうする。おめおめ生き永らえて、また人間側に戻って、仲間に頼って減刑を願う事など、俺には出来ない。あいつもそう思ったんじゃないか? だから、アルター会長の申し出を断ったんじゃないのか?」
「スレッド……!!」
 ビィトはスレッドに掴みかかった。
 が、あっけなく避けられ、逆に首に手刀を落とされ、ビィトは気を失った。
「よっぽど眠気を我慢してたんだな……これくらいで落ちるなんてな」
 ずるり、と崩れ落ちそうになるビィトを支えながらスレッドはごちた。
「ほらよ、嫁さん」
「きゃっ」
 スレッドはビィトの体をポアラに向かって突き飛ばした。宿屋まで運んでくれる気はないらしい。ちなみにポアラはキッスを肩にかつぎあげて走れる程度の力はあるから、その点については心配ない。
「俺は、あのヒヨコよりビィトの方が大事なんでな……あんたも腹をくくれよ、嫁さん。ビィトの暴走を、あんたが止めないでどうする」
「……スレッド……」
 ポアラは困ったように眉を顰めてスレッドを見上げた。
「ビィトとキッス、今となっては両方取る事は無理なんだよ。他のバスター達がビィト戦士団をどんな目で見ているか知ってるか!? 裏切り者の仲間なら、その仲間も裏切り者だろう、だ。今の所、ビィト戦士団の戦歴が華々しいから表立っては言わないけどな」
 ポアラは食堂での視線を思い出した。スレッドの言っている事は多分正しい。しかし……。
「ありがとう、スレッド」
 ポアラは礼を言った。スレッドは怪訝な顔をした。
「はあ!?」
「私達と一緒に行動しているせいで、スレッドまで変な目で見られちゃってるのね。ごめんなさい。依頼が減ってるのもそのせいなんでしょ?」
「………」
 ポアラはビィトを抱えたまま軽く頭を下げ、
「それなのに、私達の心配をしてくれてありがとう、スレッド。これお礼。私達の朝食のハズだったんだけど」
 ビィトは食べられそうにないし、良かったら……と、ポアラは朝のサンドイッチもどきを差し出した。
 スレッドは黙ってそのハンカチ包みを受け取った。
「ありがとう。よく考えてみる。でもやっぱり、キッスは見捨てない方向で。キッスを見捨てたらビィトが傷つくと思うし、私にとっても、もうキッスは親友だもの。一年も一緒に旅をして、戦ってきて、気心も知れてるし……ビィトがほっとけないのもわかるのよ。危なっかしくて見てらんないっていうか」
 苦笑いを浮かべながら、それでも明るくポアラは言った。
 ビィトに危なっかしい、なんて言われたらおしまいだな、とスレッドも笑い、
「ま、頑張れよ、嫁さん。あんたがそうしたいならすればいいさ。面倒臭い亭主と厄介なガキ抱えて、あんたも大変だな」
 スレッドはあながち冗談でもない口調で、手を振りながら立ち去った。
 ポアラは一瞬きょとん、として、亭主とガキが誰と誰の事を指しているのかようやく気付いて、
「だ……っ、誰が誰との子供なのよー! 馬鹿ー!!」
 つい抱えていたビィトをとり落として地面と挨拶させてしまったが、気絶からぐっすり寝入っていたビィトは目覚めず、ポアラはビィトの足を持って、ずりずり引き摺りながら宿屋に戻った。

>>>2010/5/26up


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