「ダイ君、なによその包み!?」
レオナがぎょっとしたように言った。
まあ言われても仕方ない。オレはどこかの国の伝説にある、プレゼントを配るサンタクロースよろしく大きな袋をしょっていた。
オレは苦笑して袋を下ろし、くちを開けた。
レオナはさっそくのぞきこんだ。
「あ、すごーい。ぬいぐるみじゃない、どうしたの?」
さすがに女の子らしく、レオナもこういうものが好きらしい。
一度に何コも手にとって、抱いたり顔をくっつけたりしている。
「さっき買ってきたんだよ。パプニカの城下町に出てさ。これ買うの、さすがにちょっと勇気がいったよ。レオナも気に入ったのがあったら、ひとつかふたつなら持ってってもいいよ」
「うふ。ありがと。でもどうするの? こんなにたくさん」
うーん。話してもいいもんかな?
オレは首をかしげて両手を組んだ。
「教えてくれたっていいでしょ。こないだスケジュール表つくらせてあげたの忘れた?」
そう言われると。
オレはポップに心の中で謝りながら説明した。
「ポップにあげようと思って。きのうケンカしちゃってさ」
「……モノでごまかすのはいいテだけど、なんでぬいぐるみなのよ? ポップ君がこんなのもらって喜ぶと思う?」
「喜ぶ……と思うけど、最近、集めてるみたいだから」
「ぬいぐるみを!?」
レオナが驚くのもよくわかる。
オレだって、見たときは目を疑ったもの。
「……ポップ君、変わったわね」
しみじみとレオナが言う。
オレはあわてて、
「いや、そんな、心配するほど変わっちゃないよ。オレだって、きのうムリヤリ部屋に入るまでは、こんなもの集めてるなんて知らなかったんだ。見つけられたとき、すっごいバツの悪そうな顔してたから、ポップだっ、自分がヘンなもの集めてるって自覚はしてるよ」
ぬいぐるみ自体はヘンなものじゃない。
でも、それを健康な、十八歳の男子が集めてるってとこが問題なのだ。
「いいわよ。そんないっしょけんめい弁護しなくても。私は別にかまわないわよ、誰が何を集めてたって。人それぞれだものね。 私の口出しすることじゃないわ」
ドライなお姫さまである。
レオナは遠慮なく好きなぬいぐるみを選ぶと、このことは脳裏から忘れてしまったようだった。
ポップがヘンな目で見られなくて良かったけど、必死で弁護した自分がちょっとバカに思えた。
自室に戻ってオレはぬいぐるみを取り出した。
ポップは喜んでくれるかな?
※
水の日に、オレは朝早くから、アッピアシティのはずれにルーラで降り立っていた。
伝説のサンタさんは、夜中に煙突から入ってプレゼントを置いてゆくらしい。
オレもそれにならって夜中に出ていこうとしたのだけど、衛兵に見つかってレオナにこっぴどく叱られた。
おかげで朝になってしまったけれど、ポップは朝が弱いから、まだ余裕で眠っている時間帯だろう。
う。しかし、あの家煙突なかったよな。
台所にかまどはあるけど、たしか壁に穴をあけて、そっから煙を逃がしていた。
といって、窓から入ると完全に泥棒さんだしな。
勤勉な町の人々は、もう起きだしている時間だし。
やむをえずオレは正攻法で(これが普通のような気もするけど)合鍵を使って中に入った。
きしきしいう階段をのぼって、寝室のとびらに辿り着いた。
音をたてないようにノブを回して、オレはこっそり忍びくんだ。
ポップはぐっすり眠っていた。
あのミニチュアのぬいぐるみに囲まれて、埋もれるようにして。
なんだかぬいぐるみが姫を守護する騎士みたいに見えた。
「………」
唐突に、オレはその枕もとのぬいぐるみ達を、払いのけたい衝動にかられた。
ぐっとこぶしを握りしめてそれをこらえる。
オレは持ってきたぬいぐるみを、一個一個、ベッドサイドに並べていった。
ポップの寝息が聞こえる。
規則正しい息遣いで。
なぜかポップの顔が見られなかった。
ポップはすぐ隣に寝ていて、ふつうにしていると嫌でも司会に入ってくるのに、オレは
