とぼとぼとオレ達はトラキアの町を歩いていた。
陽はとっぷりと暮れて、町のあちこちに街灯がともされ、人手は昼間と変わらず多く、夕飯を外でとる客を見越した屋台がじゅうじゅうと煙をあげて、魚を焼いたり客をひいたりしている。
「……ほれ、ダイ」
ポップがその屋台のひとつから、トラキアの名物らしいパンに魚のフライをはさんで、すっぱいソースをつけて食べるものを買ってきてくれた。
それをかじりながら、オレはつぶやいた。
「オレ達、ここに何しに来たんだろう……」
ポップにもそれは、耳の痛いことであったに違いない。
「言うなよ、ダイ。オレだって、こんなことになるとは思わなかったんだから。……店に連れてゆきさえすれば、オレ達の役目は終わると思ってたのにな。これからどうするかな……」
オレとポップは道ばたに座って、道ゆく人を眺めていた。
人々はオレ達がここにいることなど気づきもしないように、楽しそうにしゃべりながら流れていった。
「ヴィアンカ、よく寝てるね……」
オレはひざの上にのせたヴィアンカを見た。
こんな事態になってもヴィアンカは、無邪気にあどけなく眠っている。
オレは腹を立てるよりも、そのせいで余計にふびんで可哀相でならなかった。
今日の朝までなら、ポップに説得される前なら、主人の申し出はオレには歓迎すべきことだった。
「このプランツはあなたがたにさしあげましょう。選ばれなかったといえど、あなたがたは魔法を使えるようですし、プランツを枯れさせたり不幸にしたりしないでしょう。この子をよろしくお願いします、ダイさん……と、もうひと方。そして、よい持ち主を探してあげてください」
ポップは大きく息を吐き出して、
「結局……オレ達は厄介払いされたということなのかな。いらなくなったプランツと込みで。謝礼ももらえなかったし……いや、観用少女ひとりですごい謝礼をもらったことになるのかな。まともに買えば、オレ達には手の出ない金額だし」
「お金のことを言うのはやめてよ。それよりも、ヴィアンカの今後のことを考えてよ。ずっと、オレ達が世話をすることはできないって言ったのはポップだよ。誰か、いい主人を見つけてあげなくちゃ。でも、どうやって……?」
オレは頭をかきむしりながら言った。
ポップは立ち上がって、
「とにかく、いったんベンガーナに帰ろう。こんなとこに座ってちゃ、出る知恵も出ないぞ。別にすぐ見つけなきゃいけないってわけでもなし、もう少し気楽に考えよう。回復呪文なら、オレがかけてやるから」
ポップの言葉に元気づけられて、オレはヴィアンカを抱きあげ、ルーラを唱えた。
※
次の日ポップは、エイクに相談してくると言って出ていって、帰ってきたときには、悪趣味な赤いローブを着た魔術士をともなっていた。
「ダイ。エイクを連れてきたぞ。エイクが自分の顧客の中から、よさそうなのを紹介してくれるってさ。ちょっとヴィアンカ見せてやってくれ」
店先でポップは呼ばわった。
オレはヴィアンカを抱っこして、裏庭で日光浴させている最中だった。
部屋に戻ってきたオレを見るなり、ポップは、
「あー。こら、陽に当てちゃダメじゃないか。直射日光は退色の原因になるんだぞ。でも、ま、少しくらいならいいか。カビが生えたりしちゃ大変だもんな」
その失礼な言いぐさも、そのときのオレには耳に入らなかった。
オレの目は、ポップの後ろに陰のように立っている、エイクにそそがれていた。
「それが、くだんのプランツ・ドールですね?」
確認するようにエイクは言った。
オレに対してはあいかわらず無愛想で、陰気で、どうも好きになれない男だ。
わけもなく反感をいだきながら、オレはしぶしぶうなずいた。
「なるほど、この容姿なら、欲しいと思うものがたくさんいるでしょう。私も見るのは初めてです。ここに私の顧客リストを持って参りましたが、ええと、どなたがいいですかな……金満家の方がよろしいな。なんといっても、観用少女とは金のかかるものですから」
エイクはヴィアンカの美しさに心動かされた様子はみじんもなく、事務的にふところから台帳を取り出すと、ぺらぺらとめくった。
「金満家で、性格までいいというのは極めてまれですが……なんとか探してみましょう。近いところで、ベンガーナのラカン伯爵……」
ぶつぶつとエイクが繰り言のようにリストを物色していたとき、
「ヴィ……ヴィアンカ!?」
思わずオレは叫んでしまった。
ヴィアンカは大きく目を見ひらかせ、食いいるようにエイクを見つめていた。
ヴィアンカの瞳が空色をしているのを、オレは初めて知った。
「ヴィアンカ! 目を覚ましたの!? よかった、これで、お客さんを紹介してもらわなくてもよくなった……」
オレは途中で言葉をのみこんだ。
目の前の光景が信じられなかったからだ。
>>>2001/10/1up