「……ポップ。ベルちゃん育ったねえ」
ある日オレはついに口に出して言った。
エサ(魔法力)いいのか、ベルちゃんはどんどんふくれあがり、今では人の頭ほどの大きさに成長している。
はじめほたるサイズだったときには何とも思わなかったけど、それがキャッチボールの球ほどになり、手のひらサイズなりになると、色もあいまって、どうも人魂がぷかぷか浮いてるような気がして落ち着かないのだ。
「失礼だぞ、ダイ」
ポップはそんなこと気にもしてないらしい。
そうだろう、なんたって魔法使いの頂点に立つ男なのだ。ちょっとやそっとの怪異ではびくともしない。
というより、そんな怪異の総元締めがポップだ、と言っても過言ではないのだ。
オレがマジック・アイテム・ショップ化するのを嫌ってる理由に、それらが勝手に動きだす、というのがある。
オレたちの寝室は二階にあり、夜中に下から人の声や物音がするなんて当たり前。
怪談にはポップの設置したろうそくがある。
これは夜に階下のトイレに行きたくなったりすると、勝手に灯ってくれる便利で不気味なシロモノだ。
で、明かりがつくと同時にいっせいに後退していくざわざわした歩く植物みたいのがいて、これは昼間はまったく見えないのでほっとしてる。
何をとち狂ったか、あまり騒がしいので夜中に店舗を見に行く、という暴挙をしでかしてしまい、それ以降オレは、どんなにおなかがすいてもトイレに行きたくなっても我慢して、朝になるのを待つようになった。
「ここが安心して騒げる場所だから騒いでるんだ。かわいいヤツラじゃん」
とは、ポップの言。
それはいいけど、この店のお客が少ないのは、ひとつにはご近所の名物バケモノ屋敷、だからだと思うよ。屋敷ってほど立派な家じゃないけど。
それでも石を投げられたり、面と向かって文句を言われたりしないのは、オレたちが勇者と大魔道士だからだろう。過去の栄光ってありがたいよなー。
だから人間の評判は悪くないけど、店の評判を気にせず出入りしているのは、気に入らないけど魔術士エイク、くらいのものだ。
そういやそのエイクはどうしてるだろう?
ベルちゃん見つかったらやばいんじゃなかったっけか? ポップってば、のんきに店先でベルちゃんまとわりつかせてるけど、いいのかなあ。
「……失礼」
うっそりとした声がした。オレはぎくっとして振りかえった。
噂をすれば影だ。してないけど。
「よ、いらっしゃいエイク」
「こんにちは、ポップ様」
エイクはポップにだけアタマをさげてあいさつした。
オレのことはポップの飼っているペットくらいにしか思ってないんだろう。ま、それは今はどうでもいい。
オレは、ポップにくっついて遊んでいるベルちゃんがエイクの目にどう映るか、ポップがどう誤魔化すのか、不謹慎にもちょっと期待してしまったのだけど、なんと、二人ともまったく動じず、
「お店の景気はいかがでございますか」
「ああ。全然ダメ。ベンガーナは魔法使いが少ないからなー。あせらず気長にやるさ」
世間話など始めてしまった。
いくらフードかぶってるとはいえ、エイクにベルちゃんが見えてないはずないんだけどなあ」
「まあ座って楽にしろよ。ダイ、茶ぁ入れてくれるか?」
首だけオレに向けてポップが言う。
「いえ、おかまいなく」
そう言うエイクの声も聞こえてきたけど、オレはお茶の用意をすべく台所へそそくさと立ち上がった。
話は聞きたかったけど、どうも魔法使い独特のまがりくねった会話はオレの性にあわない。
別に魔法の使い手の全部が全部、ひねくれた性根の持ち主とは思わないけど、オレが許容できるのは一人まで。
ポップ以外はこの手にあまる。このへん、オレはベンガーナの町の人々と、少しは似たところがあるかもしれない。
お茶を入れて戻ってみると、ポップとエイクはふたつしかない椅子に座って談笑していた。おかげでオレの座る椅子がなくなってしまったけど、それもこのさいどうでもいい。
エイクは相変わらずの赤いローブを着ている。
赤といってもほんの少し黒を混ぜた、血の色の赤だ。ものすごく不吉で、まがまがしくて、忌まわしい感じがする。
が、まあそれは個人の好みってもので、オレが口出しするこっちゃないかもしれない。けど、こんな色を選ぶエイクの気がしれない。
そんなことを考えながらオレはカウンターにお茶を置いた。
くるりと背を向けたとき、こんな会話が聞こえてきた。
「ところで、ベリンモンを手に入れられたのですね、ポップ様」
ひやりと背筋に冷たいものが走った。
オレはエイクがついに本題に入ったのだと思った。
「いいだろう? せっかくだからエイクにも音楽を聴かせてやろう」
……なにい!?
オレは仰天してふりむいた。
驚くべきことに、ポップはいけしゃあしゃあと、エイクから買った天青石を棚から持ち出してカウンターに置いた。エイクも終始無言で、なにも問いただしたりしなかった。
オレはちょっとかなりびっくりして、目をむいてそれを見ていた。
ベルちゃんの生えている天青石は、ずいぶんと様変わりしていた。
台になっていた石の大部分が、ベルちゃんの貝殻みたいな葉っぱになってしまっている。
つまり、そのぶんだけベルちゃんは大きくなっているのだ。
浮遊している鼻が人間の頭ほどなのだから、それの納まる葉っぱの大きさも推して知るべし、だ。
「見事なベリンモンですね」
「いやあ、それほどでも」
ポップは顔をほころばせた。
うっく……欺瞞だ。キツネとタヌキの化かしあいだ。
表面にこやかなところがまた恐い。い、いや、エイクはフードかぶってて顔は見えないけど。
ポップはベルちゃんを誘導するように、青い光を石へと導いた。
ベルちゃんはおとなしく納まって、静かに音をたてはじめた。
>>>2000/10/18up