「そういやどっかで聞いたことあるような気がしたんだよ、ラカン伯爵って。ヴィアンカの引き取り手を探していたあのときだ。エイクがリストめくりながら言ってた」
帰り道、頭をかかえながらポップが言った。
「一回しか聞いたことないんだもん、仕方ないよ」
エイクは、ポップと同じくベンガーナでマジックアイテムショップを営む魔道士だ。
半分武器屋のジャンク屋二号店と違い、その経営は本格的で、あちこちにお得意様を持っている。
三十代前半、枯れ木のような体、悪趣味な血の色のローブはフード付きで、いつも顔を隠している。
大魔道士・ポップの熱烈な崇拝者であり、ダイの天敵でもある。
ヴィアンカというのは以前ひょんなことからかかわった観用少女の名前だが、詳しいことは前作『サヴァヴィアン』を参照されたい。
ふたりは伯爵の次の言葉を思い出していた。
「恐らく今回も本物ではあるまいと寝室のベッドで眠っていたのですが、気がつくと、あの石像が私の上にのしかかっておりました。恐怖のあまり叫び声をあげると、近習が駆けつけてきてくれて事なきを得ましたが、どうもあの像は、目標が一人きりのときしか動かないようです。まあああいったものは、衆人の前で行うものではないですからな」
そう言って伯爵は呵呵と笑った。
すさみやつれた外見とは裏腹に、伯爵は、意外とタフな性格のようだった。
「しかしいつまでも鎖を巻いているというのも美しくありません。それで、大魔道士様にお願いしたわけです。なんとかあの石像の呪いを解いていただきたい。謝礼ははずみます。あと、それから」
「はい?」
ダイとポップは何を言われるかと身構えたものだ。
「光栄です。生きている伝説の勇者様と、大魔道士様にお会いできるとは! あの……サイン、頂けますか?」
ふたりはその足でエイクの店に向かった。
※
「ありません」
にべもなくエイクは突っぱねた。
「力になれなくて申し訳ないですが、いくらポップ様の危機でも解決策はありません。あえて言うなら、そのまま石像に○○させてやって、想いを遂げさせてやれば……」
「却下! 却下却下!!」
こぶしを振り上げて即座にダイが一蹴した。
「それならほかの誰かにキスさせて、呪いをその人に移すというのは? 呪いは今、ラカン伯爵からポップ様に移っているはずです」
今度はポップが否定した。
「それはダメだ。依頼は、呪いをといてくれって話だったからな。それじゃ問題を先送りにするだけだ」
「なるほど。それは困りましたね……」
腕組みして考えこむエイク。
エイクの店はジャンク屋二号店の近所にある。入り口こそ狭いが、中は思いがけないほどの広さがあり、どうも異空間とつながっているらしい。
暗い室内を照らしているのは、あちこちの床にかためて置かれたろうそくだ。
暗闇にそこだけ陽の光の当たった花畑のように、ろうそくの花畑が広い室内に点在している。
そしてその光の届くところには、あらゆる魔法の小道具や見たこともない生物達が、魚のように空間をゆらゆら漂っている。
一般人なら腰がひけて、まず入ることも出来ない店内に、ポップもダイも、まるで世間話でもするかのように立っていた。店主たるエイクはむろんのことだ。
「どうなさるおつもりです? ポップ様」
エイクが聞いた。
「だからおまえの店に来たんじゃないか」
予想外にあっさりした口調でポップは言った。
「どういう意味です? 残念ながらこの店には、石像の呪いを解いてやれそうなアイテムなんてありませんよ」
「そんなもんいらん。オレが必要なのは、この店の立っている空間さ。ここは一番、現世からあの世に近い。ここならほんの少し圧力をかけるだけで、時を遡ることも出来るだろう」
「ポップ様……まさか」
エイクは息を呑んだ。
「……いけません! 危険すぎます。失敗すれば、二度とこの時間に戻って来れなくなりますよ」
「失敗はしないさ。オレを誰だと思ってるんだ?」
「あなたの魔法力の強大さは知っています。しかし、それとこれとは話が違います」
「ち、ちょっとふたりとも、何の話してるの?」
話題についてゆけないダイが口をはさんだ。
途方に暮れた目でふたりを見やる。
魔法使いふたり組は多少の侮蔑と哀感をこめながら、恐らくエイクとポップには疑問でもなんでもない事柄を話し始めた。
「……ポップ様は、この空間と石像を依りしろとして、<時間遡行>の魔法を行おうとしていらっしゃるんです! ぼーっとしてないで止めてください、こんなときくらいしか役に立たないんだから」
「なんてこと言うんだエイク。ダイは立派に役に立ってくれてるぞ。洗濯とか皿洗いとか、帳簿つけとか……」
「ポップ様は少し黙っていてください!」
珍しくもエイクが大声をあげる。
それだけでダイにも何か、ただならぬ出来事だということが理解できた。
「えっとお……よくわからないけど、危険なことなんだね? ポップ」
ダイの言葉に、ポップは口もとを花のようにほころばせた。
「心配するな。オレと、おまえがいて、何の危険があるっていうんだ? 今回は、それにエイクまでいる。エイク、サポートについてくれ。オレが合図したら、すぐにこちらに引き戻せるように」
エイクは雄弁なため息をついた。
「……仕方ありませんね。でも、いいですか。私が危ないと思ったら、たとえ合図がなくともこちらに戻しますからね。それだけは了解してもらいます。私には、あなたが何より大切なんです」
「ヴィアンカの次に……だろう?」
「ポップ様!!」
これまた珍しい、エイクの照れ隠しの叫び声に、ポップもそれ以上からかうのをやめて真剣になった。
ポップの真顔というのも滅多に見られるものではない。
ダイは目を見張った。
ポップは店内をすたすた歩き、立ち止まって、
「ここか?」
「はい、ポップ様」
ダイには意味不明の会話をした。
ポップはその場所に足を大きく踏み下ろした。
すると、そこから青白い光の輪が浮かびあがり、複雑な模様と呪文をえがいた、魔法円が現れた。
>>>2002/2/5up