(そう。君の体は、すでに私の支配下にあるのだよ。君がのんきに私を信じているあいだ、私は君の手助けをしながら、せっせと体を作り替えていたのだ。これははたで聞くよりも、けっこう大変な作業でね。いつ君に気づかれるかと内心穏やかでなかったが、さいわい作業もこうして終了し、晴れて私はこのカラダのあるじとなった。君にしか、公表できないのが残念だが)
(やめろ、テル! 何をする気だ!!)
無我夢中でオレは、叫んだ。
テルはこともなげに、
(心配はいらないと言っているだろう。私は完璧に君を演じ、君のやりたかったことをし、そうして、君の心のもっとも奥まった場所にある、どうしても君が目を背けて、信じたくなかったこともやってやろう。むしろ感謝して貰いたいね──私がやらなければ、君はいつまでも踏み出す勇気を持てずに、気づかないふりをしていただろうからね! ああ、もちろん、そのときのことは私を通じて、君にも感じ取れるようにしてあげる。きっと最高の快楽となるだろう。私も楽しみでならないよ)
(な、何を──……!?)
何をテルが言っているのか、わかるような、恐ろしい予感がした。すべての感覚はテルに奪われてしまったのに、その部分だけが、熱くたけって、痛いほど張り詰めているように感じられた。
(テル!!)
オレは絶叫した。が、口は違うことを言っていた。
「……ああ、ナルド、もう大丈夫だよありがとう」
さも今気づいたかのようなふりをし、テルはオレのカラダを操って上体を起こし、ナルド医師に向き直って礼を言った。
「勇者どの。どこかからだの調子が悪かったのかね!?」
ナルド医師は自分の診立て違いなどあるはずがないと言わんばかりに、腹立たしそうに聞いた。
テルは優しく、顔の筋肉を操って心にもないほほえみさえ浮かべ、
「いや、その──少し、胸が痛むだけですよ。いつもじゃなくて、間欠的になんだけど。でも、ナルドが来てくれたから、それもすぐに治るだろう。よろしくお願いします、ナルド医師」
ぺこりとテルは頭を下げた。
オレはちょっと動揺していた。テルは堂々と、胸という言い方ではあったが、暗に心臓が痛むとバラしていた。それだけ、この入れ替わり劇に自信があるということだ。
ナルド医師はまだ不審そうな顔をしていたが、胸をはだけるように言うと、耳をつけたり指を押し付けたりして、異常はないかと丹念に検診を始めた。
やはり特に変わった異常は見つけられなく、とにかくここ数日は安静にして、滋養のあるものを食べるよう言うと、それ以上は何も出来ず、ナルド医師は小首をかしげて出ていった。
医師が出ていってしばらくしてから、誰も部屋に入ってこないようなのを知ると、テルは声をあげてほくそ笑んだ。
「……ははは、やったぞ! ついに私は体を手に入れた。もう暗い夜の底で、ほこりにまみれて地下室でじっとしていなくてもいいのだ! 長い、長い年月だった──気の遠くなるような。恩に着るよ、ダイ。敬意を表して、君の名を辱めるようなことだけはしないよ」
そう言われたところで、もちろんオレは、ありがたくも何ともなかった。
(テル。おまえの境遇には同情するし、ふびんだとも思うが、……こんなことが、いつまでも続くはずがない。いいからオレに体を返せ。今なら、怒らないでおいてやる)
テルはふふんと鼻を鳴らして、
「さっきの君のセリフではないが、どうやって!? 私がせっかく手に入れた体を素直に返すとでも思うかね? 私は今こそ我が世の春を味わうのだ。ずっと待っていた、ようやく訪れたチャンスだ。君はそこにいて、私のやることを見守っていたまえ」
駄目だ。テルはとても時間をかけて、用意周到にこの時を待っていたのだ。今はオレの方が、テルに寄生している虫のようなものなのだ。
どうしようもなかった──オレは心の中で地団太を踏みながら、どうかテルが、あまり無体なことをしないでくれるように、祈るしか出来なかった。
※