わざと横を向いて、とにかく見ないようにしていた。
心臓がばくばく脈打っていた。
これ以上ここにいられなかった。
オレは袋をさかさまにして中身のぬいぐるみをぶちまけると、もう静かにするのも忘れて足音をたてて、ポップの部屋を飛びだしていた。
……しかし、パプニカに帰ったわけではない。
オレは一回の台所で、お湯をわかして以前ポップが煎じてくれた、特性のハーブティーをつくって飲んだ。鎮静効果のあるお茶は、体のすみずみにまで行き渡り、オレはふうっと息をついた。
落ち着いてみると、自分が何故あんなに取り乱したのかわからない。
ポップが寝ていただけなのに。
「ダイ」
いきなり声がかけられた。
ふりむくと、台所の戸口によれたねまき姿のポップが立っていた。
胸にオレが持ってきたぬいぐるみを抱えている。
「これ持ってきてくれたのか? 起こしてくれたら良かったのに。あ、起こしたけど起きなかったのかな? だって、こんなに朝早く起きたことオレねえもん」
おかしそうにポップか笑う。
ポップはいつも自分に合った、丁度いいサイズの服を着ていた。
首の上までボタンをかけて、性格に似合わずかっちりした着方を好んでしていた。
それなのに、今のポップは、ゆったりめのぶかぶかのパジャマを着て、ボタンなんかかけ違っていたりして、広くひらいた衿ぐりから、うすい肩が今にもこぼれ落ちそうだ。
「茶あわかしたんならオレにも一杯ついでくれよ。モーニングティーなんか、パプニカにいたとき以来だな」
ポップは無邪気に近づいてくる。
オレはガタリと椅子から立ち上がった、
「……ダイ……?」
オレはポップに近づいた。
何かを察したように、ポップは離れようとした。
オレはそれを許さずに、ぬいぐるみごと引き寄せてポップを胸に抱きしめた。
「ダイ!! いいかげんにしろ! 離せッ」
ぬいぐるみがバラバラと床に落ちた。
ぬいぐるみどころではなくなったらしい、ポップがうでの中で暴れるのを押さえつけて、オレは笑った。
こんなに簡単なことなのだ。ポップの動きを封じるのは。
あのときポップが怒ったのがわかる気がした。
オレは冗談で背中をかたむけたのだけど、ポップは渾身の力をふるっていたに違いないのだ。
それが悔しくて、ポップはいつまでも怒っていたのだ。
……もうひとつ、気づいてしまったことがある。
オレは、
オレはポップが好きなのだ。
自覚した想いは止まらない。
もっとポップにふれたかった。
匂いを嗅いで、オレのものだというしるしを全身につけてやりたかった。
凶暴にキスをした。
激しく吸いあげながら、オレは、ポップの抵抗がだんだん弱々しくなっていくのを感じていた。
観念したか?
口づけたままオレは、抵抗の失せたポップの体を台所の床に押し倒した。
あいていた胸もとから手をさし入れた。
胸の果実をつまんだ。
「……あ……ッ!」
瞬間、ポップが大きくふるえた。
オレは首すじから今の場所まで唇でなぞろうとした。
両腕で顔を隠してポップが言った。
「いやだ……ダイ……」
なにをいまさら。オレは続けた。
「こんなのは、いやだ……やめてくれ、変わりたくない……!!」
オレはぴたりと手を休めた。
無言で見下ろすと、ポップは目を閉じ、ふるえながら必死で嗚咽をこらえているようだった。
「………」
複雑な気分でオレはポップの前をととのえた。
変わりたくないと。そう思っていたのは、つい三日前の自分ではなかったか。
「ごめん……ポップ」
ポップは答えなかった。
オレの方を見ようともしなかった。
こんなポップをこのまま残していいものか迷ったけれど、オレが寝室まで運んであげようと手をのばすとポップがおびえるので、放っておくしか出来なかった。
オレは戸棚から新しいカップを取り出すと、心を静めるハーブティーをつくって外へ出た。
>>>2001/5/23