「ダイ。こっち来い」
ダイを手招いて、ポップは円の中に入った。
エイクだけは外にいて、じっとポップを見守っている。
「ポップ様」
目線を交わして、ポップはうなずいた。
ポップが手を広げると、ジャンク屋二号店にあったはずの石像が、ふっと目の前に出現した。
「ダイ。いいか、絶対にこの円の外に出るなよ。出たら、オレだっておまえを戻せるかどうか保証できない。おまえはそこに立ってればいいよ。おまえは、オレの守り神なんだ」
「………」
マァムが聞いたら気を悪くするよ──とか、そんなことを言おうとはダイは思わなかった。
ポップはこの大がかりな魔法のために、自分ではない守らなければならない何かを必要としたのがダイにはわかったからだ。
自分だけだと、失敗してもポップはしょうがないなと笑ってその運命を受け入れるに違いない。
そうならないための、しないための、ダイは……命綱なのだ。
「行くぞ!」
ポップが高らかに宣言した。
両手の指を組みあわせて、魔法に必要な呪文を詠唱し始める。
「……千の名を持つ代理人、時間と空間の王冠につつしかで請い願う。汝が現世とへだてたる黒鋼の門を開きて、ここな呪いのかかりし石像をありし日の姿に一時戻らしめんことを! ……アガトム・ヴァラト・アジュラ・セシアタ、天空の炎と地の底のたぎりによりて、わが願い聞き届けたまえ!」
詠唱が終わると童子に空気がねっとりと重く感じられ、ここではないどこかの光景が眼前に広がった。
石像は伝説のとおり人間の青年になり、しかしそれを透かして、あちらがわにエイクが立っているのが見えるのはふしぎな気分だった。
なるほど、ここは魔法円の中なのだ。
「景色が動いてもおまえは動くなよ。この円の中に限ってなら少々動いても平気だし、大声を出したってかまわないが」
石像だった青年を中心に外の世界が流れてゆく。
青年は歩いているのに、青年は魔法円を一歩も出ずに、まわりの景色だけが変わってゆくのだ。
ゲームのスクロール画面のようなものだ。立体の。
ダイが気づいた。
「……あれ? いつのまにか服着てる」
青年は意外と上流階級の生まれだったらしい。ふくらんだ袖の豪奢な上着と、下はシンプルに短いズボンとタイツ、先の尖った靴を履いていた。腰には細剣をさしている。
「すっげえ大時代的……」
これはポップ。
伝説となるほど昔の話なのだから、当然といえば当然なのだが、ポップは不謹慎にも吹き出した。
「あ、もうひとり出てきたよ」
どこか貴族の屋敷らしかった。
夜、青年はその庭にひそんで、恋しい人が出てくるのを待ち望んでいる。
月明かりに白いバルコニーに、青年の待ちかねた麗人が出てきた。
長い黒髪をネットでおさえ、こちらも大仰なドレスをまとった、まあ美人である。
女性は悩ましいため息をついた。
『ああ、アルファロメオ様。あなたはどうしてアルファロメオ様なの?』
『ジュリアロシータ! 私はここです!』
隠れていた木の影から青年は姿を現す。
『まあアルファロメオ様。いけませんわ、こんな場所にいらっしゃっては。私とあなたの家とはかたき同士。しょせん結ばれるはずのない愛なのです』
『ジュリアロシータ、愛しています。あなたのためなら、私は家も親兄弟も捨ててみせましょう。あの月にかけて誓います。今夜、私達を照らしてまみえさせてくれた、晧々と明るい下弦の月に!』
「メロドラマだな」
「なんか説明くさくない?」
ぼそぼそしゃべるダイとポップ。
『まあいけませんわ月になんぞ誓ったりしては。夜ごとに姿を変えてゆくあの不実な月。あんなふうに、あなたの愛まで変わっては大変です』
『では何にかけて誓えばよいのです』
「古文書の月ってえのは、ここから来たんだな……」
「月夜って意味じゃなかったんだね」
そうこうしているうちにも場面は変わる。
『ああ、大変! 家人が来ますわ、もうお行きになって、そして、また明日の夜、ここにいらして。私、シーツでロープをつくってバルコニーにたらしておきます。きっと、来てくださると信じていますわ、アルファロメオ様』
『ジュリアロシータ、必ず』
軽く手を振って青年は闇に消える。
あとには、両手を胸で組みあわせた麗人が残された。
「えーと……つまりなんだ、あのふたりは明日の晩、逢い引きするのを約束して別れたってわけか!?」
指でぽりぽりあごをかきながら、ポップ。
「でも結局コトはならなかったんだね。ふられたのか何か事情でもあったのかは知らないけど、それで絶望して、体が石になっちゃった、と」
「ふむ。そーすっと、ヤツがうまくいくよう手を貸してやればいいわけだ。やったぜ、ダイ。これで伯爵の依頼も解決だ」
ぽんと手を打って嬉しそうに言うポップを、ダイが横目で眺めている。
「……なんだ? 言いたいことがあるなら言えよ、ダイ」
ポップもダイの様子に気がついた。
「……うん。考えてたんだけどさ、この人が想いを遂げちゃったら、石像になることも無いんじゃない?」
「……………………………」
たっぷり三十秒は経過したあとで、ポップははっと我にかえって、
「……予定変更! なんとしてもヤツの大願を阻止するぞ。可哀相だがオレのためだ。かけがえのないオレを救うために、ヤツには犠牲になってもらおう」
もともと自分が夜這いされそうになったからこんなところまで来たのだということは、ポップの脳裏からはすっかり吹っ飛んでいるようである。
「ど、どうするの!?」
「決まってる。こうするんだ!」
>>>2002/2/1up