出てみると町は活動を再開していた。
来るとき閉まっていた店もよろい戸を上げて、陳列された品物が見える。
午後の光にまぶしく反射している、あれは金物やだろうか。
のたのた歩いているポップをひきずるようにして、俺はポップの店に戻った。
……なんだかバックにナワアミを背負っているような店だ。
北向きで日当たりが悪く、ポップがあまり掃除をしなないせいもあって、全体的に薄暗い。
だがポップは、出入り口に立ったとたん、にぱっと笑った。
ドアの横には木に文字を彫りこんだ、手製の看板がかけてある。
『ジャンク屋二号店』。
屋号はともかく、ここはポップの夢の城なのだ。
ずっと、自分の店を持ちたいと言っていた。
そのためにパプニカで働いて、金を貯めているのだと。
その答えがコレかい、とオレはちょっと呆れたのだが、ひとの好みにケチをつけるもんじゃないと思っていたので黙っていた。
「ポップ! とにかく窓を全部開けて!
空気の入れ替えしなきゃ。なに、このカビくささ」
手のひらを顔の前で振ってみせてから、オレはいつものセリフを毒づいた。
実際には週に一度はオレが来て、掃除しているから言うほどのことはないのだが、なにか言いたくなる店なんだよ、ここは!
回転した当初はぴかぴかに光っていた剣も、ほこりをかぶって久しい。
製作者のノヴァが見たら泣くぞ。絶対。
ここにあるのはほとんどノヴァの作品だ。
ノヴァはまだ見習いだけど、それはロン・ペルクと比べるからで、人間の鍛冶師なら既に一流と言っていい。
その一流の作品を、顔見知りの特権でむりやり引き取ってきて、しかも代金は一本いくらの歩合制、というのだから始末が悪い。
ノヴァはメリットはかけらもない。
あのいいとこのおぼっちゃんは、それがわかっているのかいないのか。
これでは売れるものも売れるまい。
「窓開けたらハタキをかけて、桶に水汲んで。今日はテッテ的にやるからね。ノヴァのためにも」
ポップは情けない顔をしたが、このときばかりは素直にしたがう。
ここも客商売である以上、掃除がゆきとどいているか否かは一応気にしているらしい。
どこまでわかっているかは怪しいが。
しばらく無言でオレ達は作業した。
ポップがハタキをかけたあとを、追うようにオレがぞうきんがけをする。
オレだってそうキレイ好き……掃除好きなわけじゃないけど、ここに来ると、ナニユエかオレがやらなきゃ誰がやる、と妙な使命感が目覚めるのだ。
「……ポップ! 手ェ抜くんじゃないッ! ……ったく、もう、ちょっと目を離すと」
すでに態度がアキている。
とりあえず怒る。
これもいつものことで、もう少ししたらポップの手抜きがエスカレートするから、その前にはほうきを渡すことにしている。
そのあいだオレは剣をからぶきしながら、椅子に座ってポップを監視する。
実は、オレが掃除を強要するのは、ポップのほうきを持った格好が見たいせいもある。
ポップは杖タイプの武器が好きだった。
輝きの杖も、使うときは長くなった。
一回かぎりで確か、フェンブレンにまっぷたつにされた、新品の杖も長かった。
杖を持って大魔王と戦ったのはもう三年も前のことで、あんな哀しい戦争は二度と起きないでほしいけど、長めの杖を持ったポップは最高にカッコよくて、頼りがいがあって、オレは安心して目の前の敵に専念することができた。
ほうきも柄だけ見れば杖に見える。
着ているものはふつうのシャツとズボンで、旅人の服とも宮廷魔道士の正装とも違っていたけれど。
ポップが気色悪そうに言った。
「……なにじろじろ見てんだよ? おまえこそ言い出しっぺなんだから、サボらずにしっかりやれよ」
いけない。手がおろそかになってしまった。
あわてて顔を伏せて、オレは手もとの剣に目を落とす。
なんだか頬が熱くなっているのを感じる。
よくわからないけれど、最近、ここに来るとポップに見とれることが多くなってるような気がする。
ポップがここに住むようになって、寂しいのかもしれない。
以前はずっと一緒だったから。
ポップがパプニカま宮廷魔道士をやめたいと言ったとき、レオナが聞いた。
「どうして? ここにいれば、身分も将来も安泰なのに」
ポップの答えは明快だった。
「そりゃ、男と生まれたからには、一国一城のあるじになりたいじゃん? そりゃまあ、姫さんみたいに国ひとつとはいかないけど、ちっぽけな店ひとつだけど、オレにはそれくらいがあってるよ。でも、親父の店は継がない。自分で場所を探して、イチから始める」
オレはその会話を、同じ卓で黙って聞いた。
オレ自身は何も考えてなくて、レオナから帝王教育を受けさせられてて、このままレオナと結婚して王様になるんだろうなと漠然と考えていた。
ポップも当然、ついてきてくれると思っていたから、オレは少なからず驚いた。
ポップがそんなことを考えているとは知らなかった。
でも、オレにポップのしたいことを止める権利なんて無いとわかっていたから、何も言わなかった。
どこかで、まだ、本気と思ってなかったのかもしれない。
そんなオレの気分を尻目に、ポップは自分の落ち着き先を自分で決めて、宮廷魔道士を辞職した。
ポップが見つけたのがここ……ベンガーナのアッピアシティで、初めてオレがポップにくっついてきたときには、ここは見事な廃屋だった。
前の持ち主には子供ができず、受け継ぐ者がいなくて家だけが残ったということだ。
ポップはアッピアシティの役場に届けを出して、ここを買い取り、営業許可をもらった。
以前も何かの店舗だったらしいこの家は、改装するのも楽だった。
ほとんどポップひとりで、もちろんオレも休みのたびに飛んできて手伝ったけど、ポップは自分の宣言どおり、イチから『ジャンク屋二号店』をつくった。
その頃のことは、思い出すたび胃が傷む。
そうでなくとも力仕事に慣れていないくせに、板を切り、釘を打ちつける代わりに、自分の手を切ったり打ったりするのはザラだった。
すぐに回復呪文で治したけれど、あまりひどくないいくつかは残しておいて、ながめてはニヤニヤ笑うのだった。名誉の負傷だと言っていた。
オレとしては、あの器用そうな長い指を傷つけるような真似はしてほしくなかった。
薄手の手袋が何枚も赤茶色に染まっても、やめてくれなかった。
とうとうオレも根負けして、最後には何も言わなくなった。
でも、今でも、ほうきを握っている手袋の下には、そのときの傷が残っているはずだ。
剣をみがく手を止めて、オレは思わずこぶしを押さえた。
その傷が、こっちに移ってきたらいいのに。
オレの手なら、どうせ剣だこやら何やらでゴツゴツしてるんだから。
「……おい、ダイ。どうした?」
いつのまにかポップが近づいていて、オレを上から見下ろしていた。
心配そうに眉を寄せて、肩に手をかける。
オレはびくっとして振り払った。
「ダ、ダイ?」
ポップも驚いたらしいが、オレも驚いた。
何をやってるんだ。殴りかかられたわけじゃないんだぞ。
「あ、ごめん……ちょっと、びっくりして」
「びっくりしたのはこっちだ。オレ、そんな、驚かすようなことしたかあ? 今日、おまえヘンだぞ」
そうかもしれない。
オレは視線をポップの顔に合わせられなかった。
>>>2001/4/28up