テルはそれでも多少は紳士だったらしく、オレに宣言したとおりに、あからさまに怪しい、オレの恥となるようなことはしなかった。
どころか、オレより遥かに出来が良かった。
知識は先に証明してみせたとおり完璧だったし、人の心を読んで、その人がしてほしいと思っている、一番適切な行動や言葉を返すことが出来た。
しかしまた、それはやはり、テルがオレに吹き込み続けたことは、相当、悪意が混じっていたとオレに再認識させた。
テルはああやってオレを追い詰め、ゆっくりと狂ってゆくのを見守り、時期を見計らって、オレにとって代わる計画だったのだ。
今更ながらに自分のふがいなさに泣きたくなったが、もう出す涙も、目も無いのだ。オレは体のどの部分にあるのかもわからない心に閉じ込められて、せめてテルのやること為すことを、ひとつも漏らすまいと監視していた。
ポップがやって来たのは、日々がそんなふうに過ぎていったときのことだった。
「よ、ダイ。よくも途中で留守番やめて帰ったな。おかげでオレは、アイテム達のご機嫌を取るのに、すげえ苦労させられたぞ。カールみやげも買ってきたのに、やるのはヤメだ」
憎まれ口を叩きながら、ポップはオレ……いや、テルの目の前で、カール名物ひよこまんじゅうの菓子折をぶらぶらさせている。オレはずきんと心が痛んだ。
「どうしたダイ? 何か雰囲気変わったな。以前は食い物と見るや、飛びついてきたのにな」
ふしぎそうにポップは言った。
オレが失礼な、それはポップの方だろう──と思うや否や、
「失礼な。それはポップの方だろう。オレはそんなに食い意地張ってるわけじゃないし、甘いものが好きだってわけでもないんだからね。いいよ、ひよこまんじゅうなんてくれなくたって。でも、ポップは食べるんだよね? 今お茶を運ばせるよ」
テルはオレの心を読んで、オレが言ってやりたかったことを、そっくり繰り返した。
オレは気をひきしめた。慎重に、何も考えないで、頭をからっぽにするんだ。そうすれば、テルはどう行動していいかわからなくて、ボロを出すかもしれない。
ポップが不審に思ってくれたらしめたものだ。何といっても、ポップは始めテルが手渡されるはずだった本人なのだ。
しかし敵もさるもの、テルはポップを椅子にかけさせてこう聞いた。
「ねえポップ。ポップの留守中にエイクが訪ねてきたんだけど、もう会った? なにやら注文の品が入ったとか言ってたんだけど、ポップがいなかったから帰っちゃったんだ」
しまった! オレは最後に店を訪れたときに、アイテム達を磨くかたわら、テルの入っていたボール箱を捨ててしまったのだった。
ポップがいつ帰ってきたのかわからないけれど、ポップは掃除が嫌いだから、わざわざくず入れの中を見るなんて無いだろう。
案の定、ポップは、
「へえ。ようやく届いたんだ、アレ。オレも噂で聞いただけで、まだ本物見たことないんだけど、ちょっと面白そうだったから、取り寄せてもらったんだ。ラッキー、仕事終わったあとのご褒美みたいじゃん。悪い、ダイ。オレ帰って、エイクんとこ行くわ」
楽しそうに言ってポップは立ち上がった。
慌ててテルが腕をとって引き止める。
「待って、せっかく来たんだから、もう少しいてよ。ねえ、今日は城に泊まって、アバン先生の御用が何だったのか教えてくれる? ずいぶん長いことあっちにいたよね。こんなに長くなるんなら、一度帰ってくるなり連絡よこすなりしてくれないと。オレだって勉強あるんだから。あまりパプニカをあけておくわけにもいかないから帰っちゃったけど、約束を破る気はなかったんだよ、本当」
熱心にテルが引き止めるのを、オレは複雑な思いで見ていた。ポップにいてほしいのはオレだって同じだったが、その奥にある何か嘘寒いものを、オレは感じずにはいられなかった。
意外と簡単にポップは泊まるのを承知し、席についてひよこまんじゅうの包みを開け、運ばれてきたお茶を遠慮なく飲んだ。
ポップはオレの変化には、それ以上まったく気づいていないかに見えた。
>>>2002/11/17up