箱庭といっても、それに準じた大きさになっているオレ達にはけっこうな広さだった。
地平線のかわりに庭をとりまいている箱の壁が見えるのはご愛敬だったが、風はやわらかく吹いていて、足元にはあまりにちっちゃすぎて上からは見えなかった、白いつめくさの花が咲いていた。
オレ達はゆっくりと丘へ向けて歩いた。
丘にはオレが担当した林がある。
杉やモミの木や、何種類かの常緑樹がまじった林だ。
「いっちばーん!」
いつのまにやら駆けっこのノリで、走りだしたポップが木の幹に手をついて誇らしげに宣言した。
「いつ競争になったんだよ」
苦笑しながらオレは言った。
オレ自身は親が子を見守るように、ポップを眺めやりながらのんびりと丘をのぼっていった。
ここがオレの林。オレの担当した林。
見れば見るほど立派な林だった。
両手でかかえきれないほどの太さの幹に、天をつくかとも思われる頂上。
地面には根が蛇のようにうねうねとうねって生えており、オレはその地面と根とに手をふれながら、そのあいだにどっかと腰をおろした。
「ダイ。まだ休むのには早いぞ。ひとやすみするのはお菓子の家っておまえが言ったんじゃないか」
「そう言わないで。オレ、ちょっとここ気に入っちゃったな。ここならいつまででもお昼寝していられるよ。夜が来るのにも気づかないくらいだよ」
「そうやって晩メシ食いっぱぐれるんだな? オレ、呼びに来たりしないぞ。自分で目ェ覚まして帰れよ」
ポップはオレの前に仁王立ちになって、きっとポップもオレの仕事ふりに満足しているんだろう、なんだかんだ言いつつ顔は笑っていた。
そして猫が顔をすりつけるように、ポップもオレの隣に座って、頭をもたせかけてきた。
オレ達はばらくそのままでいて、丘の上からふたりでつくったちいさな宇宙を見下ろした。
「つくって良かったろ? ダイ」
「うん」
「ここへ来て良かったろ?」
「うん」
ぽつりぽつりと、オレ達は会話をかわした。
ふだんはめったにこんなことにはならない。
大抵ポップの嵐のようなおしゃべりにオレが巻き込まれる形になって、楽しいけれどなかなか気疲れするのも本当だった。
オレはポップの肩に手をまわした。
ポップはされるままにしていた。
いつまでそうしていたのだったろう。
何かのきっかけをとらえてポップが立ち上がった。
「そろそろ行こうぜ、ダイ。早くしないと陽も暮れるし。庭の散策はまだ終わっちゃいないんだぜ、ハイライトを飾るお菓子の家も待っている」
どんなにいい雰囲気でも食欲を忘れないポップの言葉だった。
オレは黙って立ち上がった。
これだけでも充分満たされたような気分だった。
オレ達は連れ立って丘を下った。
相変わらず言葉は少なかったが、奇妙に通じ合うものを感じていた。
草原は──まあ、野原と言ったほうがいいスケールだったが、ブーツを脱いでつめくさとクローバーを踏んで歩きたいような、そんな誘惑にかられた。
ここも仰向けに寝転んでひなたぼっこなどしたら、さぞ気持ちがいいに違いない。オレは改めて、感謝の気持ちをこめてポップを見た。
「……なんだよ。どうしたんだよ? ダイ」
「べつに」
いぶかしそうに問うポップに、オレはお礼を言わなかった。
そんなことをしたら、イッキにつけあがるのがわかりきっていたからだ。
でもオレが今回に限り、ポップとそのアイテムに感謝しているのは、ポップにも伝わっているだろうと思った。
ポップも照れているのだ。
珍しく、オレが小言も言わず楽しそうに、この状況を受け入れているということで。
「ダイ。船に乗ろうぜ」
お菓子の家が近くなると、ポップは椿の笹船を指差し、ちらっとオレを横目で見てから駆けだした。
オレがついてくると確信しきった目だな、あれは。
実際ついていってしまうオレって可愛い。
「あれ? この池、水じゃ……」
水にしては水面があまりにも静かだった。
というより、はっきり固まっている。
氷? じゃなかった。
これは……、
「ゼリー!?」
オレはポップがゼリーの素を買っていたのを思いだした。
「やあ、ちゃんと固まったな。知ってるか? ゼリーに氷入れると早く固まるんだぜ。ダイが帰ってきたときはまだほとんど水だったんだ、驚かせてやろうと思って黙ってたんだけど、大成功だったな」
ポップは顔をほころばせて言った。
相変わらず、妙な知識だけはたくさん持っているヤツだ。
一体どこからこんな知識をひろってくるんだろう。
「なに呆けてるんだ? 早く来いよ」
葉っぱの船からポップが手招いた。
オレは急いで、椿の笹船に乗りこんだ。
「出航!」
船にはなんらかの魔法がかかっているらしく、ポップの号令ひとつで船はしずしずと動きだした。
ゼリーの水面はなめらかで、音もなく、あっというまに船は池の中央まで来た。そこでポップは、どこに隠していたのか、二人ぶんのお皿とスプーンを取り出した。
「た、食べるの、これ!?」
オレは広大(に、見える)池を見回しながら叫んだ。
ポップは何をアタリマエのことを、というかのようにふんと鼻で笑って、
「ゼリーの池に船をうかべて掬って食べる、というのも夢だったんだ。お菓子の家とゼリーの池って、大抵セットじゃないか? そんな意外そうな顔すんなよ」
「そ、そうなの!?」
オレのとぼしい読書経験では、思いあたることが無かった。
それより何より、オレには、この一歩足を踏みだせばゼリー、という、まあその状況はともかく、食べる気には到底なれなかった。
「じゃーん。秘密兵器」
さらにポップはおたまを取り出した。
スープとかをつぐアレだ。
ポップは船から身を乗りだして、ひょいとお皿にゼリーを掬った。
ありがたいことに、オレのぶんまで掬ってくれた。
「いっただっきまーす♪」
あむっと口をあけて、おいしそうにポップは頬ばった。
確かに皿の上に乗っているぶんには、ちゃんとした゛セリーに見えないこともない。おたまの丸いかたちがついていて、足元の掬った痕跡さえ見なければ、ふつうに容器でつくったものと言っても騙されるだろう。
オレはおそるおそるゼリーを口に運んだ。
どんなシロモノかと覚悟を決めていたのだが、予想を超えて、それは何の変哲もないゼリーだった。
「……おいしい」
「だろ!?」
透明な、一見なんの味もついてないかに見えるゼリーには、爽やかなぶどうの味がした。なんとなく、水面、いやゼリー面が青っぽく、むらさき色っぽく見える。
色と版比例してぶどうの味は濃く、オレは当初の感想などどこ吹く風で、ポップにおたまを借りて、おかわりまでしてしまった。
「ちっちゃいと飽きるほど食べられていいなあ。でもまだメインのお菓子の家が残ってるから、ほどほどにしておかないとな」
三杯目をたいらげてから、ポップが言った。
オレは二杯目でやめておいたけど、お菓子の家にも少しは期待が出てきたけど、ポップの胃袋というのは、食事用よりデザート用のが大きいのかもしれない、とオレは思った。
>>>2001/7/13up