薫紫亭別館


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 ポップは胸元のボタンをひとつはずして、
「エイクの店だ。こういうことを調べるのは、自力より昔からコネのある、エイクに聞いた方が早いと思ってさ」
 オレはちょっと嫌な顔をしてしまった。
 エイク。オレの天敵。ハンナおばさんと同じく、近所で怪しげな店を営んでいる魔道士だ。
 『ジャンク屋二号店』が半分以上、マジックアイテムに侵食されていても、一応は武器屋という形態をとっているのに比べ、エイクの店は純粋に魔法の道具や、魔術や占いを扱っている。
 それにエイクは大魔道士であるポップを崇拝していて、一緒に暮らして──まあ、半同棲しているオレを目のかたきにしているところがある。
 そのせいで、オレはエイクが苦手なのだ。
「ちょっと調べただけですぐわかったぞ。観用少女を扱ってる店なんてそうそう無いし、盗難の届けが出ているとなりゃ尚更だ。えーと、場所はカール……アバン先生の国だな、そこの海沿いにあるトラキアって町の、『乙姫と浦島屋』だ。へんな店名。さいわいカールには一度行ったことがあるから、そこまでルーラで飛んで、そっからこの町と店を探そうぜ」
 ポケットからメモを取り出して、ぺらぺらとポップはまくしたてた。
 この短時間でそこまで調べたのには感心するけど、オレは不安になって言った。
「……ねえ、ポップ。この子が本当にその店から盗まれた子だったら、どうするの?」
「そりゃ、やっぱり返さなきゃいけないだろうな。こんな高価なもん買えるほど、オレ達ゃ金持ちじゃないし。まさか泥棒と間違えられるなんてこたないだろう。うまくすれば、よく見つけてくれましたって、謝礼をもらえるかもしれないぞ」
 ポップはヴィアンカを人形としてしか見てないらしく、実に明瞭に計算高く返事を返した。
 でも、オレは、すっかりヴィアンカに情が移ってしまっていたのだ。
 ヴィアンカのためにもお店のためにも、そうするのが一番いいとわかっていても、オレはヴィアンカと離れたくなかった。ポップがハンナおばさんに説明したとおり、オレがヴィアンカを目覚めさせたいのだ。
 オレはすぐそばの、このためにわざわざ用意して、たくさんクッションを敷いた長椅子の上に眠っているヴィアンカを見た。
 ヴィアンカは、自分に何が起こったのか、これからどうなるのか、何も知らぬげに興味もなさそうに眠ったままでいる。
 その夜オレは、ポップが熟睡しているのを確かめると、ヴィアンカを連れてこっそり店を出た。
 明日になったらヴィアンカは返品されてしまう。
 そうなる前に、オレはなんとかできるかもしれない人物の所に、ヴィアンカを連れていくつもりだった。

                    ※

「きゃーっ、可愛いっ!」
 ヴィアンカをひと目見るなりレオナは嬌声をあげた。
「これ本物!? 私、初めて見たわ。だって、うわさには聞いていたけど、実際に持ってる人がいるなんて思わなかったんだもの。ダイ君が拾ったんですって? 拾ったものは拾った人のものよね。馬鹿正直にお店へ届けようなんて、ポップ君も焼きが回ったこと。私ならこっそり自分のものにしちゃうか、そのまま誰かに転売するかしちゃうけどね。そんなだから、いつまでたっても店の売り上げが上がらないのよ」
 美しいパプニカの女王は、政治家としてだけでなく、商売人としても一流のようだった。
 まあこれくらいでないと、一国を預かって世間の波を泳ぎきることはできないのかもしれない。
「……売り上げはともかく、オレは、ヴィアンカを返したくないんだ。観用少女は自分で主人を選ぶってポップが言ってたけど、オレがぜったい目を覚まさせてみせるから。だから、ええと、言いにくいんだけど……」
「この人形買ってくれって言うのね? いいわよ」
 レオナはこちらが拍子抜けするほどあっけらかんと請け合った。
 オレは驚いて、
「い、いいの? 本当に?」
「くどいわよ。私がいいと言ったらいいのよ。とにかく、その格好なんとかさせなきゃね。布で巻いただけなんて、変質者と間違われても仕方ないわよ」
 オレは昨日、おばさんにヴィアンカをお風呂に入れてもらったときのまま、着替えさせていなかった。
 服も汚れきっていたし、オレかポップのシャツでも着せておけばよさそうなものだけれど、お風呂と同じ理由で、オレは服を着せることができなかった。
 手を鳴らしてレオナは召使いを呼び、自分の保管してある昔のドレスから合うのを選んで、着せつけて連れてくるよう言いつけた。
 ヴィアンカが召使いに横抱きに連れていかれてしまうと、どうも心配で、オレはせわしなく部屋の中を歩きまわった。
「落ち着きなさいよダイ君。私がついてるかぎり、この城であの人形に危害をくわえる者なんていないんだから。それより、最初からもう少し詳しく話をしてよ」
「う、うん。あのね……」
 席について、レオナを正面から見るかたちでオレは話しはじめた。
 ここへ来てからオレは泡食ってしどろもどろで、なんとか理解してもらえたけど、それも相手がレオナでなかったら、幼児誘拐の現行犯として牢屋に入れられていたかもしれない。
「それで、今日になったらポップがカールのなんとかって店に、ヴィアンカを持ってゆくって言うから……レオナなら、助けてくれると思って……」
「そうね。私なら、この子の代金払えるものね。でもそれでも、私を頼ってくれるのは嬉しいわ。だってダイ君てば、あまり何をしたいとかアレが欲しいとか言わないんだもの。私、ダイ君の喜ぶ顔が見たいの。そのためになら、なんだってプレゼントしてあげる」
 目を細めてレオナは笑った。
 レオナの好意を利用しているようで、オレが申し訳ない気持ちに襲われたとき、
「ヴィアンカ様の支度ができました、姫様」
 ノックの音がして、召使いがヴィアンカを連れて入ってきた。

>>>2001/9/11up


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