薫紫亭別館


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「うー……わかったってばあ。それよかデリンジャー、お前が来たということは、レオナはお前には事情を話したんだな? といっても、ここにいるダイを見りゃ、おおかた予想はつくだろうが」
 すぱっとポップは話題をすりかえた。
 相変わらずみごとな早業だ。しかし、こっちのが重大な問題なのも確かだ。
 オレは茶々をいれたりせずに、デリンジャーの答えを待った。
「はい。もったいなくも姫には私をご信頼いただけているようで、おそらくおふたかたとお別れになってすぐに、姫は私を室にお呼びつけになり、そこであらましをご説明くださいました。聞いたばかりのときは不敬ながら、正直信じられなかったのでございますが、この目で見て得心いたしました。これは、たしかに由々しき事態でございます。その問題解決と原因糾明のためには、このデリンジャーも、微力ながらお手伝いさせていただきとう存じます」
 ふかぶかと頭を下げて教育係は言った。
 ちょっと当惑したようにポップが言葉をかえす。
「……わかった。よくわかったから、その持ってまわったような言い回しはヤメろ」
 デリンジャーは温和でまじめな老人で、オレもポップも大好きだったが、物言いがていねいすぎて、ときどき閉口させられることがある。
 オレは、失礼かなと思って顔にも口にも出さないのだけど、ポップは言ってしまう。それでいて、とくにデリンジャーが気を悪くするふうもなく、なかよくつきあっているのだから、人間関係とは不思議なものだ。
「は。申し訳ありません。それではポップ様、私は手始めに何をすればよろしゅうございますか?」
「そうだなあ。まあ、ダイの手伝いでもしててくれ。どうせ最後にはオレが目を通さなきゃいけないんだけど、そのときに、できるだけまとめてくれてるとありがたい」
 ポップがオレを指差して言う。
 なんか……オレってあんまり信用されてないよーな。
 そりゃお世辞にも手際がいいとはいえないけれど、オレだってけんめいにやってるのに。
「それではよろしくお願いします、ダイ様。……と、その前に」
 デリンジャーは羽織っていた上っ張りを脱ぐと、オレに着せかけた。
「デリンジャー?」
「……しばらく、あまり露出の多い衣服は避けられたほうがよろしいかと思います、ダイ様。お気づきになってないようですが、その格好では、ええと、その……」
「はあ?」
 珍しく、デリンジャーが言いにくそうにしどろもどろしている。ポップもそれに気づいたらしく、面白そうにこっちを見ている。
「……あの、かがまれたときに、お胸もとが……」
 オレはぱっとしたを向いて胸のあたりを見た。
 男のときにはぴったりだった丸エリのチュニックも、女になって骨格がきゃしゃになった分だぶついて、鎖骨の下まであらわになっている。
 当然、盛り上がってくっきりした胸の谷間も見えていて、上から覗きこめば、もっと奥まで見ることができるだろう。
「うわ───ッ、変態───────ッ!!」
 真っ赤になってオレはしゃがんで胸をおおった。
「お前、男だろうっ。男のクセに、胸を見られたくらいでギャーギャー言うなッ」
「ひどいよポップ! 気づいてたんだね!? それなら教えてくれたっていいじゃないかあっ!!」
「誰が教えるか、こんなに見て楽しいもん」
 にやにやした薄笑いを浮かべて、ポップはまじまじとオレを見ている。
 オレはキッと見返した。
「やっぱり羞恥心って生じるもんか? 男のときは、上半身ハダカでも平気でうろうろしてたよな。ふむ、これは面白いテーマだ。題して、『性別の変化における意識の革命と変容』」
「あほかー!!」
 こほん、とちいさな咳払いが聞こえた。
 デリンジャーの顔が穏やかにひきつっている。
「あー……。脱線するのはそれくらいにして、そろそろ作業を再開していただけますかな? おふたかた」
 慌ててオレたちはそそくさと離れ、ポップはさっき投げすてた本を手にとり、オレは目録がぎっしり詰まっている引き出しに、デリンジャーを案内した。
「ええっと、それじゃ、デリンジャーはこっちの引き出しから調べてって。これメモ帳。と、ペン。それらしいタイトルの本があったら抜き書きして、どの棚の何段目に置いてあるかもチェックしといて。そしたらオレが取ってくるから」
 デリンジャーの上着をかきよせて、照れくさいのをとりつくろいながらオレは老人に命令した。
 その後は、自分で言うのもナンだけど、ずいぶんはかどったと思う。
 デリンジャーがいてくれたおかげで、ポップもオレにちょっかいをかけてくることはなかったし、多少の気まずい雰囲気も、淡々と作業をこなしているうちに薄れていった。
 もっとも、単調だったのはオレとデリンジャーだけで、ポップのほうは派手このうえなかった。
 横目で見るまでもなく、ポップの解呪の呪文が聞こえてきたし、本からたちのぼる紫色の魔法の煙や、封印を任されていたらしい古今東西の怪物たちが、現れては立ち消えて、書庫のすみに消えていった。
 デリンジャーが目を細めて褒めたたえた。
「見事なお手並みでございます、ポップ様」
「ふふん、これくらいちょろいもんさ。そりゃまあ、数が多いのは厄介だけど、オレが解呪しといてやんないと、ずうっと書庫のお飾りのまんまだしな」
 ガッツポーズをして得意そうにポップは答えた。
 その様子を見ていると、ポップもやはり男なんだなあという気がしてくる。
 オレに言わせれば、ポップこそたまたま男だっただけが間違いの、かわいい女の子に見えていたのだけど。
 こんなことを考えるのも、やっぱり性別が変わってしまったからなんだろうか?
 ポップのテーマに協力してやってもいい気分になる。
 まあ、どうせポップは口に出してみただけで、研究する気なんかこれっぽっちも無いんだろうけど。
「ね、そろそろ三時じゃないの? 休憩にしようよ」
 いいかげんくたびれたオレは、まだ三時には少し早い時間だったけど、そう提案した。ナマケモノのポップと忠実なデリンジャーに異論のあるはずがなく、オレたちは、人目につかないようにルーラでオレの自室へともどった。

>>>2000/10/11up


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