近習に聞くと、今度のオレの休みは四日後だった。
誰が決めるのか、デリンジャーや他の教師の都合もあるのだろうが、オレの休みは不規則で、だから、つぎはいつ来ると、ポップに約束できないのが残念だった。
「せめて一ヶ月ごとの、スケジュール表をつくらせるとかしてくんない? レオナ」
放課後(?)にオレはレの執務室に行って、レオナが忙しく書類に目をとおしているのを邪魔しながら言った。
黒壇の、書斎机の反対がに顔と手をついて、ひざは床につけている。
なんだかおねだりしている犬みたいなポーズだが、じっさいそうなので気にしないことにした。
レオナは執務をひと区切りつけて、
「それくらい、まあ、簡単だけど、急にスケジュール表なんてどうするの? 無くったって関係ないでしょ、今までいらなかったんだから」
「いるようになったの! だって、いつ行くって教えとかないと、ポップってばまた鍵かけずに食事に行っちゃうんだもん」
「盗られるようなもの置いてないでしょ」
……王家の姫であるレオナの感覚からいけばそうかもしれないが、ポップやノヴァが聞いたら怒りそうなセリフだ。
「たいした手間じゃないならいいじゃない。つくってよ、スケジュール表。ねえ」
必殺『うんと言ってくれるまでねえねえ攻撃』で、オレはスケジュール表をつくってもらうのに成功した。もらったばかりのそれを、ポップとよく行った原っぱで広げて、オレは満足した笑みを浮かべた。
この日とこの日とこの日が休みなのか。
ポップに教えておかなくちゃ。
そうだ。これもう一枚つくって、ポップにあげたらどうだろう。
われながら名案。
でも、それって、やっぱりオレが自分でつくんなきゃいけないだろうな。
ひょいッとオレは起き上がって、ポップ用の表を作成すべく、自室へ戻ることにした。
※
「あ、ありがとう」
とまどったふうにポップは言った。
ポップはちらりと表を見ただけで、所在なさげにくるくる巻いたりしてもて遊んでいる。
「……どうしたの? 嬉しくない?」
「そんなことないさ。でもさ、おまえ、休みの日はいつもオレのとこ来る気なのか?」
「……迷惑だった?」
不安になってオレは聞いた。
「まさか! どうせこの店ヒマだし、ダイが来てくれるのはいつだって大歓迎だよ。じゃ、これ、忘れないようにドアの内側にでも貼っとくか」
言いながらポップは、お店の入り口のドアに貼ろうとした。
「待って。そんなとこじゃ、お客さんに丸見えで恥ずかしくない? 寝室とかのほうがいいよ。貸して。オレが貼ってきてあげる」
「こらダイッ、勝手に上にあがるんじゃないッ」
オレはポップの手からスケジュール表を奪い取ると、二階の寝室めざして駆け上がった。
ここに来てからポップは私室に入れてくれなくって、密かにのぞいてやろうと企んでいたのだ。
力一杯ドアを開けると、意外なものが目に飛び込んできた。
「……なにコレ」
ぬいぐるみ。たくさんの。
定番のうさぎとかくまとか、いぬ、ねこ、きつね、かるがもにふくろうもいる。
「ポップがこんな少女趣味なんて知らなかったよ」
「悪かったな。だから入れたくなかったんだ」
顔をはんぶん手で隠してポップが言う。
「ベンガーナに来てから集めたの? 以前は、こんなの持ってなかったよね」
オレはたぬきのぬいぐるみを手にとって言った。
パプニカのポップの部屋は、ベッドを部屋の中心に据えて、その周りにお気に入りの本やら小物やらが広がっていた。ポップいわく、
「散らかしてるんじゃない。置いてるんだ」
だ、そうだが、オレから見るとただの整頓ギライのごっちゃな部屋だ。
しかし、そのめちゃくちゃなインテリアの室内は、なんともいえずあたたかく、居心地が良かった。
レオナがそういうことにうるさいので、泊まったことはなかったけど、いつも夜遅くまでオレはポップの部屋にいて、好き勝手なことをして過ごしていた。
ベンガーナに来てからはそれがなくなって、部屋にも入れてくれなくて、どうしてなのかと思っていたら、こういうことか。
「……呆れた」
オレはぽつりとつぶやいた。
「巨大なお世話だ。いいだろ、オレの勝手なんだから」
ポップはオレの手からたぬきを取り返すと、もとあった場所にそっと置いた。
ミニチュアサイズのちいさなたぬきで、ほかの同じようないぐるみと一緒に、ベッドの枕もとに並べられている。
二階の寝室はせまくて、ベッドと本棚ひとつずつでいっぱいになるような部屋だった。
