薫紫亭別館


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「……だからねえ!」
 つごう四杯目のミルクティを飲み干して、ダイは愚痴りまくっていた。
「こーんな近くにいたんだよ? 一晩中ずっと肩寄せあってさ、こちとら理性がキレそうになるのを必死で押さえてるってえのに、ポップときたらぶつぶつぶつぶつ」
「もう一杯飲む? ダイ君」
「ん」
 レオナの私室。朝帰ってきてとりあえず寝て、起きたらちょうどお茶の時間だ。
 レオナがポットをかたむけるのにカップを突き出し、ぐびりと五杯目のお茶を流しこむ。
「……からみ酒というのは聞いたことがありますが、からみミルクティというのは余り耳にしませんな」
 白いふわふわの眉毛をひそめてこう言ったは、ダイの教育係のデリンジャーだ。
 デリンジャーは数少ない気のおけない重鎮のひとりで、ダイとポップの関係も知っている。
 お茶のテーブルについているのは、ダイ、レオナ、デリンジャーの三人だった。
 部外者はオフリミットで、お茶の時間だけはダイも堂々とポップとの痴話喧嘩をこぼすことができた。
「だってオレ未成年だもん。一生懸命デリンジャーの課題片付けて、ようやくベンガーナに行ったってのにさ。またわからんもの預かって、ヘンな依頼受けてさ。オレは、ポップの助手じゃないよ!」
「いいじゃないの。呪いのかかった石像なんてロマンチックで」
 レオナが無責任に茶々を入れる。
「呪いなんてかかってないよ。オレですらわかるのに、ポップときたらあんな像なんかにかまけて貴重な一夜をムダにしちゃってさ。なんのために時間をつくって通ってると思ってんだっ」
「獣欲のためなの?」
「い、いや、それだけが目的じゃないけど……」
 あっさり言われてうろたえるダイ。
 それにデリンジャーが追い打ちをかける。
「ダイ様にはいささか欲求不満のようであられます。課題を減らしても、屋外での鍛錬の時間を増やしたほうが良いかもしれませぬな」
『あほうっ! なに真剣に話してるんだっ!!』
「ポップう!?」
 三人は一斉にある方向を見た。
 そこには、楕円形の金の彫刻でふちどられた大きな鏡が置いてある。
 ベンガーナのポップの店と、パプニカの城とをつなぐホット・ライン──魔法の鏡だ。
『ダイ、なに喋ってんだっ。まさか毎回そうやって報告してんじゃねえだろうな!? もしそうならもう二度とこっち来なくてもいいぞ。オレは、おまえと違って羞恥心っつーもんがあるんでな』
「そ、そんなあ。違うよ、今回は特別。あんまりポップが冷たいから、つい……」
 鏡にあごをそらして大上段に構えたポップが映っている。
 世にも情けない表情でダイが弁解する。
『ふん。まあいい。そうだ、あの石像だが、やっぱり魔法がかかってるらしいぞ。おまえが帰ってから専用の試液で調べてみたんだ。魔法の反応があったら、そこからじゅわじゅわ泡がたつやつ。足の親指のとこにちらっと垂らしてみただけだけど、いやもう指先が溶けるんじゃないかってくらい泡がたった。オレはこれからあの古文書を調べてみる。何かわかったら知らせるから、それまで頭冷やしてろ。じゃな!」
 一方的な通信は一方的に切れた。
「やっぱりポップ君怒ってるのね……」
「かなり乱暴な打ち切り方でしたからね。気短な方ですが、いつもはあれほどじゃありません」
 レオナとデリンジャーは好き勝手なことを言っている。
 ダイの顔は蒼白を通りこして土気色になった。
「ど……どうしよう。このままやらせてくれなかったら……」
 レオナがダイをどつきまわすのを、デリンジャーはつつましく目をふせて見て見ぬふりをしていた。

                    ※

 その夜のことである。
 ポップは二階の、寝室に置いてあるちょっとした書きもの机の上で古文書をひらいていた。
 疲れたらすぐ寝っころがれるように、という配慮からだ。
 マトリフ監修の古語辞典とにらめっこして、いいかげん目が疲れてきたポップは、燭台の灯をふっと吹き消してベッドに潜りこんだ。そのときだ。
(───!)
 それなりに実戦を積んだ彼のカンが告げる。
 階下に何かいる。おのれで収集したアイテム達とは違うモノだ。
 それは巨大な質量がむりやり動いているような、きしみを伴って階段を上がってきた。
 今、それはそこにいる。その扉の向こうに。
 ポップはなんとか上体を起こしたが、妖気に当てられたようにそれ以上動くことができなかった。
 ポップは唇を噛み、扉を見据えた。
 ゆっくりと、ゆっくりと、想像通りのものが姿を現そうとしていた。

                   ※

 あくる日の朝、レオナから話を聞いて、ダイはすぐさまベンガーナへ飛んだ。
「──ポップ! 大丈夫っ!?」
 乱暴にドアを開け放って、ダイはこの店のどこかにいるはずのポップを呼んだ。
「ポップ!!」
「……うるさい。静かにしろ。ここだ、ここ」
 ポップは台所にいた。
 ひざかけのはずの毛織物を肩から巻きつけて、かまどには鉄瓶にお湯がしゅんしゅん沸いている。
 ポップは億劫そうに立ち上がると、鍋つかみを持って鉄瓶をおろし、その中に疲労回復の薬草を入れた。
「……いったい何があったのポップ? 鏡に、通信用の鏡にひびが入ってたって聞いて、いてもたってもいられなくて飛んできたんだ。だって、鏡が割れるなんて──ポップの身に何かあったとしか考えられないもの。何があったの、ポップ!?」
 煮出した薬草湯をひとくち飲んでから、ポップは不機嫌そうに天井を見上げて指差した。
「悪かったな。心配かけるつもりはなかったんだがよ……鏡は寝室に置いてったから、とばっちりで壊れちまったんだろう。ま、どうせダイには来てもらおうと思ってたしな。そっちから来てくれて手間がはぶけた」
 目線だけでついてこい、と言う。ダイは大人しく従った。
 ポップは二階への階段に足をかけている。不安になって、ダイはポップを追い越した。
 そのまま、寝室のドアをあける。
「うわ……っ!!」

>>>2002/1/31up


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