床の上には白い石の破片。ボロボロになった護身用のナイフ。
ポップが枕の下に隠してあるやつだ。
自分も、へたなことをしようとすると、それを突きつけられたのを思い出す。
なにより。
「な、なんなんだよ、これ──っ!?」
おおいかぶさるようにポーズを変えた青年像。
あちこちにポップが切りつけたらしい傷が残っている。
いやらしい表情を浮かべたままベッドの上で固まっているそれを、ポップは冷ややかに見下ろした。
「くっそお……この野郎、石像のくせして寝込みを襲いに来やがって。わかったぞ、ダイ。コイツは、キスした人間のところに夜這いするってー呪いなんだ。なんだってこんなやらしい呪いがかかってんだかようわからんが、とにかく……うわっ、何やってんだ、ダイっ」
ダイは無言で石像を殴り壊しにかかっていた。
「ち、ちょっと待てって! 腹立たしいのはオレだって同じだけど、一応コレ預かりもんなんだからさ!」
「預かりものだろうと依頼品だろうとどうでもいいよ。ぶっ壊そう。依頼主にはオレから謝ってあげるし、謝礼ぶんのお金はオレがレオナから貰ってあげるから」
「そういう問題じゃないんだよ!」
ダイの左手にぶらさがるようにしてつかまって、ポップは必死の説得をする。
「だいじょうぶだから! 何もされてないから!! そりゃまあちょっとはやばかったけど、オレがおまえ以外のヤツに、みすみすやられるわけないだろ!」
ダイはぎいいっとぜんまい仕掛けの人形のように首だけを動かして、
「……本当? ポップ」
「お、おう。ほら、このへんまでは痕ついてるけど、こっから下は無事だろう?」
ポップはシャツの前をはだけてみせた。
「もうだめだっと思ったときに、とっさにアストロン──鋼鉄化呪文を唱えたんだ。石像相手に効くかどうかは賭けだったけどな。さいわい石像はそこで動かなくなって、オレはベッドが使えずに、下の台所で一夜を過ごしたってえワケだ」
ダイの破壊衝動がおさまったらしいのを見てとって、ポップはシャツのボタンをとめはじめた。
その手がぴたりと止まった。
ダイが、ポップの手をつかんでいた。
「……ダイ」
「ポップ。ポップが無事で、よかった……!」
首すじに顔を埋める。ヘンな石像につけられた痕をなぞるように移動してゆく。
ポップの力が抜け、床にへたりこむ──わけがない。
「……アストロン!!」
「のわあっ!?」
ダイの体がみるみるうちに硬直してゆく。
「このアホが! オレがピンチのときに助けにも来なかったくせに、無事でよかったもへったくれもあるかっ!! 当分そこで石像の気持ちになってろ。そしたらなんで石像が、夜這いなんかかけるのかわかるかもしれん」
「ポ、ポップううっ」
もはや一瞥もくれずにポップは足音高く一階へと階段を下りていった。
※
ポップがダイを解放したのは、正午になって自分だけ近くの大衆食堂で食事をしてきてからだった。
当然のようにダイは昼ごはん抜き。
しかし、それでポップの機嫌がなおるなら、それくらいはなんともないと悲しく思うダイだった。
「どこ行くの、ポップ?」
二人は自分達の店のある下町をぬけて、貴族達の屋敷が立ち並ぶ高級住宅街を歩いていた。
「あの像を持ってきた依頼人の家だ。ちっきしょう、ミョーなものつかませやがって。文句のひとことも言ってやらなきゃ気がすまない……のも確かだけど、石像についてのいわくとか、来歴を知りたいと思ってさ」
「ふうん。でも教えてくれるかなあ? だって、言いたかないけどあんなえっちな呪いのかかった石像だよ? あんまり自分の恥になるようなことは、話したくないに決まってる」
ポップはズボンのポケットからちいさな小瓶を取り出して、ダイに見せた。
「そんなときのために自白剤も用意してきた。いくら招かれざる客だって、こっちは依頼相手だし、それが勇者と大魔道士だったら茶の一杯くらい出してくれるだろう。スキを見て依頼人のカップに薬を入れるくらい、オレには朝飯前だ」
かるくウィンク。その邪気のない笑顔を見て、ダイはこっそり依頼主に同情した。
※
ラカン伯爵は銀髪の、いからも上品そうな初老の紳士だった。
げっそりと落ち窪んだ目がここ最近の苦悩を物語っている。
ダイとポップは貴賓室に案内され、やがてやってきた伯爵は、ふたりを見るとそれでも優雅に一礼した。
「それは大変な失礼を……ですが、名高い大魔道士様におすがりするしかなかった私の想いもどうかお汲み取りいただきたい」
クッションのきいたソファに向かい合わせに座ると、静かにラカン伯爵は話し始めた。
「私はあのような、いわくつきの品物をコレクションするのが趣味なのです。幼子のようで恥ずかしいのですが、昔から英雄にまつわる剣だの、所有者に不幸を与える宝石だのという話が好きで、自分でもいつしか集めるようになりました。ほとんどは、やはりただの伝説でありましたが……。この度、ようやく本物が手に入ったと喜んでおったのですが、それがあるような代物であったとは……」
こめかみを押さえて伯爵は言った。
「お話します。あれは青年が石像に姿を変えたものだと聞いております。なんでも、永遠を誓った恋人に裏切られ、悲嘆のあまり体が石になり、それからは失われた恋人を求めて、夜な夜な徘徊するようになったとか……」
「よくある話だ」
「まあまあ。黙ってなって」
こそこそ口をはさむポップとダイ。
「そこで動けないように、足に鎖を巻いたわけです。私が購入したときには、既に鎖が巻かれておりました。しかし私は伝説が本当か確かめたかったので、鎖を解きね恋人のあかしに石像にくちづけました。そうしろと、石像に書いてあるのだそうです。もちろん私には古文書など読めませんから、説明は、購入した店の主人から聞きました」
「そ、その店の名前は!?」
勢いこんでダイが聞く。
「魔術道具一式、魔法のことならどんなことでも相談OK、呪殺引き受けます──エイクの店、です」
「エイク───っ!?」
ダイとポップは思わずハモッていた。
>>>2002/2/3up