わずかに見える床の上には、暗い緑のラグを敷いて、その上にもぬいぐるみが座っている。
幼児ほどもありそうな、でっかいくまのぬいぐるみと、子供のころデルムリン島で、よく遊んでもらったいるかのぬいぐるみ。
本棚にも無数のぬいぐるみがいて、本の代わりに今は、ぬいぐるみを散らかして……いや、置いているようだ。
「ほら、これでいいだろ。下行くぞ」
オレが部屋を眺めているあいだにポップは表をドアに貼って、オレをうながした。
心なしか、顔が赤くなっている。
この部屋を見られたのは、やっぱり恥ずかしいらしい。
「ねえポップ! 今日泊まってってもいい?」
ポップの困惑した顔などめったに見られるものじゃない。
オレはちょっと嬉しくなって、もっと困らせてやろうとこう言った。
「だめ。だいたいおまえ、外泊禁止だろう。姫さんに怒られるぞ」
「いいじゃない。一日くらい。それにオレだって、もう子供じゃないんだから、自分の面倒くらい自分で見られるよ」
「それでもだめ。ベッドひとつしかないんだから」
「床で寝るよ」
「……そんなに無理して泊まらなくてもいいだろ。次は、……水の日か。なんだ、あと三日じゃねーか。それまでガマンしろ」
「どうしてそんなに泊めたくないのさ!?」
「どうしてそんなに泊まりたいんだ!?」
ほとんど同時に言ってオレとポップは顔を見合わせ、それからぷっと吹き出した。
「あーもう……笑った笑った。わかったよ、今日は帰るよ」
「そうしろ」
背中を押して、オレを部屋から追い出しながらポップが言った。
清算場所のカウンターの上に座って、ポップはそっぽを向いている。
「なにスネてんの?」
オレはというと、そのすぐ近くの椅子に座って、ポップがためこんだ伝票整理などしている。
「べっつにい。ダイ君ってば性格わるういと思って」
さっきのことを言っているらしい。
寝室から追い出されたときオレは、さりげなく背中をかたむけて、ポップの手に体重がかかるようにしてやった。ポップがむきになって、力をこめたのがわかった。
オレは悪いとは思いながら、そのささやかな努力を楽しませてもらった。
数歩のことだったのに、ポップはいつまでもいつまでも根に持っていて、ときおり思い出してはオレをからかうのだ。
もっとも、今回はちょっと勝手が違うようだった。
なんだか知らないけど、いつもはオレをいぢめるためのポーズみたいなものが、まるで、本当に怒っているように見える。
部屋を見られた照れ隠しなんだろうか?
それにしては、ずいぶん時間差攻撃だけど。
「ごめんよ。謝るから、機嫌直してよ」
「オレは機嫌なんか悪くないぞ」
不機嫌そのものの口調で。
困った。いったい何が原因なのか見当もつかない。
反面、オレは無理に許しを得なくとも、怒っているポップも可愛いなあなんて考えている自分に気づいた。
ポップが可愛いなんて。
そりゃ前から可愛かったけど、ちょっと、意味合いが違う気がする。
ポップは細いからだに不釣合いな強大な魔法力を持っていて、それでいて自信たっぷりで、そのアンバランスさがすごい好きで、ポップが大呪文を使うのを、オレはいつも感心しながら見ていた。でも今回は。
……なんだろう?
オレは指をあごにあてて、つい考えこんでしまった。
どこがいつもと違うんだろう、ポップは多少のオレのワガママは許してくれるし、それでいけばオレのほうが余計に許してるんだから、特に怒られるようなことはしてないはずだ。
オレが考えにひたっているのをじっと待っていたらしいポップは、ますます不機嫌になって出て行け、と言った。
「ポップ! なんでいきなりッ」
「うるさい、出てけ」
そこらにあったものを投げつけられて、ほうほうのていでオレは店から逃げだした。
なんだっていうんだ。今日のポップはどこかヘンだ。
と。オレも、先日来たときはヘンだったっけ。
何かが、少しずつ変わっていくような気がする。
それはポップが店を始めたからなんだろうか。
オレは変わってないつもだけど、環境が変わると、人も変化するものなのだろうか。
「変わりたく……ないな」
無意識にオレはつぶやいた。
いつもより時間が早いため、まだ太陽が西の空に残っているのが見える。
赤く染まった町を、ルーラを使っても皆にわからないような場所まで歩きながら、オレはそんなことを考えた。
>>>2001/5/16up