薫紫亭別館


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「……あんなによくしゃべるダイ君、久しぶり」
 夕食の後、レオナが言った。
 ダイは先に帰し、報告がてら、オレはレオナとお茶を飲んでいた。
 マーシャは陪食は難しいようなことを言っていたが、席はみっつつくられていて、オレ達は三人で夕食を摂った。
「そうかい? オレはあんなもんだと思うが」
「ポップ君は最近のダイ君を見てないからそう言えるのよ。……どうしてキミなのかしらね。どうしてたった一日で、ダイ君を元に戻してしまえるのかしら」
「そりゃまあ……当然だと思うよ。周りがあんなふうじゃ」
「なんのこと?」
 レオナはカップを置いてオレを見た。オレき気づいたことを話してやった。召使い達の過剰な世話、それは、オレやダイにとっては押し付けがましいプライバシーの侵害以外の何者でもない。
「でも私は何ともないわよ」
「姫さんはそうだろうさ。人がいるのが当たり前なんだ。でもオレ達は……オレとダイは慣れてないからさ、あんまりひっつかれてると息苦しくなっちゃうんだよ。これじゃ、落ち着いて朝寝も出来やしない。以上、庶民の感想でした」
 それを聞いてもレオナはまだ眉を寄せて、テーブルに肘をついて指を組んだ。
「そう……なのかしら。本当にそれが原因なのかしら」
「まだ何かあるってゆーのか?」
 冗談じゃない。
「わからない。私にはわからないのよポップ君。まだ当分はダイ君から目を離さないであげて。全ての原因を取り除くまで」
 オレは鼻で笑いたかったず、うまくいかずに引き攣ったしゃっくりのような音がしただけだった。

                  ※

「おはよ、ポップ」
「ん?」
 オレはダイの部屋で目を覚ました。昨日遊びに来たまま寝ちまったらしい。
「ワリィな、狭かっただろ。今、何時だ?」
 あくびしながらオレは聞いた。
「もうそろそろ授業を始める時間だよ。よく寝てたから起こさなかったけど」
 くすくす笑いながらダイが答える。さすが親友。わかってらっしゃる。
「どうりでよく眠れたと思った。……やばい、マーシャ達が心配してるかもしんない」
 慌てて起きようとするオレにダイは、
「マーシャってポップ付きの召使いだよね。オレからニナに言っといたから大丈夫。さっき、……と言ってもかなり前だけど、そこに服、持ってきたよ。今着てるのは脱いでカゴに入れて。また取りにくるはずだから」
 新品の法衣は着たまま寝ていたせいかヨレヨレになってしまっていた。そま昔は着たきりスズメでいたことを思うと、やけにもったいない気がした。
「今日は何を教えてくれるの? ポップ」
「うーん。何にしようかなあ。自習なんてどうだ? 手間が省ける」
「オレはいいけど、その間ポップは何をしてるの?」
「昼寝」
 あははは、とダイは笑った。明るい笑い声だった。
 オレは服を着替え終わると、ダイのそばに寄っていって頭をぽかりと叩いた。
「いったぁい」
「痛くない。オレの手の方が痛い。これは罰だ。オレはおまえを笑っていいがその逆は許されんのだ、わかったな」
「はいはい」
 ダイが苦笑したその時、オレの部屋と同じようにベッドの鈴が鳴った。
「大魔道士様、お目覚めですか? マーシャです。服を取りに参りました」
 マーシャが入ってきたときのダイの表情は見ものだった。すうっと表情がなくなり、まるで石か何かで出来た人形のように硬く、冷たくマーシャを見ていた。少し怒っているふうにも見えた。
「ああ、ごめんよマーシャ。余計な手間かけさせちゃって。うん、ここに置いてあるよ。持ってってくれる?」
 オレが床に置かれたカゴを取ろうとすると、
「ポップ。ポップがわざわざ渡してあげなくてもいいんだよ。召使いはそれが仕事なんだから、あまり甘やかしちゃダメなんだよ」
 そう、ダイが口を挟んだ。オレは驚いて思わずダイの方を見たが、マーシャは大人しく頭を下げ、黙ってカゴを自分で取って、申し訳ありません、と言って出ていった。明らかにダイの反応には慣れているようだった。
「おまえ……」
 オレは改めてダイを見た。
「どうかしたの? ポップ」
 ダイはもう常態に戻っていた。いや、この城の者達にとってはさっきのダイこそ普通で、今の、オレの前の明るい人懐こいダイこそ異常なのだ。レオナの危惧がようやくわかった。ダイは──ダイは、確かに以前と違っている。
「ダイ」
 オレはきつい目でダイを見上げた。自分よのほんの少しだけ高いところにある顔。それが、優しくオレを見下ろしている。
 でも、この顔はまやかしだ。
 オレに向ける笑顔、オレ以外の誰かに向ける顔、どっちが本当のダイなんだ?
「今日は──課外授業だ。そろそろ野いちごの生る季節だしな。それを摘んで、チェスタトンにタルトをつくって貰おう。これで、今日の三時のおやつは決定だ」
 顧問教師としてはあるまじき振る舞いかもしれなかったが、そんなことはどうでもよかった。今はまず、ダイに子供らしい柔らかな感情を取り戻させてやるのが先決だとオレは思った。

「大漁大漁。チェスタトーン、おやつつくってー」
 城近くの森に行くと、野いちごの茂みはすぐ見つかった。
 二人だけになると、ダイは昔のように屈託なく笑い、よく喋った。生っている野いちごを、ときには中に隠れているアリごと食べたりしながら、オレ達はお昼どきまでそこで遊んだ。
 こんなに遊んだのはオレだって久しぶりだった。
 マトリフ師匠の岩屋にも茂みはあったけど、一人で野いちごを採っても仕方がない。
 ちょっと少女趣味な藤製の手提げに野いちごをいっぱい摘んで、オレ達は調理場を訪ねた。チェスタトンは野いちごの山を見て、大量におやつが出来そうだと笑った。
 ダイとオレもジャムづくりを手伝った。お昼は抜いた。三時をおいしく過ごすためだ。
 オレは注意してダイを見ていた。
 朝のマーシャと、チェスタトン。それからスミスじい。後者二人には、ダイはマーシャに見せたような態度はとっていないようだ。やはり昔の記憶だろうか? 三年間、可愛がってもらった記憶が、今のダイをして、穏やかに接しさせているのだろうか?
「……ポップ、どうしたの? ぼんやりして」
 ダイがレモンを絞りながら、見透かすようにオレを見ている。鍋の中のいちごを潰す振りをして、オレは返答を避けた。考えが洩れているような気がして、イヤだった。
 ダイもそれ以上なにも言わず、三時過ぎには立派なタルトが出来上がった。全部ジャムにしたわけではなかった。そのままの野いちごをふんだんに使った、贅沢なのかケチくさいのかよくわからないタルトだ。
「外で食べよう。せっかくいい天気なんだから」
 オレが提案して、ダイが場所を選んだ。

>>>2003/6/10up


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