薫紫亭別館


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 とは、言ったものの……。
 オレは訪ねるタイミングをつかめずに、いつまでもずるずるとパプニカに居残っていた。
「……まだケンカしてるの? ダイ君」
 あきれたようにレオナが言った。
 お茶の時間、デリンジャーと一緒に。
「せっかくポップ君から折れてきてくれたのに。やーねー、謝りかたを知らないオトコは」
「なにを起こらせたのかは知りませんが、私も同行して、一緒に謝ってさしあげましょうか?」
「事情を知らない人達は黙ってて!」
 まったくもう。
 なんだって二人とも、オレにばっかり非があるような言いかたをするんだ!?
「言うわよ。ポップ君てば相当へんくつだしあまのじゃくだけど、あれで怒ったはしから忘れちゃうタイプだもの。いや、忘れてるわけじゃないけどね。ダイ君をからかうための引き出しに放りこんで、ときどき出してネタにするの。私、ポップ君のああいうトコ好きなのよね」
「おや姫。ダイ様の前で、それは問題発言ですな」
「ヘンな意味で言ったんじゃないのよ。なんかね、ダイ君とポップ君のあいだの、かけあい漫才みたいな雰囲気が好きなの。わかるでしょ?」
 こっちの気も知らずに、レオナとデリンジャーはのどかに毒舌を交わしあっている。
 今は、ポップの話を聞きたくなかった。
 あんな問題を投げつけたあとで、ただ待っているだけというのは精神衛生上よろしくない。
「いいよ。レオナ達がオレで遊ぶ気なら、オレの方が出てくから」
 オレはカップを置いて立ち上がると、ぷいと背中を向けて出ていこうとした。
 その背中にレオナが追いついた。
「待ってよ。そう怒らないで。岬にでも行きましょ、いい天気だし」
 ことわる理由もなかつたので、オレはレオナと連れ立って岬の方向へ歩いた。

「ほんとにいい天気ね。私はまだこれから執務があるけど、ダイ君は自由時間よね?」
 オレはこくりとうなずいた。
 レオナが何を言い出すのかと警戒しながら。
「せっかくだから、今から行って、仲直りしてきたら?」
「な、なにを突然」
 オレは驚いてどもってしまった。
「突然じゃないわよ。ずうっと前から考えてたもの。で、こんなにいい天気なら、なにかケンカするのも馬鹿馬鹿しくなるんじゃないかと思って。言ったでしょ? ダイ君とポップ君の、かけあい漫才みたいな雰囲気が好きって。ケンカしてるとそれが無くなっちゃうのよね。離れてたって、今までそんなことなかったのに」
 ひらひらとドレスをひるがえしながらレオナが言った。
 そんなレオナは女王様というにはあまりに活発で、そこらのおはねな女の子に見えた。
「私、思うのよね」
 ぴたっと足をとめて、レオナはふりかえった。
「ポップ君て、好きでベンガーナへ行ったんだろうけど、じつは寂しいんじゃないかしらって。ポップ君、甘ったれだったものね。デリンジャーもチェスタトンも、みんながかまって可愛がって、甘えさせてあげていたもの。あれってポップ君の人徳よねえ、私、すごく羨ましいと思ってたわ。ああ、もちろん、今はベンガーナでそんな人達を見つけたでしょうけど」
 オレは『なめとこ亭』のハンナおばさんを思いだした。
 オレはよく知らないけど、ポップの正体をうすうす察しているらしい魔道士エイクとか、ほかにも何人か親しい人がいるらしい。
「でもね、ポップ君、ぬいぐるみを集めてるって、前にダイ君が言ったじゃない。ぬいぐるみとかお人形とか、私も子供の頃持ってたからわかるんだけど、人間の代替品なのよ。お人形相手にままごとしたり、いっしょに眠ったりしたの。そうすると寂しくないのよ。恐い夢も見ないし、夜中にお手洗いに行きたくなっても、お人形抱っこしていけば平気だったりね」
 レオナはなつかしそうな顔をした。
 オレは、まあ、男の子だったし、怪物ばかりのデルムリン島ではそんなものモトから無かったから、そんな心理には気づきもしなかった。
「だから、早く行って、仲直りしてあげて。ポップ君だって、わざとケンカなんかしたくないはず。きっと、ダイ君が来るのを待ってるわ」
 そうかもしれない。
 待ってくれてるのは本当かもしれない。
 でも、それでは……オレが行って、もし許してくれなかったとしても、ただ単に、寂しいから……になりはしないか!?
 ポップの本心が知りたいよ。寂しいからとか、そんなんじゃなくて、オレ自身を見て、好きになってほしいのに。
 わがままだというのはわかっているけど。

                    ※

 で、結局。
 オレは今日もパプニカにいる。変わりたくないと、そう思っていたのは、本当はオレだって同じで、こんなに気まずくなるくらいなら、ポップの言うとおり、すべてを『無かったこと』にしてしまいたい。
 でも、それはイヤだ、イヤだ、イヤなんだよ!
 体のいちばん奥から、欲が、欲望が、生まれてくる……熱い。熱くて、体が燃えそう。
 この火を静められるのは、おなじポップの体だけ。
 なんだかまるで、自分が下半身だけの生物になってしまったような気がする。
 ポップをまぶたに思い浮かべて、自分でなぐさめる夜が続く。
 その後には決まってざらついた後悔に襲われるけど、ほてる体はどうすることも出来ない。
 け、健康な証拠かなー。若いんだし。
 あ……なんか、すごいむなしくなっちった。思い浮かべるのがレオナやほかの女の人なら、これでも健康と言えたかもしれないけど、対象がポップといのが、ちょっと……。
 わかってはいるんだ、オレだって。
 ポップが逡巡しているのも、決めかねる気持ちも、どうしてもここへ戻ってきてしまう。
 いつまでも出られない迷路みたい、答えの出る火は永久に無い。
 ……と、待った。それじゃ困るんだ。
 ううん。やはり、オレからたずねるべきだろうか?
 ポップから来ることはないだろう。さすがに。はあ。
 ため息をひとつ。暮れはじめた空を見上げてため息がふたつ。
 また一日が過ぎてゆく。ポップと会わない日々がつのる。
「………!」
 意を決してオレは立ち上がった。限界だ。
 ひどいことはしないと誓ったけど、もうこのままでいることは出来ないる
 オレ……は、これでも、紳士的にふるまったつもりなんだよね。
 ポップが好きだから、ポップの意志を尊重して、キスだけで我慢してきたんだし。
 だから、キレたオレがどう行動しようと、文句言われる筋合いはないよね。
 かなりむちゃくちゃな論理で理論武装して、夜に出かけるとレオナがうるさいとわかってはいたけれども、きっと大目に見てくれると思って、オレは自室の窓からルーラを唱えた。

>>>2001/6/7


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