「けど、結局、まだ何も手がかりつかんでないじゃないの」
しかしレオナは手厳しかった!
香りの高い、パプニカの南方でとれたお茶を飲みながら、オレにはそんなもの味わっている余裕はなかった。レオナはきつい目で、オレと、ポップとを睨んでいる。
デリンジャーが助け船を出してくれた。
「しかし姫、まだ一日目ですし、調べはじめてから数時間しか経っておりません。私もお手伝いしながら拝見させていただきましたが、とくにポップ様の担当なされている本は、封印の魔法がかかっておりまして、それを解いてからでなくては調べることができません。そして、私どもの調べた本も最終的にはポップ様に見ていただかなくてはならないのですし、長期戦は覚悟されていたほうがよろしいかと思います」
オレは急いでデリンジャーの肩を持った。
「そ……そうそう! まだ初日なんだし、これからだよ」
「だよなあ。急いては事を仕損じる……ってね」
どうもポップの言葉には真剣味が感じられない。
レオナの矛先が変わった。
「ちょっと、本気で探してるんでしょうね、あんたたち。どうなの? デリンジャー」
「それは……私がお伺いしたときこそ、ふざけて遊んでおられましたが、以降はほとんど無駄話もなく、まじめに調べておいででした」
デリンジャーは約束どおり、オレとポップが妙にじゃれあっていたことは言わなかった。
デリンジャーを信用してなかったわけじゃないけど、多少は薄氷を踏む思いでひやひやしていたオレとは対照的に、ポップはビスケットにチョコレートをかけてご満悦だ。この男の精神構造はどうなっているのだ。
さいわいそれ以上は追求されず、オレたちは書庫でもうひと頑張りしてから部屋へ戻った。夕食はワゴンで運んでもらって、ポップが部屋の前で受け取る。
「もう。あまりレオナの気を逆撫でするようなこと言わないでよ」
テーブルに向かい合わせに座って、オレはポップと夕食をとった。
オレは一応、病人として臥せっていることになっているので、運ばれてきた食事もしっかり病人食だった。
ポップはふつうの料理だが、大魔道士が何のためにここに来ているかは一般には知らされていない。
「そんなつもりないけどなあ。レオナ、神経質になりすぎなんじゃないか? たとえどんな魔法でも、オレがついてるかぎり心配ないんだが」
「そんなことは、もとに戻す方法を見つけてから言ってよ。それがわからないと、せっかくの魔法力も宝の持ちぐされだよ」
「それだ。ダイ、お前ほんっとーに、何も心当たり無いのか?」
目をきらりと光らせ、お行儀悪くフォークに料理を突き刺したままで、ポップはオレを示した。
「こ……心当たりって?」
オレはごくりとつばを飲んだ。
「前日になにかヘンなもん食ったとか、それを食べると竜の騎士は女に変身するとか」
「無いよ、そんなもの!」
あまりの馬鹿馬鹿しさに思わず大声を出してしまった。
オレは慌てて口を押さえた。少し待ってみる。良かった。近習たちには気付かれなかったようだ。
ポップは考えこむようにあごに手をあてて、
「んー。それじゃ……誰かに恨みを持たれてる、なんてことは? たとえばさ、お前がレオナの婚約者なのを気に入らない誰かが、殺すまではビビってできなくても、勇者を女にしちゃえば問題は解決すると思ったとか」
「な、なるほど」
それは──ありうるかもしれない。
オレとレオナはどこからも文句が出ないほど祝福されて婚約したのだけど、オレと同じ年頃の男の中には、若く美しいパプニカの次期女王に、恋こがれている者も少なくないに違いない。
「だからオレは、これはお前に嫉妬した誰かの犯行だと思うね。どうやって性別を変えたかはわからないが、百パーセント、魔法の呪詛によるものだろう。自然に変身するってこたないようだしな」
ポップは自説をとうとうとまくしたてた。
オレは感心してポップを見た。
「そうだね。オレもそう思うよ。明日にでもレオナに言って、そっちも内密に調べてもらおう」
※
「そう、ポップくんが言ったのね?」
レオナが念を押すように聞き返した。
次の朝、オレを見舞い(?)に来たレオナに、オレは昨夜、夕食の席でポップの語ったことを話した。
「うん。そう言われてみると、ポップの言うことにも一理あると思うんだ。疑うなんてあまりいい気持ちじゃないけど、もしも……ってことがあったらいけないし」
「わかってるわよ。それなら、内密でなくても専従チームを組んで調べられるわ。なんたって、コトは私たちの婚約に関する事柄なんだから」
レオナは行動が早い。おそらく、ここを出たらすぐに臣下の誰かに申しつけるだろう。オレはなんとなく安心して、ベッドの上のクッションに深々と背をもたせかけた。
「リラックスしてる場合じゃないわよダイくん。今日も、書庫で頑張ってもらいますからね。何としてもひとつくらいは解決策を見つけ出すのよ。いつまでも、私がのんびり構えていると思ったら大間違いよ」
「はいいッ」
レオナはベッドサイドで仁王立ちになっている。
こういうときは逆らってはいけない。オレはおびえながら返事をした。
「こらこら。頭ごなしに命令するなよ。ダイが怖がってんじゃねーか」
この場の空気をまるで無視した脳天気なこの声は、
「……ポップ!」
「よ、おはよ、ダイ。姫さん。いい天気だなー。書庫なんかにこもるにゃもったいないくらいだな。今日は骨休みってことで、どだ?」
うわああ余計なことをッ。
ポップはのんびりとドアから入ってきて、レオナの後ろに立った。
さっそく舌戦が始まる。
「なにが骨休みよ。そんなことは毎日働いて働いて、働きまくっている人が言う言葉なのよ。ふだん遊んでるとしか思えない商売しといて、骨休みも休日もないものだわ。ここにいる間くらい、まじめに働いたらどうなの!?」
「働いてますよ、マジメに。デリンジャーのお墨付きだもんね。もう忘れたのか、レオナ? 若いのに健忘症か? かわいそうに」
「万年躁病の、脳に花が咲いてるみたいなあなたに言われたくないわ。私はダイくんを心配してるだけだもの。別にポップくんに哀れまれる筋合いはないわよ」
オレははらはらしながら成り行きを見守っていた。
いつもなら楽しんでしまう毒舌も、今回はレオナに少しばかり余裕がないから、面白がってばかりもいられない。
「レ、レオナの気持ちはポップにだってわかってるよ。ただ、ポップって素直じゃないから、ストレートに表現することができないだけで。もちろん、オレだって早く男に戻りたいから、できうるかぎり努力するよ。さ、さあ行こう、ポップ!!」
「……って、おい、まだ朝メシ……!!」
オレは慌てて割って入って、何か言いかけるポップを引きずるようにして窓に足をかけて、ルーラを唱えた。
>>>2000/10/12up